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お風呂から帰るとようやく、こちらの世界初のお料理タイムです。
厨房には、ティアニアさんと私とマリアさん、ソランさん。
ソランさんは見た目二十代後半くらい。
料理好きが高じて、元からあった錬金スキルに加え、調理スキルも持っている。
いつも夕食は、ティアニアさんとソランさんが作っているそうだ。
昼食なども頼まれて有料で作ることがあるとか。
厨房には薪を燃やして調理する場所の他、魔道具のコンロや冷蔵食料庫もあった。
竜人族は、体も頑丈で魔力も高く、最強に近い種族らしい。
なので魔獣の素材集めを気軽にする人が多く、魔道具の素材が豊富にある。
竜人の里も竜人自治区も、魔道具は色々とあるそうだ。
ひとまず本日は、予定されたメニューの調理に参加させてもらうことにした。
素材から説明してもらう。
お肉はともかく、野菜が本当にわけがわからない。
見た目は大きなドングリで、皮が固くて剥きにくいけど、ジャガイモとか。
パステルカラーのグラデーションなレタスとか。
赤いほうれん草みたいなのが、ニンジンの味と栄養だったり。
外が青くて中が黄色のタマネギとか。
実は説明がわからず、思いついて鑑定をしてみた結果、判明したことだ。
地球のこういう野菜に近いと、ヘルプさんが教えてくれた。
おおお、鑑定便利! 助かる!
でも慣れるまで、頭が非常に混乱しそうだ。
もし鑑定がなければ、何がどうなっているのか知るまで、かなりの苦行だった。
バターはなんと、木の実だという。
何を言っているかわかりませんよね。私もわかりませんでした。
でも異世界だから、知らない素材に溢れているのです。
アボカドが森のバターと呼ばれているようなものかも知れない。
熟し具合や育成状況で香りや味が違うものの、確かにバターでした。
少し種類が違う木の、チーズの実やクリームの実もあると聞いたので、乳製品関係の木だと理解した。
残念ながら牛乳そのものはなく、クリームを薄めることになる。
ちなみに異世界翻訳は「バターの実」だったけど。
注意してティアニアさんの発音をそのまま聞いてみたら、「パタルの実」だった。惜しい。
異世界言語は自動翻訳なので、こちらの物の名前を覚えられないという欠点がありそうだ。
これからは意識して発音を聞き、こちらの名前も覚えるようにしようと思った。
あと卵も木の実でした。
これも何を言っているかわかりませんよね。
あったんですよ、卵の実が。
しかも黄身と白身が、きっちりあったというね。
異世界摩訶不思議現象に、マリアさんと二人で遠い目になりました。
卵みたいに割ることが出来ず、端を切って逆さにすればスルンと出てきた。
真っ二つだと黄身が壊れるので、扱いが難しそうだ。
小麦的な素材が、大きな丸い実で、乾燥させてから外の殻を割れば、中身が元から粉っぽいとか。
塩が山椒みたいな小粒の実で、磨り潰した物を舐めれば塩味だとか。
胡椒は、葉っぱを乾燥させて磨り潰したら胡椒になるとか。
塩の実の一種類に、醤油味があったとか。
味噌もどこかに木の実があるだろうか。どうだろうか。
ちなみに砂糖は、椰子の実みたいな中に甘い蜜が詰まっていて、煮詰めたら砂糖になるという。
本当に異世界摩訶不思議。
鑑定はレアスキルらしい。
でもそもそも、ザイルさんの鑑定と私たちの鑑定は、異なるみたいだ。
普通の鑑定にヘルプ機能はないと言われた。
異世界召喚された者たち特有の、鑑定機能らしい。
食べ物だけでなく、布や物などの素材鑑定も、ヘルプ機能で「地球の何にあたる」と教えてくれるので、助かる。
地球に近いものがなければ、おおよその特徴を教えてくれる。
なぜ私たちだけ、こんなヘルプ機能のある鑑定なのか、謎だけれども。
非常に助かる。
これがなければ、生活レベルで困るだろう。
夕食は、一般的な煮込み料理と炒め物、サラダなどを教わりながら一緒に調理。
魔道具の使い方、調理器具の使い方を教わった。
こちらの包丁は、普通は剥きにくそうなジャガイモのドングリ的な固い皮も、魔力を通せばスルスル剥けた。
しかも自分の魔力なので、自分の指は傷つけない。なんて神仕様!
フライパンや鍋などは形が同じだけど、魔力を通しやすい鍋やボウルだ。
温めたり冷やしたり、蓋をして風魔力でみじん切りにしたり出来る。
風魔法でサイコロ切りや、千切りなんかも出来る。
ソランさんが色々と、得意そうにやって見せてくれた。
私とマリアさんは思わず拍手をしていた。
この鍋だったら、風魔法で泡立ても出来そうだ。
ミキサー的な使い方も出来そうだ。
異世界の調理スキル、すごい!
途中でなぜか、厨房の入り口からグレンさんが覗いていた。
お腹が減ったのかも知れない。
掃除と家具の設置を終えて、おやつは食べたけど、あれだけ働いてくれたからね。
力を入れてあちこち磨いてくれて、重い家具も軽々と運んでくれていた。
そりゃあ当然、お腹は減るよね。
独身竜人族の方々は、あちこちで働いたり、出かけたりしているので、いつも皆様そろっているわけではない。
昼食メンバーから増えたのは、ガイさんという独身竜人族ひとりだけだった。
私とマリアさんは、夕食の席でガイさんとだけ自己紹介をし合った。
ガイさんは特殊なスキルを持っていて、お城に時々呼ばれているそうだ。
昨夜呼ばれて、今までずっとお城で働いてきて、また明日も行くという。
ずいぶんお疲れのご様子だった。
彼は長年ここに住み、この国のお城に協力をしてきた。
けれど、お嫁さんになるはずの番が見つからず、そろそろ諦めて竜人の里に帰ろうか迷っているという。
番というのは魔力の相性なので、出会えるかどうかは運次第。
見つからないときは、とことん見つからないのだと、遠い目で語られた。
ドンマイと言っていいものかわからず、気休めを言っていいのかわからず。
ザイルさんが慰めているのを耳に、黙って夕食を食べた。
番が見つからない竜人族は、残念ながら他にもいるという。
諦めて竜人の里に帰ることもあれば、各地を放浪した末に、旅先で骨を埋めることもあるそうだ。
けれど寿命が長いので、諦めた頃に見つかることもあるらしい。
ガイさんは二百歳。見た目は三十代くらいだ。
今からでも番が見つかれば、結婚もアリな年齢だと思う。
ガイさんのことはそっとしておいて、昼食の話の続きをヘッグさんから聞いた。
先日まで潜っていたダンジョンがどういう場所なのか、詳しく教えて欲しいと。
ファンタジーRPGのダンジョンイメージに、かなり近かった。
階層によって風景や仕組み、出てくる魔獣が変わる。
外の魔獣とは異なり、ダンジョンの魔獣は倒すと塵になって消える。
でも魔石や素材の一部が残る。
あとダンジョンの魔獣を倒すと、力がつくそうだ。
いろんな能力が上がる気がするし、実際にザイルさんに鑑定してもらうと、新しいスキルが身についていたり、能力が上がっているという。
しばらく休暇として下宿でゆっくりするというので、お時間があるときに、さらに色々と聞いてみたいと思った。
私には結界魔法もあるし、行けるのではないでしょうか。
そのうち挑戦させてもらえないだろうか。
そんな興味の方向に気づいたのか、ヘッグさんが教えてくれたのは。
グレンさんも、かなりダンジョンに潜っていたことがあったとか。
マジですかとグレンさんに目を向けると、頷かれた。
「興味があるなら、一緒に行こうか」
言われて力強く頷いた。
そのあと異世界の食べ物の話になり、なぜか異世界言語の話になった。
勝手に自動変換されるので、物の名前が意識しないと聞き取れないという話だ。
そこで単位は変換されているのかという話になり。
結果、わかったことがある。
まずこちらの時間は、一日二十刻。一刻が一時間より少し長いようだ。
分にあたる単位はないと言われた。
たとえば私が二十分と言うと、四半刻と変換される。
十五分でも四半刻と変換されるので、そこはアバウトみたい。
三十分と四十分はそれぞれ半刻と変換された。
ちなみに五十分は一刻足らずになった。なるほど。
五日ごとで一巡という区切り。五巡でひと月。
十ヶ月で一年。春夏秋冬の季節の巡りがある。
あちらと同じように公転や自転があるのなら、周期が違うようだ。
魔法のある世界なので、こちらは天動説かも知れないけれど。
重さや長さの単位は、巻き尺や重さをはかる器具があるらしい。
使わせてもらって、感覚をつかんでいこうと思う。
お金の単位は、銅貨や銀貨や金貨という、ファンタジーらしいもの。
これも物価とお金の価値は、市場などで物と値段を見て知っていくしかない。
十進法だったので、そこは理解がしやすかった。
いちばん小さな単位が鉄銭。
鉄銭が十円だとすると、鉄貨が百円、銅貨が千円。
小銀貨は一万円で、銀貨が十万円、金貨が百万円。
いちばん高価な貨幣は白金貨。金貨が百万円の前提なら、一千万円だ。
高額の億越え資産は、貨幣よりも稀少素材などで持つことが多いという。
白金貨は素材そのものが稀少価値があるので、インゴットの重量でも価値を持つ。
その他、魔宝石や、稀少なファンタジー素材など、様々な資産があるらしい。
高額な白金貨の素材は、『セラフィ』という美しい金属だった。
基本的に白っぽい金色だが、光の加減で赤みや青みを帯びて、美しく輝く。
魔力付与しやすい素材で、アクセサリーで守護の効果をつけることが多いらしい。
ただし、高額な硬貨の素材だけあり、超貴重な金属だ。
なぜその色が私にわかったかというと。
お城からもらった私の報酬に、白金貨があったからだ。
小さな貨幣だけど、とてもきれいな色だなと思っていた。
え、待って。その価値だとちょっとおかしい。
一回の浄化で一千万円も報酬を頂くのは、ぼったくり過ぎる。
ということは、鉄銭は一円かな。それで報酬が百万円。それでも高いけど。
いやいや、でもそれだと、ルシアさんから買った家具が安すぎる。
私の動揺に、ザイルさんが答えてくれた。
瘴気溜りの浄化は、神殿から派遣される聖魔法スキル持ちに協力依頼をする。
その報酬は神殿に支払われ、ある程度の基準がある。
あの大規模瘴気溜りは、かなり厄介なものだった。
普通の魔力を持つ聖魔法スキル持ちなら、数十人で、数日がかりになる。
それでも浄化仕切れるかわからないほどらしい。
つまり、私に支払われた浄化の対価は、何十人かの数日分の報酬だという。
瘴気溜りの浄化で聖魔法スキルを使う場合の対価は、そもそもが高額報酬だ。
凶暴化した巨大な魔獣なども出るため、危険手当を含むからだ。
たとえば一日ひとり五万として。
二十人が派遣されて、十日かかったとしたら、一千万円になる。
そしてあのときの大規模瘴気溜りは、それで済まないレベルだった。
近隣の街にあれらの巨大化凶暴化した魔獣が行けば、被害は相当なものになる。
それこそ復興に数千万とか軽くかかることもあるのだから、正当な報酬として受け取るようにと言われた。
白金貨が一枚、金貨も一枚、銀貨以下が数枚ずつ。
私の報酬は千二百万だった。
あくまでも、金貨を百万換算するならだけれども。
いろんな貨幣を入れてくれているのは、貨幣の価値を知るためや、利便性のためだろうか。
マリアさんは、白金貨がない他は私と同じだったので、二百万の報酬だ。
貰い過ぎていると恐縮したが、これから生活する支度金としては、必要なお金だ。
そう割り切ろうと話をした。
そんなふうに、真面目な話も勉強みたいな話も、雑談もしながら。
いろんなおしゃべりをしながら、和やかな夕食をとった。




