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ベーキングパウダーが完成したので、ソランさんと一緒に何かを作ろうと思う。
とはいえ、夕食の準備開始までそう時間があるわけでもないので、何種類かの蒸しパンを作成することになった。
ついでにレシピとしては、カップケーキやパンケーキ、パウンドケーキなどについて概要を説明する。
「ブランデーケーキという、アルコールに浸して日持ちさせるお菓子もあるのですが、こちらの世界はアルコールって、どうなってますか?」
あの日、市でアルコールはチェックしていなかったので訊いてみた。
なんとアルコールは、魔道具で作成すると返ってきた。
しかも市では売っておらず、専門店で買い求めるものらしい。
ウィスキーやブランデーにあたるお酒もあり、ソランさんが実物を部屋から持ってきてくれた。
軽めのワインやエール、蒸留酒など様々に、魔道具で業者が製造しているという。
いろんなお酒があるのは、ありがたい。
洋菓子には洋酒の香りつけも必要だし、料理の幅も広がる。
料理酒やお酢が食料庫にあるのは知っていたけど、種類は多くなかった。
リキュールもあると聞き、次はお酒を色々と買いたいと心に決めた。
蒸しパン作成中に、ティアニアさんとマリアさんも合流した。
「蒸す、パン。蒸すとは何かしら」
「え?」
なんと蒸し料理はこちらの世界になかった。
なので直接火に当てず、熱した蒸気で調理するのだとティアニアさんに説明。
「お野菜を蒸しても、甘みが増しておいしいですよ」
「栄養を損ねにくい調理方法だと聞いたわね」
「お肉もおいしいですよね」
「豚肉と白菜のミルフィーユ蒸しとか、おいしいわよね」
マリアさんと盛り上がった結果、夕食のおかずはミルフィーユ蒸しになった。
顆粒ダシも入れたいところだけれど、ないのでスパイスの葉っぱや醤油系の実を磨り潰して味付けをすることにした。
蒸し器はなかったものの、マリアさんがささっと、物入れにあった壊れた籠を活用して、籠を重ねて蒸せるように改良してくれた。
なんと加工スキルは、魔力を意識して使うと、スルスルと素材を加工できてしまうそうだ。
蒸しパンは、その重ねた籠に入れて蒸して。
蒸し上がりを待つ間に、大量の野菜と豚肉に似たお肉を、大鍋で蒸す準備をする。
出来た蒸しパンは、作った者の特権として、温かいうちに試食した。
ソランさんは大口で頬張り、頬を緩めている。
私もマリアさんも、あちらで馴染みのある蒸しパンに、ほっこりとした。
ティアニアさんは、蒸しパンのおいしさに頬を緩めたと思ったら。
申し訳なさそうな顔になり、私に頭を下げてきた。
「ごめんなさい、ミナちゃん。明日もパンを焼いて欲しいの」
事情を聞けば、それは仕方がないだろうというものだった。
テオくんが朝のパンを、メイちゃんに自慢したのだそうだ。
そしてメイちゃんが自分も食べたいと言い出した。
子供同士のよくある出来事だ。
自慢するほどおいしかったと感じてくれたのなら、作り手としては嬉しい限りだ。
あとラナさんには、布団カバーを縫ってくれたお礼に、何か差し入れをしたかったので、ちょうど良かった。
パン種はとってあったので、生地の発酵さえしておけば、今朝より楽に作れる。
なので夕食作りと平行して明日のパン生地も作ることにした。
ついでに夕食用の生地も作り、ナンのような平パンを焼くことにする。
夕食分は当然、魔法で時短だ。
なぜか厨房に顔を出したグレンさんが、大量の生地を捏ねるのを手伝ってくれた。
お礼にそっと蒸しパンを口に押し込めば、嬉しそうに食べていた。
そんな私たちの雰囲気に、ソランさんとティアニアさんも察したらしい。
ティアニアさんは微笑ましそうに、そしてソランさんはなぜか、感慨深げに頷いていた。なぜだ。
今朝、一緒に朝食をとったのは、この下宿ルールとしてはイレギュラーだった。
けれど明朝もパンを焼くと聞いたヘッグさんは、夕食の席で自分も食べたいと訴えてきた。
ガイさんまで一緒に、だ。
「ザイルたちは家主で、ティアニアさんが一緒に作ったからもらえる」
「一緒に作ったソランも、ミナの番のグレンも食べるのだろう」
「オレたちも食べたい」
「くれとは言わない。買い取らせて欲しい」
グレンさんが私と番扱いされているのは、ひとまず置いておいて。
ひとつ問題があるとすれば今朝、皆様の食欲がすごかったこと。
余裕で余ると思っていた今朝のパンは、なぜか完食された。
なので個数制限をかけた。
「ひとり三個計算で作ります。明日のパンはラナさんたちや、お世話になった他の方にも差し入れをしたいので」
「ひとり六個で頼む!」
なぜか個数交渉をされ、大きめサイズのひとり四個で落ち着いた。
そしてグレンさんの番扱いをされたのに、私が否定をしなかったことで。
これまたザイルさんが察して、目頭を押さえていた。なぜだ。
ミルフィーユ蒸しもナンも、皆様のお口に合ったようで、たくさん作ったのに全部なくなった。
今後は食卓の定番料理に、蒸し料理が加わりそうだ。
物足りない顔をしている彼らに、デザートとして蒸しパンをひとり一個で提供。
振る舞うために作ったわけではないので、分け前があっただけ感謝して欲しい。
種類が複数あり、ヘッグさんとガイさんは、どれを選ぶか非常に悩まれた。
私はグレンさんに二種類選んで貰って、少しだけもらうことにした。
ヘッグさんとガイさんから「ズルイ!」と声が上がっていたが、知らない。
ソランさんは共同制作者なので、先にひととおり確保されている。
女性陣もつまみ食いを終えているので、ティアニアさんはザイルさんとテオくんに譲り、三つを二人で半分こずつ食べさせていた。
ザイルさんが自分の蒸しパンから、ティアニアさんの口にひと欠片ずつ入れてあげている顔がとても優しくて、ちょっと目のやり場に困った。
それを見たグレンさんがやりたがり、しょんぼり顔に負けて食べさせられたあと、テーブルに突っ伏した私の背中を、マリアさんがそっと撫でた。
夕食を終え、片付けにさあ立とうとしたところで、ガイさんから手紙を渡された。
「セラム様から預かった。一通はセラム様、もうひとつはその婚約者からだ」
おお、セラム様とレティからの手紙!
返事は明日、ガイさんが渡してくれるそうだ。
片付けはいいから手紙を書きなさいと、ティアニアさんに部屋へ追い立てられた。
セラム様からの手紙は、調査報告とともに、知らせたいことがあるというお話。
花祭り期間はお城も色々と立て込んでいるので、それ以降の都合の良い日に来て欲しいとのこと。
レティからは、登城する準備のため邸に招いてくれている。
彼女の家にあるドレスをお直しして、登城準備を公爵家で任せて欲しいと。
明日はセラム様と予定があるが、明後日なら大丈夫だから、マリアさんとともにドレスを合わせに来ないかと。
登城日がその翌日でも間に合うようにすると、書いてあった。
グレンさんに相談すると、花祭りデートは明日するとして、明後日は公爵家へ行けばいいと言われた。
「セラム様の用件は、聖女としてのミナの、身の安全に関わる話なのだろう。だったら花祭りを終えてすぐに行った方がいい」
なるほどと思い、マリアさんの都合も聞けば、オッケーの返事。
レティのところには明後日行き、お城はその翌日に行くと返事を書いた。
さてさて、手紙も終え、夕食後の片付けも済んだ状態で、マリアさんとティアニアさんとお風呂へ行く。
いよいよ大浴場に入るのだ!
テオ君は、夕食前にお父さんとお風呂を済ませているそうだ。
なので女性陣でゆっくり広いお風呂に入る。
大浴場は素晴らしかった。
高温・中温・低温と温度差で複数の湯船があり、水風呂もあった。
浅瀬も作られているので、半身浴もできる。
他の女性も入りに来ていて、ティアニアさんから紹介してもらい、お風呂の中でおしゃべりに花が咲いた。
その中で、明日の花祭りをグレンさんと過ごすことを話すと。
「懐かしいわあ。私も番になる前のお付き合い期間に、行ったわねえ」
すっかり竜人族の一員になった今は行かないが、娘の頃は、特別なイベントだったことを皆様に語られた。
花祭りのお作法として、まずは一緒に出かける女性に、男性が花を贈るという。
そうして女性も、花にちなんだものを返す。
え、準備してないよと思ったら。
「屋台で色々と売っているから、一緒に選んで、相手に贈ればいいのよ」
そう言われた。
男性側が突然誘うこともあるので、それでいいのだと。
「でも、もしグレンさんが前もって用意してくれているのなら、私も屋台じゃない、手作りを何か渡したいなあ」
お風呂から帰って、そう時間をかけずに作れる物でもいいのなら。
たとえば花を象った飴細工とか。
飴細工は、基本を製菓学校で学んでいる。
あの魔道具的な鍋があれば出来そうな気がする。
それか朝に、花の形のクッキーを焼いてもいい。
そんなことを考えていると、マリアさんだけではなく、ティアニアさんにも頭を撫でられた。
お二人は背が高いから、私の頭が撫でやすい位置にあるようだ。
花祭りに行くという話だけで、グレンさんの番扱いを皆様にされたのには、どうしたものかと思ったけれど。
お試しお付き合い期間は、皆様ご存じのことみたいだ。
そしてお試しお付き合いを了承したら、ほぼ番になるのだそうだ。
まあね、うん。わかる。
今の私には、グレンさんと一緒にいない未来は、ちょっと考えられない。




