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私たちが城を出たあの日に、大規模瘴気溜りの跡から魔方陣が見つかった。
魔術師では解析が出来ず、王妃様の側近、途中からは王妃様本人も解析に加わり、夕刻には瘴気溜りを作るための魔方陣と判明。
人為的な瘴気溜りだとわかり、即座に各地で異変がないか調査がなされた。
すると早々に、複数の場所から瘴気溜り発見の報告が入った。
公爵領の瘴気溜りも、そうした調査で見つかったものだ。
これから向かう瘴気溜りもそうだ。
いずれも早期に見つかり、魔獣があふれないように、騎士団がその地を囲い込んで対処している。
「調査して早期に発見できたはいいが、浄化の目処が立たずに困っていた。本当に聖水は助かる」
騎士団は魔獣を倒すことまでは出来る。
でも浄化をしなければ、迷い込んだ動物や虫がまた魔獣になる。
大元を絶つ必要があるが、神殿の聖スキル持ちは疲弊し、対処が出来なかった。
騎士団には既に聖水に関する指示が出され、動き出している。
セラム様の護衛も、エリクさんが招集をかけているそうだ。
あの長期出張のあと、ほとんどの人が休暇に入っていたので、今日中に招集をかけ、出発は明日になる。
見つかった瘴気溜りも、魔方陣があるか、確認する必要がある。
「公爵領の瘴気溜りの跡からも、魔方陣が発見された」
アランさんも、苦い顔で言った。
瘴気溜りがないか各地の調査をするにあたり、もし瘴気溜りが見つかれば、浄化後その地を調査するよう指示がされていたらしい。
そして今朝、公爵領から魔方陣が発見された知らせが入った。
「あんな領都の近くで、わざと瘴気溜りを発生させるなど、悪質だ」
魔方陣は全てを解明したわけではないので、王妃様主導でまだ解析中だ。
ただ、人為的な瘴気溜りというだけでも、厄介なのに。
仕込まれていた魔方陣が、さらに厄介なものだった。
「魔方陣の一部に、呪術が使われていたわ」
今まで朗らかだった王妃様の顔が陰る。
「呪術はね、いい呪術もあれば悪い呪術もある。禁術も、伝わっているわ」
その悪い呪術や禁術のせいで、魔女が迫害された歴史もあったという。
「悪用されたときのために、禁術も魔女の家系には伝わっているの」
大元を知らなければ、対策も取れない。
そうしたことから、魔女の家系には悪い呪術や禁術も伝えられている。
ただし、悪用をしないという誓約を施した上で、だ。
「今の魔女は、禁術には手を出さないし、出せないわ」
私の誓約スキルとは違うけれど、呪術にもそういうものがある。
誓約の呪術を施した上で伝えられるので、けして悪用はされない。
「だから恐らくは、過去の魔女から、どこかに伝わってしまったものが悪用されていると思うの」
普通の魔術では、瘴気を集めることは、出来ないはずという。
そして下手をすれば、また魔女が迫害されることにもなりかねない。
王妃様はそう心配している。
魔術や呪術など、複雑に組み合わさった魔方陣は、極秘で解析をしている。
瘴気溜りをわざと作る魔方陣など、知る人を下手に増やせない情報だ。
「神殿、ということはありますか?」
「可能性は薄いわね」
私の質問に、王妃様は即座に否定した。
「神殿には神殿の教義があるわ。彼らは呪術に手を出さないはずなの」
解析された魔方陣は、神殿ではまず扱わない系統らしい。
「それにもし神殿が、自身の収益のためにしたのであれば、逆に自分の首を絞める行いだ」
セラム様も神殿ではないという考えだった。
瘴気をわざと集めるというのは、大勢の聖スキル保持者を危険に晒す行為になる。
あれらは聖魔法スキル持ちで対処ができる限度を超えている。
神殿側の大きな損失になる状況を、わざと作りはしないだろうと。
そういえば召喚されたとき、各地で瘴気溜りが増えているという話は出ていた。
他国でも、瘴気溜りに聖女の浄化要請が来ているという。
それらがもし、人為的に作られたものだったとしたら。
誰が、何のためにそんなことをしているのか。
「召喚されたあなたたちにとってはショックかも知れないけれど、あの国が怪しいと私は思っているわ」
王妃様が溜め息交じりに言った。
「私、陛下に嫁ぐ前、あの国王がまだ王子だったときに、求婚されたのよ」
あの太ったおっさん国王は、当時十歳。
王子本人からの求婚というよりは、国としての申し入れだったらしい。
そして王妃様は、当時四十五歳だった。
ええと、王妃様の今の年齢から計算して、あの国王は今七十歳くらいかな?
「まあ、行き遅れだったのは確かだけれど、あの申し入れはないわ」
思い出しても不愉快だと言いたげな王妃様。
あの国、そんなに昔からやらかしていたのかと、遠い目になる。
マリアさんも微妙な顔になっている。
「魔女の力が欲しかったみたいなのよね。好きに呪術研究をさせてやるとか言ってたけど」
はんっ、と王妃様が鼻で笑った。
「あの国、魔術師でも魔力が低いし、魔術解析も遅れているのに。あんな国に嫁いで、何が好きに研究よ」
バカにされたことではなく、研究設備や環境に対する不満だった。
つくづく研究者なんだなといっそ感心する。
セラム様が、片手で目を覆ってしまってますよ。
「この国は竜人自治区があって、異種族との交流も多いわ。魔術研究も進んでいる。竜人族の子供の優秀な魔術師も多いわ」
だからこの国の王から求婚され、即座に受けた。
研究環境が充実しそうだから、こちらに嫁いだと鼻息荒く王妃様は言う。
うん。ブレない主張は、いっそ気持ちいいな。
「だからこそ、魔術研究レベルの低かったあの国が、異世界召喚なんて出来たことは、不自然なのよ」
あの国が異世界召喚をしたことに。
出来てしまったことに、何か裏がありそうだと王妃様は主張する。
「あの国の王様が言ってたのは、あちこちで瘴気溜りが発生しているから、魔獣討伐のために勇者召喚した、みたいな話でしたよね」
私の言葉に、セラム様が頷いた。
「ああ、周辺諸国への言い訳がそうだった。勇者は強い者を倒す力を持つために、浄化が間に合わない瘴気溜りで、生まれる魔獣を討伐してもらうと」
その瘴気が、作られていた。
「何らかの理由で勇者召喚がしたかった。その理由付けに瘴気溜りを作ったということは、あり得るな」
ザイルさんが言う。
あと瘴気溜りを作ったのは別の人で、あの国は知らずにやらされた可能性もある。
まあ召喚と瘴気がまったく別の理由という場合もあるけれど。
そうしたいくつかの可能性を、ザイルさんが挙げていく。
それらに、王妃様は考える顔をして。
「もしあの国主導だったとしたら、あの頃からそういうことをしたくて、私を呪術研究に招こうとした可能性はあるわね」
だとすれば、ずいぶん昔から計画されていたことになる。
「ただ、そうね。瘴気を集める魔方陣も複雑なものだったし、瘴気溜りを作る魔方陣と、異世界召喚の魔方陣。出所が同じということは、可能性として高いわ」
その場合は、召喚の理由として瘴気を作った可能性が高くなる。
それが両方ともあの国がやっていたことなのか。
瘴気を作った主犯が、あの国をそそのかして異世界召喚をさせたのか。
「そこまで企んで主導するような力は、あの国にはないと思うわ。たぶん召喚の役割を、あの国が与えられただけじゃないかしら」
王妃様の予想に、セラム様もザイルさんも頷く。
あの国のレベルでは作り上げられなかったはずの、召喚の魔方陣。
出所が判明していないことが不気味だ。
それでも両方の魔方陣の出所が同じなら、何らかの関係はあるはずだ。
利用されたにしろ、犯人とつながりがある。
とにかく、あの国にそんな高レベルの技術があれば、話が来たときに嫁いでいた。
だからあの国には作り出せない魔方陣だ。
そう語る王妃様に、セラム様が遠い目になっている。
召喚と瘴気溜りに関連があるとして。
自作自演で、その解決のために勇者召喚なんてしたのなら。
魔獣討伐のための勇者召喚ということが、嘘とも考えられる。
だとしたら、勇者以外の狙いとして。
「勇者召喚よりも、聖女を召喚するため?」
思いついた私の呟きに、セラム様が怪訝な顔をした。
「どういう意味だ。聖女はそもそも、この世界に生まれるはずのものだ」
「でも、もし先代聖女がどうなったのかを知る人がいたら、勇者の世界から、聖女を召喚しようとしたのかなって、思ったんですよね」
「待て、どういうことだ」
ザイルさんが顔色を変えて立ち上がった。
グレンさんの強い視線も感じる。
「スキルの説明で、そうだと思ったんですけど」
反応が激しすぎたので、少し戸惑いながら、私は説明した。
「たぶん、私の前にこの世界にいた聖女は、勇者にスキルを使ったために、勇者の世界に魂を飛ばされたんです」
私がそう説明すると、ザイルさんが壊れた。
な、ど、そ、などと意味の無い言葉を並べて、見事にフリーズした。




