39 花祭り
花祭りの朝も、私は早起きをした。
昨日よりは少し明るいが、まだ日が昇りきっていない時間帯。
そっと身支度をして、魔道具の洗濯機を作動させてから、調理場に立つ。
クッキー生地は昨夜のうちに仕込んでいた。
生地は冷蔵魔道具に寝かせてある。
クッキーを焼いてしまい、冷ましてからアイシングする予定だ。
やはり特別感を出すのなら、形だけではなく、色や模様をつけたいから。
まずはクッキーを成形し、焼いていく。
花のクッキー型は昨夜のうちに、マリアさんが作ってくれた。
変化をつけて五種類も、面白がって作ってくれたので、型抜きをしていく。
型抜きしたものは鉄板に並べて、いざオーブンへ。
それから蜜の実の汁を、飴の素材になるよう準備していたものを温めて練り。
少し冷まして伸ばしながら艶を出し、飴細工にしていく。
とっておきは、果物を煮詰めて乾燥させて砕くイメージで、果汁粉にしたもの。
果汁粉で色も香りも変化をつけて、飴細工の花をたくさん作った。
ふふふ、子供の頃から練り切りの細工も練習していたし、こういう細工は得意だ。
あとこの世界でスキルになっているためか、以前より手際がいいし失敗しない。
昨日シェーラちゃんに言われたのだ。
お店は花祭りの期間閉めているが、シェーラちゃんは屋台をやるという。
もしも花祭りにちなんだお菓子を作るのなら、お試しで一緒に売ってみるから持ってきてと、誘われていた。
なので飴は商品として、たくさんの種類と数を作ってみた。
クッキーもたくさん焼いているので、アイシングがうまく出来れば売ってみよう。
もちろん、どちらも一番出来がいい物は、グレンさんへのプレゼントだけれど。
そうするうちにクッキーが焼けた匂いが漂い、鑑定で頃合いを見てから取り出す。
型抜き後の生地の切れ端だったものを、割って食べてみたら、ちゃんとおいしく焼けていた。ヨシ。
クッキーを冷ます間に洗濯物を干して、いよいよアイシングだ。
クッキーのアイシングは、チョコレートがないのが惜しいけれど。
ベースはボウル魔道具で、昨夜のうちに作ってある。
これまた果汁粉でカラフルに変化をつけて、アイシングをしていった。
チョコレートがあれば、仕上げにチョコレートスプレーを使いたいけれど、こればかりは仕方がない。
飴で小さなパーツも作ったので、それも活用してみる。
さて、仕上げは本来なら長時間乾かすのだけれど、こちらには魔法がある。
水魔法で水分を抜いてみて、やり過ぎないように風魔法で空気を攪拌して。
鑑定で状態を確かめつつ、アイシングが割れないように乾燥した。
そうしてようやく完成!
自分なりに上出来だと思ったものを数枚、買っておいた端切れ布でラッピング。
飴の上出来なものも、いくつかラッピングした。
あとは小分けに布で包んで、亜空間収納してしまう。
劣化を防げるし、こういうものを売る形式もわからないので、シェーラちゃんに任せてしまおうと考えた。
さて、パンの焼き方はわかっているので焼こうかなと思っていると、ソランさん、ティアニアさんが来た。
マリアさんは、少し寝坊をしているのだろう。
ひとまず三人でパンを焼くことになったが、ここでちょっとした問題が発生。
問題とするかどうかは人それぞれだけれど。
「さすがにそれ、多いですよね」
なんとソランさんがパン代として預かったのが、銀貨。
各自小銀貨5枚分で、合計銀貨一枚。
「食いっぱぐれたくないので、パンを作ったら欲しい。ひとまず一巡だけでもどうかって」
「一巡って、五日ですよね。五日分のパン二人分で十万円…」
つまり一日ひとり一万円のパン代。
ちょっと貨幣価値の違いに頭が混乱したが、ソランさんやティアニアさんにしても高いと感じている様子だ。
「朝食と昼食が面倒なときに、一巡を小銀貨で引き受けるときはあるんだけど」
よく彼らの食事を引き受けるソランさんが、戸惑っている。
一日二千円、一食千円で自分の料理のついでに、という程度なら、まあ妥当なところだ。
「小銀貨ですよね。これ銀貨だけど、間違ってませんよね」
「パンにはそれだけの価値があるって」
彼らのパンへの熱意がすごい
「えええと、おかずをつけないと、マズイですね」
「でもパン代として引き受けたのに、朝食そのものを用意するのもねえ。オマケでスープをつける程度ならともかく」
「大きめサイズの大きさを、どう考えればいいのか」
「それはミナちゃんが考えていた大きさでいいわよ。お金さえ出せばたくさんもらえるなんて思われても、困るでしょう」
「そうだな。大金を出せば量が多くなると思われても、困るだろう」
「いや、でも、よっつのパンで一万円って…」
三人で頭を寄せ合うが、さてどうしたものか。
「よし、ハンバーガーとホットドッグ、惣菜パン的なものを作って、約束どおりの一日四個提供で行きましょう」
首を傾げるお二人に、おかずを兼ねるパンだと説明をした。
基本としては、昨日と同じ丸パンを焼く。
そして提供するパンは、バンズ的に丸パンを横半分に切り、ハンバーガーにする。
私たちの朝食も同じくハンバーガーにしよう。そうしよう。
昨日のパンではミニバーガーサイズだけど、元から大きめにするつもりだった。
ハンバーガーのバンズとしては、ちょうどいい大きさのはずだ。
準備していた生地で、丸パンをソランさんが焼いて。
ティアニアさんと私が、大量のハンバーグを作った。
ひとり四個の人数分を作るとなると、ちょっと大変だ。
オーブンにパンを入れ終わったソランさんが、合間に野菜スープを作って。
一度目のパンが焼き上がったら、次を焼く。
大きなオーブンとはいえ、昨日より大きめのパンなので、場所を取る。
お裾分け用も含めて、今日は大量作成だ。
マリアさんが遅れてごめんねと駆け込んできて、ハンバーガーを作ることになった経緯を説明すると。
「じゃあポテトも欲しいわね!」
張り切ってフライドポテトを作り始めた。
ハンバーガー四つにスープにポテト。
珍しい異世界のハンバーガーセット一万円。
それでも高額だけど、丸パン四つよりかは罪悪感が少し減る。
私が鍋魔道具でマヨネーズを作り終え。
別の鍋魔道具でソースらしき物を、圧力鍋的使い方で作っているときだった。
「これで味をしめられて、ずっとねだられると困るんだけどね」
ティアニアさんがバンズに具材をセットしながら溢した言葉が、意味深だ。
ソランさんも頷いているので、嫌な予感がしてくる。
「ひとつ提案があるんだけど」
ソランさんが真面目な顔をして、なぜか私に向き合った。
「パンのレシピを、オレに提供してもらえないだろうか」
ソランさんが言うには、錬金術は嫌いではないけれど、料理の方が好きらしい。
けれど料理で、生活を成り立たせるのは難しい。
そう考えていたところに、このパンのレシピを知った。
高額でも買いたいという人がいる。
しかもハンバーガーや、他にも食事に出来るレシピがある。
それならパン屋を開いて、料理をして生活をするのもいいのではないか。
パンのレシピを私が提供し、ソランさんがパン屋さんをすれば、変にねだられることはなくなるはずという。
「オレ以外にも、料理をして過ごしたいっていう奴がいるし」
白竜の一族には料理男子がそれなりにいて、パン屋をしようと声をかけたらきっと集まるから。
「そうすればさ、あいつらはパン屋で買いたいように買うだろうし」
仕事と割り切ってパンを焼いて、買いたい人が買えばいい。
「このパン、すごく売れると思う。人族の地域に店を出してもいけると思う」
ソランさんなりに、最初にパンを食べたときから考えていたらしい。
私はお菓子がメインと主張をしていたので、それならパンのレシピを譲ってもらうことは出来るのではないかと、そう考えた。
「むしろ私は助かります」
こんなにパンを求められ、パンばかり焼くのは、ちょっとしんどい気もするので。
私はパン職人ではなく、お菓子職人だ。
「レシピは好きに使ってくれていいですよ」
「いや、商業ギルドでちゃんと契約にしよう。ミナがレシピ登録をして、オレに使わせてくれればいい」
特許的な仕組みが商業ギルドにあるので、それを使うことになった。
私の独自レシピではないので、別にいいと思ったのだけれど。
ソランさんは、きちんとしておきたいというので、そういうことになった。
さてさて、ハンバーガーセットも、とっても好評でした。
今日のこれも、テオ君が自慢しそうだけど。
既に丸パンと一緒に、ティアニアさんがラナさん家にお渡し済みだ。
朝食に間に合う時間に持って行き、非常に喜んでくれたという。
「来巡の分も、予約をしておいていいだろうか」
「待って」
ガイさんが言い出し、ヘッグさんが財布を出そうとした。
嫌な予想が当たったようだ。
二人は高額貨幣を出せばいいと、味をしめている。
そして困ったことにお二人は、お金に困っている雰囲気は欠片もない。
なのでソランさんが、パン屋を開く予定だと話した。
「今回の一巡分は引き受けたけど、ずっとこの負担はミナも困るだろう。だから、今巡で終了だ」
きっぱりとソランさんが宣言してくれた。
そうしてパン騒動は、五日間の提供をもって幕を閉じることになった。
うう、騒動なんて予想外だったよ。




