05
結局、私たち三人以外は、この国に協力をさせられることになった。
セラムさんは意見は出来ても、強制力はないらしい。
「ヴォバルの国王陛下、それでは我々は、すぐにでも旅立ちます。報告がありますので」
「待たれよ。ゆるりと過ごされれば良いではないか」
辞去の挨拶をしたセラムさんに、国王が邪魔をする。
私たち三人についても、利用することを諦めていないのだろう。
時間稼ぎをして何かするつもりみたいだ。
「いえ、急ぎ周辺諸国へも情報の共有が必要なため、すぐに出立いたします」
「…異世界人は置いて行け」
あっさり本音を吐いた。
セラムさんは険しい表情でひとつ深呼吸をしてから、口を開く。
「あなたがたは異世界召喚を実行されましたが、異世界の方は、召喚した者の所有物ではありません」
きっぱり拒絶してくれるセラムさん。
頼みます、異世界の常識担当な偉い人。
「我々に保護を願い出ておられますし、能力の低い者なら良いと頷かれたでしょう。3人ともそれに該当する」
「それは確かにそうだが」
本当は能力が高くても、協力の強制はするべきではないけれど、本人たちが強い抵抗をしていないので、セラムさんは手が出せないのだろう。
能力の低い人をバカにする傾向のあるまま、私たち三人をこの場に残せば、どんな扱いを受けるかわかったものではない。その保護が主ということだ。
私がシエルさんにステータス偽装を勧めたのも、表立って逆らった彼がこの国に残ることで、どんな扱いを受けるかわからないからだ。
私は彼らの話を耳に、自分のスキルをチェックしていた。
この場面で使えそうな魔法スキルがあるのだけれど。
あの王様たちに気取られずにできるのか、確認中だ。
スキル表示では、スキルの説明文も開けて、使い方がわかる。
ヘルプ機能だけでもかなりスキルや魔法の勉強になる。
スキル表示画面にヘルプ機能までついているあたりが、何だコレと思わなくはないけれども。
聖の波動を広げて、そこで誓約魔法を発動とある。
聖の波動とは何ぞや。聖魔法の魔力を撒けばいいのか?
聖魔法の魔力を撒くのは、気づかれたりしないのだろうか。
あ、魔力の扱いに長けていたり、魔力に敏感なら気づくとある。
幸いなことに、今は国王や宰相、騎士たちの周囲に魔術師らしい人はいない。
やってみるべきか。
もし気づいた人がいたら、その時点でやめて知らないフリをするってことで。
よし、行ってみようか。
聖魔法で、自分でもわかりやすいのは浄化だ。
まずは周囲の空気をきれいにする浄化をイメージして魔力を集めて、周囲に拡散、拡散。よし。
ザイルさんがちらりとこちらを見たけれど、気づいたのが味方なら問題ない。
作業続行だ。
あらかた聖魔法の魔力を撒いてから、王様との押し問答にイラっとしているセラムさんの横から、ひょこりと顔を出した。
「あのー、ちょっといいですか?」
頭のゆるい女の子ふうの、ゆっくりとした話し口調。
媚びを含んだ、ちょい高めの声。
やはりセラムさんが睨んでくる。ごめんて。
「王様、なんですよね」
ちょっとキラキラお目々を意識しつつ見つめたら、国王は鷹揚に頷いた。
「そうだ」
「王様って、国でいちばん偉い人、国の責任者なんですよね。異世界でも、それは同じですよね」
「そのとおりだ」
キラキラお目々に気分良さそうに応える。よし、ちょろい。
「ええとお、国の責任者の人がいったん頷いたってことはあ、責任ある発言ってことですよね」
ちょっと眉を上げられた。マズイ。
「ええ? だってえ、王様って偉いんでしょう?」
持ち上げる発言をすれば、鷹揚に頷く。うん。この方向だな。
「偉い人の発言って、責任があるって、よく言いますよね。それともそういう責任がないような立場なんですか? 王様って」
プライドをちょいとつついてみる。
「責任はあるに決まっておろう。我はこの国の王だぞ」
「じゃあー、いったん頷いたこととか、言ったことって重要発言ってことですよね。すっごいですね、王様って!」
あったま軽く見えるように持ち上げる。よくわからないが褒められた感で頷いた。よし。
「王様はあ、能力の低い者だけなら、サフィア国の人たちに保護を許可するって頷いてましたよね」
「あー…いや…」
「あれ、言いませんでしたか? 私、確かに聞いたんですけど。勇者さんはどうですか?」
この場で私に好意的だった、王様たちが軽く扱えない人に話を振ってみる。
「確かに言ってた。オレも聞いたよ」
「ですよねー。ねえ、勇者さんも聞いたそうですけど、言いましたよね」
「いや、しかしだな」
「あれえ? 責任ある王様なのに、もしかして、嘘、ついたんですか?」
ちょっと責める感じの上目遣い。口元も尖らせる。
わざとらしいだろうが、こういうおっさんには効果があるはず。
横から宰相が、ちらっと王様を窺ってから口を出してきた。
「娘、我が国の王に対して無礼であろうが! そなたらの出国は許可できんと言っておる!」
「あれえ? そっちのおじさんは、王様より偉い人?」
「そんなわけがあるか!」
「じゃあ、王様の言葉をどうして否定するの?」
「否定ではない!」
怒鳴りながらも、焦った口調になっている。よしよし。
「だって、王様が口にしたことに対して、王様より偉くない人が許さん!とかって言ってるじゃないですか」
「いや、そういうことではなく」
「王様の発言って、そんなに軽く扱われるものなんですね。ねえ王様、いいんですか?」
「む…いや……」
「国の責任者の王様が言ったこと、王様より偉くない人が違うって言って、それを認めるなんて、王様としてはアリなんですか?」
「それはまあ、いかんことだ」
「じゃあ、王様が言ったことが正しいってことですよね。そうですよね、やっぱり王様がいちばん偉いんですよね!」
「ふむ、そのとおりだ」
ふふふ、話の流れから、横の頭良さそうな人が口を出しにくくしてやった。
王様の方が頭悪そうだから、交渉相手にするならこの王様だよね。
「勇者さんも聞いたって言ってますよ。能力の低い者だけなら、サフィア国の人たちに保護を許可するって頷いてましたよね」
たたみかけつつ心の中で『誓約』と、魔法発動を願う。
「それなら、私たち3人はサフィア国の人たちに保護されること、認めてもらえますよね」
「確かに能力値は低いし、仕方なかろうが、いや、しかしだな」
くっ、言質としては弱い。もうちょいだ。
こうなったら、周囲の同情を引いてみよう。
うまくいけば勇者くんがいい働きをしてくれるはず!
「勝手に召喚して帰らせてもらえないのに、穏やかに暮らせそうな国に保護されることも、認めてもらえないんですかあ?」
うるうる涙ぐむ。
「王様って、そんなにひどい人なんですかあ? ソンケーされるべき王様が、そんなひどいんですかあ?」
涙ぐんでみようとしたが、涙は出てこない。
うん、そこまで演技力はない。仕方がないからうつむく。
「せめて穏やかに生活したいのに、保護されること許してくれないひどい王様の国にいたら…私たち、死んじゃう」
「じゃあオレが守ってやる!」
ここで割って入った勇者くん。よしきた!
「勇者さんがそばにいないときに、私たちたぶん殺されちゃうよ! ラノベでよく読んだもん!」
うつむいたまま肩を震わせる。
涙は出せないが、このくらいの演技はできるぜ。
「勝手に召喚されて、能力低いからってバカにされてるんだから、ここの人たち、簡単に私たちを殺すよ!」
わざとらしく泣き真似しながら首を振る。ちゃんと嘆いて見えるだろうか。
「そんなことには、オレがさせないよ!」
「それで私たちが死んだ原因を、自分たちに目障りな人のせいだって言って、勇者さんと目障りな人を戦わせるの!」
ラノベでよくあった展開だ。
そしてたぶんこの王様や宰相は、そういうことをする。
「勇者さんのことも利用する気まんまんだよ! 異世界人なんてバカにしてる王様だもん」
「ええ!」
勇者くんが驚く。
いや、気づいてないことにびっくりだよ!
「だって、他の国に保護してもらうことも認めないって、呼び出したから自分たちが利用するべきだって言ってるもん」
さすがに王様と周囲が慌てだした。
だって図星だからね。バラされたら困るからね。
それっぽい態度は出しても、はっきり明言されるのは困るからね。
「召喚した異世界の人の意志は無視だもん。自分たちで利用し尽くす気まんまんなんだよ!」
「いや、待て。そんなつもりはない!」
「だって、そういうことじゃないですか。私たちはこの国の所有物だって。好きにする権利が自分たちにあるって言ってる」
「そうではない!」
「じゃあ、どうして別の国に保護して欲しいって言ってるのに、ダメっていうの? 自分の呼び出した所有物だからじゃないの?」
うろたえる王様。隣の宰相も困っている。
あれ、こっちもちょろいな。
「異世界人の意志なんてどうでもいいんじゃないの?」
「わかったわかった。そこの3人は、サフィア国に保護されることを認める」
ようやく折れた。
よし、ここで再度、聖の魔力を広げ、『誓約』と改めて意識する。
「本当に? 私とマリアさん、シエルさんは、サフィア国に保護されることを認めてくれる?」
「うむ。認めよう」
あっさりだった。
勇者を筆頭に、能力のある人たちに背かれるより、私たち3人を手放す方が傷が浅いと判断したのだろう。
「私たちがこの国を出たら、けして干渉しないと約束してもらえますか?」
「わかったわかった」
「王様だけじゃなく、この国の人たちみんなですよ。間接的に干渉するのもダメですよ」
「わかったと言っておる!」
「私たちのことを口実に、サフィア国やその同盟国にちょっかいかけるのもダメですよ。私たちを保護している国に、攻め込んだり変な干渉をしないで下さいね」
「しつこいな。わかった!」
一度認めたから、やけのように言う。本当に頭悪いな、この王様。
「約束ですよ。自分の意志でこの国を出る私たち異世界の人間を、国を出たあとに追いかけたり干渉しないで下さいね」
「しつこい! わかったと言っておろうが! 約束してやる」
やけになったような怒声だが、はっきりと証言が取れた。
誓約スキルを確認すると、今ので誓約魔法が成立したことがわかった。
『自分の意思でこの国を出る私たち異世界の人間』は、思い切って入れてみたが、無事に誓約に入ってくれた。
私たち異世界の人間と、言い方を変えたことに。
その意味が私たち三人だけではないことに、うちの店の常連だった歩夢さんが、気づいてくれていることを願う。
「ありがとうございます!」
目的を達成し、晴れ晴れとした笑顔を向けた。
涙の跡はもちろんない。
王様は、ぽかんと口を開ける。隣の宰相や騎士たちも、勇者くんも。
ふふん、誓約魔法は成立したのだ。勝った!