40
さてさて、私の部屋はただいま、服で散らかっております。
こちらの世界の服は、あの旅でセラム様が必要経費として買ってくれたもの。
昨日のお買い物は、服のことはさっぱり忘れ、食材ばかりを買い込んでしまった。
女子として、これはどうなのか。
枚数がそう多いわけではないけれど、当面必要な数は買えと言われた。
あのとき、それなりにいい感じのものを、マリアさんと選んだつもりだ。
シャツが五枚、パンツが三枚、スカート二枚。
干した洗濯物は最後に風魔法で乾かしたので、ひとまず全部並べてみた。
水魔法と風魔法は、魔法水作りと掃除、それから調理魔道具の操作で、なんとなく使えるようになっている。
組み合わせ次第で印象が変わるので、ここは真剣に選ぶ。
調理に夢中になって服選びが最後になったことについては、あとで反省する。
花祭りのお出かけは、部屋で準備をして、グレンさんが迎えに来るという。
朝食の一刻後という話になったので、片付け後の今、あと半刻ほどの猶予だ。
ここは生成りのシャツと、若草色のスカートだろうか。
いや、パンツスタイルがいいかも知れない。
グレンさんが抱き上げてくるのなら、パンツの方がいい気がする。
スカートだと、抱き上げられるときに気を使わなければならない。
結果、草色のシャツに、茶系パンツの組み合わせにした。
ゆったりシャツには襟元と袖に飾りがついているので、パンツスタイルでも可愛い感じになる。
パンツの方も、裾をしぼった紐がちょっとしたアクセントでオシャレだ。
着替えて、クッキーと飴のラッピングを少し直して。
こんなふうにソワソワする朝は、ちょっと新鮮だ。
ノックが聞こえてそっと扉を開けると、グレンさんがいた。
相変わらずの体格の良いイケメンが、シックな黒系の装いで眼福だ。
背丈の差だろう、高い位置から私を見て、琥珀色の目を嬉しそうに細めている。
これが甘い目というやつかと、ちょっと頭に血が上りそうになった。
花束らしきものは特にないので、定番のそれにグレンさんは気が回らなかったのかなと。なら気分を切り替えて出発だ! と、思ったけれど。
「これを、ミナに」
グレンさんは、布に包んだ小さなものを差し出してきた。
布を開くと、きれいな花の髪飾り。
キラキラと輝く石のついたそれに、すぐに言葉が浮かばない。
「番と出会えたら、渡そうと思って用意していたものだ」
すごく、嬉しい。
嬉しいけれど。
素材の輝きが、これ台座はセラフィじゃないだろうか。
あの白金貨の材料にあたる、稀少な高額素材
そして鮮やかに輝く色とりどりの石も、なんだか高級そうなんですが。
重い。重いよグレンさん。
いやでも嬉しいです。その重さが嬉しくもあって困る。
ちょっと婚約指輪的なものなんじゃないかというのは、そっと追いやる。
「身を守る魔道具になっている」
「そうなんですね。ありがとうございます」
それならまあ、妥当なのかも知れないと頷いた。
私の身の安全のための、魔道具。
高級には違いないが、グレンさんが必要だと思って贈ってくれるもの。
「魔宝石ひとつずつに、それぞれ魔法が入っているんだ」
魔宝石という言葉に、やはり石ひとつずつが高級そうだと思った。
たしか魔法石と違って、高魔力の魔石を加工した、宝石よりも高価なものと聞いた覚えがある。
こんな物、本当にもらっていいのだろうか。
やはり婚約指輪的なものだろうか。
「こちらは危険が迫ったり、衝撃を受けた際に結界魔法が展開する」
白っぽい輝きの石をグレンさんが示す。
あー。結界魔法は自分で張れるけど、気づかず危険になったときに便利ですね。
そうか。身を守る魔道具というのなら、お守りとして受け取っておくべきだろう。
万一の緊急用としては、確かに必要なのかも知れない。
「そしてこれが、攻撃を反射する」
一気に物騒になった。
「残りのこちら四つは、悪意を感じると攻撃魔法が出る」
「待って」
不穏! 不穏過ぎるよグレンさん!
悪意って何だ。悪意の程度は。
「悪意だけで攻撃はダメだと思います」
「悪意とは攻撃意思だ。先手必勝で」
「ダメです」
さすがに悪意だけではダメだと説明したけれど、もう作成されてしまった魔道具。
そしてグレンさんの重い気持ちのこもった贈り物。
「この青が水魔法、赤が火魔法、緑が風魔法で」
「待って。あの、これ例えば結界を自分で張っていたら、発動しませんよね」
「そうだな。結界で安全が確保できている状態なら、発動はしない」
よし。ちょっと竜人自治区の外では、結界を常に張ることにしよう。
でないと、えらい人間兵器になってしまいそうだ。
グレンさんはいそいそと、私の前髪と横髪を結わえる感じで飾ってくれた。
こちらの世界の人みたいに長くない、肩より少し下程度の長さだけど。
ちゃんとクリップみたいになっているので、可愛くまとめてくれた。
鏡がなかったから自分では見えなかったけれど。
作業場に行こうとしていたマリアさんが、自室から出て来て目が合って、あら可愛い似合うわねと言ってくれたので。
私からのプレゼントをお渡しする前に、部屋にお招きした。
実はラグが完成したので、敷くお手伝いもついでにお願いしていたもので。
あとグレンさん用のスリッパを、マリアさんから購入済みだ。
なのでスリッパを出してお招きだ。
初めて履くそれに、グレンさんは不思議そうな顔をしたけれど。
何度か踏み踏み足元を確かめて、頷いていた。
筋肉質で大柄な人なのに、やっぱりなんだか可愛い。
まずはラグを敷くのを手伝ってもらい、今度こそお部屋が完成!
テーブルの下や、ソファ前のローテーブルの下。
あと窓際付近に敷いたものは、上にクッションを置きたいところだ。
自分で縫うのに挑戦するべきか、人に頼むか、悩みどころだ。
見回して悦に入ったあと、グレンさんと並んでソファーに座る。
グレンさんも、完成した部屋をひととおり見回して、うんうんと頷いていた。
「心地良さそうな部屋だな。ミナらしい」
そんなふうに褒められて、なんだかくすぐったい気分だ。
「グレンさんのおかげで完成した部屋です。ありがとうございます」
二人で顔を見合わせて、ふふっと笑う。
グレンさんの口元も緩んでいるので、なんだか嬉しくなる。
「じゃあ、私からはこちらをどうぞ」
ラッピングしたアイシングクッキーと、花の飴を渡した。
受け取って包みを開いたグレンさんの頬が緩んだ。
「可愛いな。しかしこれは、おいしそうな匂いがする」
「はい。クッキーです。焼き菓子です」
「食べさせてもらえるだろうか」
はい?
しばし固まってから聞き返す。
「食べさせるというのは」
「言葉のままだ。竜人族にとって、食べ物を食べさせるのは愛情表現だ」
なんと。
では昨夜のザイルさんの、蒸しパンをティアニアさんに食べさせていたあれは。
確かにそんな感じだった。
直視しちゃダメっぽい雰囲気だった。
え、まさか竜人族の奥さんになるのって、あれが平気にならなきゃいけないの?
ちょっと、教えておいて下さいよティアニアさん!
まさかラナさんも、ルシアさんも平気でやってたりするの?
いや、まあ、昨夜のティアニアさんは、素直に食べていたけれども。
私が衝撃を受けている間に、グレンさんが訥々と話したのは。
パンを捏ねる手伝いをしてくれたときに、私が蒸しパンを彼の口に入れたのが、とても嬉しかったということ。
実は私に何かを食べさせてもらえないかと、あるいは私の口に何か入れてあげられないかと、キッチンを覗いていたらしい。
お腹が減っていたのではなかった。
竜人族の愛情表現を私としたくて、食材を触る私の近くにいたかったそうだ。
ううう、困る、可愛い。
そして昨日の屋台のトルティーヤを、私の手に持たせたまま食べたのは、そういう意味を持つ行為だったということ。
なのでヘッグさんが、番以外にやるなと注意をしたのだ。
しばらく固まっていたけれど、今はまだ私の自室。
思い切ってグレンさんに食べさせた。
野性味あふれるイケメンが。
嬉しそうに私の手からクッキーを食べている事案について。
そしてたまに、私の指まで食べちゃっていることについて。
生ぬるい感触に固まれば、もっとと口を開いてくる大人の男の人って。
指を舐められて舌の生々しい感触に、変な気持ち良さを感じてしまうって。
ちょっと、どういうことですか!
ガリガリと何かが削られる時間が過ぎて。
気がつけば抱き上げられて道を運ばれていた。
初デートのお出かけが、気がつかないままに出発していた件について。
はっ、まさか私をショック状態にして、今日は抱き上げて運ぶ陰謀か。
いや、ないな。
グレンさんに限っては、陰謀とかそういうのを私にするような人じゃない。
でもこういうことをナチュラルにしてしまうグレンさんに、どうすればいいのか。
運ばれながら考えるも、答えは出ない。
スタート地点からこれで、今日一日の我が身が心配になった。




