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 実物があれば、他にもこの場でレシピ登録を承れるという話があったので。

 あとでルシアさんご夫婦にも渡そうと思っていた、丸パンとハンバーガー。

 それから昨日の残りの蒸しパンを、亜空間収納から取り出した。


 亜空間収納に目を丸くされたけれど。

「異世界召喚された者は、鑑定と亜空間収納、それから異世界言語というスキルが使えました」

 そう伝えると、なるほどと頷かれた。


「時間経過を気にしない、重さも感じず運べるスキルとは羨ましい限りですが。別の世界から意図せず招かれたとなれば、プラスマイナスが悩ましいですな」

 ギルド長から奇妙な言い方をされたけれど。

 つまり有用なスキルを得たものの、生まれた世界から切り離された私たちに、同情しているご様子だ。




 丸パンと蒸しパン、ハンバーガー。

 それぞれを試食してもらうと、目を見開かれた。


「こ、これは、なんと」

「パン、ですか。異世界のパンと」

「柔らかく、かぐわしい」

「噛みしめるまでもなく消えるが、しっかり残る味と香りの存在感!」


「こちらのパンは甘味だが、なんともモチモチしているな」

「味が色々とありますが、それぞれがいいですな!」

「これ、それぞれの味で登録が必要にならないか?」

「ですよね。蜜の実の種類違いと、パタルの実も複数種類、あと果物と芋? それぞれが完成されている。すごいな」


「なんですかなこの、パンと肉と野菜の調和は!」

「この具材の肉のようなものも、柔らかくジューシーなのに肉だ」

「パンと肉に加えて、このソースもまた」

「いや待て。もしやこの肉とソース、それぞれもレシピ登録が必要なのでは」




 結果、パンは特殊レシピ申請。

 しかもパン種作りの困難さから、まずは秘匿登録し、ソランさんと専属契約することになった。

 その契約もこの場で済んだので、ソランさんは喜んでいた。


 ただし発酵という新技術に、ギルド長が頭を抱えていた。

 お酒も発酵のはずだけど、あちらは魔道具の誤作動による偶然の産物で、魔道具でしか作れないそうだ。

 その魔道具は複製が可能だったので、色々とお酒造りは発展したものの。

 今まで原理がわからなかった。


 私がお酒も発酵食品ですよねと伝えると、驚きでしばしフリーズ。

 あとお酢やみりん的な調味料も、同じ魔道具で作成していたらしい。

 つまり発酵を促進する魔道具ということか。


 異世界摩訶不思議現象、色々な事情があるなあ。




 蒸しパンも、蒸すという技術が新しい発想のため、特殊レシピ申請。

 各アレンジレシピが普通の申請になった。

 蒸し料理は発展して欲しいので、こちらは公開レシピにする。


「この膨らし粉というのは、何でしょうかな」

 素材一覧と鑑定結果を見比べていたテセオスさんが、戸惑う顔で私に訊いた。


 そうだ。膨らし粉がなかったので、ソランさんに錬金術で作って貰った。

 蒸しパンはその膨らし粉を使っていたのだ。

「クッキーには使っていませんが、異世界のいろんな焼き菓子に、欠かせないものです。こちらのソランさんに、錬金術で作って貰いました」


 グリンと、ギルド長の顔がソランさんを向いた。

 勢いと視線の鋭さに、少しビクつきながらも、ソランさんが頷く。

「ああ、ミナに概要説明をされて、重曹から作り出しました」

「ほうほう、そんな物から、お菓子の材料が。その膨らし粉もレシピ登録が必要ですな」




 あ、なるほど。そうね。

 そちらは錬金術師のソランさんが登録するべきだと、私は思ったけれど。


「オレが思いついたわけじゃない。ミナが素材と作り方を知っていて、オレは錬金術の技術提供をしただけだ」

「でもソランさんがいなければ、作れませんでした」

「レシピはミナのものだろう」

「私は知っていただけです。作るのはソランさんにしか出来ませんでした」


 最終的に、私とソランさんの共同開発、という登録になった。

 登録種類はソランさんも同意して、公開レシピにした。




 ハンバーガーは、ハンバーグとソース、マヨネーズの登録が必要になった。

 ティアニアさんが言ったとおり、挽肉をわざわざつなぎを使って成形する料理は、こちらにはなかった。

 ソースとマヨネーズも新レシピにあたった。


 ソースについては、シチューやスープなどの煮込み料理はともかく、野菜やスパイスや調味料を煮詰めて、別の調味料にしてしまうという概念が、なかった。

 マヨネーズも、卵を使った調味料という発想がなかった。


 世界が違えば、常識も違う。

 私たちの当たり前は、この世界の当たり前ではない。




 マヨネーズは、手順をきちんと踏まなくても、あの魔法の鍋で攪拌しながら材料を混ぜて乳化するイメージで、魔力で色々と出来てしまった。

 あとソースも、トマトなどの野菜とスパイスの葉っぱなどを入れ、あの魔法の鍋で圧力鍋的に魔力を込めて作ってみたら、ケチャップかタレかデミグラスソースかが混ざったようなソースが出来た。


 本当にあの魔法の鍋は有用だ。

 圧力鍋にもミキサーにもなり、その他加工も自由自在。

 こちらの概念さえ明確なら、見合った魔力でそれなりに調理が出来る。


 ただマヨネーズはともかく、ソースはかなり適当に作ったので、素材のレシピ申請がかなり難しいことになった。

「あと素材が二つ、足りません」

「え、あと何足したっけ。あ、塩の実の仲間のコレ! え、もうひとつ? ええと…」


 最終的に全部思い出して書けたけれど、再現できるか微妙だ。

 分量などは必死に思い出して、レシピ書に記載した。

 商業ギルドの魔道具と最終的に一致したので、ほっと胸をなで下ろした。

 帰宅してもう一度、このレシピで再現してみなければならないだろう。




 マヨネーズとソースは公開レシピにした。

 むしろ誰かが作って売り出してくれたらいいなと考えている。


 ハンバーグは、ハンバーガーを今後ソランさんが扱うため、秘匿レシピにした。

 コッペパンにハンバーグを挟むのも、おいしいよねー。

 そうだ、今日のおやつはパンケーキに生クリームとか、どうだろうか。


 ちょっと色々あり過ぎて、私の頭は逃避を始めていた。







 ギルド長とテセオスさんが、申請書と登録内容について最終チェック。

 ソランさんとマルコさんがパン屋を開く話に盛り上がっているのを、傍らでほけっと聞いていると。

 隣からグレンさんが、私の頭を自分の胸元に引き寄せた。


 されるがままにグレンさんにもたれて、なんとなく安心することに、ちょっとどうしようかなと思う。

 疲れていたし、このままでいたい気がするけれど、人前でこれはどうなのかと。


「おや、もしやそちらの方は、竜人族の方では?」

「そうです。グレン様は竜人自治区にお住まいの方で、以前、魔獣に襲われていたところを助けられましてな」

「耳にしたことがございますぞ。若い竜人族のグレン殿。魔獣退治でかなり活躍をなさっていると」

「なるほど。お菓子の聖女様は、竜人族の番の方でしたか」


 ちょっとギルド長、そのお菓子の聖女様を引きずらないで欲しいのですが。

 そしてグレンさんが有名人らしいことを、新たに知ったのですが。




「ミナ様はお疲れですかな。番の魔力に癒やされておいでのようだ」

「異世界召喚という災禍の中、竜人族の番というのは、直接的な癒やしを得られて何よりでしたね」


 テセオスさんとギルド長の言葉に、ほけっとしていた私は目を瞬く。

 ギルド長を見ると、笑顔で頷いておられた。

「番が、直接的な癒やし、ですか?」

「番の魔力は安らぐものと聞いております。ミナ様にとって、グレン殿の魔力は、安らぐのでしょう」


 それもまた、言われて初めて知ったこと。

 竜人族は、番の魔力以外に性的に反応しないとか。

 番は魔力の相性で決まるとは聞いていた。

 それは竜人族の側の問題だと思っていたけれど。


 竜人族の番の女性側にとっても、番の魔力というのは安らぐという。


 心当たりが非常にある。

 泣いてしまった夜、グレンさんの腕の中でスコンと寝てしまったこと。

 なんだか安心できる場所だと思っていたこと。

 あー、そういうこと。

 今までずっと、グレンさんの魔力の効果が私に影響してたんだ。




 グレンさんを見上げると、私をまっすぐに見下ろして。

「疲れたなら、帰るか?」

 うん。安定のズレっぷりでした。


 黙っていたことに気まずく目を逸らすとか、予想していた反応はなかった。

 いつになく疲れて甘える私を、ただ心配してくれている様子。


 グレンさんにとってはたぶん。

 私がグレンさんの魔力で安心するのは、当たり前のことなんだ。

 だから泣いていると抱きしめてくれたり、不安定なときに傍にいてくれた。

 今だって疲れて脱力している私を、自分にもたれさせてくれている。




「ミナが疲れたようなので、失礼する」

 私が返事をしないでいると、疲れて黙っていると判断したグレンさんが、私を抱き上げて帰る挨拶をした。

 あれ、これいいの?


「お待ち下さい、公開レシピ登録について、登録者に使用料がどのように支払われるかなどの説明を」

 テセオスさんから、まだ説明があると呼び止められ。


「私も、二種類のお菓子の、買い取り価格の相談を。あと出来れば、追加で納品を頂ければと思っているのですが」

 マルコさんからも、まずレシピ登録に来てしまったので、商品としてどう扱うか詳細を話していなかったことを指摘された。


 ですよねー。


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