52 再びお城へ
聖水は昨夜作って追加したので、密閉容器に三十五個。
あと実験をしていた水瓶と密閉容器四つは、目印をつけて亜空間に入れた。
まだ数日だけど、時間経過の実験結果も伝えた方がいいだろうから。
お城へ行く朝も、早朝に起きて作業した。
ビスケットはうまく焼けたし、タルトもきれいに出来た。
寝る前にマリアさんがタルト型を渡してくれたので、朝一番に焼くことが出来た。
調理器具は今後もマリアさんにちょくちょくお願いするので、今はきちんと対価を受け取ってもらっている。
そして朝はサンドイッチを作った。
定番の卵サンドと、ハムのようなお肉と野菜のサンド、コールスロー的な野菜とツナ的なお肉のサンド。
ちなみにハムのようなお肉は燻製ではなく、そういう魔獣のお肉だった。
ツナ的なお肉も、そういう魔獣のお肉だった。
いや、おかしいおかしい。
いくら異世界摩訶不思議でも、加工済みのお肉ってどうなの。
そう思ったけれど、ダンジョンで手に入るそうだ。
ダンジョンの魔獣を倒すと、倒れた魔獣の肉はこんなふうになっているらしい。
うん。異世界摩訶不思議は今日も健在だ。
公爵家からの迎えの馬車は、今日も来てくれた。
私とマリアさん、グレンさん、そしてザイルさんも一緒に行く。
グレンさんとザイルさんは、軍服みたいなカチッとした服を着ている。
登城するときの、スーツ扱いのようだ。
特にグレンさんは肩幅が広く、軍服的なカッチリした服は見栄えがして、眼福だ。
私はといえば、昨日レティの子供の頃のワンピースも、何着か頂いてしまった。
私が選んだドレスの色を見て、茶系と黒系のワンピースを出してきてくれたのだ。
私がアランさんたちと公爵領に行っている間に、サイズ直しをしてくれていたので、帰りに頂いて帰った。
なので今日はそのうちの一着を着て行く。
私がグレンさんに見とれていると、グレンさんも私を見て目を細めていた。
まあ、うん。お互いの色味で、この世界基準のラブラブカップル的な装いだ。
もしかするとこの世界では、ペアルック並に恥ずかしいものかも知れない。
気づかなかったことにしよう。うん。
公爵家では、落ち着いて話をする間もなく、まずは侍女さんたちに囲まれて身支度をしてもらった。
登城準備なので、気合いをいれてお化粧なんかもしてもらう。
マリアさんが、少し眉根を寄せていた。
「化粧品の開発を急ぐべきだったわ」
あー、私が保存食を急ぐべきだったと思ったのと同じですね。
質の悪いものを使わなければならないとき、やっておけば良かったと思うものだ。
それでも自分でやるより、見た目がきれいになった。
さすがプロの侍女さんたち!
お城にはレティしか呼ばれていなかったはずだけど、アランさんも行くそうだ。
「昨日のうちに、一緒に登城する許可は得ている」
だそうだ。
最初にお城へ入ったときとは、違うルートを馬車が通る。
あのときはセラム様が一緒だったから、王族用のルートだったのかも知れない。
あと解体する魔獣を先に出してしまいたいと要望したためもあるだろう。
門から入り、広い馬車道を進む。
エントランス的な広場で馬車を降り、大きな出入り口から城内へ。
雰囲気は、あのとき感じたように堅固なイメージだ。
でも柱の彫刻があったり、花が飾られていたり、ゴツさの中にも華やかさがある。
謁見の場は堅苦しい場所にあるらしいけれど、応接室的な場所に案内された。
そして現れたのはセラム様と、先日もお会いした国王陛下と宰相さん、あと三十代くらいに見える男女。
ひとまずお互いに自己紹介。女性は王妃様だった。
男性はフィアーノ公爵、つまりレティとアランさんのお父さん。
どちらも若く、子供がいても幼いだろうと思われるような年齢に見える。
見た目そのままの年齢だとすれば、セラム様やアランさんは、いくつなんだという感じだ。
けどまあ、アランさんは長男だというから、まだわかる。
王妃様の方が、はるかに謎だ。
「第三王子ってことは、上に二人もいるんだよね」
特に王妃様が年齢不詳過ぎて、思わずこっそりマリアさんに声をかけてしまった。
「ええ、とてもお若いわね」
その声が聞こえてしまっていたらしい。
「あら、いくつに見える?」
初対面の女性相手では不適切な話題をぶっ込まれた。
でもあちらから言ったのだからと、正直に答えることにする。
「ええと、三十…」
「あらやだ、三男と同じ年齢になっちゃうじゃない」
「え、まさかセラム様、三十歳越え」
てっきり二十代だと思っていたセラム様の年齢が判明してしまった。
レティは十六歳だと言っていたけど、待って。レティと歳の差いくつだ。
まあ、魔力で年齢不詳な人が多いので、その年齢差は普通かも知れないけれども。
そして私とグレンさんも、考えれば実年齢三十歳ほどの歳の差だった。
「王族は魔力が高くて若く見える。母は他国の王族出身で、百歳を過ぎた」
年齢当てクイズが進まず、とばっちりが来たセラム様がバラした。
うふふと、若々しい笑顔で王妃様が笑う。
ひゃくさい、ですとな!
「人族ではかなり魔力が高い方よ。嫁いで来たのが五十過ぎだもの」
「え」
まさか王妃様が、かなりの年齢で嫁いで来られていた。
え、異世界では普通のことなの?
「自分が結婚するとは思わなかったのよね。城を出て、研究所で魔法の研究をしていたの」
王妃様は朗らかに笑っている。
「陛下も、ご自身が結婚するとは思わなかったのよね」
そこから少し解説してくれたところによると。
陛下は、未婚でいきなり王になったそうだ。
当時の年齢は六十歳ほど。
父の前王が現役だったため、兄は王太子だった。
王太子には子が生まれておらず、その兄が亡くなり、陛下が王太子になった。
婚姻が必要だが、一般的に、魔力が高くても適齢期は二十代から三十代。
魔力が低ければ、二十歳までくらいが適齢期。
王太子とはいえ年齢が六十歳越え。
適齢期のご令嬢が嫁ぐのは、さすがに可哀想だ。
しかし釣り合う年齢だと、再婚になる。
さすがに前の夫がいた女性と再婚は、王様になる身としてまずい。
そんなときに父陛下が病に倒れられ、即位することになったそうだ。
さらに切羽詰まったとき、隣国に魔術研究をしている未婚の王女がいると聞いた。
周囲の評価も悪くなく、これは是非ともと臣下が盛り上がり、婚姻を申し込んだ。
「私は行き遅れ王女で、けっこう名前の知れた魔女だったのよ」
王妃様は気後れすることなく、堂々とそんなことを話してくれる。
蠱惑的な美人さんに見えるのに、意外とサバサバ系で、素敵な人だと思う。
研究所で魔術研究をしていた彼女は、それなりに側近もいた。
その側近を周囲に伴い、この国に輿入れをして来られた。
そのため嫌がらせとは無縁だったそうだ。
「私が大丈夫だっただけに、王族の嫁への嫉妬を、甘く見てしまっていたわ」
「フィアーノ公爵家には、我々から謝罪が必要だ。当主だけでなくアラン殿まで来られたのは、いい機会だった」
王妃様に続き、宰相さんが改まった口調で言った。
「しかしアラン、なぜお前まで来たんだ?」
レティのお父さんが、アランさんに向けて少し眉を寄せて言った。
「昨日、聖女様と面識を持ちまして」
アランさんは貴公子スマイルで答えている。
半日ほど一緒にいた今ならわかる。
今のアランさんは、巨大な猫をかぶっておられる!
思えば最初に現れたときも、アランさんは貴公子スマイルだった。
声や口調も、わざと整えている。
瘴気溜りの浄化で同行して見たアランさんは、ちょっと大雑把で迂闊なところもある青年といった感じだった。
貴公子らしさは、わざとらしく作った態度だろう。
見た目もレティと少し似た、甘めのマスクで銀髪王子様な印象だ。
まだ未婚らしいから、さぞかしいろんな女性がたぶらかされていることだろう。
「聖女様がレティに会いに来られたので、挨拶をさせて頂きました」
挨拶というより、最初のときの印象は、探りか牽制だったと思うけれども。
「我が公爵領の魔力溜りの浄化にご協力頂きましたので」
「なんだと!」
続いたアランさんの言葉に、お父さんが驚かれた。
「無理を言ったのではないのか。今回の問題が解決するまで、聖女殿は浄化に協力はしないという取り決めのはずだが」
「浄化じゃなく、聖水の使用実験に、公爵領を使わせて頂きました!」
そこはちゃんと主張をしておく。
浄化に行ったのではない。聖水の実験だ。
公爵家父は、これまた銀髪な大人の甘めマスクに、憂いの表情を浮かべた。
「息子が失礼を働かなかっただろうか」
言われて少し目を逸らした。
あれは、どうなのだろうね。
失礼かどうかは微妙なところだ。
敵意を向けられたのは感じた。
でも魔力感知が出来る私とマリアさんが、勝手に感じただけとも言える。
表面的な態度は、貴公子然としたアランさんと対話をしていた状態だ。
敵意と言っても、害意や殺意だとかいうほどではなかった。
そこまでのものであれば、グレンさんが反応しそうなものだ。
そう考えると、私の髪飾りが反応する敵意って、もっと殺意とか呼ばれるレベルだろうか。
あの程度の敵意に反応しないのなら、それほど怖い魔道具ではないかも知れない。
まあ、もし攻撃魔法が発動したら怖いので、実験は出来ないけれども。
なのでまあ、大丈夫だったと伝えた。
少し口ごもった後だったので、微妙な顔で頷かれた。
アランさんも、猫かぶりスマイルのまま頷いた。




