03
「あの、私は元の世界に帰りたいです! 帰らせてください!」
響いた声は、私のすぐ隣、西洋系っぽい顔立ちの女性のものだった。
切実な声だ。可能なら、自分もそこに乗っかりたい。
でも、と心の声。
これでも店で昔から客対応をしているのだ。
商売の中、いろんな人を見てきている。
恐らくあの王様や周囲の人たちは、帰らせようとしない。
利益だけに執着して、人の迷惑を考えようとしないタイプに見える。
そしてラノベのパターンとして、帰る手段はない。
案の定、王様が偉そうに言った。
「残念ながら、世界を超えて帰還させる手段は存在せんのだ」
声には申し訳なさが欠片もない。最低だ。
唇を噛みしめ、目を伏せた女性。
垂れ目がちの目が優しそうで、好感が持てる。
だからこそ、悲しげな風情に心が動く。
動くべきかどうするべきかと迷ううちに、チャラ男三人組がこちらに来た。
「まあまあ、まずはステータス見ようぜ!」
「案外、聖女とかになって、チヤホヤされるかも知んねーじゃん!」
「そうそう、ゲームみたいな世界なんだ。楽しまねーと!」
彼らは女性を前に連れ出た。乱暴ではないが、強引だ。
そして鑑定石というステータス表示の石に触らせようとする。
「待って!」
女性は嫌がったが、チャラ男のひとりが彼女の手を石に触れさせた。
金髪男性が咄嗟に出ようとしたが、既にステータスが表示されていた。
「しょっぼいステータス!」
ゲラゲラと、強引に手を置かせた男が笑う。
「役立たずー!」
「そりゃ帰りたくなるわなー、ぎゃはははは!」
あれらが同じ世界の住人だとは、思いたくない。
しかも同じ日本人らしいチャラ男たちが、西洋人らしい女性に絡んでいる。
日本人として、いたたまれない。
彼女に謝りたい気分になる。奴らを殴り倒してからだが。
さらに腹立たしいのは、周囲の召喚した異世界人たちまでが、侮蔑したり、笑っていることだ。許すまじ!
女性は唇を噛んで耐えていた。
この世界に、私たちに味方する人は果たしているのだろうか。
慎重に動かなければ、彼女も私も助からない。
そう考えながら周囲を探っていると。
「では、彼女は我が国で保護いたしましょう」
金髪イケメンの若い、西洋人風の男が、横の壁際から進み出た。
「異世界人召喚などと非人道的なことをしながら、能力が低いと侮辱するなど、見過ごせません」
どうやらこの世界でも、話が通じそうな人はいたようだ。
世界そのものが最低最悪ではないことに、少し気分が浮上した。
「ふん。そなた、何も邪魔をしない、ただ黙って見ている条件で、立ち会わせたではないか」
「周辺国の反対意思をお伝えしたのに、強行に実行されるから、せめて立ち会いを求めたのです」
ほうほう。つまり最悪なのは、この国の上層部。
周辺の国は、世界をまたいだ誘拐事件計画に、抗議をしてくれていたと。
「低い能力の者なら不要なのでしょう」
「ふん、使いようはある。邪魔をするな」
国王め、ふんふんと、やかましいおっさんだ。
「召喚の阻止はできませんでしたが、召喚され、この国に残りたくない人は、保護をさせて頂きます」
「残りたくありません!」
すかさず女性が言う。
「では我々が保護いたします」
強い口調のイケメン異世界人。
よし、自分もしょぼいステータスを見せて、彼の国に保護されよう。
この国には絶対に利用されたくない。
しかしこの世界の知恵もなく逃亡するのは、無謀だ。
保護を受けて、異世界の常識などを、まずは教えてもらう必要がある。
気圧されたっぽい王様が、渋々頷いた。
「まあ、能力の低い者だけならまあ、仕方がなかろうが、しかし」
「いいんじゃないの、こんなクズー」
三人のうちのひとりが言い放つ。
いや、クズはお前だ。
チャラ男三人と、その他の空気感に壁ができている。
ひとまず召喚された中で、チャラ男たちに同調する空気はない。
だがさらにその外側、異世界の人たちは、チャラ男たちに同調している。
味方は、イケメン異世界人の青年と周囲の数人のみ。
チャラ男に囲まれた女性は、泣きそうな雰囲気だ。
割って入りたいが、どう立ち回るべきかと、知恵を絞っていたとき。
「いい加減にしろ! 私もこの国のやり方は気に食わん。世界をまたいでの拉致で、所有権を主張するなど、人権侵害も甚だしい!」
声を上げ、前に進み出た人がいた。
私を囲む壁のひとりだった、金髪男性だ。
「私もそちらの国に保護されることを望む。能力は関係ない。これは私の意志だ」
「それは困る。そなたらは我らが召喚したのだ。従ってもらわねば」
「拉致犯に従えと言うのか!」
言っている声には激しく同調するが、はたしてどう決着がつくものか。
圧倒的多数が敵である状況の中、正面から刃向かっても、抑え込まれる可能性が非常に高い。
ひとまず情報だと、そっと金髪男性を鑑定してみた。
「うわ」
低い声が出た。
『賢者』と出ている。
特殊なスキルや魔法があり、魔力関係がバカ高い。
これはステータスを見たら、この国に執着されるだろう。
そう思う間に。
「ひとまずステータスの確認だけでもすればどうだ。確認は必要だろう」
体格の良い男が前に出ると、余計なお世話を発揮した。
すぐ目の前に立っていた、メインの壁になっていた人だ。
「状況確認は大事だ。簡単に調べられるかもわからないし、ここで確認出来ることは、しておくべきだ」
もっともらしい顔で言う。
たぶん親切なのだろうが、マズイ。
賢者も素直に応じようとするから、さらにマズイ。
慌てて前に出た。
「あ、あの!」
さて、知恵の絞りどころだ。
余計な世話の男を鑑定。勇者、と出た。うわ。
しかし使える!
「あのお、私は先にぃ、あなたのステータスが見てみたいですぅ。あなたすっごくカッコイイし」
少し高めの、女子力あふれる声を心がけて出してみた。
勇者が少し赤くなる。よし、行けそうだ。
幼い頃からの客対応スキルなめんな!
「だって体格良いし、すっごく鍛えてそうですよね!」
とにかく相手を褒めながら、次の手を考える。
適当な褒め言葉は自然と出せる。
なにせ愛想良く客対応しながら、レジ打ちをするのは当たり前なのだ。
褒めながらの商品計算や包装作業は、商売人スキルに役立つのだ。
「あの王様が、最初に勇者!って言ったのに、勇者さんがいないなーって、思ってたんですよね」
ちょっと演技して、しょんぼりする。
そして顔を上げて。
「けど、あなたがそうかなーって思うの。カッコイイし、強そうだし!」
接客スキル全開の笑顔を向ける。
男がだんだんソワソワし出した。その気になってきているようだ。
よし、あと一押し!
「そのー、今、変な雰囲気だし怖いし」
目をそらして不安そうに。
「あなたが出てくれたら、雰囲気なおるかなーって。ダメ、ですか?」
ここで上目遣い!
自分の顔で効果があるかは不明だが、男子にモテていた友人に伝授された技だ。
「お、おう。そうだな。雰囲気悪いし、ここはオレが行ってみる」
よっしゃ! 行けた!
心の中でガッツポーズだ。
男が前に歩いて行き、すぐ傍の壁は、金髪男性ひとりとなった。
少し周囲とは空間がある。
鑑定石に向かう男性に、みんなの意識が向かっている。
よし今だ。
冷房対策に着ていたカーディガンの袖に手を隠し、口元に当てる。
ちょっと可愛いだろう仕草で、表情はキュルルンわんこな雰囲気で、遮音結界。
このポーズは雰囲気カモフラージュとともに、口元を隠せる、便利なポーズだ。
「結界で防音しました。普通に前を向いて表情に出さないで聞いて下さい。手短に伝えます」
先ほどと落差があるだろう、事務的な私の声に、賢者の肩がピクリとした。
けれど、とっさに振り返ろうとしたのは、こらえてくれたようだ。
「失礼ながら鑑定で、あなたのステータスを見ました。完全にこの国に目をつけられるレベルです」
賢者は前を向いたまま。表情は見えない。
自分も勇者の方だけを見ているから。
その視界の中、勇者のステータスが表示された。
騒いでいるような周囲の様子が見える。
「私はさっき、自分のステータスの改ざんが出来ないか試しました。まず名前と職業は、上書きができます」
勇者が褒め称えられている。こちらに来ようとしたようだが、人に囲まれて出来ない。よし。
「スキルや魔法、数値は上書きできませんが、部分非表示可能でした。桁単位で非表示にすれば、しょぼいステータスに偽装できます」
あ、こっちに勇者が人をかき分けて向かってくる。まずい。
「あと行単位の非表示も出来ました。侮られて不満でも、損して得取れ、名より実です。では、時間稼ぎに行ってきます!」
一方的に伝えて結界をとく。
「すごーい! 本当に勇者さんだったんですね!」
大げさに褒め称えれば、勇者は頬を染めて微笑を浮かべた。ちょろい。
「あのー、私はステータス、すっごく低そうな気がするんですよね。特技もないし、強くないし」
「え、そんなことないよ! あの、君なら聖女とか」
変に鋭さを発揮するな勇者よ。
「それはさすがにないですよー。でも、結果が悪くても、あちらの方々が保護してくれるみたいだし、気が楽になりました」
えへへ、と笑って返す。
「後になると行きにくくなるから、じゃあ次は私が、ステータスチェックさせてもらいまーす」
頭の軽い申し出になったが、これで良い。
存分に侮るがいい。その方がうまく行く。
「あの、君なら結果がしょぼくても、オレが守るから!」
また余計な世話を勇者が発揮する。いらん!
「いえ、おとなしく、あちらに保護してもらいますから」
異世界の金髪イケメンに目を向ければ、顔をしかめていた。
今の私の態度から、保護したいタイプではないと思っているのだろう。
うん、わかる。だが切実に保護を求める!