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部屋に飛び込んできたのは、ホセさんの娘でマルコさんの孫、シェーラちゃん。
糸目のホセさんとは似ておらず、マルコさんと似た、クリクリの大きな目をしている可愛い子だ。
私の感覚では、高校生くらいだろうか。
一直線にグレンさんを目指していたので警戒したけれど。
「グレン様の番になられる方ですか!」
これまた私にも、キラキラした目を向けて来られた。
「可愛らしい方ですね! きれいな黒髪もお揃いで、お似合いですわ!」
なんだか勢いがすごい。
好意的ではあるのだけれど、こちらが仰け反る勢いだ。
「でもグレン様、さすがに幼女趣味はいかがなものかと」
そしていきなりグレンさんが被弾。
「いや、幼女、というわけではありません。むしろ」
「かなり年齢差がおありのご様子ですが、大丈夫ですか」
「こらシェーラ!」
なんとも、賑やかだ。
私の幼女否定はさくっと流され、グレンさんに彼女は向かう。
「体が成熟していない女性に、無理強いはいけませんよ!」
「大丈夫だ。ミナが未成熟な間はちゃんと待つ。それでも番だ、傍にいたい」
いや、グレンさん。
真面目に答えられても、私は隣でどんな顔をすればいいのでしょうか。
「まあまあまあ、そうですよね、竜人族の方はそうですよね!」
なんだかシェーラちゃん、ものすごく盛り上がっている。
「番との巡り会い、素敵!」
彼女の頭の中で、いったいどんな物語が繰り広げられているのか。
そこからシェーラちゃんが可愛く私の袖を引いたので、ちょっと席を離れて内緒話をすることに。
なぜかマリアさんもついて来た。
「グレン様は素敵だと思いますけど、それは傍目に見ているには、ですわ」
彼女は真面目な顔で、私を真剣に見つめて言う。
「あの方と番だと、何かと大変なこともおありでしょう。私に何か、できることはございませんか?」
心配、してくれているのかな?
意図は読めないけれど、悪い感情は流れてこない。
「ええと、ああいうズレたところも、可愛いと思ってしまっているので」
会話の流れがわからないまま、そう返せば。
「まあまあまあ、理解されておいでなのね! ンもう、お二人そろって、なんだか私、胸がときめきますわ!」
「そういうのを箱推しっていうのよ」
マリアさん、変な言葉を広めないで下さい。
シェーラちゃん、箱推しですねと頷かないで下さい。
話を聞けばシェーラちゃんは、この店に出入りするようになったグレンさんに、初恋をしていた時期があったらしい。
まあね、見た目も声もイケメンだし、強くて誠実だし。
ただお話をするうちに、ズレたところに気がついた。
そしてうわあと、引いてしまったそうだ。
そうか、引いたのか。そこが可愛いところなのに。
恋心は冷めたが、祖父の恩人で、誠実な人柄は知っている。
竜人族だと聞いて、番が見つかって引かれてしまったら可哀想だなと、勝手に同情していたらしい。
うん。まあ、うん。うん?
それで私が番と紹介されて、ズレたところが可愛いと言ったので。
ほっとして、私の器の大きさに感動したと言った。
ええと、それ、どういう反応をするのが正しいのかわかんない。
マリアさんまで半笑いになっている。
私とマリアさんが、独自商品を作るにあたり、商売の話を聞きに来たと話すと。
「私、商売の訓練のために、自分の店を持つ話が出ていますの。分店として、特色を出す必要があるのです」
特色に合わせた店の場所や、建物の選定をすることになっているそうだ。
補佐の人もついて、経営を学んでいくそうだ。
「是非ともお二人の独自商品、私に扱わせて頂けませんか!」
鼻息荒く、シェーラちゃんが迫る。
それをホセさんが引き剥がしてくれた。
「申し訳ございません。ひとり娘で婿を迎えて店を継がせる予定ですので、確かに経験を積ませるために、店を持たせる話はしておりました」
ホセさんが語る。
シェーラちゃんは、そのまま商売人として通用する性格をしていないので、別の店で試す必要があるのだと。
「商売の勘や見る目はあるのですが、ちょっとアレなところがある娘で。しっかり補佐をつければ、いい商人になるのではないかと期待はしているのですが」
ああー、そうね。そうですね。
グレンさんをズレていると断じたシェーラちゃんだけど、彼女も大概ね。
あの勢いとか、脳内物語の展開とか、ざっくり話し過ぎるあたりとかね。
けれど、なるほど。
お二人としては、シェーラちゃんに色々と経験させたい。
確かに私たちの商品は、その経験のひとつとして、いい機会にはなりそうだ。
でもお試し店舗で私たちに損害を出すわけにはいかない。
そんなこんなを考えてしまい、ホセさんとマルコさんも、判断が難しいという。
私としては、シェーラちゃんがやる気なら、試してみてもいいのではと思う。
新しい世界での新しい取り組み。失敗も成功も、わからない。
でも確かなのは、シェーラちゃんの後ろに、信頼できる商人であるお二人がついていること。
下手に別の商人を紹介されるよりも、いい話に思える。
ひとまず今は、商品も作っていない段階での相談だ。
まずは試行錯誤でいくつか商品になりそうなものを作って、原価や品物から価格の相談などもして、本格的な商売の話をすることになった。
その結果、別の店舗にするか、シェーラちゃんに委託するかは、要相談だ。
シェーラちゃんにも誓約魔法で他言無用を誓ってもらい、私たちの商品概要を説明した。
「お母様には、話が本格的に決まるまでは、恐ろしくて話せませんわ」
シェーラちゃんの言葉に、ホセさんが隣で頷いていた。
えええと、恐妻家ですか?
そんなこんなで、私たちは帰宅後、商品開発をしてみることになった。
といっても、今日はひとまず構想からだ。
試作は考えがまとまってから、始めることになる。
ちなみに今日のお風呂時間ですが、女性の大浴場時間は昼食前と、夜間。
朝の家事が一段落した頃と、夕食後の片付けを終えてからの時間。
男性陣はほとんど利用しない時間でもあり、女性が利用しやすい時間でもある。
マリアさんとは夜間の時間帯に、大浴場へ行こうと約束した。
帰宅してまず共用食料庫に、今朝大量に使ってしまったものを補充して。
夕食準備まで時間もあるので、頭の休憩ついでにお部屋の掃除をする。
ティアニアさんから聞いた、こちらの一般的な掃除方法は、風魔法で埃を集めるというもの。
魔道具は特になく、魔法を使わないなら箒やハタキ、雑巾でのお掃除だ。
昨日も少し実験してみたけれど、これがなかなか難しい。
毎日少しずつやってみて、自然と出来るようになろうと、日々の特訓を決めた。
なのでその続きなのです。
掃除と言うよりも、風魔法の訓練時間だ。
洗濯は、洗濯の魔道具がある。洗濯機みたいなものだ。
あまり頻繁にしないというので、三日分くらいを明日まとめてやるつもりだ。
日常生活も、こうやって少しずつ覚えて、学んでいくことになる。
お菓子の構想だが、ふくらし粉が使えるかどうかで、かなり違う。
ふくらし粉が不要な焼き菓子を作ってみようかなと考えながら、調理場へ向かうと、ソランさんが帰っていた。
なので錬金術で、重曹からふくらし粉が作れないかと相談する。
快く引き受けてくれた。
なんなら、そのふくらし粉で作れる物のレシピも知りたいという。
なので、粉が完成してから、一緒にお菓子を作ることになった。
そこから早速始まった、ふくらし粉制作ですが。
ソランさんの錬金術に対して、私が鑑定して状況を伝えながら制作してもらうと。
意外とすんなり、ベーキングパウダーが完成した。
なんということでしょう。ベーキングパウダーですよ!
一気にお菓子の幅が広がりましたよ!




