56 庭園にて
セラム様が案内してくれた王城の庭園は、素晴らしい眺めだった。
昨日まで花祭りだったので、こちらも見事な花盛りだ。
特に案内してもらった、席のしつらえられた庭は、まさに百花繚乱。
大輪の花も、風にそよぐ小さな花も。
高低差で見栄えがするように。色のバランスなども、たぶん考慮されている。
うん。素敵なお庭だ。
椅子に座ると、花の香りはするけれど、それほどキツくもない。
絶妙さに、また唸りたくなる。
さすがプロの庭師さんのお仕事ですね!
席について、お茶と軽食が運ばれてきた。
私は手土産のフルーツタルトのホールを出す。
「あの、いちおう手土産を持ってきたのですが」
「あら何これ!」
いち早く反応したのは、王妃様だった。
「私が再現した、異世界のお菓子です。私、菓子職人を目指していたので」
フルーツタルトは切り分けるのが難しそうなので、事前に私が切り分けて、切り口を氷魔法で軽く凍らせておいた。
魔力が通る包丁だったら、そういうことが出来るのではないかと思ったら、出来てしまった。
お昼ご飯を差し置いて、甘い物ってどうなのかなとは思ったけれど。
私は今、甘い物が食べたいのです!
なので取り分けてもらい、持ってきた人として、まずフルーツタルトを食べる。
亜空間で保存したので、生地がサクサクしたまま、カスタードと馴染んでいる。
カスタードはトロリと甘く、フルーツは甘酸っぱく、私好みに仕上がった。
私が食べたのを見て、すぐに王妃様も侍女に取り分けを指示し、食べた。
セラム様がちょっと額を押さえているのが面白い。
「おっいしーい!」
うひょうと言いたげな声で、王妃様から感嘆の声。
「何コレ、サクッとしててトロッとしてて、不思議だけどおいしい! 果物が酸っぱいけど、この甘いトロッとしたのと合わさって絶妙!」
王妃様から食レポが来た。
レティがクスクス笑っているので、たぶんこれ、王妃様の通常運転だ。
魔術研究をしていた人。
つまりお姫様というより、魔術師で研究者だったのだろう。
有名な魔女と言われたけれど、魔術師と魔女は違うのだろうか。
「母はまあ、こういう人だ。慣れてくれ」
セラム様からは、そんな言葉が来た。
「ちょっとセラム、あなた身内扱いにした途端に、雑な言葉選びになるの、良くない癖よ」
そして王妃様からお小言が出た。
セラム様も優秀っぽいのに、ちょっと雑そうなところがあるのは、アランさんと似ている気がする。
王子らしくと心がけても、本来は雑なのかも知れない。
そして若く見えるけれども、やはり王妃様はお母さんだった。
「とっても素敵な美魔女さんですね」
うっかり口にすると、それはどういう意味かと聞かれた。
「年齢がわからないほど、ずっとキレイな女性を、私たちの世界では美魔女と呼びます」
「まあまあ、いい言葉だわ」
今度から名乗ろうかしらと言い出したので、美魔女という言葉は自分で名乗るものではなく、人から言われる言葉だと説明しておいた。
「そういえば、魔女ってどんな意味を持つのでしょうか」
「あら、気になる?」
うふふと笑って、王妃様は説明をしてくれた。
属性魔法など、単純に効果をイメージして魔力を使って現象を起こすのが魔法。
そこに法則を乗せて、複雑な効果も出すのが魔術。
魔道具や魔方陣は魔術にあたるそうだ。
さらに、呪術系を使う、魔女の一族という方々がいる。
呪術は主に生き物に作用する系の魔法で、聖魔法ではない治癒もある。
聖魔法やポーションのような即効性はない、じんわりした効果だという。
昔の東洋医療みたいなものかも知れない。
精神に作用する部分もあるので、マイナスイメージも根強い。
さらに瘴気関係も呪術が効くので、瘴気は生物に関する何かではないかと魔女の中では言われているそうだ。
魔女以外では、あまり知られていないことだけれどと王妃様は語る。
魔法とは少し異なるが、イメージが主体という意味では魔法の一種。
でも法則があるという部分は、魔術に近い。
「私の母は、魔女の一族だったのよ」
隣国ルビーノの側室は、特殊な呪術を受け継ぐ魔女の家系の人だった。
この国サフィアに竜人自治区があり、竜人との混血が多いように。
南にあるルビーノは、魔女の一族が住む森があり、呪術研究が盛んだという。
王妃様は魔女だった母から呪術を教わった。
魔法と魔術、呪術をそれぞれ学べる環境にあったことで、研究にのめり込んだ。
「魔法と魔術、呪術。魔術と呪術は、法則性や手法があるという点で似ているし、魔法と呪術もイメージが大事という点で似ているわ」
それぞれを学んだことで、研究を始めたら、面白くてやめられなくなったらしい。
「呪術は男性も使えるけれど、なぜか女性の方が成果は高いの」
王妃様は基本的な呪術についてレクチャーしてくれる。
気分が沈んだときに、前向きになれるもの。
苛立ったときに、気を鎮めるもの。
魔力と媒体を対価に、少し手順があるところが、おまじないみたいだと感じた。
「同じ魔力なのに、女性が呪術を使った方が、効果が出るの」
なんとも不思議だけど、そういうものらしい。
「魔術は法則と結果が一致する。でも魔法と呪術は同じやり方でも結果が違う」
なるほど、研究すればするほど、不思議で面白いのだろう。
私が和菓子も洋菓子も手法を知って、面白くて楽しいと感じるのと一緒だ。
あとお菓子でも、同じやり方のようでいて、完成した味が違うことがある。
そういうのを突き詰めていく感覚だろうか。
そう言うと、うふふと王妃様は、またも蠱惑的に笑う。
「そうなのね。お菓子研究、それも面白そうだわ」
「研究というよりは、修行ですね。せっかくだから、この世界でもたくさんお菓子を作りたいです」
王妃様はタルトをまた一口頬張り、うふふと笑った。
「いいわねえ。このお菓子もおいしいし、他にも色々とあるの?」
「先日頂いたお菓子も、とてもおいしかったですわ」
レティも昨日のアイシングクッキーと飴細工の話をした。
見た目が可愛く、味や食感もおいしく楽しいお菓子だと、一生懸命言ってくれる。
今はお母様が公爵領にいて、お父様はしばらくお城から帰っていない。
王都公爵邸に昨夜いた家族は、昨日お会いした三人だけ。
昨日の手土産のお菓子は、まだ残っている。
なので出来れば父にも母にも、食べさせたいとレティは言う。
「あれはどの程度、日持ちするのでしょうか」
難しい質問が来た。
密閉状態だったら、一週間程度はいいと言いたいところだけれど。
布に包んだ状態だと、湿気の影響があるだろう。
あと風味もどんどん落ちていく。
飴細工も密閉容器で乾燥できていれば、日持ちがするけれど、湿気に弱い。
そう伝えると、乾燥状態を保てる魔道具が、公爵家にあると言われた。
「あれに入れておけば、日持ちがするということだろう」
そしてアランさんは自分の従者に、公爵家へお菓子の保存について使いを命じた。
いやいやいや、お菓子で使いっ走りをさせられるのって、いいのかな。
そう口にすると、逆にアランさんが不思議そうな顔をした。
「頂き物の稀少な菓子の扱いなのだから、大げさでもないだろう」
まあ、異世界のレシピでまだ出回ってないから、稀少といえば稀少だけれども。
「うちの使用人が、街の噂を拾ってきたが、あれらは高級菓子なのだろう」
「えええと、花祭りで販売されたものは、けっこうな高額商品になったとは聞いています」
なにしろ私との取引価格の時点で、高額だったからね。
そう言われると、大げさでもない気はしてきた。
お菓子の取引もレシピ使用料も、商業ギルドに作った口座へ振り込まれる。
もらった納品の明細では、三回の納品でかなりの金額になっていた。
あとソランさんがパン屋を開けば、パンのレシピ使用料も口座に入る。
しばらく家賃の心配はいらないだろうお金になりそうだ。
やりとりの基本はわかったので、あとは今後の安定した取引を目指すことになる。
「密閉していれば、ある程度日持ちがするのなら、いいわね」
レティと王妃様が私のお菓子の話で盛り上がっている。
「見目も可愛らしくて、おいしいお菓子でした。お茶会でも喜ばれるでしょうね」
「じゃあレティアーナ嬢の手土産にしたら、好印象よね」
王妃様、わかってくれている。
「レティの立場が安定するように、私も協力するからね!」
力強く請け負うと、無理はしないでとまた言ってくれた。
おいしいとお菓子を食べてもらえて、昼食として用意してくれた軽食を食べて。
話がそこで終わるわけではない。
この場に移った本題が、別にあるという。
ひととおり給仕をしてもらったあと、侍女や侍従の方達が下がっていった。
セラム様は、私に防音結界を張ってくれと言う。
周囲に聞かれるわけにはいかない、内密の話をするらしい。
「瘴気溜りの調査でわかったことを、伝えておきたい」
少し重い声で、セラム様が切り出した。
それは、あの大規模瘴気溜りについて調査した結果だという。
「実はあの大規模瘴気溜りが、人為的に発生していたことが判明した」
瘴気を集めるような魔方陣が、あの場所に仕込まれていた。
荒れ地になってしまったあの場所の地面の中に、魔方陣が見つかった。
魔術師ではわからないものもあり、王妃様が国から伴ってきた魔術研究の側近が、その解析にあたった。
結果、瘴気を集め、増幅する魔方陣だとわかった。
誰が仕込んだのか。どのような目的か。
そういったことは何もわかっていないそうだ。




