34
出かける前に、市場で品物や価格などのメモを取りたいなと思いついた。
なので筆記具がないかと聞けば、とんでもない物が出て来た。
「タブレットもどき!」
ザイルさんとグレンさんが、それぞれ持っていた。
特殊な素材の板に、特殊なペン型魔道具で、文字や絵、図を書ける。
そして書いたものを、魔法石に記憶できるのだという。
魔法石は、魔石を加工して、魔道具の核として扱えるようにした道具らしい。
「ただし魔法石の魔力が切れたら情報は無くなるから、一時的なメモだな」
ザイルさんはメモだと軽く言うが、すごい魔道具だ。
その昔、竜人の里に滞在していたハイエルフの賢者が発明したものだという。
「ハイエルフ、ですか。竜人族ではなく」
「そうだ」
「あれ? たしか竜人の里は、竜人族と番と、その子供しか入れないって」
「当時は入れたんだ。まあ…そのハイエルフと、色々あってな」
歯切れの悪いザイルさんの話によると、そのハイエルフとトラブルがあったために、竜人族だけしか出入りできないように結界が張られたという。
この竜人自治区の結界も、無闇に他の種族を入れないようにしているとか。
でもたまに竜人族の客人として、異種族の滞在を許可することもある。
私たちも現在、その扱いになっているそうだ。
「ハイエルフというのは、エルフの上位種にあたる種族ですか?」
ファンタジーなラノベでそんな記述を読んだことがあるので、そう訊けば。
「いや、別種族ではなく、エルフ族の中に希に生まれる、桁外れの魔力を持つ者をそう呼ぶ」
エルフはただでさえ高い魔力を持つが、とんでもない魔力を持つ者を、ハイエルフと呼ぶとか。
ファンタジーではエルフの上位種、種族違いという認識だったが、こちらではエルフの中に生まれるという。
ここではたと思い出した。
異世界言語は、私たち日本人の認識と近いものに、さらりと翻訳されてしまう。
こちらの世界で魔法特化した種族が、勝手にエルフと翻訳されたのではないか。
私たちが認識するエルフやハイエルフとは、違う存在なのではないか。
そうして確認をすると、やはり別の名前が存在した。
ドワーフも、物作りに特化した頑健な種族として翻訳されていた。
獣人も、獣の身体能力を持つ種族という一致で、獣人だった。
竜人族は、高位生命体の能力を持つ種族という識別だ。
異世界言語というスキルは便利だけれど、ときどき邪魔だと思う。
しかし会話はスムーズになるので欠かせない。
ちょっとジレンマ。
厳密な意味を求めると混乱するので、これに関しては、そのまま翻訳された名称で今後も呼ぶことにした。
エルフには独特の価値観がある。
それは「精霊魔法が使える」という種族の特性を、誇りにしていること。
精霊魔法は、精霊という特別な存在に認められたからこそ、使えるとされる。
なので精霊魔法を使えないエルフは、エルフではないという認識だ。
そのハイエルフは、桁違いの魔力を持つ秀でた存在でありながら、精霊魔法が使えなかった。
エルフの中で精霊魔法を使えない者は、差別を受ける。
彼はかなり悲惨な幼少期だったそうだ。
精霊魔法が使えないためエルフたちには差別を受けたが、人族の魔法は使えた。
そのため彼は、ある程度の年齢になると、人族に混じって生活した。
けれど人族の寿命は短い。
「エルフは三百年ほどの寿命だが、ハイエルフは我々竜人族よりも長命だ」
人族は魔力によるが、数千という高魔力者の寿命が、二百年ほど。
でもそれは、長ければ、だ。
魔力のない一般の人族は、五十年そこそこだと言われた。
医療の発達していなかった時代の、日本のようなものだろう。
ある程度の魔力があれば、百年ほど。
彼が関わって一緒に生きた人族は、魔法研究をしていた人たちで、百年そこそこの寿命の人たち。
生きるサイクルの違う人たちだった。
ついでに寿命について教えてくれたことによると。
獣人族は魔法として発現するための魔力はないが、獣人の特殊能力のための体内魔力がある。強い者ほど寿命が長いが、人族と同じ程度。
ドワーフも獣人族と同じく、魔力が低くても体内魔力で寿命の差が出る。
だが人族や獣人よりも、種族としての寿命は長い。
エルフは魔力と寿命が比例しており、一万を超える魔力で三百年ほどの寿命。
竜人族の魔力はエルフ程度だが、やはり体内魔力が別に存在するためだろう、エルフより長く四百年ほどの寿命だ。
エルフと竜人族は、種族として長命なので、平均が三百年や四百年だという。
倍の魔力を持つから倍の寿命というわけでもないのが、生命の神秘というべきか。
だがハイエルフは、魔力値は不明だが八百年ほど生きた者が確認されている。
話を聞いて、ふと私の十万という魔力値が頭をよぎったけれど。
今は追いやっておいた。
成長速度は、力を発揮しやすい最盛期が長く続き、ゆるやかにまた老いていく。
竜人族でいえば、二百歳くらいまでが二十代ほどの見た目。
その後三百歳くらいまでが三十代ほどで、そこからゆるやかに老いに向かう。
「彼はいちばん長命な竜人族のところに落ち着いた」
竜人の里に居を移し、ときに人族の集落へ行き。
人族の魔法やスキルを研究し、魔方陣や魔術陣などを学んだ。
それを元に賢者として独自魔法を生み出し、数々の魔道具を作った。
そのひとつがこの記憶装置だという。
魔法石に情報を入れ込めば、その魔力が持つ限りは記憶できる。
書き込んだ情報を削除すれば、魔法石の魔力は減らなくなる。
上書きも可能。
魔法石を入れ替えれば、複数の記憶を保存可能。
ザイルさんからは、入れ替え用の魔法石を十個ほどもらった。
「またパンを焼いてくれればいい」
そう言って。
試し書きに日本語を書いてみたら、ザイルさんたちには読めなかった。
意識してザイルさんたちに読ませようと書いてみたら、手が勝手に見知らぬ文字を綴っていた。
どうやら、この世界の文字らしい。
つまり意識をすれば、この世界の言語を書くことが出来る。
異世界言語スキル、謎が多すぎる。
ちなみに書いた異世界言語は、頭で翻訳されたので、異世界文字も読めそうだ。
市や商店のある場所に行くのは馬車だと言われ、竜人自治区の門に向かった。
門の脇には、自治区に来るときに利用した馬車があった。
竜人自治区として所有する馬車が、何台かあるそうだ。
自治区の中では利用しないが、出かけるときに利用するという。
それはまあ、そうだろう。
買い出しとか色々と、こちらの世界なら馬車が必要になる。
御者は見知らぬ竜人族の人だった。
別の下宿にいる、これまた独身竜人族のモズさん。
騎獣が好きで、竜人自治区の騎獣の世話を一手に引き受けているそうだ。
グレンさんとはまた違った方向で無口な、少し気弱そうな人だった。
竜人族で気弱な人もいるのかと、少し驚いたけれど。
「白竜の一族は、変わり者が多いからな」
ヘッグさんが笑って言った。
「物作りとか、特殊なスキル持ちが多いな。ソランもそうだが」
「あら、竜人族の中でも色分けで家系があるということかしら」
私が気になっていたことを、マリアさんがさらっと訊いた。
「そうだな。オレは赤竜で、グレンは黒竜、ザイルやガイは青竜だ」
馬車に揺られながら、ヘッグさんが教えてくれた。
性質も少しずつ違い、黒は戦闘特化。
赤も戦闘特化だが、こちらは社交的な人が多い。
青は知識人が多く、生まれ持っての特殊スキル持ちが多い。
白は竜人族としては風変わりな趣味人が多く、こちらも青竜とは違った方向の特殊スキル持ちが多いとか。
なるほどなるほどと頷いた。
髪色も、言われてみればそれっぽい。
グレンさんは黒髪で、ザイルさんやガイさんは、青銀という感じ。
ヘッグさんは赤毛、ソランさんと御者のモズさんは銀髪だ。
ひと言で竜人といっても、多様なのだなあと思った。
馬車が大通りに出て、やはり花がすごいなと思う。
「数日前からずっと咲いているのでしょうか」
「ああ、花が保つように薬剤を使っているな」
植物用のポーションのようなものだとヘッグさんが説明した。
この季節には、そのポーションの素材は採れば採るだけ売れるらしい。
「人族の花祭りにかける情熱はすごいもんだなあ」
他人事みたいな言い方に、あれ、と思う。
「竜人族は、花祭りに盛り上がらないんですか?」
「別に、創世の神の眷属だとか神殿は言っているが、昔はそんなもの、いなかったらしいぞ」
なんと、昔からの神様ではないらしい。
「人族のほとんどは寿命が短いからか、どうも本筋の情報を見失う。神殿の今の教義は、そもそもの話からすればおかしなものだ」
ヘッグさんの顰められた顔を見れば、彼は今の神殿を嫌っていそうだ。
「神殿そのものは昔からあったんですか?」
「まあな。昔は聖女とその一族を助けるための組織として作られていたな」
聖女とその一族という言葉に首を傾げると、説明してくれた。
人族で聖魔法スキルを使える人は、ほとんどが聖女の子孫だという。
どの代の聖女かはそれぞれだが、聖女の子供に聖魔法スキルが引き継がれることが多かったそうだ。
神殿は、聖女とその子孫たち聖魔法使いを、助ける役割を持っていた。
「なのに今は神殿が、聖魔法スキル持ちを管理している。そもそもが違うんだ」
それは聖女が失われていた間に、変質してしまったということだろうか。
聖女の役割として、求められるものに応じる必要があるのではないかと、考えていたけれど。
その求められるものは、やはり自分なりに精査しないと、あちらの勝手でとんでもない用件が組み込まれる可能性がある。
昔の聖女がすべきだった役割ではない、ねじ曲げられた情報もあるだろう。
さりげなく、教えてくれているのかなと思う。
聖女が何かをザイルさんは教えてくれないけれど。
用心した方がいい情報を、竜人族の人たちは、こうして私に与えてくれているのかも知れない。




