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「ミナは現在二十歳。そしてあちらの世界基準で、ミナはいったん大人扱いされていた、ということで合っているか」

 ザイルさんから再度確認が来た。

 なんとなく気まずい気分で、私は頷いて見せる。

 自分が子供だと嘘をついたつもりはないけれども。

 子供扱いされることに対して、黙っていたのは事実だ。


「婚姻を結んでも問題はない年齢だったということだな」

「そうね。親の同意なく、本人の意思で婚姻出来る年齢だわ」

 マリアさんが答える。


 ふむ、とザイルさんは顎に手を当てた。

 そういう仕草が、何かのアニメで見た知将っぽく見える。


「まいったな。グレンに浄化への協力を勧めたが、この状況では番の儀を早くした方がいい」

 グレンさんじゃなく、ザイルさんからその話が来た。

「先ほど、ミナは竜人の番になったから人族ではないと話しただろう」




 確かに言ったなと、私は視線を逸らして黙り込む。

 軍務大臣と神殿の人相手に、言った。

 竜人の番になり、人族ではないから神殿に行く必要がないと。


「だが今の状態では、鑑定されると番になっていないことがわかる」

 確かにそうだ。

 まだ本当に番にはなっていないから、鑑定だと人族とわかってしまう。


「早く番の儀をして、竜人族の伴侶になっておくべきだ」

 いちいち、ごもっともだとは思う。

 だけど待って。グレンさんと私、出会ってまだ十日目だよ?




「今夜しよう」

 グレンさんが、相変わらずの低い美声で断言なさった。


 いやいやいや、だから私たち、出会って十日!

 スピード結婚過ぎると思うんですけど!


「ミナは、嫌なのか?」

 そして私が頷かないことで、しょんぼりモードになられる。

 まるでキリリとしていたドーベルマンが、耳や尻尾をしょぼんとさせるように。

 いや、動き的には猫科っぽいから、黒豹が耳やヒゲをしおしおさせている感じか。


 どっちにしても、グレンさんのしょぼんモードに怯んでしまう。

 くっ、私がこれに弱いこと、そろそろ知られてるんじゃないのかな。

 たぶんグレンさん本人は無意識っぽいけど。




「グレンさんと番になるのは、嫌じゃありません」

 むしろいずれそうなる、そうしたいと、私も思っている。

 そう伝えると、ほわりと口元が緩むのが、これまた困る。


 しょんぼりドーベルマンが、耳をピンと立てて尻尾を振っているような。

 黒豹が耳とヒゲをピンとさせて、ご機嫌尻尾になっているような。

 これまた怯んでしまう。


「でも、私たちまだ出会って十日なんです。早すぎませんか」

「気持ちが決まっているのに、時間をかける必要があるのか?」

 相変わらず、ズバリと本質を言ってのけるグレンさん。


「ちょっとスピード結婚過ぎると、思うんですけど」

 言いながら、確かにグレンさんの言うとおりだと気持ちが傾いた。


 だってこちらに来てから、状況の変化がめまぐるしい。

 もちろん生活が安定するまでは、変化の連続だとはわかっているけれど。


 明日からのグレンさんの留守中に、予想外の何かが起きて。

 もしもグレンさんと番になれなかったとしたら。

 私はきっと後悔する。

 そう考えると、スピード結婚でも、いいのかも知れない。


 私はもう、グレンさんと一緒にいたい、番になりたいと思っているのだし。




「わかりました。番の儀とやらを、今夜やりましょう!」

 私が立ち上がって断言すると、グレンさんが私を抱き上げた。

「ありがとう、ミナ」


 うん。ちゃんと本名で呼ばれたい気もするしね。

 番の儀まで、なんか言いにくい雰囲気だしね。









 商業ギルドへ行く馬車は、二台にわかれた。

 私たちが竜人自治区へ帰る馬車と、セラム様がお城へ帰る馬車の、二台必要になるからだ。


 私とグレンさん、ザイルさんは、商業ギルド長と一緒の馬車に乗った。

 マリアさんはシエルさんとセラム様と一緒になった。

 予想以上にマリアさんがシエルさんを歓迎しているのが、ちょっと不思議だ。




 馬車に落ち着いてから、商業ギルド長からお祝いを言われた。

「番の儀を迎えますこと、おめでとうございます。お祝いになるかはわかりませんが、今集まっている食材見本を、よろしければお贈りいたしましょう」

 おっと、嬉しいお申し出だ。

 今日持って帰っていいというので、私はホクホク顔になった。


 ザイルさんは、微妙な顔になっている。

「申し訳ないことになったな。番になってすぐに、引き離すことになるとは」


 私がまだ成熟した女性じゃないので、番の儀は先延ばしだと考えていた。

 竜人族の外交官的な立場のザイルさんとしては、大人になっていない聖女を相手に強引なことをしたと、突っ込まれる危険を避けるべきだと判断した。

 それなら国の浄化に協力をして、聖女関連における竜人自治区の発言権を高めようと、計算したそうだ。


 でも今夜、番の儀をすることになり。

 グレンさんは明日から、聖水での浄化に同行するので、数日留守になる。

 ザイルさんは、番になってすぐは、特に相手の魔力を求めるものなので、つらい思いをさせそうだという。


「本当に、申し訳ない」

 色々考えすぎてドツボにはまっているのが、萎れた様子から窺える。




 こんなふうに謝られても、今の私にはよくわからない。

 グレンさんも経験のないことなので、よくわからないという顔をしている。

 ただ既婚者のザイルさんがこれほど謝るのなら、何かありそうだ。


「相手の魔力を求めるというのなら、今夜聖水を作るときに、グレンさん用も余分に作りましょうか」

「ではオレも、ミナの聖水作りのやり方で、魔力水を作るか」

 それで解決するのかはわからないけれど、そういう話になった。


 ザイルさんは、少し薄めで多めに作ったらいいのではと、言ってきた。

「体から漏れる程度の魔力で、安心できるはずだ。薄くても、相手の魔力を感じることで効果はあるだろう」




 そんな話をするうちに、商業ギルドに着いた。

 すぐに食品部門のテセオスさん、雑貨部門のケネスさんが呼ばれる。


 私の方はまず、タルト生地とカスタードを特殊登録。

 既にあるレシピに、焼き菓子と蜜、果物などを合わせるお菓子はあるので、フルーツタルトは普通のレシピ登録になった。

 またも公開レシピで登録する。




「以前の公開レシピに対して、料理人に詳細説明をする場を設けて欲しいと、貴族家から要望が来ておりますが」

 有用なレシピが公開されると、料理人の前で実演を希望されることがあるそうだ。

 レシピ料とは別の話として、個別の有料契約でレクチャーすることになる。

 そんなことを、テセオスさんに説明された。


「もし実演して見せるとしても、レティがお茶会で活用してからですね」

 フィアーノ公爵家から話が来たら受けるけど、それ以外はレティがお茶会で、あのレシピを活用してからにしたいと私は伝える。

 レティと私の仲は、今日のお茶会の雰囲気で、ギルド長も理解されていた。

「お友達といった雰囲気でしたから、そうでしょうね。では今はお忙しい状況で難しいと伝えましょう」




 保存食のビスケットは、初日のようにギルド長もテセオスさんも唸られた。

「保存食のレシピと比べると、似た素材なのに、こうも味と食感が変わるとは」

「炒って粉に、ですか。そのような発想はございませんでしたな」


 こちらについては、保存食作りをしている業者と提携してはどうかと、ギルド長から提案があった。

 ひとまずソランさんのときのように秘匿レシピにして、あとから公開に切り替えることも出来るという。

 そのあたりは、業者との話し合いで、決めればいいそうだ。


「この商品は嗜好品と異なり、急ぎで普及を希望する声が高まります」

「個別のレクチャーなどよりも、既に保存食作りをしている業者に一任した方が、ミナ様としては楽になるでしょう」

 テセオスさんと商業ギルド長に、そんな話をされた。


 既にある商品に対して、まったく新しい改良品のようなものが出たとき。

 事業継続が出来なくなる既存業者から、反発が来るという話を聞いたことがある。

 そうしたことを避けるなら、いっそ既存業者に丸投げという手を使えばいい。

 そういう提案なのだろう。


 詳細は明日、マルコさんを伴って、ギルド長とテセオスさんが竜人自治区へ来てくれることになった。

 保存食は非常に有益なので、もっと話を詰める必要があるけれど、今日はこれからとても忙しくなるので。

 わざわざ明日、竜人自治区に出向いてくれるそうだ。


 私のアドバイザーとして、マルコさんにも来てもらえばいいと提案された。

 私も賛成した。商業ギルド長のことは信頼しているけど、商人としての視点が欲しいからね。




「それとは別に、ミナ様さえよろしければ、あなたの技術の一部を、何人かの料理人に教えて頂きたい」

 他のレシピでも、私が忙殺されないために、ギルド長からそんな提案があった。

 レティに飴細工やアイシングクッキーを提供したあと、他の貴族家にレシピのレクチャーを求められたとき。

 商業ギルドから紹介された料理人にあらかじめ手順などを教えておくことで、その人たちからレクチャーしてもらえる。


 レシピ登録を抑えた方がいいのかと、考えていたけれど。

 ギルド長はちゃんと、その先を考えてくれている。

 私のレシピの引き出しが多いのなら、作れる人を増やして分散するべきだと。


 うん。その方がいい。

 作りたいものはもっとたくさんあるし、独占したいわけじゃない。

 もっと多くの職人が誕生して、一緒に競争するのも楽しいはずだ。


 その話も、明日改めて話し合うことになった。


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