46 公爵家へ
さて、朝です。
昨日も色々あったけれど、気分を入れ替えて朝です。
いちおうね、あのあとは昼食や追加納品用のお菓子を作りながらも、グレンさんとお家デート状態だったわけですよ。
グレンさんにクッキー生地作りを手伝って貰ったら、あの大きな手が意外と器用に動くのを知った。
実は野営なんかで、スープを作ったり肉を焼くなど料理をしていたそうだ。
お昼はパンケーキにした。
具材はベーコンや卵を焼いて、ポテトサラダや、もちろん生クリームも泡立てた。
出来た物から亜空間に入れて行き、飴細工の準備をして、クッキー生地を寝かせるところまですれば、遅めのお昼ご飯。
居間のテーブルに準備をしたら、グレンさんから要望が来た。
「ミナの部屋のソファーで、並んで一緒に食べたい。ダメだろうか」
またも私のライフが削られそうな予感がする希望だったけれど。
デート予定だったのに、お菓子関係の手続きや追加納品など私の用事に時間を取られたので、せめてグレンさんの要望は叶えようと決意していた。
ソファーに並んだものの、ローテーブルは食べるのに適さない。
結果、ソファー前のカーペットに二人で座った。
グレンさんは、くっついて食べたかっただけらしく、カーペットの上でも良かったらしい。
普通にパンケーキを、色々とトッピングして食べ始めた。
おかずトッピングも、甘い物トッピングも、どちらもおいしいと言ってくれた。
グレンさんは無口な傾向だけど、言葉を惜しんでいるわけではなく、マメに褒めてくれる。
必要がないことを話さないだけで、私を褒める言葉は必要な言葉らしい。
そういうところも好きだ。
低音の優しい声が頭を溶かすため、好き以外の語彙が出なくなるけど。
食べさせ合いがあると思っていたら、最初のお皿も次のお皿も、グレンさんはペロリと食べてしまった。
いつもの食べる量からすると、三皿目があるはずと思っていたので。
三皿目で、フォークに刺したパンケーキを、グレンさんの口元に差し出した。
思ったとおり、とても嬉しそうな顔で食べてくれた。
直に手で食べさせるよりも、食器を使えばダメージは少ない。
うん。今度からはこれで行こう。
もちろん、昼食後に作った飴細工やアイシングクッキーは、手で食べさせることになった。
またもや指まで舐められて、気が遠くなった。
私も食べさせられたけれども、ちょっと記憶が定かではない。
商品の引き渡しは、お店の人が竜人自治区の門まで来てくれることになっていた。
そちらは私が意識を飛ばしている間に、グレンさんが納品してしまっていた。
ええええー。
と、いうのが、昨日の回想でした。
さて、気分を入れ替えて本日の公爵家訪問へ向けての作業だ。
昨日の夕食後、本日納品分の飴細工とアイシングクッキーを作ったけれど、焼いたクッキー生地に対してアイシングが途中になってしまった。
なので続きのアイシングクッキー作りだ。
余分に作ったものは、レティへの手土産の予定だ。
というわけでアイシングクッキーの続きを作っていると、ソランさんが厨房の入り口から声をかけてきた。
朝食作りに、白竜族の料理男子二名が加わるそうだ。
「今日からおかずパンのレシピを、みんなで教わりたくて!」
ソランさんと一緒にパン屋をやる人だと紹介された。
イーグさんは、グレンさんより小柄だけど、目つきの鋭さが似ていた。
実際の性格はおとなしいようだ。小さな声で挨拶をされた。
もう一人のウルさんは、人なつこい笑顔で、柔らかい声で挨拶をされた。
お二人とも私の手元、アイシングクッキーに興味津々だったけれど、ソランさんに引っ張って行かれた。
三人で本日のパンを焼いてくれるらしい。
パン生地は二次発酵まで済ませてあるので、成形して焼くだけだ。
細長いパンを焼くと説明したら、三人で成形を始めた。
本日はコッペパン風にして、ホットドッグのように、間に具を挟む予定なのです。
ところでパンの種類について、色々と作っているように思われるだろう。
でも実は私、パン生地を一種類しか知らない。
丸パンもナンも、同じ生地で焼き方を変えただけだ。
フランスパンや食パンなどの生地も、詳しければ教えられたのだけれど。
作ったことがあるパン生地は一種類だけ。
コッペパンの生地は、もしかするとこの生地ではないかも知れない。
でも他のパン生地を知らないので、これで作るしかない。
食パンもこの生地で、四角い型に入れたら行けるかも知れないとは思っている。
明日は具材を入れて惣菜パン的に焼く予定。
そして具材を乗せて焼けば、ピザも行けると思っている。
私が出せたアイデアはそこまでだ。実は一日分足りない。
どうしたものかと、ソランさんに相談したら。
「ハンバーガーをもう一度でいいんじゃないか」
そう言ってくれたので、一巡のパンメニューは決定した。
この一巡の間に、竜人自治区の空き家でパン屋が出来るよう、ソランさんたちは準備を進めるという。
昨日のうちに家はもう選んであり、掃除をしながら厨房や商品棚の配置などを、仲間と相談しているそうだ。
日数のかかるパン種の作り方はともかく、生地をこねて発酵させる工程は、開店までに三人とも出来るようにしなければいけない。
朝食後にソランさんが、二人に教えることになっているそうだ。
「もし売れ残ったパンがあれば、ラスクとか揚げパンとか、フレンチトーストとかにも出来るし。あ、パン粉でコロッケとか」
アイシングクッキーを作り終え、今日の生地に挟むための具材、ポテトサラダや唐揚げなどをマリアさんと作りながら話すと。
「その辺にしておいて。公爵家に行けなくなるわよ」
マリアさんに止められた。
ソランさんからは、帰ってから詳しくと、約束をさせられた。
今日の昼間にソランさんたちはパンを焼くので、そのパンでフレンチトーストと、ラスク、揚げパンを作る予定になった。
本日の朝食は、ポテサラ、唐揚げ、ミートボールと卵などを具材にした、ホットドッグもどきと。
ティアニアさんが作ってくれた、ミルク系の野菜スープというメニュー。
イレギュラーな全員朝食に、白竜族の料理男子も加わり賑やかだ。
ヘッグさんとガイさんの賛辞を聞き流しながら食事を終え。
私とマリアさんは、お出かけのための身支度を急いだ。
公爵家へのお出かけは、スカートにした。
今日はお迎えの馬車が竜人自治区の門前まで来てくれるそうなので、グレンさんに抱き上げられる隙はないはずだ。
万一の護衛を兼ねて、グレンさんが一緒に来るそうだけど、今日は抱き上げられるつもりはない。
公爵家からの迎えの馬車に乗り、三人でフィアーノ公爵邸へ。
途中でマルコさんの店に寄ってもらい、マリアさんとともに納品を済ませた。
あんな高額商品だったのに、昨日の分はもう完売したそうだ。
追加納品に、シェーラちゃんが小躍りしていた。
フィアーノ公爵家の立派な門を潜っても、さらに馬車は進む。
整えられたお庭が広がり、豪邸の予感がする。
案の定、王都の中だというのにお城かという立派な建物だった。
ザイルさんのお屋敷が十軒くらいは入ると思われる。
それが母屋だという。
「ミナ、マリア、また会えて嬉しいわ!」
玄関で迎えてくれたレティが、歓迎してくれる。
「こちらこそ、お招きありがとう、レティ!」
「私も会えて嬉しいわ! 迎えの馬車も、ありがとう」
私が駆け寄る後ろから、マリアさんが歩いてきた。
おっと、駆け寄るのは行儀が悪かったかな。
「グレン様も、お久しぶりです」
レティの挨拶に、グレンさんが軽く会釈している。
顔見知りだけど親しいわけではなさそうな態度だ。
まずは手土産を渡す。
そちらはドレスを合わせたあと、お茶をするときに出してくれるそうだ。
礼儀として、客が持参したお菓子は、一緒にお茶をするときに出すと説明された。
なるほど。頂き物は、おもたせとして出すのがこちらのお約束らしい。
手土産はひとまず侍女らしい人が持って行った。
私たちは早々に、ドレスが並んだ部屋に通される。
「まあまあ、これがこちらのドレス。すごいわ! たくさんあるわ!」
案内されてすぐ、マリアさんが目を輝かせて、並んだドレスを手に取った。
造りをじっくりと眺めたり、裏返して構造や縫い方などを見ている。
壁際には、サイズ直しのために呼ばれている、裁縫に詳しいメイドさんがいた。
マリアさんは彼女に様々な質問をして、戸惑いながらメイドさんは説明する。
ドレスは大きなサイズと、小さなサイズが並んでいた。
小さなサイズが私用、大きなサイズがマリアさん用ということだろう。
「こちらは、私がもう少し小さかったときの物ですが」
だよねー。子供用ってことだよねー。
でも上品そうなドレスもあるし、お城へ行くのに見劣りしないなら何でもいい。
そう考えながら、明日のドレスを選ぼうとしていると。
中にふと、グレンさんの瞳の色に近いベースのドレスがあった。
しかも黒が入っている。
私はそのドレスを手に取り、グレンさんを振り返る。
グレンさんは私と手元を見比べて、嬉しそうな顔になった。
まあ、うん。そうだよね。これだよねと、レティに目を向ける。
あらまあと言いたげな、微笑ましそうな顔をされた。
ああ、うん。そうね。
レティにもセラム様にも、グレンさんとお付き合いを始めた報告が、要るよね。
侍女さんたちに衝立へ誘導され、そこでフィッティング。
合わない部分にまち針が打たれて、早速お直しをしてくれることに。
マリアさんも、明るい色のドレスを選んでいた。