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商業ギルド長は、宰相さんとお話をするために、お城の侍従に案内されて行った。
私たちは、ひと仕事のあとの、まったりモードの雑談に入った。
すると、なんとエリクさんから、セラム様の花祭りの裏話が飛び出た。
「庭師に案内させて、わざわざ自分で選んで花束見繕ってさ」
なんとレティに渡す花束を、セラム様ってば自分で見繕って、花束にしたらしい。
「レティアーナ嬢のイメージを庭師に言ってたんだが、傍目にムズ痒くなるような表現をしていたのが」
「おい、待てエリク」
私とマリアさんが、目を輝かせて聞き入るのに、セラム様から待ったがかかった。
さすがに恥ずかしいらしい。
でもでも、本当に仲良くなった感じがあるので、嬉しい。
さっきレティがセラム様をつねっていたけれど、あれも本当に気安い間柄になったからこそだ。
ちゃんとセラム様に好かれていると、わかったのだろう。
たぶんエリクさん、わざと言っている。
私とマリアさんは目を合わせて頷き合った。
だってね、その話を聞いたレティが本当に嬉しそうなんだ。
今まで他の人からアレコレ言われて、セラム様に好かれているという自信が持てなかったレティだ。
セラム様以外からの、好かれているよという話をすることは、大事なことだ。
エリクさん、グッジョブ!
「そういえばミナ」
恥ずかしがったセラム様から、不意に私へ、文句のような声が飛んで来た。
「私が頭の悪い女性が嫌いだと、レティアーナに言ったそうだな」
「え?」
いきなり何の話かと思っていると。
「確かにミナと初対面のとき、態度が悪かった自覚はある」
セラム様の言葉に、ああ、あの話かと思い出した。
レティが、甘えた声の可愛らしいご令嬢に対しては、セラム様が優しく接していると言っていたやつだ。
他の可愛らしい印象の女性には愛想を振りまいている。
でも自分とは議論が多いと、セラム様について悩んでいた。
そういう人とは話す価値がないから愛想だけを振りまいて、レティにはきちんと向き合って話しているんだって、話した覚えがある。あれだ。
「頭の悪い女性が嫌いというよりも、甘えた声の女と関わって、今まで碌なことがなかったんだ」
セラム様は、私をジトンとした目で睨みながら言う。
馬車でお城に来たとき、セラム様はレティのことを、才媛だって自慢げだった。
なので頭のいい女性が好きなのかと思ったけれども。
どうやら甘えた態度の、わざとらしい系の女性がダメだったらしい。
あー、なるほどなるほど。
私が勇者さんや国王に、甘えて媚びた声を出したから、自分にも来るかと用心してたってことね。
王子様だから、そういうことが過去に何度もあったのかもね。
なるほどと、私は頷いて見せた。
「そうですね。ああいう声って意識して演技してる時が多いですし、何か仕掛けられるかもってのは当然ですね」
「やはりそうか」
セラム様は頷き、レティは驚いた顔をしている。
うんうん。レティは素のままが可愛いから、そのままでいて欲しい。
「まあ、私は戦闘態勢のときに、あれになるんですけどね」
「戦闘態勢?」
「お店で厄介なお客さんが来るときに、警察を呼びながら、ああいう態度で時間稼ぎをしてたんです」
とりあえず褒めて機嫌良く過ごさせて、すぐに被害を出さない。
侮られて、少し時間をかけても大丈夫と思わせる。
そうやっておいて、こちらで言うところの騎士が駆けつけてくるのを待っていたと説明をした。
「戦闘態勢…そうだったのか」
セラム様が驚いたようだけど、気づいてなかったのがこちらも不思議だ。
いや、演技とは気づいていたけど、戦闘態勢だなんて言葉が、意外だったかな。
「あのときは勇者さんにしても、王様にしても、こちらの狙い通りに動いてもらう必要があったので」
甘えたアホの子演技は、ああいうタイプの男性にはけっこう効果がある。
実際に警戒されずに、誓約魔法が使えた。
そう説明すると、セラム様とエリクさん、アランさんが顔を見合わせて。
「女は怖いな」
しみじみと言った。
いや、女性が全部そうではないですよ。
私はそうだというだけだし、甘えた声の子が、全部そうではないですよ。
むしろ私は特殊な方かも知れない。
「私が相手にあの声を出すときは、相手に悪印象があるときです。まともな人には、あの態度は取りません」
そう説明すると、ザイルさんが頷いた。
「確かにな。あのとき以降は、特にそういった態度は見ていないからな」
「味方がいるときは、する必要ないことも多いですからね。あのときは自分以外がどれほど当てに出来るか、わからなかったので」
とにかく必死だったのだ。
そう訴えると、そうかとグレンさんが頷いた。
「あのときの態度は、理由があったということだな。少し…思うところがあったので、理由を聞けて良かった」
今更ながらに、私は気づいた。
あのときの私の態度って、番だってわかった上で、見たり聞いたりしていたグレンさんからすれば、とんでもないものだったと。
「警戒する相手であって、好意はなかったということだな」
念を押され、私はコクコクと全力で頷いた。
「好意はまったくありませんでした!」
「そうか」
ああああ、グレンさんを悲しませていたようだ。
申し訳ないことをした。
ふと、グレンさんが顔を上げた。
少し遅れて、私とマリアさんも嫌な感じがして、振り返った。
見知らぬ男性たちが来て、私たちの給仕をしていた侍女の人に、何やら話しかけている。
「新たな軍務大臣だ」
「あちらの服は、神殿の者だな。どういうつもりだ」
セラム様とアランさんが教えてくれる。
ええ、この庭って、こんなふうに入ってきていい場所なの?
登城許可がある人なら、いいってことなのかなあ。
そう思っていると。
「許可無くこのような場所に、何用だ」
テーブルを離れて前に出たセラム様が、厳しい声を向けた。
あ、やっぱり許可がいるんだね。
新軍務大臣は、聖女と話がしたいと主張した。
本当は騎士たちに止められたのに、自分は上層組織の人間で、許可は得ていると主張したらしい。
セラム様の声に、状況に構えていた庭園警備の近衛騎士たちが警戒態勢になった。
「聖女様がおいでと伺いました。聖女様といえば、軍務大臣として挨拶せねばならない方ですからな」
「不要だ。聖女はその範疇ではない」
「おやおや、聖女というのは、聖スキルを持っているのでしょう。それなら神殿に所属して、軍務大臣である私を通して城とやりとりをするものです」
「不要と言っている」
「それはセラム様が決められることではないでしょう」
なんだか一歩も引く気がないやりとりだ。
王子のセラム様に対する態度としても、ずいぶんな気がする。
まるで王族よりも自分の方が偉いし、正しいと言っているようなものだけど、アリなの?
「聖スキル者は神殿に所属する。それは国を超えた取り決めです」
「決めたのは神殿だ。国同士の取り決めは何もなされていない」
「ですが他国もお守り頂いていることを、この国だけが例外とするわけにはいきますまい」
「そもそもここは、人の出入りを制限していたはずだ。そのように強引に、神殿の者を連れて来て良い場所ではない」
「いやいや、これはたまたま、この庭園を通ったただけでございます」
何がたまたまだ。
見たのは途中からだけど、侍女や侍従の人たち、止めようとしてたでしょう。
許可があるって嘘をついて、騎士の制止も無視して強引に来たのでしょうが。
「この庭園、今日は規制をしてるんだから、偶然通らねえよ」
エリクさんがボソリと言ってる。
だよねー。
騎士の人も、セラム様の両脇で警戒しつつ、どうしたものかという態度だ。
軍全体の大臣として自分の上司にあたるけれど、王族警護の近衛としては取り締まる必要がある。
うん。これどうするんだろうか。
花祭りのときは、貴族の人にこの庭園も開放されていた。
でも普段は王族が客を招く庭園なので、貴族でも無闇に立ち入れないそうだ。
話す内容もずうずうしく、魔力に嫌な感じが滲み出ている。
「異世界から来られたとはいえ、人族の中で住まうなら、こちらの流儀に合わせて頂く必要がございますぞ」
「聖女様は、我々神殿が、責任を持ってお預かりいたしましょう」
何やら私をこのまま連れて行くみたいな話になってるんですけどー。
セラム様が反論してくれてるけど、のらりくらりと話し続けている。
立ち去る気配がないのが、なんだかなと思う。
王妃様やアランさんは、セラム様に対応を任せているみたいで動かない。
エリクさんだけが、セラム様の傍らに立ちに行った。
聖スキル者は神殿に所属するのが、人族の国のルールだという主張が聞こえる。
この辺の国ではっていう注釈が付きそうだけどね。
あと人族のルールっていう部分で、反論できそうかなとは思う。
「聖女の居場所もわからず、聖女が来たという情報を得て、焦ったかな」
ザイルさんが小声で言った。
なるほど。あの派閥の人は今もお城に多いから、今日私が来たことが漏れたと。
「あと神殿が魔力溜りに対処出来ていないことでも、焦っているだろう。聖女なら、今の状況が打開できると考えたかな」
アランさんも小声。
「あとは派閥をそっくり支配下にするため、急ぎで成果が欲しいってとこかしら」
王妃様も小声で話す。
うん。あの。防音結界、まだ有効なんですけどね。
前に出たセラム様とエリクさんを、結界から外しはしたけれど。
フィルター的に外の声を通すイメージで張ったので、彼らの声は聞こえるけれど。
まだ結界は張ったままなので、普通の声でいいですよ。




