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花祭りの街中は、まだ早い時間だったからか、人通りは少ない。
出店も準備中のものが多いけれど、やはり花に溢れている。
カップルはそれなりにいた。
色とりどりの花の中、花の甘い香りに包まれて、好きな人と腕を組んで歩く。
それだけでロマンティックな雰囲気になるから不思議だ。
男女はそれぞれ、華やかな装いをしていた。
特に女性は、淡い花のような色の、ヒラヒラした系の服が多かった。
自分の服と見比べて、ちょっと失敗したかなと落ち込んでしまう。
緑っぽい色と、茶色系のズボンって、私は木か! とね。
あと大通りについたとき、グレンさんに下ろしてもらったのですが。
彼と私の体格が違いすぎるため、腕が組めなかった。
組もうとすると、私がぶら下がる形になった。
かといって、ずっとグレンさんに腰を屈めてもらうわけにはいかない。
結果的に昨日と同じように、手をつないで歩いている。
浮かれたお祭りの空気はそれなりに楽しいけれど、思っていたデートになっていないかも知れない。
グレンさんがガッカリしていないかなと、見上げれば。
頭上の視線と目が合ってすぐに、目をとろりと笑ませて。
「髪飾り、とても似合っているな。可愛い」
そんなふうに言ってくれた。ああもう、好き!
「女の子たちの服が、花の色で華やかで。自分なりにオシャレをしたつもりだったのにって、思ってたんです」
素直に今の気持ちを言えば。
「そのズボンは、オレの瞳の色に近い。それだけでオレは嬉しい」
そんなことを言う。
わからないので首を傾げると、互いの髪や瞳の色を纏うのは、この世界の夫婦などがすることらしい。
それは竜人族に限らず、人族などでもするそうだ。
だからグレンさんの髪の黒や、瞳の琥珀色などを私が身につけるのは、とても嬉しいそうだ。
わー。グレンさんの黒系の装いは、黒竜族だからかと思ったけれど。
私の髪の色ですかね、もしかして。
差し色の茶色は、私の目の色ですかね。わー。
それはそれで恥ずかしくて、ぎゅっと手を握ったら、そっと力を強められた。
ううう、もう、好き!
ちょっと付き合いたてのバカップルっぽく、語彙が死にそうになっている。
「今度、服を買うときの参考にします」
そう返すので精一杯だ。
一緒に買いに行こう、なんなら買わせて欲しいと言われたけれど。
それについてはお断りした。
「番を着飾らせるのも、竜人族の男の甲斐性だ」
言ってくれた言葉は嬉しいものの、待って欲しい。
そんなふうに何でも買い与えようとされると困る。
新しい生活で、必要なものがたくさんあって、ありがたいと思う反面。
何でもかんでも買い与えられて、暮らしてしまうのは嫌だ。
夫婦じゃない、まだお試しのお付き合いの段階だ。
何よりちゃんと自分で稼いで、自分の足でこの世界で立って生きていきたい。
そう返せば、頷いて理解を示してくれた。
「ダンジョンに行く際の装備だけは、オレに贈らせて欲しい」
服については最後に、そんな申し出があった。
「素材は色々と持っている。魔蜘蛛の丈夫な糸で作られた布は、魔力も纏えて耐性が強い。軽くて強い装備になる」
装備か。確かにそれは重要だ。
そしてダンジョンを知るグレンさんが選んでくれるなら、安心だ。
「お願いします」
素直にお願いすると、嬉しそうに笑ってくれるから、やっぱり困る。
こちらが買って貰う話なのに、どうしてグレンさんが嬉しそうなんだ。
甘い花の香りの中、花を眺めながらゆっくりと歩く。
実はデートというものが初めてで、ちょっと緊張していたけれど。
グレンさんも初デートのはずだ。
そう思って見上げれば、目が合って屈んでくれる。
ううう、どうしよう。
今日一日これって、なんだか間が持たない。
「花祭りのときって、何かするとか、定番はありますか?」
「いや、花に溢れた街を歩いて、屋台などを冷やかす程度と聞いている」
そうかー。ちょっとそれ、長時間できないなー。
このあとシェーラちゃんのところに行くけど、そのあとのそぞろ歩きは、そんなにいらないかも知れない。
準備中の屋台の商品も見えるけれど、そんなに興味を引かれない。
「オレとしては、今日という日に一緒にいられればそれでいい。街歩きが飽きたなら、戻ろうか」
たとえば昼食を一緒に作って食べるとか。
料理をする私の傍らにいるのでもいいという。
そんな話をするうちに、大通り沿いのマルコさんの店のところまで来た。
シェーラちゃんの屋台は、このお店の前でやると聞いている。
朝の準備と開店からしばらくは、屋台のところにいると言っていたので、この時間ならいるはずだ。
店の前の屋台には、花の小物が並んでいた。
花の刺繍のハンカチや、お花のブローチ、布の花細工など、可愛い小物が多い。
ここかなーと、屋台の奥を覗いてみると。
「あ、グレン様、ミナさん、おはようございます!」
屋台の陰にいたシェーラちゃんが、テンション高く飛び出してきた。
「おはよう、シェーラちゃん!」
こちらも応えて駆け寄る。
彼女は私たちの繋いだ手に、目を向けて。
アラアラアラと手を口に当てて、ニマニマした。
「そんな手の繋ぎ方があるんですね! いいですわー、尊いですわー」
何がだ。
「竜人族と番の方って、本当に運命ですのね!」
彼女の頭の中で、また物語が展開している様子だ。
「えええと、商品を見てもらってもいいかな」
空気に耐えられずに、私は飴とクッキーを彼女に見てもらうことにした。
「オレも食べさせてもらったが、とても美味しくて可愛いお菓子だった」
私が布包みを取り出す間に、グレンさんがそんな報告をする。
「え、食べさせてもらったとは、もしや竜人族の方々がされる、食べさせ合い」
「ああ。ミナに手ずから食べさせてもらった」
ちょっとちょっとちょっと、グレンさあああん!
「ミナの指もおいしかった」
ちょーっ!
「あ、あの、あのね、シェーラちゃん」
とっととお菓子の話に行こうと声をかけたが、シェーラちゃんはトリップなさっていた。
「竜人族の番で食べさせ合うお菓子! 指まで食べちゃうお菓子!」
大興奮して、何やらメモを取り出している。
えええ、待って、何そのメモー!
「売るときに、何か特化した売り文句があった方がいいかと思いまして」
やめてー!
私のライフがガリガリ削られるから、やめてー!
なんとかシェーラちゃんをなだめて、お菓子の説明に入らせてもらう。
布を広げて見せて、焼き菓子と飴だと説明をした。
目を丸くする彼女に、アイシングの失敗したものや、飴の形崩れしたものなどを、試食して貰った。
するとさらに目を見開いてから。
「お、お、お父様ー!」
なぜかホセさんを呼びに行った。
ホセさんとマルコさんが、シェーラちゃんと連れ立って出て来て。
私のアイシングクッキーと飴に、さっきのシェーラちゃんみたいに目を丸くする。
そして失敗作で試食をしてもらうと。
「高級菓子として扱うべきですな」
「屋台に特別な棚を置いて並べよう。あと警備を追加だ」
いきなり物々しくなった。
え、ただのクッキーと飴ですけど。
たしかにアイシングクッキーは、一枚だけでも値段をつけられる商品だとは思っている。
そして成形にこだわったこの飴も、ひとついくらで売れるとは考えていた。
けれど、マルコさんからは、まったく新しい食品だと言われた。
この世界で「お菓子」と認識されているものとは、味も質もまったく違う。
お菓子の新しい概念を生み出す物だとまで、熱く語られた。
「恐らくは裕福な商人や貴族がこぞって買いたがります。今から商業ギルドで登録しておいた方が良いでしょうな」
え、待って。
「ああ、いや、しかし。花祭りのお出かけに来られたのですか。ううむ」
マルコさんが悩ましげな声を上げる。
グレンさんが、マルコさんの肩に手を置いた。
「必要だというのなら、商業ギルドへ行こう。ミナの今後にとって、これは大事なことなのだろう」
相変わらずの男前発言をされる。
「街の散策は、元々ある程度で切り上げるつもりだった」
グレンさんの言葉に、マルコさんがほっとしたように頷いた。
「ええ、ええ、大事なことです。これほどの商品を作る職人は、きちんと保護されなければなりません。変な連中に目をつけられては一大事です」
「異世界のお菓子というものを、甘く考えていました。これはお菓子の改革です」
ホセさんも重々しく頷いている。
私としては、クッキーや飴よりも、カップケーキやマフィンなどの焼き菓子。
あるいは洋生菓子などが、お菓子改革になると思っていたのだけれど。
お試し商品からいきなり、なんだか大事になってしまったようだ。




