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「今回の件に関わりがなくても、あの家の人間だろう」

 微妙な空気を代表するかのように、アランさんが不愉快そうに言う。


 私やマリアさんには、よくわからないけれど。

 この国の人たちからすれば、そういう扱いの家らしい。


 ザイルさんさえ眉が寄っている。

 その皺を見ていたら、ふと気づいて、小声で話してくれた。


 軍務大臣は、竜人自治区に対しても色々と、難癖をつけることがあったという。

 なるほど。竜人たちにも不評な家なのか。

 それなら確かに、その三男さんは大丈夫か心配だねと、思っていると。


「彼は私も知る人物だ。人柄は保証する」

 セラム様が保証した。個人的にご存じの人物らしい。




「そうか。三男同盟の参加者だったか」

「その呼び方はやめてくれないか、アラン」

 何やらアランさんとセラム様で、わかり合っている様子だ。


 何の話かとレティから質問が出て、セラム様が説明してくれたことによると。

 三男以下の貴族男子に対する教育機関のような仕組みとして、セラム様主導でお城にサロンが開かれているらしい。


 サロンって何かなと思っていると、さらに説明してもらえた。

 お城では、貴族の方々が交流するためのお部屋が、いくつかある。

 たとえば官吏同士の意見交換の場。騎士団と官吏の交流の場など。


 誰かが「こういう目的でこの部屋を使いたい」と申請して、受理されれば、開けるそうだ。

 私たちの感覚では、部活や同好会みたいな雰囲気なのかなと解釈してみた。


 セラム様が開いたのは、「外部学習会」という名のサロン。

 どこの外部かといえば、家の外。

 つまり自宅できちんと教育を受けられない人々に対して、だという。




 貴族なのに、自宅で教育を受けられないって何?

 そう思ったけれど、意外とそういう人はいるらしい。


 爵位継承の関係で、長男と、スペアの次男はみっちり教育がなされる。

 対して三男以下は、教育がおざなりにされることが多い。


 もちろん基本の読み書き計算や礼儀作法程度は、家庭教師をつけられる。

 でも当主になる人ほどの高度教育は受けられない。

 家によっては、望む教育を受けられる場合もあるけれども。


 一般的に三男以下は、そのうち家を追い出される立場だ。

 なので自分で身を立てる術を持たなければならないけれど、受けられた教育が低いと、道が狭くなる。

 平等に教育させる機関などがあればいいけれど、学園のようなものはない。


 そこでセラム様は、三男以下で勉強がしたい人たちのために、教育の場を作った。

 一部の官吏や騎士団の人などが、勉強を教えがてら、人材発掘のために目を光らせているらしい。

 家で大事にされている人は、来ない、来る必要が無いサロンだ。




 領地を持つ貴族なんだから、王城でサロンを開いて意味があるのかなと思ったら。

 領地貴族でも、三男以下は王都邸で育てられることが多いそうだ。


 領地で育てると、領民と関係を築かれて厄介になることもある。

 教育を与えなくても、王都なら色んな情報が手に入り、進む道も定まるだろう。

 そんな考えを持つ人たちが、ある程度いるそうだ。


 そんな状況なので、優秀なのに埋もれてしまう人がいる。

 このサロンは人材発掘として、画期的な発案だったとか。

 うん。そういうことが思いつくって、やっぱり優秀だよね、セラム様。




 ちなみにお城は、登城許可がいらない役所棟が外郭にある。

 内側には、登城許可が必要な重臣や王族の執務棟や、迎賓棟。

 そのあたりが「ザ・お城」という感じの建物の部分だ。

 さらに騎士団の演習場や寮、従業員の宿舎など、いろんな棟がある。


 いちばん奥には、王族の居住区域がある。

 今いる応接室が実は、王族の居住区域にかなり近い位置にある。


 そして役所棟の近くには、図書棟もある。

 入場料が必要だけど、貴族だけではなく、平民も利用できる。


 平民が利用できる図書館があるというのは、なんだかすごい。

 植物紙は目にしたけれど、印刷はまだ見たことがない。

 恐らく本などは手書きだ。


 セラム様の学習会サロンは、その図書棟の一室を利用している。

 登城許可がなくても入れる区画にあり、家の許可も不要で参加が出来る。




 学習会サロンは、有志が教えに出向くか、サロン内で教え合うことが主だ。

 でもたまに希望されて、教育者を出向させたりもする。


 サムエル侯爵家の三男、レナルドさんは、国の官吏を目指していたらしい。

 外交についてセラム様が教えに行ったとき、我が家のみんなと考えが合わないと、家から早く出たいと、相談をされたそうだ。


 なるほど。不正なども揉み消す前提で当然のお家の中に、もし誠実な人がいれば、家族とは合わないよね。

 そういうことだろうか。


「彼には今回の件で、サムエル侯爵家派閥の人間関係や、侯爵家に出入りしている人物など、情報提供をしてもらった」

 おっと、何やらスパイ活動までされていたらしい。

 つまり今回の事態を明るみに出すための、キーパーソンのひとりだった。


「彼が当主になれば、あの家も変わるだろう」

 そう話す声は、微妙な響きだ。

 たぶん当主だけがまともになっても、すぐにうまく行くわけではない。

 下が勝手にしでかすこともあるだろうし、当主が離反されることもあるだろう。


「今はそう信じるしかないし、そのための助力は惜しまないつもりだ」

 そう締めくくられた宰相さんの声も苦い。

 でも、少なくともその新ご当主の三男さんは、不正に染まった家を正そうとする人なのだなと感じた。




 さて、軍務大臣が更迭されたあとの、新軍務大臣ですが。

 本日選定されたものの、その名前にセラム様もアランさんも、そしてザイルさんも渋い顔だ。


 軍務大臣は瘴気溜りの浄化を采配するため、どうしても神殿とのパイプがいる。

 なので新軍務大臣も、神殿とつながりがある。


 何か事を起こせば処罰ができるけれど。

 神殿とのつながりを一切絶つということは、できないらしい。

 なので今後も、情報が神殿に流れる可能性はある。


 あとサムエル侯爵家派閥の伯爵家だったそのご当主は、下手をすればその派閥を、丸ごと引き継ぐ可能性がある人物だという。

 サムエル侯爵家の新ご当主がまっとうな人で、あの家が正されたとしても。

 不正をしていた派閥はそっくりそのまま、新軍務大臣の支配下に入る可能性があるのだとか。


 つまり軍務大臣は、新しい人も要警戒対象ということかと、理解した。




 私に対しては、情報が広がってしまい、収拾がつかないことの謝罪があった。

 まあ、それはそうだろうと思う。

 あちらの世界の情報漏洩も、いったん外に出た情報を回収は出来ない。


 出てしまった情報は、聖女が異世界召喚され、異世界から来たこと。

 セラム様に保護され、この国に来たこと。

 元軍務大臣からは「異世界からの召喚者に聖女がいた。この国に保護された。浄化に協力するそうだ」という言葉で、派閥内や神殿に情報が流れたらしい。


 どのような人物かなどは、私と関わった侍女さんたちに対する動きが早かったために、広まっていないという。

 マリアさんか私、どちらが聖女であるかも、知られていない。




 私はそこで、アランさんから聞いた噂を皆様にお伝えした。

 聖女が瘴気溜りの浄化を拒否し、セラム様との婚姻を求めている、という噂に変化しているらしいことを。


 皆様、沈痛な面持ちになられた。

 あとグレンさんが、またちょっと不機嫌だ。


 なので、着替えのときにマリアさんと話していた打開策もお伝えする。

「正確な情報を流して頂ければと思います」


 これはたぶん、私から提案しなければ、皆様からは出せない意見だろう。

 なるべく情報を出さないで欲しいと願ったが、今となっては、その方がマズイ。

 ちゃんとした情報を、正式発表してもらう方がいい。

 正しい情報をきちんと流せば、好き勝手な噂話はいずれ消えるはず。

 そうマリアさんに言われた。




「まず浄化は、聖水で協力予定です」

「聖水」

 国王ご夫妻と宰相さん、フィアーノ公爵が、不思議そうな顔をされた。


「聖魔力を水魔法で出した水に入れ込んだ、浄化ポーションのようなものです。既に昨日、商業ギルドに登録いたしました」

 おおと声が上がった。

 商業ギルドに登録済みというのは、かなりのパワーワードだったらしい。


「ここに、五千の魔力を入れ込んだ、三十五本の聖水があります」

「五千の魔力、三十五本」


 宰相さんの口が開いた。

 陛下と王妃様、公爵も、目を見張っている。


「アランさんに聖水の実験に協力頂き、フィアーノ公爵領の瘴気溜りを昨日、浄化いたしました」

「おお! そ、それで」

 自領の浄化の話に、公爵閣下が前のめりになる。


「五本で浄化できました」

「なんと!」

「アランさんによると、一般的な瘴気溜りの規模だそうです」




 うむと陛下が頷いた。

「そちらは、至急で買い取りをさせて頂けるだろうか」

「もちろんです。価格については、商業ギルド長を交えて、お話し頂けますでしょうか。国庫に負担の少ない範囲で、でも聖魔力の持ち主が損をしないように」


「国庫に負担が少ない、まで考慮頂けるのか」

 宰相さんが、くしゃりと顔を歪めて言った。

 今まで神殿に苦労をさせられていたらしい。お疲れ様です。


「同行が不要なので、危険手当は省けるでしょう。浄化ポーションだけを、持って行って頂ければいいのです」

 おおおと、陛下と宰相さんが唸った。


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