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 マリアさんのタッパーの登録は、かなり盛り上がっていた。

 今回のビスケットの件だけでなく、他にも保存容器として有用だと話している。

 今までも密閉保存容器は作られていたけれど、空の容器を気軽に重ねられるところが画期的らしい。

 確かに厳密な密閉でなくてもいいのなら、タッパーはかなり有用だ。


 シエルさんの鏡は、魔道具部門の方が来られた。

 何をどうして作ったという話や、機能の話をされている。

 シエルさんには、下宿の洗面所にこのあと設置してもらうことになった。

 洗面所に合うサイズで、ライトもついたものを設置してくれる予定だ。




 自分の話が終わった今、またもグレンさんにもたれて、頭を撫でられる。


 今日も濃い一日だった。

 軍務大臣や神殿とか、煩わしいこともあったけれど。

 陛下や王妃様と会って、いろんな話を聞けた。聖水の納品もできた。


 あとは帰ったら保存食ビスケットを焼いて、今日の聖水を作って。

 グレンさんは旅立ち準備で。

 そして番の儀。


 ううう、二人だけの結婚の儀式的なもの。

 出会って十日のスピード結婚。

 いいんだけど、いいんだけど。

 ちょっと気持ちの整理が追いつかない。




 うだうだ考える間に、作成量などはセラム様の希望と、最低限のラインが設けられて、話が終わった。

 念のため、今までの保存食も持ち運びされるらしい。

 そもそも多めに保存食は持ち運ぶので、それで大丈夫とのこと。


 あの厨房のオーブンをフル稼働して、何度か焼くことになるけれど。

 まあ、たぶん希望の数は作れるだろうと話がまとまった。

 大量の小麦粉や木の実などの材料は、商業ギルドで今から購入出来るらしい。

 マリアさんの樹脂素材も、ここで購入して帰る。


 納品は明日、遠征の馬車が竜人自治区まで迎えに来てくれて、ビスケットを積む。

 そこで確認の上、納品書が渡され、後日私のギルドの口座に振り込まれる。

 またしても、本当に濃い一日になったが、ビスケット作成は帰ってからの作業だ。


 食品見本は大きな包みのまま、ひとまず亜空間に入れた。

 ここで鑑定して広げたら、えらいことになる。

 見るのはビスケット作りと、番の儀とやらの大仕事を終えてからだ。




 ようやく竜人自治区へ帰る馬車の中。

 私はグレンさんにもたれ、静かにまったりモード。

 シエルさんがマリアさん相手に、テンション高く話しているのが聞こえる。


「悠久回廊という相手を封じ込める、最強の結界魔法を考えたんだ」

 うん。中二病全開だね!

 ファンタジー世界にはっちゃけて、中二病発症中としか思えない名称だ。

 ついでに『ボクの考えた最強の魔法』な話題。やっちゃったね!


「まあ、どんな魔法なのでしょう」

 マリアさんが朗らかに促す。

 うわ、天使だ。天使がいるよ。


「賢者という呼称が私一人ではないのなら、いずれ賢者対賢者という勝負も考えられる。そのときに勝つ方法を模索していた」

 マリアさんの興味を引けたことに気を良くして、さらにシエルさんは話し続ける。

 なんだか自分が主役のラノベ展開に、ワクワク期待している様子が窺える。


「亜空間に結界を張って閉じ込めるんだが、相手の魔力を吸い上げて結界を強化するんだ」

「まあ、相手の魔力を」

「そうだ。脱出するための魔力を使えなくする」

 マリアさんの驚きに気を良くして、シエルさんは得意げだ。




「亜空間の周囲には、時間の流れの異なる空間を作成する」

 うん。一気にわけがわからなくなった。

 閉じ込めるだけではダメなのだろうか。

 マリアさんが笑顔で固まっている。天使ダメだった。


「もし亜空間を破ると、その数倍速の時間の流れをモロに喰らい、老いる」

「老いる…」

 あ、とうとう地味ツッコミが入った。

「そうだ。例えば脱出に一年かかったとして、千倍速の時空間を設定すれば、千年の歳月が体に反動として来る」


 えええ、つまり一年かかってようやく脱出したら、千歳になるってこと?

 うわ鬼畜魔法だなと、ちょっと引いてしまった。




「なにしろ賢者が相手だとすれば、魔力を吸い取る魔法に、対抗できる魔法を構築される可能性はある。破られたあとの、第二の罠は必要だ」

 なるほど、色々と考えたんだね。

 その罠が『老いる』か。えげつない。


「結界を囲む時間経過が、ひとまず千倍までは行けたんだが、難しいんだ」

 テンション高く、なんだか恐ろしいことを言っているシエルさんに、マリアさんの反応はもうない。

 かろうじて笑顔なのが、やっぱり天使だ。




「脱出不可能な結界に閉じ込めている間、相手の時を奪う。破った瞬間に絶望が襲う、なかなかエグい魔法になったと、自分でも思っている」

 うん。エグいね。それをどう使うんだろうか。


「理論は考えたが、実行は恐ろしくて出来ない魔法だな」

 うむうむと頷いているシエルさんに、そうですねと頷くマリアさん。


 私としては、こう言いたい。

 使えない魔法をなぜ作ったのか、シエルさんよ。

 そういうところが、シエルさんはうちの兄に似ている気がする。

 聞いたらきっとこう返すだろう。「ロマンだ!」と。




 そんな話をするうちに、馬車は竜人自治区の門前に着いた。

 馬車が止まると、グレンさんが私を抱き上げてくれた。

 今日はされるままに、運ばれることにする。疲れた。


 いつかのように竜人自治区の門前で、お城の馬車を降りて。

 なぜか門を入ってすぐ、オルドさんが待っていた。

 以前お風呂のところで会った、おじいさんだ。




 シエルさんを見ると、彼は目を潤ませた。

「おお、賢者様。よくぞいらして下さった!」

 なぜ彼が、シエルさんを熱烈歓迎しているのか、意味がわからない。


「どうか、竜王と聖女様を、よろしくお願い致します!」

 シエルさんの手を握り、熱心に頭を下げている。


「ほう、竜王という者がいるのか!」

 ファンタジックな言葉にウキウキしているシエルさん。

 おい、残念賢者。

 この状況への疑問より先に、それなのか。


「よくわからないが、任せたまえ」

 わからないのに引き受けるのか、シエルさんよ。


 竜王と聖女って、もしかしてグレンさんと私ってこと?

 私たちをシエルさんにお願いって、どういうこと?


 ツッコミと疑問に忙しい私の心中を置き去りに。

 シエルさんとザイルさん、グレンさんは何事もなさそうな顔で下宿への道を進む。

 グレンさんに運ばれる私と、少し遅れて歩くマリアさんだけが、首を傾げていた。




 私たちのときと同じように、居間の隠し扉の魔道具で、ザイルさんがシエルさんの魔力を登録して。

 その魔道具に興味を持ったシエルさんから、ザイルさんに次々と質問が飛ぶ。


 これから部屋と家具選びをして、シエルさんはお部屋を整えることになる。

 それらの案内や手伝いは、すべてザイルさんやヘッグさんたちにお任せだ。


 私はシエルさんを放置して、部屋で手早く着替え、ビスケット作りに向かった。

 ソランさんたち料理男子三人と、ティアニアさんが手伝ってくれる。

 マリアさんは今からさっそく容器作りだ。




 まずは大変な作業に巻き込むことを、謝り倒した。

 ソランさんたちは、新レシピを一緒に調理できるのは嬉しいと言ってくれた。

 ううう、いい人たちだ。


 最初に木の実のローストと、その粉を作る説明をすると、目を丸くされた。

「焼いてから粉に。調理してから加工して、食材にするのか」


 ソースのときにもそんな反応だったけど、調理して作る調味料とか、調理して作る食材という発想を、こちらではあまりしないようだ。

 ロースト後に粉にした木の実を、食材として利用するのは、新鮮だったらしい。


 まあ、本来は発酵食品として加工して作るチーズやバター、ヨーグルトがそのままある世界だ。

 小麦粉も粉のままが出来るし、燻製肉もそのままあるもの。

 素材として加工する文化が生まれないのは、当然かも知れない。


 次に生地を実際に作りながら、手順を説明する。

 こちらについては話が早かった。

 生地を寝かせる工程などが私の調理では必要だと、今はわかってくれている。

 なのでソランさんたちはすぐに理解して、作業に入ってくれた。




 まずは大量にローストしていく人。

 材料をはかって小分けにして、前準備をしてくれる人。

 ローストできた木の実を、粉にする作業。


 手分けして手際よく作業を進めてくれるのが、実に頼もしい。

 私は粉が出来てはかってくれた材料を、ひたすら混ぜて生地にしていく。


 大量のローストが終わってから、寝かせていたビスケット生地を成形して、焼いていく作業に入ってくれて。

 料理に慣れた人たちに手伝って貰えば、大量のビスケットでもなんとかなる。

 そんなふうに思えるほどの、順調さだ。




 今回の報酬も、ひとまずギルドの私の口座に振り込まれる。

 でも今回のお仕事は、人数割りで報酬を等分することにした。


 最初ソランさんたちは、比率がどうのと等分割りを断ってきた。

 でも突然のこんな大仕事、引き受けてくれただけでも感謝だ。

 ついでに開店準備で物入りなら、この収入を充ててくれた方がいい。

 あとティアニアさんにも迷惑をかけまくっているので。


 ソランさんたちは納得してくれたけど、ティアニアさんは最後まで遠慮をした。

 だから彼女には、私がお菓子を売り出したら、そのお金で買ってねと言ってみた。

 最後はそれならまあいいかもねという雰囲気に、収まってくれた。




 ビスケットを焼く間に挟んだ夕食の時間は、シエルさんの独壇場だった。

 魔法の本をたくさん読んで、色々と考えた独自の魔法を語っている。


「科学と魔法の組み合わせは、有効だ。風の魔法も鎌鼬として発動すれば、威力が上がる」

「カマイタチとはなんだ?」

「真空という現象だが、科学知識を広めるのは、少し考える必要があるから説明は控えたい」


 中二病を発症しているのに、慎重なのがなんともシエルさんらしい。

 でも説明を控えるなら、半端な説明もしなければいいのにと、ちょっと思う。

 たぶん発見したことを語りたい気持ちはあるということだろう。


 あの中二病全開な名前の魔法も、使うのは怖いと言っていた。

 自由に考えることはしても、実行するのは慎重なのだろう。

 確かに科学知識は、無闇に広めていいものではない気がする。




 そのあとは、この竜人自治区にある魔道具の話になり。

 明日ザイルさんが色々と案内すると言っていた。


 過去の賢者の話も出て、マリアさんがタブレット端末のようなメモ板について、シエルさんに教えていた。


 シエルさんは色んなことに興味津々だった。

 明日是非見せて欲しいと、目を輝かせていた。




 食事の最後に、一台残ったタルトのホールをデザートに出した。

 既に食べた私たち以外で切り分ければ、数は足りた。


 シエルさんも甘い物はいける口のようで、喜んでいた。

 お城の料理はおいしかったけど、おやつがおいしくなくて不満だったそうだ。

 日本人的には、そうだよね。こっちのおやつはちょっとね。


 ティアニアさんとテオ君がおいしそうに食べているのを、ザイルさんがとても優しい目で見ていたので、いいことをした気分になった。


補足しますと、オルドお爺ちゃんはグレンさんの番について予言した、予言スキルをお持ちの方です。

シエルさんは今後、色々と活躍予定です。

活躍するけど残念描写を心がけたいと、思っております。

ちなみにシエルさん、ちゃんとモテてるんですよ。マリアさんに。

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