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誤字報告ありがとうございました、助かります。
特にアホな誤字を早々にお知らせ頂けることは、非常に助かります。
事情がわかると、まずお兄さんは私に、お礼と謝罪を伝えてくれた。
「私が耳にしたのは、聖女が瘴気溜りの浄化を拒否し、セラム様との婚姻を求めているという話だった」
うわあ、どんだけねじ曲がった噂に変化したんだと、私は呆れる。
「だからこそレティを貶め、瘴気溜りの被害を軽んじる聖女を、許せんと思った。本日の客人が異世界から来た人物だと、レティの侍女からは聞いていた」
なるほど、お兄さん側の事情はわかりました。
ですが問題は、またもグレンさんの魔力が不機嫌になっていることについて。
「グレンさん、落ち着いて下さい。完全なるデマですから」
「だが番と、他の男の婚姻などと言われては」
「グレンさん以外と結婚なんて、一切希望していませんから!」
私がグレンさんを宥めていると、お兄さんが目を丸くしている。
「番、だと?」
「ミナはオレの番だ」
グレンさんの低い美声が重々しく響く。
「えええと、今はひとまず、お付き合いを始めたところです」
私が肯定すると、レティも力強く頷いた。
「ミナはグレン様の番です。セラム様から事前に伺っておりました」
「え、待って。レティってば会う前からそんな話を聞いてたの?」
それは聞いてないよー!
「ええ。事前にそう伺っていたから、軍務大臣のご息女から聞いた婚姻話が、嘘だとわかったのです」
レティの言葉に、私はがっくりと肩を落とした。
「私が気づく前に、周囲の方が知ってたとか」
「むしろミナちゃん、けっこうニブいわよね」
「うっ」
マリアさんにまで言われてしまった。
「ひとまずセラム様には、あの国から連れ出して下さったことは、感謝しています。でもそういう対象では、一切ありません!」
「そうね。ミナちゃんとずっと一緒にいたけど、セラム様に対して、そういう雰囲気は一切なかったと私も断言できるわ」
「だがセラム様は、いい男だろう」
お兄さんが食い下がるので、私はついつい荒ぶった。
「グレンさんの方が、見た目も声も性格も、戦うときの格好良さとか、出会ったときからずっとカッコイイなと思ってたし、好みですよ!」
私の宣言に、グレンさんが私を引き寄せ、抱きしめた。
ちょ、待って待って、人前ーっ!
あらあらあらと、マリアさんが微笑ましな声を上げ。
まあとレティが口を押さえて、やはり微笑ましそうにして。
弟くんはキラキラした目でこちらを見ていて。
お兄さんは、ほうと声を上げて、頷いた。
「ひとつ質問をしたい。浄化を拒否している件だが、期限はあるのか」
「ひとまず明日、調査結果を聞きます。あと浄化対策の聖水は、作り続けてます」
私の返事に、お兄さんが目を瞬く。
「聖水、とは?」
「聖魔力を入れ込んだ水です。聖魔力のポーションみたいなもので、浄化に使えると思ってます」
そして私は、浄化に協力する方法として考えた、聖水について説明した。
聖水が有効であれば、提供さえすればどこにでも運んで利用してもらえること。
出所をわかりにくく出来るので、目立たないように協力できること。
「魔力を増やすこともして欲しいとセラム様から要請されていたので、毎晩聖水を作ってから寝ています」
最初の日は初期実験として、水瓶十個に聖水を作った。
次の日は、水を少なく濃度を濃くして、同じ五千の魔力でやはり十個。
昨夜は日中あまり魔力を使っていなかったので、十五個の聖水を作っている。
扱いやすい、密閉できそうな容器をザイルさんにお願いしたら、用意してくれた。
ちなみに最初の日の聖水は、蓋をしただけでも、魔力の抜けはかなり小さかった。
蓋をしないものは、魔力の抜けがそれなりにあった。
なので密閉容器の方がいいだろうと考えた。
そうした話をすると、お兄さんが私に頭を下げてきた。
「その聖水を、譲ってもらえないだろうか!」
事情を聞けば、フィアーノ公爵領に瘴気溜りが発生しているらしい。
公爵領の騎士団で対応しているが、状況が深刻だという。
軍務大臣が拘束されていることもあり、直接神殿に依頼したが、あちこちで瘴気溜りの被害があり、聖スキル者の派遣が難しいと言われたそうだ。
「このままでは領民に被害が出る。騎士団も無傷というわけにはいかない」
なるほど。あの敵意はセラム様絡みもあるけれど、役割を拒否した聖女に対しての苛立ちも大きかったようだ。
私は少し考えて、こう提案してみた。
「では今から、聖水の使用実験をしましょうか!」
提案したものの、すぐに公爵領の瘴気溜りに聖水を使えるわけではないと、思っていたら。
なんとフィアーノ公爵家には、領地と王都邸を結ぶ転移魔方陣があった。
「高位貴族の当主と後継者のみに許されるものだ。私と同行であれば利用できる」
公爵領の瘴気溜りは、人口の多い領都の近くに発生した。
なので被害が大きくなることを、とても危惧されているらしい。
私はレティの子供の頃の運動着を借りて、グレンさんと一緒に、瘴気溜りのもとへ向かうことになった。
マリアさんとレティ、弟くんはお留守番だ。
実験結果はほぼ出ているので、マリアさんに預けていた聖水も引き取った。
あとから作った聖水は、先に作った密閉容器の結界なし二つ、結界あり二つを作業場の隅に置いてきた。
なので亜空間収納にあるのは、水瓶四つと密閉容器二十一個。
あの大規模瘴気溜りのときの魔力量は余裕で超えているので、普通の瘴気溜りなら、たぶん対応できるだろう。
レティのお兄さん、アランさんとともに魔方陣でフィアーノ公爵領へ転移。
転移先は、公爵領の領都にある、領城の一室だという。
誰もいなかったその部屋を出ると、その扉は隠し扉のようになっていた。
領城に姿を現した次期領主に、気づいた騎士たちが礼をとる。
「アラン様、もしやそちらは聖スキル者で」
この時期に次期領主が来たため、ずいぶんな期待がされているようだ。
「いや、聖水の使用実験をすることになった」
「は?」
「瘴気溜りの浄化のための、聖魔力を込めた水だ。それで浄化を行う」
どうやら私のことは黙っていてくれるらしい。
困惑した顔の騎士たちに、アランさんは瘴気溜りに向かうと宣言する。
「私は結界魔法が使えますから、アランさんの護衛のひとりです!」
アランさんの身と、聖水の保護のために結界を張る担当だという理由をつけて、私も同行することになった。
だって聖水は私が亜空間収納で運ぶからね。
移動には騎獣が用意されて、私はグレンさんと相乗りをした。
安定のグレンさんに抱きかかえられての移動だ。
私たちはまず、現地の騎士団に合流した。
彼らは瘴気の影響を受けない距離で、魔獣が他へ行かないように、牽制したり倒したりしていた。
怪我人も出ているので、治癒魔法を使いたいけれど。
使えば聖魔法スキル持ちだとバレてしまう。難しいところだ。
囲いは維持した状態で、厳選したメンバーで瘴気溜りへ向かう。
騎獣で瘴気の濃い方向へ進んでいくと、当然のように魔獣と遭遇した。
あのときよりは小型だけど、普通より大きいらしい魔獣たち。
凶暴そうなそれらを、公爵家の騎士たちや、グレンさんが倒していく。
私とアランさんは結界で身を守っているので、皆は全力で魔獣退治に当たれる。
魔獣を発見するとまず騎獣を止めて、グレンさんは私を下ろす。
そうして騎獣と私を置いて、大柄な体で素早く駆け寄り、大剣を一閃。
複数の魔獣たちも、駆け抜ける勢いで軽々と倒す。
またもグレンさんがカッコイイ。
大きな体で素早く動き、大剣を振るって魔獣を倒す様子がもう、映画で見てきた色んなヒーローと比べても、ダントツでグレンさんがカッコイイ。
アランさんと自分を結界で守りながら、私がグレンさんの動きに見とれていると。
「なるほど。グレン殿の番だな」
ひたすらグレンさんの動きを目で追っている私に、アランさんが笑った。
「確かにグレン殿は、素晴らしい戦士だ」
「すごく、カッコイイです。最初から、私の最推しファンタジーヒーローです」
「サイオシファ…?」
「とにかくカッコイイ人ってことです」
「最初から、か」
「最初からです」
初めて挨拶したときから、ドストライクだとは感じていました。
そう主張すると、そうかとアランさんはまた笑った。
「ひどい誤解をして、申し訳なかった」
もうアランさんから敵意は感じない。
落ち着いて見れば、貴公子然とした大人のお兄さんだ。
さすがレティのお兄さん。
「謝罪はお受けいたします」
偽情報に踊らされて敵意を向けられたことは、なかったことには出来ないけれど。
ちゃんと反省してくれたなら、それでいい。
何より敵意は感じたものの、実害はなかった。理性的に話し合いをしてくれた。
そうしてたどり着いた瘴気溜りは、あのときよりはかなり小さなものだった。
むしろ、あの大規模瘴気溜りが異常だったようだ。
セラム様もそんな反応をしていた。
私の亜空間から出した水瓶四つを、まずは瘴気溜りに流し込む。
私とグレンさんで瘴気溜りに近づき、グレンさんが流し込んでくれた。
四つでかなり小さくなったので、今度は密閉容器の聖水を流し込めば。
最初のひとつで、瘴気溜りは消えた。
おおおと、周囲から歓声が上がる。
「これが聖水か。なるほど、効果を確認できたな」
アランさんが、晴れやかな顔で頷いた。
「明日、これの話もセラム様にするのですが、この効果についての証言は、アラン様にお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。実験として提供して下さったこと、感謝いたします」
アランさんは私に向かって、丁寧に頭を下げる。
ちょっとちょっと、そんな態度だと、私が作ったってバレるじゃないですか!
慌ててアランさんに耳打ちすると、しまったと言いたげな顔。
レティのお兄さんは、ちょっと迂闊そうだなと、思った。
ご感想くださった方、ありがとうございます。
嬉しく拝見しています。




