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 色んな種類のお店を見るなら、まだ時間が早い。

 二刻ほどしてから出かけようと言われた。


 食後のお茶をのんびりすることになり、食器の片付けとお茶の支度を手分けする。

 ガイさんは早々にお城へ出かけ、ソランさんもお茶はせずに出かけて行った。


 お買い物は楽しみだ。

 あれこれ素材も見たいし、さっき食料庫の材料をたくさん使ってしまったので、買い物に行って補充もしたい。

 何より、ゆっくり異世界の街を見て、こちらの生活を知りたい。


 買い物にはグレンさんとヘッグさんが付き合ってくれる。

 ザイルさんは別の用事があるそうだ。

 ティアニアさんとテオくんは、ラナさんとメイちゃんとのお約束があるという。




 片付けを終え、香りのいい紅茶を飲みながら、ふと思い出して訊いてみた。

「竜王って何ですか?」


 途端に、ザイルさんが紅茶を噴いた。

 勢いよく噴いてから、ゴホゴホと咽せている。

 ティアニアさんがテーブルを拭きながら、背中を擦っている。


 なんか、すみません。

 意図したわけではないけれど、油断したところにかなりの不意打ちをしてしまったらしい。

 常に冷静に考える知将のイメージが崩れる出来事だった。


「なぜ、それを」

 苦しそうな息の中、ザイルさんが訊く。

 なぜ知ったのか、なぜ訊くのか。そんなところだろうか。


「オレが彼女に言ったな」

 すかさずグレンさんが答えると、ザイルさんの眉間に皺が寄った。




 たぶん聖女の正体とか、私には話してくれないことと関係するのだろう。

 ザイルさんの背後に、お前何やってんだという書き文字が見えるようだ。


 グレンさんが私を向いて、口を開いた。

「昨夜の話は、聖女としてこの世界で生きていく決意をしてくれた。だからこそ、改めて帰れないことと向き合い、悲しかった。そういうことだろう?」


 お、おお、通じてた!

 あんな私の言い方で、グレンさんはわかってくれてた!

 え、すごいな。言った私がわからない言い方だったと思ったのに。


 グレンさんは、たぶん表層よりも内実を大事にする人なのだろう。

 竜人族の番という感覚の例にしろ、一目惚れという上辺に惹かれることに意味があるのかということを言っていた。

 本質をちゃんと知ろうとして、話を聞いてくれていたのだろう。

 だから私のあんな言葉で、私が本当に言いたかったことを捕まえてくれた。

 本当にすごい人だと思う。




 グレンさんの言葉に、ザイルさんが驚いて私を見る。

 なんだか信じられないという目だったので、そのとおりだと頷いて見せた。


「その…そういう話をしたときに、竜王という言葉が出ました。でも詳細は知りません。たぶん聖女の正体を教えてくれないことと、関係するのでしょう」

 そう言えば、気まずそうに頷かれた。


 それから、しばらく考えてから。

「…少し、いいか?」

 ザイルさんはそう言って私だけを呼んだ。




 部屋の隅で、ザイルさんから小声で訊かれる。

「ミナは、グレンの番になったということか」


 あああああ、ザイルさんがそれを言ってしまいますか。


「なりません」

 即断すれば、また信じられないという顔。


「だって、言われてませんから。言われてないのに、返事は出来ないでしょう」

「言われて、ない」

 目を丸くするザイルさん。

 やはりさっきから、知将イメージが崩れている。


「番のことを守りたいとか、そういう話はされましたけど」

 ついでに、番を抱き上げて守りたいけどダメかみたいな話はされたけれど。

 私のことを、ことあるごとに抱き上げているから、そういうことだろうけれど。


 番になって欲しいとか、あなたがそうだとか。

 そういう直接的な話はなかった。

 だから返事のしようがないのだ。




「はっきり、か。そちらの世界では、例えばどういう話になれば、はっきりとした番扱いになるのだろうか」


 それを、私に訊くのですか。

 というよりも、私が言ったらそのとおりをグレンさんに伝えるのだろうか。


 それは嫌だなと思う。

 はっきりした番扱いが、告白なりプロポーズをすることで、なるのなら。

 女性側が指示をしてやってもらうようなことではない。


「言いたくないです。私が言って、そのとおりにされるのも、嫌です」

 少し軽蔑の視線を込めてザイルさんに言えば、ザイルさんは額を押さえた。

「ああ、まあ、そうだな。そうだとも」




 たぶんグレンさんは、そういう気の回し方が自然に出来る人ではない。

 だからザイルさんは手助けをしようと、考えているのだろう。

 ついでに言えば、異世界の私たちとは、認識が違うかも知れない。

 事前に確認しておこうという意図も、あるだろう。


 わかるよ。わかるけど、嫌だ。

 訊くならマリアさんにでも訊けばいいじゃないですか。

 そんな私の雰囲気に、なるほどとザイルさんは頷いた。


「そうだな。はっきり言われないのに返事を出来ないという話は、わかった」

 気分を入れ替えるように、ザイルさんは息を吐いて。

 とにかく今日は買い物だと、私の背中を押してくれた。







 お出かけまで今しばらく時間があり、出かける準備でみんな自室に戻った。

 私は外出用の服に着替えて、マリアさんの部屋に行く。


 ニヨニヨされそうな気はするけれど、昨夜の話をマリアさんにもしておかないと。

 いきなり異世界のプロポーズなどの説明を求められたら、混乱されるだろう。

 そう思ってマリアさんに、昨夜の経緯をお話しすると。


「でしょうねえ。だって彼のミナちゃんに対する扱いは、特別だったもの。あなたを見る目とかが、もう」

 わからない方がおかしいと言いたげなマリアさんに、気まずい気分になった。

 だって、子供を保護する大人な態度だと思ったのですよ。


 竜人族の番の話を聞き、私がグレンさんの番だと、マリアさんは気づいたらしい。

 私が優しい目だと感じていたのは、愛しい人に向ける目だと言われた。

 私としては、別の角度から見ると鋭い目なだけで、正面から見たら優しい目なのだなと、思っていた。




「男前で、強くて格好良くて、でもちょっと天然さんよねえ」

 言われて私も頷く。

「そのズレてるところも、ちょっと可愛いと思ってしまうのが困ります」

 あらあらあらと、マリアさんがニヨニヨする。


 でもその表情はしばらくすると、苦笑に変わった。

「いいじゃない。羨ましいわ」

 マリアさんのその言葉に、私は目を瞬いた。

「私が夫と離婚した決定打は、浮気だったもの」


 あーねー。

 そういう意味では、確かに私はその心配がないらしいですね。

 だって竜人族は番以外に、性的に興味を向けないというからね。

 浮気のしようがないってことですもんね。


「でもまあ、浮気をしてくれたから、目が覚めたのよね。あの浮気がなかったら、もっと最悪だったわ。DV夫だったもの」


 さらりと重い話を突っ込まれた。

 マリアさんはハーフで、外国に住んでいた当時、外国の方と結婚をしたという。


 最初は優しかったが、仕事でうまくいかなくなり、マリアさんに当たり始めた。

 二人目の娘も生まれて、子育てで大変だった時期に、そんな状況。

 ひとまず友人宅に避難したという。




「謝ってきたから戻ったら、しばらくしたら、今度は娘にも当たるようになって」

 子供を守るために、再び友人宅へ避難。

 そのとき友人たちは、離婚のための材料は集めておくべきだと、医師の診断書や、証言者なんかを探してくれた。

 でもマリアさんは、離婚までは踏ん切りがつかなかった。

 優しくいい思い出も、それなりにあったのだ。


 そんなときだ。友人情報で、浮気を知ったのは。

 証拠としての写真を見せられて、一気に冷めたという。


「あの人には私がいないとと、思っていたのよね。でも別のお相手を見つけるなら、なぜ私が我慢しないといけないのよ」




 マリアさんに言っていいものかどうかが、わからないけれど。

 あの人には私がいないと、というのは、ダメ男と関係を続けてしまう女性が口にする言葉の、典型的なパターンだと聞いたことがある。

 決定的に別れる理由になる出来事があり、でも相手から謝られて、周囲が引き留めるのにその人のところに戻るとき、そう口にすると。


 それは友人さんたちグッジョブです!

 マリアさんの目が覚めて良かった。娘さんたちまで被害に遭うところだよ。


 元夫がまたマリアさんに接触しようとしてきたので、マリアさんは弁護士を通じて離婚調停をした。

 娘二人の親権も取れて、晴れて離婚は成立した。

「あの人の仕事がうまくいかなかったとき、家計を支えていたのは私だったし」

 経済力もマリアさんの方があって、親権もスムーズに取れた。


 そうして離婚が成立したあと、娘さんたちとともに日本に来たという。

「国を超えれば、さすがに追いかけて来れないでしょう」

 元は日本国籍だったマリアさんは、離婚が成立したあと日本に戻ることは、それなりに手続きが出来たという。


 人生色々だなと思っていたら、マリアさんが改めて私に向き直った。

「私ね、ミナちゃんにはすごく感謝しているの。あの召喚の場で、こちらに来てくれたことから始まって」




 聞けば夫のDV被害は、マリアさんに少なからず影響を残していた。

 よく知らない男性などには、少し怯えてしまうことがあったそうだ。


 当たり前だ。男性の力で暴力が出たとき、一般的な女性は身がすくむ。

 優しいと思っていた人がそうだった。知らない男性なら、なおさらだ。


「どんな子でも、同郷の女の子が来てくれただけで、心強かったの」

 そのどんな子でもというのは、あのときの私の態度ですよね。そうですね。


 でも経緯を聞いて、なるほどと思った。

 あの召喚の場で、帰りたいという声を上げられたのは、強いなと感じた。

 それは、娘さんたちを守って母として戦った、経験値があったから。


 弁護士を通じての離婚手続きだったにしても。

 娘さん二人を連れて友人宅に避難したこと。

 友人に助けられながらでも、決意して、離婚と帰国の手続きをとって。

 その後の生活基盤を整えたことなどもすべて、戦って、娘さんを守り切ったと言えるだろう。


 マリアさんは最初、どちらかというと大人しい印象だった。

 打ち解けると、よく話す人だとわかったけれど。


 初対面の男性たちばかりで、萎縮していたということだ。

 だから口数が少なかった。

 女性ばかりのあの空間でおしゃべりだったのは、そういうことだ。




「あと竜人自治区に来ることが出来たのも、ミナちゃんがグレンさんの番だからでしょう。助かったわ」

「お城は居心地が悪かったですか?」

「そうね。ほら、お城で時間ができて、お互いに自分のステータスを見ていたときがあったでしょう」


 私が回帰スキルの内容などを見てしまったときのことだ。

 レティが来てくれる、少し前の時間帯だった。

「それで魔力を探るスキルを試してみたら、人の雰囲気がとてもよくわかるようになったの。あそこは、居心地が悪かったわ」


 最初に召喚の場で見たマリアさんのステータスは、うろ覚えだ。

 でも魔力感知のスキルがあったような気はする。

 生産職として、物の魔力を知るための能力かも知れないけれど。

 私が魔力感知で人の魔力を感じられるように、マリアさんも感じられるのだ。




「ここの人たちは、なんだか心地いいの。安心して過ごせると思ったわ」

 私と同じく、竜人自治区では悪意を感じず、いいところだと感じていたという。

「離婚のあと帰国して、生活基盤を整えたときは、ものすごく大変だったけれど。今回は楽しみなくらいよ。いい下宿が見つかって、手助けしてくれる人がいて」


 マリアさんは、穏やかに笑っている。

「最強種族だからこその、余裕かしらね」

 そんな言葉に、なるほどと頷いた。


 確かにお城のような勢力争いだとか、ギスギスした感じがここにはない。

 優しい大きな家族みたいな雰囲気だ。

 みんなで助け合う、素敵な空気感がここにはある。


「さっきグレンさんが言ったように、ミナちゃんは、ここで生きる決意をしたのよね。それなら彼はきっと、心強いパートナーだわ。幸せにおなりなさい」

 そのマリアさんの雰囲気が、なんだか本当にお母さんみたいで。


 私は彼女に抱きついて、ちょっぴり泣いてしまった。



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