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マルコさんが店の裏手から馬車を出してくれて、人通りの少ない道を通り。
やって来たのは、五階建てくらいの石造りの建物。
商業ギルドだと言われて、なるほどと頷ける立派さだ。
この世界では、上に高い建物は少ないけれど、竜人自治区の住まいも三階建てだ。
それなりに建築技術が発達している中、商業ギルドともなれば、このくらいは建てられると見せているのだろうか。
マルコさんに連れられて、建物に入ろうとしたところで。
「あれ、グレン、ミナ!」
名前を呼ばれて声の方を見れば、ソランさんが目を丸くして立っていた。
彼は書類を取りに来たという。
「ほら、パンのレシピ登録をする話をしただろう。その関係書類をもらって、必要手続きを聞いておこうと思って」
ソランさんの言葉に、マルコさんが反応する。
昨日ヘッグさんが熱く語った、柔らかいパンの話だとわかったのだろう。
「パンのレシピも登録なさるのですか」
「ソランさんが、パン屋さんを開いてくれるそうなので」
私は朝の、パンに大金を出そうとしたヘッグさんたちの話をした。
お菓子職人の私が、ひたすらパンを焼かされるのは嫌だということも。
なるほどとマルコさんは頷いた。
「あれだけの菓子を作れる方です。そちらに専念されるのは、もっともです」
「ああ、蒸しパンとか、美味しかったもんなあ」
新たな名称に、またマルコさんが反応しかけたけれど、とりあえずギルドの中へ入ることになった。
マルコさんが、お菓子の価値観を覆す新商品の話だと窓口で話すと、商業ギルド長という方が出て来た。
三十代くらいの男性に見えるが、この世界では年齢違いの可能性は高い。
油断がならない雰囲気は、もっと高い年齢に思える。
とはいえ、その油断のならなさは、ザイルさんや宰相さんと似た系統だ。
悪意は感じないし、ずるそうな雰囲気でもない。
頭が切れそうというイメージだ。
奥の部屋に通されて、ギルド長のボンドさんと、食品部門の責任者というテセオスさんがソファーに並んで。
向かいにはマルコさんとソランさん。
私とグレンさんは、横手の別のソファーに並んで座った。
マルコさんは最初、隣に私を座らせようとした。
それをグレンさんが阻止。さっさと別のソファーに私と並んで腰を下ろした。
ソランさんは苦笑して、ひとりでギルド長たちと向き合う形になったマルコさんの隣に、腰を下ろした。
お茶を出されて、女性職員が去ったあと。
マルコさんに促されて、アイシングクッキーと花の飴をテーブルに広げた。
あのときのように、失敗作の試食をお二人に食べてもらう。
ソランさんもソワソワしていたので、お渡しした。
商品を見たときから、ギルド長は目を細め、テセオスさんは目を丸くしていた。
そうして試食を食べると、ギルド長はかっと目を見開いた。
「お菓子革命だ!」
私が起こすと宣言したことを、ギルド長が言われた。
「確かに既存の概念が覆る。何だこれは! どうやって作られたのだ!」
マルコさんに、誓約魔法ですべてを明かすことは出来るかと言われた。
商業ギルド長なら、いずれマリアさんの商品も相談が必要だ。
あと私のこれからの商品だって、色々と話しやすくなる。
誓約魔法が使えることに驚かれたが、秘密があるなら知っておきたいと言われ、お二人は積極的に誓約してくれた。
「隣国が異世界召喚という、とんでもないことをした話は聞いていたが」
商業ギルド長が唸る。
「異世界の技術と知識、確かにとんでもない話だ。飾り物のような焼き菓子。宝石細工に見える滑らかな砂糖菓子。見た目も味も素晴らしい」
「香りや風味も際立ちますな。しかも見た目の色とともに、味や香りも種類があるのでは? これは、異世界の方にとっては、当たり前の技術ですかな?」
ギルド長に続き、テセオスさんも興味津々だ。
なるほど。この世界のお菓子は、見た目にこだわっていなかった。
風味と甘みはあるけれど、食感もボソボソしている。
私はあちらの世界のお菓子を知っているから、より良くしようと思ったけれど。
お菓子とはそういうものだというのが、この世界の人の感覚だ。
その感覚からすれば、私のこれらはお菓子の新しい概念だ。
たとえば宝石のような透明感と、完成度の高い成形。カラフルなアイシング。
滑らかな食感、サクサク食感、コリコリ食感という変化。
色とともにつけた、味や香りの変化。
それぞれに対するこだわりは、この世界のお菓子になかった概念ということだ。
「ミナさんは異世界の菓子職人を目指され、専門の修行をなさったそうです」
私のかわりにマルコさんが答える。なぜか自慢げに。
「なるほど。異世界の技術者ですか。それは頼もしい」
「もうお一人おられましてな。その方の商品も、今後相談させて頂きたいと考えております。そちらは服飾と美容系用品の革命が起こります」
「おお、素晴らしい!」
テセオスさんが私を向いた。
「これは、異世界から持ち込まれた物ですかな」
「それともこの世界の食材で、作ることが可能な物でしょうか」
ギルド長も私を向いて、真剣な顔で問いかけてくる。
「こちらの食材で作りました。他にもいろんなお菓子を、作れそうです」
「おおおおお!」
テセオスさん、大興奮。
ギルド長も低く唸られている。
しばらく何かを考えていたギルド長が、ふと顔を上げて、真剣な目を向けてきた。
「もしも、見つからない食材などございましたら、お声がけ下さい。商業ギルドの名にかけて、お探しいたしましょう」
「小豆が欲しいです!」
思わず大きな声で言ってしまった。
洋菓子職人を目指していたけれど、私の根っこは和菓子屋の娘だ。
餡子を炊きたい。
練り切りや饅頭、羊羹など、小豆がなければ作れないものは多い。
あとお米。餅米や米粉も欲しい。おはぎが食べたい。
「でも元の世界と、ずいぶん違う形で存在している食材が多いんです。小豆は赤い豆ですが、この世界でも豆とは限りません」
そう。そこが難しい。
「いろんな食材を鑑定させて頂ければ、小豆や米にあたる物が見つかる可能性もあるのですが」
「鑑定が使えるのですか」
「はい。私の鑑定は、こちらの世界の物が、私たちの世界の何に近いという情報や、性質もわかります」
なるほどと、ギルド長は頷かれた。
「いずれ食材を取りそろえて、鑑定で食材を探して頂ける場は設けましょう。まずはレシピ登録です」
書類の書き方、申請方法などを、テセオスさんから丁寧に教えて頂いた。
私のレシピ登録は、特殊レシピ申請書での登録となった。
特殊レシピとは何かと思ったが、今までにない商品を扱うときに使う区分らしい。
普通のレシピ登録は、既存のものに工夫を凝らしたときに、使われるそうだ。
なるほど。この世界の焼き菓子レベルからすると、まずクッキー生地が違う。
そしてアイシングの技術。
飴も無かったのなら、まったく新しい商品にあたるのだろう。
クッキーそのものと、アイシングクッキーはそれぞれ特殊登録することになった。
飴細工は、基本になる飴を特殊登録して、細工方法はレシピ登録となる。
あと材料のひとつの果汁粉が、特殊登録をすることになった。
飴細工もアイシングも様々なモチーフがあり、今日は花祭りに合わせて作ったと言うと、ギルド長が唸られた。
なにやら難しい顔になっておられるのが、ちょっと気になる。
商業ギルドには、素材やおおよその作成方法などがわかる鑑定魔道具がある。
書類に記載されたレシピの詳細が、現物の鑑定と一致することを確認し、ギルド長が認めれば、登録完了だ。
そのレシピ登録は、国を超えて世界中の商業ギルドで共有される。
レシピを公開して、使用料を受け取るような登録方法もあれば、秘匿も出来る。
公開レシピの使用料をもらえる期間は十年。
許可使用期間を終えると、あとは世間で普通に活用される。
私はすべてのレシピを公開にした。
公開しても、成形の技術を身につけるのは、それなりに時間がかかるだろう。
いずれ職人が育てば、これらは当たり前のお菓子になる。
レシピ公開について、何度もいいのかと確認されたけれど。
「これがお菓子革命だと言われれば、これくらいは一般的に流通して欲しいです」
そう伝えると、テセオスさんに感動された。
「この世界に新境地をもたらした、お菓子の女神よ!」
大げさだな。
「いや、この慈悲深さは古の聖女さながら。お菓子の聖女様だ」
ギルド長まで言い出した。
微妙に言い当ててるから、やめて欲しい。




