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「回帰というスキルのヘルプ情報に、あったんですよね」

 ザイルさんがフリーズから回復しないので、私は解説の言葉を添えてみた。

「ヘルプ情報って、過去の聖女が実際にスキルを使った例みたいなんですけど」

 ザイルさんはフリーズしたまま、目だけがこちらを見ている。


「なぜそのスキルを勇者に使ったのかはわかりません。ただ回帰スキルのヘルプに、勇者に使った場合の注意書きがありました」




 回帰スキルは『あるべき状態に戻す』という、究極の回復魔法だ。

 治癒や解毒、解呪などのスキルが通用しない場合の最終手段として使える。

 治すのではなく、『あるべき状態に戻す』ことで、回復する。


 回帰は魔力が半端なく消費される魔法だ。

 それはそうだろう。時間を戻す、なかったことにする反則魔法なのだから。


 そんな回帰スキルの説明の中に、注意書きがあった。


『あるべき状態との差違によっては、魔力が大量消費される』

『差違が大き過ぎて魔力を使い果たせば、命を失うこともある』

『勇者に使うと元の世界に戻すため、魔力の大量消費で死に至る可能性が高い』

『勇者に回帰スキル発動中、聖女が死んだ場合、魂が勇者の世界に飛ばされる』




 なぜ聖女が勇者にそのスキルを使ったのかは、わからない。

 本当に勇者を元の世界に戻してあげようとしたのか。

 あるいは異世界召喚された者と知らず、状態異常回復などを狙って使い、元の世界に戻そうとスキルが働いてしまったのか。


 ともかく勇者に使い、死に至った聖女の魂が、勇者の世界に飛ばされた。

 それが聖女がこの世界からいなくなった真相だ。

 スキルの説明から、私はそう考えている。




 そんな説明を私がすると、ザイルさんはストンと椅子に腰を落とした。

 座ったと言うよりも、脱力して、という様子だ。

 そのままガックリとうつむいているので、顔は見えない。


 ちなみにグレンさんは、特に動揺していない。

 なるほどそうなのか的な顔で頷いているし、魔力の感じも通常だ。


「奴の死亡は、確かに勇者召喚の時期と重なるが。そうなると勇者とは…」

 絶妙に聞こえにくい声で、ザイルさんが何やら呟いている。




「セラムから聞いたけれど、あの国は誓約スキルであなたに手出し出来ないようにしたのよね」

 不審な態度のザイルさんを放置して、王妃様から質問が来た。

 私もザイルさんから視線を外し、頷いた。

 私だけではなく、あの国を自分の意思で出た異世界の皆にだけれども。


「じゃあ、あの国が主導であれば、こちらに手出しは出来なくなる」

 王妃様は赤い唇に指を添えて呟く。

「でも首謀者が他の人なら、こちらに手出しして来る可能性はあるわね」


 私も話しながら、そんな気がしてきていた。

 どんな人がどんな狙いで何をしたのか、よくわからないけれど。

 狙いが聖女なら、私は用心するべきだ。




「身を守る魔道具を贈りましょうか。呪術も絡めて」

「あ、魔道具は、グレンさんから」

 私は髪飾りを示したけれど。


「呪術も絡めてというのは、ありがたい。是非お願いしたい」

 私が言い切る前に、グレンさんが言い切った。

「オレの魔道具では守れない何かが、呪術でカバー出来る。是非とも頼む」

「ええ、ではお菓子と交換でお願いね」


 王妃様のにこやかな言葉に、セラム様が額を押さえ、アランさんが笑う。

「だって、これもおいしいけど、レティアーナが食べたお菓子も食べたいもの」

「ああ。あれは献上してもおかしくないお菓子だったな」

 アランさんの言葉に、王妃様が口を尖らせた。


「献上なんて大げさな話はいらないのよ。私は魔女で研究者よ。その成果と交換がいいの」




 研究成果と交換なら、ここはショートケーキやシュークリームとか、新しいものも必要だろう。

 よし、頑張って交換品を作ろうか!

 というところで、お客様が来た。


 エリクさんが、人を連れてこの場に姿を見せたのだ。

「商業ギルド長か」

 案内されてきたのは、商業ギルド長のボンドさん。


 まず王妃様とセラム様、そしてアランさんやレティ、私たちに挨拶をしてくれる。

 席が再び整えられる間に、立ち上がっての挨拶だったのだけれど。


 ひととおり挨拶をしたあと、ふと彼の視線がテーブル上に行った。

 そして私に、にこやかだけれど何かを含む視線を向けた。


「帰りに、レシピ登録にいらして頂けますでしょうか」


 タルトをがっつり見られたようだ。

「あ、はい」

 それ以外に返事は許されない雰囲気だった。









 さて、聖水の価格設定はかなり難しかった。

 主にギルド長とセラム様の間で、話し合いがされたのだけれど。

 まず魔力換算で、聖スキル者のお手当を考えたことがなかった。


 聖スキル者で高魔力の人は、ほんのひと握りらしい。

 大抵は、少ない魔力ながらも聖魔力があるので、神殿に所属している。

 浄化に参加で全員一律料金だけど、千の魔力がある人もいれば、数百の人もいる。

 数百の魔力の人の方が、割合は多い。




 魔獣が発生するレベルの瘴気溜りは、聖スキル者ひとりで浄化は困難。

 今までの浄化依頼は、まだ魔獣が発生しないレベルの瘴気溜りの浄化が多かった。

 そちらであれば、危険も少なく、人数や日数も少なく浄化が出来る。


 瘴気溜りの規模も、目算であって数値ではかったことはない。

 あと聖魔力の魔力値をいくら注いでいるかも、よくわからない。


 今回の聖水による浄化で、瘴気溜まりの浄化魔力が二万ほどだと仮定して。

 魔獣発生した瘴気溜りの浄化を、五人で十日かかった例があるということから換算してみる。

 ひとり一日四百ほどの魔力を浄化に使った計算だ。


 いつも神殿に払う費用は、危険手当付きでひとり一日小銀貨五枚、五万円ほど。

 浄化に同行しているから出張だし、拘束期間が長い。

 そうした出張や危険なし、魔力だけの価格でひとり一日一万円と仮定してみる。

 王都で日雇い労働者の一日給料が銅貨五枚、五千円ほどだから、特殊なスキルで倍の金額として、妥当だろう。

 そこから計算すると、魔力一ポイント二十五円という換算になる。


 ポイント換算が妥当かどうか、よくわからないので、参考になる魔力水的なものがないか聞いてみた。

 例えば薬の効き目を良くする浸透スキルをポーションに使うと、割増料金が発生するそうだ。

 浸透スキルに、どのくらい魔力を使っているかはわからないけれど。


 さっき聖水を鑑定してくれた担当者と、お城でポーション作成をしている人に来てもらい、意見聴取した結果。

 たぶん浸透スキルで割増料金が発生するとき、まとめて作って、百ほどの魔力で千円ほどの割増料金だった。

 なので魔力一ポイント十円ほどという計算になる。




 私の「国庫に負担が少ない」と「聖スキル持ちが損をしない」を両立すると。

 例えば一魔力二十五円として。

 四百の魔力で聖水を作ったら一万円、日雇い労働者の日当の倍だ。


 ただし平均値でその金額なので、魔力の低い人の場合も考える。

 一般的に魔力はほとんどの人にあり、スキルとして魔力があるなら、魔力二百はあるはずだと、鑑定担当者は言う。

 初めての魔法で魔力を体に巡らせるとき、その程度の魔力が必要らしい。

 もし魔力値が最低の二百である場合、通常の日雇いと同じ五千円の収入だ。


 今までの日当と比べると格段に少ないが、出張も危険もなく、日常生活で寝る前に聖水を作ればいい状況だ。

 そう考えると個人収入として、魔力の低い人でも損はないと思える。




 懸念があるとすれば神殿がどう考えるかだが、そこは割り切る。

 神殿が聖スキル者を管理して、お金儲けをしている状況こそが、不自然なのだ。


 商業ギルド長が耳にした話では、聖スキルが判明したため強引に神殿に所属させられ、浄化に行かされている人もあるという。

 個人の自由を奪っている状況は、明らかにおかしい。


 それに神殿の聖スキル者の扱いは、地域差がかなりあるそうだ。

 この国や近隣国では、聖スキル者を強引に所属させるのが当たり前になっている。

 でも自由意志の地域もある。

 日常生活はその人任せで、必要なときだけ浄化を依頼している地域もある。

 特に神殿本部の付近がその方式なのだとか。


 聖スキル者の把握という意味で管理はするが、日常まで縛るものではない地域は、むしろ多いそうだ。

 そうした商業ギルド長の話を聞くと、この地域の神殿がおかしいように思える。


 浄化をしなければ日常生活が脅かされるため、必要なこととされていたけれど。

 聖水の浄化が当たり前になれば、神殿が聖スキル者を管理する必要がなくなる。

 むしろそうあるべきだと、セラム様も商業ギルド長も、同意してくれた。




 あとは国庫からの支出として妥当かどうかだけれど。

 通常程度の魔力二万ほどの瘴気溜りが、五十万円ほどで浄化出来るなら。

 日当五万円の五人を十日分、二百五十万ほどの費用が、五十万円に削減。

 国庫の負担も減ると考えて行けるだろうか。


 そんなこんなの協議結果、一魔力二十五円ほどの価格設定になった。

 ギルド長も、セラム様たちも笑顔になったので、妥当な決着だったようだ。

 神殿に所属している聖スキル者の意見は聞けていないが、聴取するとややこしいことになるので、仕方がない。


 私の魔力五千の聖水は、十二万五千円。銀貨一枚と小銀貨二枚、銅貨五枚だ。

 聖水ひとつ、ひと月の家賃以上というのが、ちょっと高額だなと思ったけれど。

 二人分の五日のパン代と似た金額と考えてしまうと、まあいいかと思った。

 うん。金銭感覚がちょっとズレ始めている。いけない、いけない。




 ちなみにお城には、魔力値を測る魔道具があるけれど、商業ギルドにはない。

 でも今後、商業ギルドに聖水が持ち込まれる可能性もあるため、ギルドに魔力値を測る魔道具を譲るという話が出た。

 そのあたりは、このあと宰相さんと話をするそうだ。


 難しい話が終わって、改めてお茶の時間になる。

 王妃様が、タルトのお代わりをして、ギルド長とエリクさんの前にもタルトが置かれた。


 さっきは昼食メインで、タルトをまだ食べていなかったセラム様やアランさんたちも手をつけた。

 そして絶賛してくれた。


「あのとき頂いた異世界のお菓子だな。あれも経験のないおいしさだったが、見事に再現している」

「王妃陛下が仰ったとおり、甘酸っぱさとこの甘いソースが絶妙だ。生地とソースが馴染んで、とにかくうまい」

「こんなの、初めて食べた! すごいな!」

「久しぶりに食べたけど、このカスタード、すごくおいしいわ」

「とってもおいしいわ、これ大好き!」

 レティからも大好きを頂きました。また差し入れしよう。




 グレンさんと、フリーズから復活したザイルさんは、黙って食べている。

 そして食べ終わってから、ザイルさんがそっと私に言ってきた。

「すまない。ティアニアやテオにも、是非とも食べさせたい」


 はい、承りました!

 今日残るかはわからないけど、明日にでもデザートに出来るように作りましょう。


 ギルド長も、黙って食べていたクチだったけれど。

 食べ終わってから、何やらメモをとっているのが、ちょっと恐ろしい。

 つい見てしまうと目が合った。


「あとでレシピ登録をして頂きますが、これは日持ちがしないお菓子ですね」

「はい。作って冷やしておけば、当日くらいは持ちますけど。基本的に当日中です。冷やして置けなければ、なるべく早く食べて欲しいです」

 なるほどと、頷いておられる。


「登録はこの生地とソース、別々に必要ですな」

「あ、はい」

 うん。タルト生地で、カスタード以外に活用できるし、カスタードクリームも他に活用出来るし。


 本当に、よくおわかりですね、ギルド長。


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