32 生活基盤を整えよう
ようやく異世界七日目という不思議状態に陥っています。
メモ書きのエンディング付近のお話は、いつお目見えするのか…。
伏線ばかりが増えていることに遠い目になる今日この頃。
さて朝です。
まだ薄暗いけど、薄明るいので朝です。
昨夜はなんだか混乱したまま部屋に戻り、そのまま寝てしまいました。
なぜかあのあと、寝ることが出来てしまいました。
グレンさんは質問の答えを待つことはなく、そろそろ寝られそうかと私に聞いて、頷いたら部屋まで送ってくれた。
うん。えっと、結局どういうことなのか。
まあいい、朝だ。朝ご飯だ。
私は着替えると、またもそっと廊下に出る。
今は薄明るい程度の夜明けで、寝静まっているお邸の中。
ちょっと寝不足かも知れないけれど、頭はすっきりしている。
足音を立てないように、そろりと階段を降りて、まずは洗面所で顔を洗った。
寝癖を直して、さて厨房へゴー!
せっかく早朝に起きることが出来たので、パンを焼いてみたいのです。
パン種はまだないけれど、これまた使えそうなスキルがあるのだ。
聖魔法のひとつ、活性化。
これは体を活性化させて、治癒力を高めるのが主な利用方法。
元気のない植物に使ったり、植物の育成を早めることも出来る。
つまりは菌の活性化、発酵もできるのではないでしょうか。
常温食料庫で、パン種を作るための材料、干し果物などを探す。
と、ありました。干しぶどうにあたるものが。
色がパッションピンクで、ちょっと引くけど、鑑定では干しぶどうだった。
魔力の通る入れ物を洗ってから浄化し、干し果物と、浄化した水を入れて。
たしか酵母の栄養が要るから、砂糖の蜜を入れた方がいいよね。
お菓子作りのついでに少しかじった程度だから、うまく行くかがわからない。
鑑定をフル活用して、挑戦してみよう。
まずは魔力でちょっと温かくして、これで活性化で行けるかな。行ければいいな。
あ、そもそも干し果物がふやけないと、無理だよね。
ええと、浸透のスキルでどうだ。
これも治療薬などの効果を浸透させるというものだけど、使えるはず。
おお、行けるんじゃない?
結果、きちんと気泡が出て来て、発酵の手応えを感じた。
パン種を作るときの理屈を思い出しながら、タイミングを鑑定で見て、必要な物を混ぜて。
ひたすら活性化で時間短縮しながらパン種を作った。
生地をこねて、一次発酵、二次発酵とパン作りを進めていく。
ちゃんとパン生地が膨らんでくれたので、いよいよ焼くぞ!
そう思ったところで、オーブンの使い方がわからないことに気がついた。
こんなに生地を作ったのに、どうしようか。
そう思っていると、ティアニアさんが顔を出した。
「あら、おはよう! ミナったら早いのね」
「おはようございます、ティアニアさん」
「その白い塊、何かしら?」
私は彼女に、異世界の柔らかいパンについて説明した。
焼いてみたくて、パン種から作ったけれど、オーブンの使い方がわからないと。
「ここまで発酵して膨らめば、うまく焼けたら柔らかいパンになるはずなんです」
「まあまあ、いいわね! お手伝いさせてくれるかしら」
柔らかいパンという説明に、ティアニアさんが弾んだ声を上げる。
「もちろんです、助かります! 本当は昨日色々して頂いたお礼に、皆さんに焼いてお渡ししたかったんですけど」
「じゃあ、うちの家族も頂いていいの? 嬉しいわあ、楽しみだわあ」
こんなにも喜んでもらえると、こちらこそ嬉しくて頬が緩んでしまう。
そうして二人でパンを焼いてみた。
鑑定スキルで焼き加減を見ながら、ティアニアさんに教わりオーブンを調整する。
マリアさんも起きてきて、彼女はスープを作ってくれた。
ティアニアさんも、異世界レシピで何かがしたいという話になり。
彼女には、ハンバーグを提案した。
挽肉料理は今まであったものの、ミートソース的な使い方が多かったそうだ。
具材の下準備や形成など、少し手間はかかったものの、面白がってくれた。
そして口で説明するだけで、きれいなハンバーグを完成させた。
元食堂の娘で、主婦歴も長い経験値の差は侮れない。
出来上がった柔らかいパンと、野菜たっぷりスープとハンバーグ。
うん、おいしそうな朝食だ!
本当は朝食は各自で調達だけど、今日は皆様へのお礼を兼ねて、みんなで朝食だ。
「あー、すっげえ、うまそうな匂い。何コレ」
オーブンからパンを出していたら、ヘッグさんが顔を出した。
どうやら酵母で発酵させた焼きたてパンの香りが、空腹のお腹を直撃したらしい。
厨房の入り口から覗き、お腹をぐうっと鳴らせている。
「私たちの世界で食べていたパンです! みんなで食べましょう!」
私の言葉に、まだ覚めきっていない様子だった目が、ぱっちりと開いた。
次いで「おう!」と言うと、階段を駆け上がった。
すぐに階上から、皆を起こして回る声が聞こえる。
いや、ちょっと、まだ寝てたい人がいたら申し訳ないのだけれども。
どうやら早く食べたいと、皆を急かしたヘッグさん。
おかげ様で、皆様すぐに朝食の席につかれた。
いやもう、なんか本当に、申し訳ない。
「あの、まだ眠い方がいらしたら、申し訳ございません」
「いいのいいの、早く食おう!」
ヘッグさんが場を仕切るのを、ザイルさんが苦笑して見ている。
こういうことは、今までもきっとよくあったのだろう。
「我々までごちそうになって、いいのだろうか」
朝食は各自で調達のルールを気にしてか、ガイさんが遠慮がちだ。
「いいんです。皆様には、昨日色々とお世話をおかけしましたし」
「いや、自分は何もしていないが」
やはりガイさんが、遠慮をする。
そこで私は、なんとなく予想していたことを、訊いてみた。
「ガイさんが一昨日の夜、お城に呼び出されたのって、聖女の情報に関係がありませんか?」
するとガイさん、目を見張った。
やはりそうかと私が頷く。
「それで一昨日の夜から昨日の夕方まで、ずっとお仕事だったんですよね」
ついでに今日もこのあとお城へ行くと言っていた。
「ああ、まあ、そうなんだが」
「やっぱりガイさんにも、色々とお世話をおかけしてしまっているようです」
そこで私は、経緯をガイさんに説明した。
異世界召喚され、セラム様に保護されこの国に来て。
大規模瘴気溜りを浄化したとき、瘴気溜りの浄化に今後も協力すると伝えたこと。
でも聖女の能力を変に狙われないように、情報規制して欲しいと要請したこと。
なのに聖女の情報が漏れ、調査をしてもらったこと。
そうした経緯を語ると、なるほどとガイさんは頷いた。
ガイさんは、真偽判定というスキルを持っているという。
言わば、人間ウソ発見器だ。すごいね。
その能力で、今回の調査に協力をしているそうだ。
私が望んだ調査なので、ガイさんにもお世話をおかけしていると伝えると、ならば遠慮なくと頷いてくれた。
「おいしいわあ、おいしいわあ!」
ティアニアさんが、何度も口にして、幸せそうな顔をする。
焼きたての柔らかいパンがお気に召したらしい。
うん。早朝から頑張った甲斐があった!
他の皆様にも好評だ。
テオくんは口いっぱいに頬張って、両手にパンを持っている。
パン籠をさりげなく自分の傍に引き寄せたヘッグさんに、ガイさんが注意をする。
ザイルさんもソランさんも、ちゃっかり自分のパンを確保済みだ。
グレンさんも、早いうちにお皿に積み上げて、噛みしめるように食べている。
もちろんパンだけじゃなく、マリアさんのスープもティアニアさんのハンバーグも好評だ。
ソランさんに製法をぜひ知りたいと言われ、今日は特殊スキルで時短したけれど、パン種の発酵は数日かかるものだと説明した。
スキルの必要ない方法で、パン種作りから一緒にすることになった。
これにはティアニアさんも参加予定だ。
「これで商売が出来るんじゃないかしら」
「そうですね。私はお菓子職人を目指していたので、そちらが主ですけど。パン屋で、お菓子も売っているお店もあったので、いいかも知れませんね」
ティアニアさんの言葉に私が返すと、ほうとザイルさんが声を上げた。
「ミナは店がしたいのか?」
少し考えてから、私は言葉を返す。
「どちらかと言うと、製造がしたいですね。出来れば売るのは、別の人に頼む方がいいんですけど」
「あら、じゃあ私もだわ。小物を作って売りたいけれど、自分で商売をしたいわけじゃないの」
私の要望に、マリアさんが乗っかる。
そうですよね。マリアさんも、職人気質ですものね。
「なるほど。では今日は、買い物がてら、店を色々と見て回ればいい」
ザイルさんが、今日の予定を提案してくれた。
「明日と明後日は花祭りで、露天は賑わうが、通常の店舗は閉まる。いつもの店の様子を見たいなら、今日のうちだ」
レティの言っていた恋人たちの祭典、花祭りは明日からの二日間らしい。
ふと昨夜のグレンさんの言葉を思い出しそうになり、頭から追いやる。
「市や店を見て回り、どのような商品があるか、どのように売られているのか見ておけば、今後の計画を立てるのにいいだろう」
ザイルさんの言葉に、私とマリアさんは頷いた。
そうだ。あの瘴気溜りの浄化の報酬は、一時的なもの。
今後この世界で生きていくのなら、収入を継続して得ることが必要だ。
私はお菓子やパンを作って、どのように売っていくのか。
マリアさんは、どのような小物を作って、どのように売っていくのか。
作るための材料も、市場調査が必要だ。
原価を知り、相場を知り、製品の値段を決める必要がある。
それが私たちの、今後の生活基盤になる。




