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私たちが出発に合わせた納品の話し合いに、ワチャワチャしていると。
パンパンと、手を打つ音が聞こえた。
振り返ると商業ギルド長が、にこやかに立っていた。
「さて、ではこのあと、商業ギルドでレシピ登録をして頂くとして」
あ、はい。そうなりますよね。
「従来の保存食と比較をした上で、納品の詳細などを決めればよろしいでしょう」
なるほど。保存食ビスケットもタッパーも、商業ギルドで丸ごとレシピ登録。
その上で色々と話し合うということですね。
レシピ登録時の確認で詳細もわかるから、それで従来品と栄養価などを比較して、納品する量や価格なんかを、決める流れですね。
「ところでタッパーとやらは、急ぎで作成頂き、登録可能な物でしょうか」
ギルド長の質問に、マリアさんが樹脂素材があれば可能と答えて。
数を作るなら型を先に作った方がいいとシエルさんが口を挟んで。
セラム様から侍従さんに指示が出され、お城の樹脂素材と鉄が運ばれてきた。
マリアさんはブローチの花作りで、かなりこの素材の扱いに慣れていた。
薄くして魔力を抑えれば、よくある安売りタッパーになりそうだと言う。
容器本体に軽い傾斜をつけることで、いくつも重ねられるようになる。
私が出したビスケットの大きさに合わせて、マリアさんが樹脂素材に魔力を通す。
彼女が自宅でよく使っていた安売りタッパーをイメージして、お試しで容器と蓋が作られた。
頭の中に設計図をきちんと作れば、魔力だけで作れるというのがすごい。
蓋をしてみて、少し修正をして。
まずはタッパーと蓋が合うように、確認しながら修正。
それから作成したタッパーと蓋を元に、今度は型になる鉄を作って。
型ができたら、樹脂素材を型に沿わせるように伸ばして、次々と成形。
そのままお試しで、十個ほど作成した。
最後に複数のタッパーと蓋を重ねて見せて、有用性をギルド長に示す。
「なるほど。薄くすることで硬質な素材特性が薄れるのですか」
「魔力を込めると強く固くなるので、変形と軽度の固定に魔力を抑えています」
「形崩れしない程度の硬さで、この部分をはめ込める柔軟性があればいいと」
「この蓋の溝に本体のここがはまれば、密閉性が高くなるのか」
「密閉というほどではありません。液体は傾ければ漏れることもあります」
「それでも零れにくくはなるだろう」
「確かにこうして重ねられれば、空になったものは扱いやすいな」
「きちんと蓋をすれば、重ねて置いても中身が潰れない。これはまた画期的な」
男性陣が盛り上がっておられる。
タッパーが画期的な商売になりそうだ。
「保存食をこれに入れて売れば、劣化を防げるしいいと思うのですけど」
「この容器だけで購入希望する人も出そうだな」
ビスケットは薄型長方形で、大きめに作っていた。
タッパーに入れてみると、ひと箱にビスケットが二十枚ほど入る。
味も食感も、皆様目を輝かせていた。合格らしい。
あとは商業ギルドの鑑定魔道具で、従来の保存食と材料を比較。
価格設定や、必要枚数を考えて、納品数の話し合いになりそうだ。
タッパーのサイズ変更も可能だと、マリアさんは言ってくれた。
とりあえず大変な作業になりそうだということで。
ザイルさんからティアニアさんに、今の状況の伝言魔法が送られた。
そしてティアニアさんからの返信ですが。
なんと夕食になるものは、ソランさんたち料理男子の協力で用意した上で。
ビスケット作成にも、協力してくれるそうだ。
ソランさんたちも快諾してくれたという。
なんとも申し訳ないけれど、これは私だけのせいとも言えない。
でも色々と迷惑をかけまくっているので、ソランさんたちのパン屋の開店準備や、初日は手伝おうと、心に決めた。
価格設定と納品打ち合わせのため、セラム様も商業ギルドへ一緒に来るそうだ。
お城の馬車を待つ間に、商業ギルド長とシエルさんを引き合わせる。
ギルド長には、シエルさんも異世界から来た人だと伝えた。
「あなたも何か、レシピ登録されるご予定はございますでしょうか」
「鏡を作ったのだが、魔道具もレシピ登録は出来るのか?」
なんと、シエルさんが作ったのは鏡だったらしい。
確かに不便だけれども、男性も鏡がないと不便なのだろうか。
「鏡がないと、ヒゲも自分で剃れないだろう」
「ヒゲ」
なるほど。男性はヒゲ剃りで鏡を使うのか。
「城では人にしてもらうようだが、やはり自分でやりたいし」
そこで商業ギルド長から、鏡とは何かと質問が来て、シエルさんが現物を出した。
私たちから見ると、洗面所などについていたよくある鏡だ。
それが最初に作った物で、卓上で立てられる形式にしたものもあった。
ギルド長も、他の人たちも、自分の姿が明瞭に映るのに驚いている。
鏡がないままの世界ってどうなんだろうと、最初は思っていたけれど。
私もマリアさんも、ないならないでそのまま過ごしていた。
寝癖チェックがうまく出来ないけれど、厨房で顔を合わせたとき、お互いに直せばいい話だったし。
それが当たり前の世界なら、当たり前に過ごせてしまっていた。
まあ、実はマリアさんの方は、小さな鏡を持っていた。
なので実際に寝癖を直されるのは、私ばかりだったけどね。
ちょっと、自分の女子力の低さが申し訳ない気もする。
「なんとも、面白い物ですな」
「私たちの世界には、当たり前にあったものだ。むしろないことに驚いた」
「ええ。表へ出る前に、自分で姿を整えるのが当たり前でしたから」
シエルさんとマリアさんの言葉に、思わず視線をそらしてしまった。
水鏡の魔法はあったので、なぜ魔道具が作られていないのか不思議だったけれど。
魔道具を使うのは、上流階級の貴族や一部のお金持ちがメインだ。
基本そういう人たちは、身なりを整えることは使用人任せになる。
そして必要があれば、貴族やお金持ちは、自分たちで水鏡の魔法を使ったり、魔術師を雇える。
なので鏡の魔道具を作ろうとされていなかったようだ。
レシピ登録は行うけれど、需要はどの程度あるか不明という話だった。
売れるかどうかは価格次第だろうと。
卓上タイプは、ライトまでついていた。
「女優ミラーとかいうやつだな」
どうやら作るのが楽しくなってきて、凝ってみたらしい。
この世界で一番使われている鉄みたいな素材に、魔石を加工した液で魔術の回路的なものを書き込んだという。
鏡面だけは、魔力の通りやすい素材を薄く伸ばして塗ってある。
ベースの鉄みたいな素材が鉄貨の材料で、鉄そのものとは物質的に異なるとシエルさんに教えられ、またも異世界言語に騙された感になった。
もしかして銅貨や銀貨、金貨もかと思ったら。
「価格変換したときの価値がおかしいだろう。別の物に決まっている」
シエルさんから、当たり前のような言葉が返ってきた。
「異世界なんだから価値が違って当然でしょう」
昔の日本では、銀の価値が金より高く、海外に流出して問題になっていたということを、授業で習った覚えがある。
「それに二十歳の職人志望で、金や銀の価値とか詳しく知りませんよ」
「なんだ、子供みたいな見た目で、成人してるんじゃないか」
「成人?」
ザイルさんに反応された。
場の注目が集まる。奇妙なものを見る目だ。
「体はたぶん中学生くらいに戻りました!」
私が主張すると、シエルさん、首を傾げられた。
「体が中学生って、どういうことだ。二十歳なのだろう」
「シエルさん、鏡を作ったんでしょう。こっちに来て若返ったなとか、思いませんでしたか?」
「ああ。思ったが、よく寝たからかと」
うん。意味がわからない。
あちらでは、あまり寝ていなかったと言うこと?
「正直このところ残業続きだったのでな。あちらで鏡をじっくり見るような習慣もなかったしな」
目が泳いでいる。気づいていなかったようだ。
シエルさんは、独身で五十代だったと自己申告された。
見た目は二十代くらいに見えるのに、マリアさんより上だった。
仕事とゲームに人生を費やしてきたと言われて、なるほど残念賢者めと心で思ったことは内緒だ。
システム開発系のお仕事をしていたそうだ。
「腰痛がなくなったとは、思っていたんだ」
腰痛持ちか。父が言っていたな。
「確かに鏡を見て違和感はあったが、回復魔法を浴びまくったせいかと」
魔法のある世界だし、と流していたそうだ。
老けても顔立ちがそう変わったわけではなく、不健康な生活が続くと、見た目も不健康そうに変わるという変化の方が目立っていた。
また少し前に白髪が多くなったため髪を明るい色に染めたら、金髪になってしまい、最近は鏡を見る度に違和感があった。
なのでこちらで改めて鏡を見たとき、少しの違和感だけで終わっていた。
シエルさんには、私とマリアさんも若返っていたことを説明した。
この世界の魔力と寿命の関係に、私たちも適応したらしいと。
十五歳くらいから成長が緩やかになるようで、二十歳の私が、そのくらいに戻ってしまったようだとも話した。
「十五歳くらい?」
誰かの不思議そうな声が、ちらりと聞こえたけれども。
さくっと無視することにした。
マリアさんの保存容器が商標登録されているので表現変更が必要とのご意見頂きました。
最初に書くときに私も調べていたのですが、有名すぎて一般的な言葉になっているものは、商品名としては利用不可で、小説の表現としてはアリかと判断してそのまま表記したものです。
時間がとれたら、もう一度確認します。




