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商業ギルドの話し合いもあり、その日は夕食準備に間に合わなかった。
「そういうときもあるわ。気にしないで」
ティアニアさんから言われたけれど、マリアさんと一緒に二人も抜けてしまったのは、なんだか申し訳ない。
ただ今日は、ソランさんたち料理男子が、色々作ってみていたものがあった。
ハンバークやポテトサラダなど、私がソランさんの前で作ったり、説明した料理を、みんなで再現していた。
なのでそれらを夕食に転用してくれたという。
あと、パンも色々とお試しで作っていたので、それらの提供があった。
むしろ口で説明した食パンが再現されていたのには、驚いた。
「四角い型に入れて焼くって、言ってただろう。でもこの四角のパンをどうすればいいかが、わからなくって」
「明日の朝、サンドイッチにしましょう!」
せっかく香りのいい焼き立て食パンは、亜空間収納でお預かりしておいた。
夕食内容は朝食と代わり映えのしないメニューだけど、目新しいものなので、みんなに不満はなさそうだった。
むしろソランさんたちの焼いたパンに、皆が感心していた。
「これが売りに出してもらえるんだな!」
「予約をしておいてもいいか!」
ヘッグさんとガイさんは、ものすごく盛り上がっていた。
ソランさんも嬉しそうだ。
予定していたラスクやフレンチトーストを一緒に作れなかったことも、申し訳なく思っていたけれど。
「古くなったパンの活用方法は、そういうのが出てから教えてもらってもいい」
ソランさんも、寛容にそう言ってくれた。
「まだ生活も落ち着いてないし、色々とあるんだろう。仕方がないよ」
約束を守れなかったのに、そんな気遣いをしてくれる。
時間が出来れば、色々な料理をソランさんにお伝えしようと心に決めた。
食事のあとに、ザイルさんからお話があった。
私とマリアさんが気にしているので、この下宿の家賃制度を、食事当番の取り決めも含めて、詳細説明をしてくれるためだ。
生活基盤が整うまでは、家賃などは不要と言われていたけれど。
私たちは商業ギルドに登録して、これからおおよその収入の目処がわかってくる。
そうなれば基本の生活費と収入を比べ、その後の計画も立てて行くことになる。
なので具体的な家賃について、改めて説明をしてくれることになった。
竜人自治区に誘われたあのとき、メリットの話の方が多かったけれど、デメリットもきちんとザイルさんは話してくれていた。
王都の物件に比べ、この竜人自治区の家賃は、お高いそうだ。
それは共用のお風呂など自治区内の設備を使えたり、下宿でも作業場や厨房などの設備が自由に使えること。
あと他地域よりも安全な場所にするための設備があるからだと、言われていた。
実際に結界魔道具で守られているのだから、安全対策はばっちりだ。
家賃が高額でも、身の安全や、安心できる生活の方が重要だと判断した。
マリアさんも同じ意見だった。
住人と何かトラブルがあった場合も、ザイルさんが対処してくれると言ってくれたことも、大きい。
まあ、そのトラブルには、パン騒動は含まれなかったようだけれど。
あれだって、日常生活が困るほどであれば、介入することになったそうだ。
さて、この下宿の実際の家賃ですが、ひと月で銀貨一枚。
鉄銭を十円換算で、およそ十万円。
そこには夕食の食費も含まれている。
キッチンやお風呂共用の、部屋だけの家賃としては、かなり高額だ。
日本で言えば、都会の駅近新築物件など条件がかなり良く、広いお部屋なら、その家賃もありそうだけれど。
少し不便で古いアパートなんかだと、家賃が安い。
そして実際、この世界の家賃としては、高額らしい。
でもあの共用風呂や、作業場や厨房、居間なども利用できることを考えると。
一軒家の家賃と同程度になるのは、当然な気がする。
安全面も、結界が張られていて、ご近所さんは最強種族な方々。
うん。やはり条件のいい下宿だと思う。
そして十万円は、食事の手伝いをしない場合の金額だ。
夕食準備に日々参加するのなら、小銀貨八枚でいいという。
夕食作りのバイト代が二万円と考えたらいいだろうか。
いや、作らずに夕食を用意してくれる、その食事代が二万円なのだろう。
その夕食も、毎日必ず手伝えるとは限らない。
体調の悪い日もあるだろうし、急な予定が入ることもある。
なので、ひと月二十五日のうち、二十日ほど手伝ってもらえればいいというのが、約束事らしい。
「今後も、今日のように出来ない日があっても、そう気にすることはない。最初からそういう約束だ」
ザイルさんの説明に、それはそうかと頷いた。
私たちが来る前は、ソランさんとティアニアさんが二人で食事を作っていた。
ティアニアさんが体調不良のときなどは、ソランさんが近所の料理男子に手伝いを頼むこともあった。
ソランさんが不都合なときには、ティアニアさんが手抜き料理でどうにかしたり、主婦友達に手伝ってもらったりしていたそうだ。
ただ、出来れば事前に手伝えない連絡は欲しいと言われた。
そうして教えてくれたのが、伝言を託せる魔法。
私もマリアさんも、スキルで魔力を使ったり、掃除や料理などで水魔法や風魔法を使えるようになってきたので。
一般的で有用な魔法を知っておいた方がいいと、教えてくれた。
言葉を魔力で閉じ込めて、相手に飛ばすというものだ。
一般的といっても、誰でも出来るわけではない。
魔力を特定できる相手にだけ、使える魔法らしい。
竜人族は番同士になれば、相手の魔力を感じられる。
竜人が番を魔力で見つけるものを、番になった女性もわかるようになるそうだ。
なので、竜人族の番同士で活用している魔法らしい。
「二人は魔力が感知できただろう。だから使えると思った」
ザイルさんに魔力感知が出来る話をしただろうかと思っていたら。
マリアさんのスキルは、召喚直後のステータス表示を見て覚えていたそうだ。
あと歴代聖女は魔力感知が出来たので、私も使えるはずと言われた。
ザイルさんに知られて困るわけではないけれど。
見透かされるのは、なんだかなと思う。
相手の魔力に向けて送るので、見知った人宛になる。
マリアさんと少しだけ距離を取って、練習をしてみた。
なかなかに面白かった。
イメージが難しいと言われたものの、魔力で録音するイメージですぐに出来た。
少し音がくぐもるけど、ちゃんと言葉として聞こえる。
この魔法は、機密性はないそうだ。
途中で誰かの魔力を感じた魔法士が、飛んでいく魔法を壊せば、そこで再生されてしまうこともある。
なので重要な用件には使わないようにと注意された。
授業中に回す手紙みたいなものかなと思う。
手紙を固く折って友達に投げて、途中で男子に取られて広げられたことがある。
たいした内容ではなかったので読まれても平気だったけど、誰かに知られて困る、大事な用件だったら、困ったことになっていた。
でもまあ、面白い魔法だなと思ったので。
そっと「グレンさん、こんばんは」と、言葉を飛ばしてみた。
グレンさんからも「ミナ、いい夜を」と返ってきた。
挨拶だけの言葉を聞いたことがあまりなかったグレンさんなので。
ちょっとした挨拶は、こんな言葉選びをするのかと、少し新鮮に感じた。
本日も夜の大浴場のあと、厨房に立つ。
保存食の試作と、明日はタルトを持って行こうと決めたから。
異世界から持ち込んだ、お店のミニタルトの詰め合わせを、セラム様の護衛の人たちはすごく喜んでいた。
お城へ行けば、彼らに差し入れが出来るかも知れない。
だったら、あのタルトをこちらの食材で、私なりに再現しようと思った。
幸いなことに、カスタードクリームは作れそうだし、タルト生地も大丈夫だ。
生地は明日の朝焼くとして、マリアさんにタルト型をお願いしておいた。
大きいのを切り分ければいいかと思い、大きめの型を複数依頼し、快く受け付けてくれた。
逆にマリアさんの方から、他にも必要な調理器具を作ろうかと言ってくれて、ついでにいくつかお願いした。
そちらは急ぎではないけれど、いずれ必要になるものだ。
ひとまずタルト生地を、材料を混ぜ合わせて行き、寝かせるまでする。
あとカスタードクリームを作っておけば、タルト生地にカスタードを流し込み、フルーツを飾ればフルーツタルトになる。
鍋で焦がさないようにカスタードを混ぜながら、保存食のレシピを考える。
まずは、あの栄養価の高い木の実について。
炒ってからパウダー状にするのが、いちばん扱いやすいかなと思う。
鑑定のヘルプで見てみたら、いい感じになりそうな説明も出て来た。
例のおいしくない保存食は、あの木の実を砕いたものを生地に入れて焼き固めているようだけど。
炒ってからパウダー状にして乾燥すれば、食感なども気にならないだろう。
そうと決めれば、あの木の実をまずは炒ってみようと思う。
手応えと鑑定でカスタードクリームの加熱が終わったら、粗熱をとっている間に木の実をローストする。
これはもう、オーブンで一気にやってしまおうと、天板に木の実を並べた。
たぶんアーモンドローストのやり方で行ける。鑑定でもそう言っているので。
裏返して、再度焼いて、完成したものを氷魔法と風魔法を混ぜてみて冷ます。
それからボウル型魔道具で一気に粉状に。
さらに水魔法で乾燥させてから、それを入れ込んだビスケット生地を作ってみた。
さて、明日の朝に焼いてみようか!




