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新軍務大臣と神殿の人は、話が平行線のまま、立ち去る気配がない。
居座りでゴリ押しする気なのか、根負けさせる気なのか。
セラム様とエリクさんがこっちにいれば、無視してお茶を続けてもいいのにと思うくらい、実りのない会話だ。
でもセラム様は、根気強く相手をしている。
セラム様が強引に出ようとしないのは、強引に出来ない何かがあるのだろうか。
もしかすると、決定的な言葉や態度が出ることを待ってみている?
私が行動した場合の天秤をはかってみる。
あの人たちに顔バレするリスクはあるけれども、基本私は竜人自治区で暮らす。
今日はメイクもしてもらって、いつもと雰囲気が違う。
メリットは、私が出ることではっきり何か動きが出る。
決定的な言葉や態度を待つなら、私が出た方が決着は早い。
私は防音結界を解除して、セラム様のところに向かった。
すぐにグレンさんも一緒に動いてくれる。
気づいたエリクさんが、慌てて私を止めようとするけれど。
「こんにちは、私が聖女です」
まずは挨拶をしてみた。
「おお、聖女様。私は軍務大臣をしておりまして、今後浄化関係では、お世話になります」
丁寧そうな口調と態度を装っているけれど、魔力の感じがすごく嫌だ。
利用してやろうという気が満々というか、タチの悪い悪意だ。
お店に来ていた悪質な、警察を呼ぶ系のお客さんだなーという感じがする。
「聖女様は、今はどちらにお住まいですかな」
「いずれにせよ、聖スキルをお持ちの方のお住まいは、神殿になります。これから神殿へ一緒に参りましょう」
好き勝手に言ってくる彼らに背を向け、私はグレンさんを振り返った。
「グレンさん」
呼びながら、両手を上げて見せる。
抱っこを求めるポーズのように。
そしてグレンさんは、期待どおりに抱っこしてくれた。
きょとんとする一同。
「このとおり、私、竜人族のグレンさんの番なのです」
グレンさんの首に腕を回し、にっこり笑って宣言すれば。
グレンさんが嬉しそうに、私を抱く腕の力を少しだけ強めた。
「竜人族の番は、人族に当てはまりますか?」
ザイルさんに話を振れば。
「竜人族の番は竜人族だ。人族とは寿命なども変わるから、当然だな」
「じゃあ私、人族ではなく竜人族ですね」
「そのとおりだ」
人族の聖スキル者なら神殿に従えという理由なら、これでいいはずだ。
「住まいも竜人自治区で既に生活してもらっている。彼女はグレンの番だ」
ザイルさんにまで言われて、ようやく彼らは、ぐぬぬとなった。
竜人から番を取り上げることは、さすがに出来ない。
もしも一人のときに彼らに会ったら、侮られる作戦で救助を待ったかも知れない。
でも心強い味方がいる状況で、侮られるのは逆効果だ。
ここは強気で押すべし。
そんな気持ちで彼らの主張を封じたつもりだったけど。
それで黙るかと思えば、さらに軍務大臣の人、理屈をこね始めた。
「浄化の協力は、神殿と軍務大臣の取り決めです。神殿に所属されない方は、浄化に同行はして頂けません」
さあ困るだろうと言わんばかりのドヤ顔をされたのだけれども。
うん。同行する気はないから、いいかな。
そう思って無反応で、グレンさんにわざと甘えて見せた。
首に抱きついて顔を埋めたら、グレンさんたら、頭を撫でてくれた。
うん。気持ちいい。
でもちょっとそうじゃない。
番だと見せるためだから、恋人っぽくして欲しい。
頭を撫でるのは子供扱いに見えるから、ちょっと違う。
抱きついて顔を埋めた私の行動が悪かったか。
「浄化に同行出来ないというのは、浄化を拒否したとして、ずいぶんな立場になられるでしょうね」
あー、それ、前の軍務大臣さんが流した噂に便乗ってことですかね。
私を浄化に参加させないことで、噂の信憑性を高める狙いですかね。
聖水で解決しているんだけどね。
「わかりました。私が神殿に行かないなら、浄化に参加させないというのが、軍務大臣さんの判断ということですね。セラム様、そういうことで、お願いします」
「ああ。軍務大臣の意向として、確かに聞いた。陛下にもお伝えしよう」
「は?」
こちらが強気になるのが、わからないという顔をしている。
「本当に、それでよろしいのですかな」
さらに念押ししてくるので、頷いた。
「ええ。浄化に同行できなくても、私は結構です」
だって聖水で浄化に協力するからね。
たぶん、あちらは私が浄化に協力出来ないという言葉で、焦るはずと思っていたのだろう。
聖水が出来ていなければ、確かに困ったかも知れない。
でももう解決しているのだから、こちらに問題はない。
むしろ、浄化の協力をはっきり拒む軍務大臣という事実が、出来上がった状態だ。
グレンさんに抱き上げられた状態で見渡せば、王妃様がニマニマしている。
アランさんも、楽しそうに笑っている。
レティは目を丸くしていたけれど、私と目が合うと、微笑んで頷いた。
マリアさんは笑顔でぐっと親指を立てている。珍しい。
セラム様とエリクさん、ザイルさんも満足そうに頷いている。
新軍務大臣を早々に追い詰められそうだというのが、嬉しいのかもね。
聖水の話をする前はともかく、聖水で浄化が出来る今、神殿とのパイプは不要だ。
軍務大臣選定の理由が、変わってくる。
任命早々に罷免なんてことも、あり得る状況だね。
彼らは戸惑いながらも、それ以上に何かを言う材料がなくなったようだ。
最後に「後悔しますぞ」と言い捨てて、立ち去った。
セラム様と王妃様はいい笑顔で、軍務大臣罷免の話し合いが必要だと、エリクさんを走らせていた。
庭園でのお茶会はお開きになるけれど。
「シエルが二人に会いたがっていた。少し待っていてもらえるだろうか」
おお、異世界仲間のシエルさんを、すっかり忘れていた。
魔法を学ぶと言ってお城に残ったと聞いたけれど、どうしているだろうか。
王妃様は魔方陣の解析に戻ると席を立たれた。
レティとアランさんも帰るというのでお見送りだ。
公爵家の馬車で来た私たちだけど、帰りはお城の馬車で送ってくれるそうだ。
そしてお茶の席には、竜人自治区から来た私たち四人と、セラム様だけが残った。
待つ間に、私は陛下や宰相さん宛に、タルトのホールを侍女さんたちに言付けた。
あとセラム様に、護衛の人たちのために三ホール渡した。
八ホールも作ったのに、今夜のデザートに残らない気がしている。
「氷魔法で覆っておきましょうか」
「いや、冷蔵魔道具で保管させるので大丈夫だ。あいつらにまで、ありがとう」
セラム様は護衛の人たちと、気安い間柄みたいだ。
専属護衛だというから、いつもお出かけは彼らと一緒なのだろう。
セラム様たちは今夜中に集合して、装備などを調え、明日の朝出発する。
グレンさんも明日の早朝に、城門で合流予定だ。
騎士団が三ヶ所、近場とはいえセラム様たちが二ヶ所。
セラム様の護衛という彼らはどういう扱いなのか、ちょっと不思議だ。
「所属は騎士団だ。が、彼らはその中でもはみ出し者というか」
優秀なんだがと続けるセラム様に、なるほどと頷いた。
軍隊は規律がどうのと聞いたことがあるけれど、彼らは自由な雰囲気だった。
ケントさんも、緩めの雰囲気だった。
正規の騎士団に馴染まず、別組織のセラム様の護衛にまとめられたらしい。
外交で国外へ出るとき、別種族のところに出向くとき。
セラム様は何かと動くことが多いので、専属の護衛がいる。
そして彼らが優秀なので、何かと用事を押しつけられる。
「しかし二ヶ所を早期に片付けるには、グレンの力を借りる必要がある」
彼らが優秀でも、瘴気溜りで変質した魔獣は、手こずることも多い。
他の騎士団も、瘴気溜りの中心に向かうのは精鋭になるそうだ。




