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竜人自治区内の工房の家具は、天然の無垢材っぽい木で出来た、やはり北欧家具みたいなイメージだった。
木製の椅子は、背もたれや手すりに丸みがあって可愛いもの、座面のクッションがポッコリと丸みのあるものなど、色々ある。
もちろん、かっちりと四角い感じの家具もあるけれど。
チェストの足部分が、丸木になっていたり。
机の天板の奥が、台形に上へ突き出て飾り棚がついていたり。
ちょっとした遊び心が、目に楽しい。
その家具工房の主は、竜人族の妻になられた、人族の女性ルシアさん。
寿命が延びて、何がしたいか考えたときに、家具が作りたいと思ったらしい。
マリアさんと気が合いそうな、物作り好きの人だった。
部屋のイメージや色味を伝えながら、あれがいいこれがいいと相談する。
「私としてはラグを敷いて、土足禁止でスリッパで過ごしたいんですよね」
「土足、禁止?」
私の発言に、ルシアさんが不思議そうな顔をした。
「私たちが暮らしていた国は、家に入るときに靴を脱ぐのよ」
「え、そうなの! どうして?」
マリアさんの説明に、ルシアさんはさらに不思議な顔になる。
「衛生的で良かったわよ。土汚れを家の中に持ち込まないし」
なるほどと、ルシアさんは納得した。
「その土足にかわる家の中の履き物が、スリッパなの。私、作ってみるわ」
「お願いできますか!」
私が食いつくと、ルシアさんも興味を持った様子だ。
「私も出来れば、買い取らせて下さい。家用の履き物、興味があるわ」
マリアさんは快く請け負ってくれた。
私は寝室のサイドテーブルにも使える低めのチェストと、収納用に大きめのチェスト、ソファーとローテーブル。
あと小さめの丸テーブルと木製の椅子二つセットを選んだ。
ちょっとした食事なんかは、高さが欲しいときもあるからね。
そしてひとりでも、椅子は二つが絵的にいいなと、思ったので。
マリアさんは物作りのためか、広いテーブルと、たくさん物が入りそうなチェストと低めのチェスト、机。
椅子は種類違いを、いくつか選んでいた。
なるほど、ちぐはぐな椅子も、目に楽しい。
その日の気分で、座る椅子を変えられるのは、いいかも知れない。
亜空間収納があるので、収納してしまい、設置場所で出すことで運送面は解決。
布団は途中の宿にあったような、羽毛布団的なフカフカ寝具を、ティアニアさんが用意してくれているという。
あとはカバーをつけて、色味は好きに調整すればいいと言われた。
ラグとカーテン、布団カバーは、素材になる布や織物、あるいは毛皮などを、素材倉庫で選ぶことになった。
マリアさんは必要分以外に、様々な布や毛皮などを手に取り、購入した。
スリッパや、ちょっとした小物も色々と作るのだと張り切っておられた。
カーテン布はティアニアさんが、布団カバーは別の竜人族の奥さんが手伝ってくれるからと、帰宅してすぐに布をお渡しした。
皆様にお世話をかけてしまい、申し訳ない気持ちもあるが、これはそのうち、おいしいお菓子を作って差し入れをしようと考える。
拭き掃除の続きと、家具の設置は昼食前と同じメンバー。
私の部屋はグレンさん、マリアさんの部屋はソランさんとヘッグさんが、手伝ってくれた。
グレンさんは丁寧に力を入れて、床や壁など大きな面積の部分を磨いてくれた。
私は棚や扉、ベッドの台など細かいところを主にしたけれど、高い場所は届かず、やはりグレンさんがそこも丁寧に拭いてくれた。
なんだろう。
ちょっとズレているところ以外は、スパダリというやつではないだろうか。
むしろズレているところも可愛いと思い始めているので、困ったことだ。
掃除を終え、家具の設置をした。
ラグは大きさの調整と加工がまだなので、あとから敷くことにして。
小物なんかも、少しずつ整えていくことになるけれど。
好みの家具と好みのカーテンで、とても素敵なお部屋になった。
あらかた片付いて、お茶休憩で軽食を頂く。
少しパサパサしたお菓子に、やはりお菓子革命だと、決意を新たにする。
お茶はとてもおいしい紅茶だった。
「少し早い時間かも知れませんが、夕食は是非、お手伝いさせて頂きたいです」
「そうね。こちらの厨房に慣れておきたいわ」
私とマリアさんが言うと、ザイルさんとティアニアさんが顔を見合わせた。
お二人の間で、テオ君がお菓子をハムハム食べているのが可愛い。
「ありがとう。でも夕食の準備は、まだ少しあとになるのよね。せっかくだから、お風呂に行ってはどうかしら」
「そうだな。ミナはここの風呂に、かなり興味を示していただろう」
確かに竜人自治区のお風呂には、是非行ってみたい。
銭湯のような印象で、興味はとってもある。
結果、一緒に作業をした、グレンさんやソランさん、ヘッグさんと一緒にお風呂へ向かった。
魔道具でお湯を管理しているので、煙突などはない。
竜人自治区の中心あたりにある、平屋建ての広い立派な建物だ。
湯上がりに休めそうな椅子なども並んでいたので、やはり銭湯っぽい。
でも住人のための施設なので、番台はなかった。
むしろ地域のコミュニケーションの場になっている様子で、椅子のところでおしゃべりをしている人たちを見かけた。
コミュニケーション力高めのヘッグさんが、私とマリアさんを紹介してくれた。
まず入り口近くには、家具職人ルシアさんと夫のゼスさん。
地域の家具屋さんなので、お客さんが来るとわかっている時以外は、お店を閉めていることが多いらしい。
遠方に行くことが多いゼスさんが、昨日久しぶりに帰ってきた。
なので私たちが帰ってすぐにここへ来て、一緒にお風呂に入ってきたという。
しっかり者なルシアさんと、少しのんびりした感じのゼスさんは、お似合いだ。
隅でおしゃべりをしていたのが、おじいちゃんなオルドさんと、バルコさんという男の人、そしてバルコさんの娘のメイちゃん十二歳。
オルドさんは、グレンさんの隣に立つ私を見て、なぜか目を潤ませた。
そして私の手を握って、よくいらして下さったと歓迎してくれた。
よくわからないけど、歓迎してくれているのでニコニコしておいた。
うん。実は本当にわけがわからない。なんで?
広い浴室と、狭めの浴室、そして個別のお風呂がふたつ。
住人に男性が多いため、広い浴室が男性用、狭めの浴室が女性用。
広いお風呂に入れないのかと残念に思っていると、一定時間だけ、女性用になると言われた。
なるほど時間区切りかと納得した。
個別の浴室は、夫婦や家族などで入るときに利用するという。
そちらは入浴中の札になっていれば、入ってはいけない。
自分たちが入るときは、札を裏返すのを忘れないようにとのこと。
広い浴室へ向かうグレンさんたちと別れ、私とマリアさんは狭い方の浴室へ。
脱衣室はそれほど広くもなく、二人だと余裕だが、せいぜい六人程度か。
服を入れる箱があり、ポイポイと脱いで、さて入浴。
旅行先で行った、ホテルについていた大浴場に、似た広さだった。
湯船はひとつだけだが、かけ流しみたいにお湯が流れている。
来るときに聞いた話によると、なんと竜人の里から温泉水を転移しているそうだ。
ちなみに排水も転移され、あちらの浄化装置で処理されるという。
その昔、竜人族の賢者が、この自治区にお風呂を作るために、転移魔道具を開発したらしい。
ちょっとお風呂に対する熱意がすごくて、風呂好きの友人を思い出した。
事前に確認したお風呂マナーは、日本の銭湯と似た感じだった。
必ずかけ湯をして入ること。湯船に余計な物を入れない。
あと長湯注意とか、前後に水分補給するようにとか。
むしろそのお風呂マナーを私たちが知っていたことに、驚かれた。
浴室の中は、たぶん洗い場なのだろう、手前に広い場所がある。
シャワーや蛇口はなく、湯船のお湯を使うみたいだ。
風呂桶として使うのだろう、手桶があった。
竜人族の奥さんと思われる先客が、湯船にいた。
私とマリアさんは、新しい住人としてお世話になりますと、挨拶を交わす。
ラナさんという子育て中の竜人族の奥さんは、旦那さんに子供を預けて、お風呂にゆっくり浸かるために来たらしい。
入り口で会った、メイちゃんのお母さんだった。なるほど。
彼女は私たちのことを、ティアニアさんから既に聞いていた。
なんと布団カバーを縫ってくれるという人が、ラナさんだったという。
もう完成したよと言われ、マリアさんと声をそろえてお礼を言った。
さらに石鹸はあるか、お風呂上がりに塗る香油をわけようかと気遣ってくれた。
マリアさんと背中を洗いっこして、それぞれざっと体を洗って。
やはり石鹸を作りたい、シャンプーやリンス、化粧水なんかも欲しいねと話しながら、お風呂に入る。
足を伸ばして入れる広いお風呂は、体の疲れが溶け出すようだった。
ふいーっと息を吐いて、浴槽にもたれながら、浮力に身を任せる。
私たちがお風呂に慣れていることに、やはり驚かれた。
故郷に銭湯という公衆浴場があったことを話すと、興味を持たれた。
なので普通の浴槽の他、ジャグジーや打たせ湯、サウナなどがあったと説明する。
私はなんとなく、この竜人自治区の人たちに、警戒心は感じない。
異世界の話をしても大丈夫だと感じている。
なのでルシアさんにも、ソランさんやヘッグさんにも、このラナさんにも、ヘロリと話してしまっている。
私のスキルにある、魔力感知。
これは浄化のために、瘴気などの場所を特定する能力だけれど。
ようは魔力の質を見分けることが出来る能力だ。
たぶん魔力は、その人の本質やあり方を現す。
人の個性のように、今の私は魔力を感じている。
そしてこの竜人自治区の人たちの魔力は、悪い感じがしない。
お城では、嫌な感じが少なからずしたので、その差がわかる。
ここに来て良かったなと思う。
うん。この国に住むなら、ここがいい。
お風呂に浸かりながら、マリアさんが石鹸のこと、化粧水のことなどを話し。
ラナさんがそれにまた興味を示し。
つい長話をしてしまい、先に入っていたラナさんがのぼせそうになってしまった。
私は氷魔法で冷水を作り、ラナさんの足や腕、脇の下などにかける。
日本の銭湯には水風呂もあったと話せば、広い方のお風呂にはあると言われた。
やはり次は是非、女性が広いお風呂の時間帯に入りに来ようと思った。




