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このたび私とマリアさんは、竜人自治区で下宿することが決まりました。
パジャマパーティの翌日にザイルさんが来て、言った言葉が決定打になった。
「我々のところに来るなら、ごくごく普通の生活をすることになる。自分の部屋は自分で管理し、食事も自分たちで厨房を使い、買い物にも自分で行く。ああ、護衛はグレン以外にも、竜人族はみんな強いよ」
なんでも集合住宅のような形式で、共同の大きな厨房が使い放題だとか。
気軽な買い物も、竜人族が護衛や案内をするから、いつでもいいとか。
やりたいことがあれば、作業場になる広いお部屋があるのだとか。
自由度が高い!
私とマリアさんのやりたいことには、お城よりそっちの方が断然いい!
すぐさま頷いた。
その話し合いは、パジャマパーティの翌朝、ソファが並んだ豪華なお部屋に呼ばれて行われた。
そっとレティが教えてくれたのだけど、この世界の上流階級マナーとしては、女性の居住空間に男性をお招きするのは、アウトらしい。
家族や婚約者ならアリだそうだ。
昨日のセラム様の苦情は、そういう意味だったと今さら知った。
まあ、上流階級ならそういうものかも知れない。
話し合いの場には、私とマリアさんとレティ、セラム様と昨日もいた側近の人と、ザイルさん。
そして国王陛下と宰相のおじいさんがいた。
国王陛下は私の父よりは少し若いだろうか、セラム様とよく似た印象の方だった。
宰相のおじいさんは、レティの母方の祖父らしい。先代国王の時代から、宰相をなさっているそうだ。
おじいさんと言っても、定年間近くらいの年齢に見える、まだ現役な見た目。
好々爺みたいな笑顔を浮かべながらも、なんだか油断ならない雰囲気がある。
宰相だから、逆にそうでなければ困るだろうけどね。
調査は城できちんと進めると、陛下や宰相さんから約束して頂いた。
まあね。セラム様や、一緒に旅した護衛の人たちはともかく。
保護してくれた国がまるごと良い国だとは、限らない。
代表により国ごとの傾向はあるけれど、国の中でも色んな意見がある。
この国は、聖女に誠実であれ、召喚された異世界人に親切であれと、その方向で話は進んでいたけれども。
国に所属する全員が、そうであるわけじゃない。
今回わかっているのは、軍務大臣という、まさに瘴気溜りや魔獣対策をするための要職についている人物が、娘や派閥の城勤めの人に情報を漏らしたのが、発端とのこと。
私の結界に干渉したのも、その人の派閥貴族の、娘さんらしい。
発覚したのは夜にさしかかる時間だったのに、迅速に対応してもらえた。
他の重臣で情報を漏らした人はいなかったものの、当の軍務大臣サムエル侯爵の派閥は大きく、その派閥内でかなり情報は広がっていたようだ。
以前からレティに変な情報を吹き込んでいたのも、その人の派閥貴族家の関係者らしい。
「補佐官のヤトム殿が絶対怪しいって、オレ前から言ってたよな」
セラム様の補佐官、エリクさんがこっそり言っている。
なんと宰相さんの孫で、ロータナ侯爵家の三男。つまりレティの従兄だとか。
セラム様に対してレティが変な思い込みをするように吹き込んだ、そのヤトムさんや貴族男性たちは、サムエル侯爵家派閥の人らしい。
「仕方がないだろう。あちらの派閥を一切入れない人員構成は、まずかったんだ。問題を起こさなければ外せなかった」
「だからって、レティアーナ嬢には、奴をあまり近づけない方が良かったんだ」
「…手が空いているのが自分だからと」
「手が空いてるのがおかしいだろうがよ」
ヒソヒソした言い合いだが、丸聞こえ過ぎて状況を把握した。
能力がないのかちゃっかりなのか、仕事をサボってレティを送り届ける役目を引き受けて、変なことを吹き込んでいた訳ね。
今回ようやく更迭できる理由ができたわけね。
ひとまず情報漏洩の経路は、サムエル侯爵からのみ。
判明した範囲は隔離済みだが、そこからさらに広がっている部分は、鋭意調査中。
あとレティへの嫌がらせも、大本はそこらしいので、あわせて調査中という話だ。
サムエル侯爵家の娘は、元々は第二王子の婚約者候補として最有力だったらしい。
でも野心が強すぎるため、実際には早々に候補から外されていた。
第二王子が別のご令嬢と結婚したため、次に狙ったのがセラム様。
レティとの婚約が成ったあとも、セラム様との婚姻で王族の一員になることを、諦めていなかったという。
「もしこの婚約が破談になるなら、私は独身を貫くだけだ。なぜあちらを選ぶと思われているのか、意味がわからないな」
そんなセラム様の言葉に、そっとレティが口元をムニムニしていた。
あら可愛い、ニヤけそうになってるねと、ほんわかしてしまった。
「無自覚…」
久々にマリアさんの地味ツッコミが復活している。それなと私も頷く。
レティと婚姻しないなら独身を貫くなんて、どえらい告白をなさっている。
他に該当するご令嬢がいないとか、そういう条件面での主張らしいが。
気づいているのかな、エリクさんを始めとする周囲の生ぬるい視線を。
たぶん手を尽くせば、他にも候補はいるけれど、レティ以外のご令嬢に目を向けるつもりはないのだろう。
セラム様自身は、自覚がなさそうだけれど。
意外に恋愛音痴らしいと判明した。
軍務大臣と密接に関わる神殿は、聖魔法スキルの持ち主を修行させると称して、自分たちのところに集めている集団だという。
聖女にとっては、そちらも注意が必要だと教えてくれた。
どうも宗教関係の集団というのは、お金に汚そうだなという印象が拭えない。
まともな聖職者も、もちろんいるだろうけれど。
ニュースに取り上げられる宗教関連の話や、宗教の勧誘をして来るような人たちに、私は良い印象を持っていない。
近所のお寺や神社は、嫌な感じはない。
特に神社のお祭りは、店のある地域の氏子として積極的に参加していた。
法事でお経をあげに来てくれるお坊さんも、とてもいい人だ。
ただ、宗教家と呼ばれる存在が、なんとなく嫌だ。
ちなみにこの世界で崇められている神様は、創世の神と、その眷属たち。
眷属には、花祭りの『豊穣と愛の女神』とか『死と再生の神』など、複数の神がおられるそうだ。
ファンタジーな世界なので、実際に神様がいても不思議ではない。
けれどもし実際に神がいるのなら。
その神の名で、利権に食い込むような真似をする聖職者は、いったい何だろうとは思ってしまう。
ともかく今回の情報漏洩については、セラム様だけでなく、陛下や宰相さんからも謝罪がされた。
瘴気溜り対策への協力を承諾して、お城に来た翌日の情報漏洩だからね。
基本的に、ありえないことが起きたからね。
ついでに言えば、その国の代表として信頼できると思った相手の、好感の持てる婚約者が、変な扱いを受けているとか!
私としては、抗議一択だ。
私の浄化能力が貴重なら、それをもって最大限の抗議をするだけだ。
「この世界では、瘴気溜りの被害が大きいと聞きます。なのでその浄化には、なるべく協力はしたいのですが、利用はされたくありません」
私の主張に、皆様もっともだと頷いてくれる。
「私に対するお城の窓口はセラム様で、今後は婚約者のレティも窓口になる。そのタイミングで妨害のような出来事は、聖女絡みの利権目当てと考えられます」
どう言えば、私の要望が通りやすいだろうと考えながら、言葉を口にする。
「私としては、今さら別の人を窓口にしたくありません。なので、私の窓口のひとりであるレティが、お城や貴族の人たちから受けている被害は、きっちり調査して下さい」
それには、特に宰相さんが深く頷いてくれた。
外孫だけれど、きちんとレティを可愛い孫と思っているようだ。
「申し訳ございませんが、その調査と、私の安全対策が済むまでは、瘴気溜りの浄化の協力は、保留とさせて下さい」
そう伝えると、ザイルさんが笑った。
「その条件で、城に居続けるのは悪手だろう。この際、竜人自治区に来ればいい。そちらは竜人族だけの治外法権だ。竜人族で、聖女を悪用するような者はいない」
竜人族が聖女を悪用しないのは、聖女の正体に関係するらしいが、そこはやはり教えてくれないみたいだ。
けれど、ザイルさんの言葉は本当だろう。
そしてあの言葉が出た。
「我々のところに来るなら、ごくごく普通の生活をすることになる。自分の部屋は自分で管理し、食事も自分たちで厨房を使い、買い物にも自分で行く。ああ、護衛はグレン以外にも、竜人族はみんな強いよ」
「お世話になります!」
マリアさんとともに、声がそろった。
正直お城の生活は、高級エステ気分は満喫できたけれど、それ以外は窮屈だった。
こちらの食材を知りたい。調理方法を知りたい。
マリアさんも、服飾や化粧品類などの現状を知りたいし、素材も知りたい。
市場を気軽に見て回り、街の様子を見て回り、実際の人々と交流したい。
素材を手に入れて、自分で加工をしてみたい。
こちらの厨房はどんなだろうか。調味料はどれほどあるだろうか。
そんなことに思いを馳せていると、さらに言われた。
「それに聖水だったか、それの作成についても、竜人自治区で思う存分に実験すればいい」
そうだ、それもあった。
元から現地にホイホイ出向くよりも、聖水が有効なら、その作成で貢献をしようと思っていたのだ。
竜人自治区で生活するなら、ザイルさんが大家をしている集合住宅的な建物の一室を貸してくれるそうだ。
共有の厨房があり、広くて煮炊きをする場所も複数あるので、私がその一角を一日中占拠しても問題ないらしい。
作業場になるような広い場所もあるので、マリアさんのやりたい物作りや、私の聖水作成実験なども、存分にそこで出来る。
さらに自治区の中には、共同の広いお風呂があるという。
竜人族は水浴びやお風呂が好きで、竜人自治区のお風呂には、様々な工夫がなされていると聞けば、日本人としてはテンションがダダ上がりだ。
自治区の中でも店はあるが、王都の市場を見て回るなら、グレンさんが護衛をしてくれるという。
グレンさんが不在でも、他の護衛ができる人をつけてくれると言われた。
「護衛もだが、案内は必要だろう。王都は広いし、市や店は複数ある」
もっともな話だ。
「自治区内にも職人はいる。そこで家具はそろえられるだろう。今なら部屋を好きに作れるぞ」
なんという魅力的な言葉の数々!
そんなわけで、私たちは竜人自治区へ行くことになりました。
ちなみにシエルさんは、そのままお城にお世話になるそうです。
お城で魔法関係の知識を得たいそうだ。
生活費については、大規模瘴気溜りを浄化したことの報奨金をくれた。
マリアさんにもシエルさんにも、協力者としての報奨金が出た。
浄化そのものに貢献していなくても、例えば馬車の浮力付与であの国を早々と脱出したことで、大規模瘴気溜りの早期浄化につながったのだからと。
こちらの世界のお金は持っていないので、ありがたく受け取った。
「まあ、ではお二人とはしばらくお会いできないのでしょうか」
お城を出ることになり、レティが残念がってくれた。
「私、異種族の方々についても、ご説明しなければならなかったのに」
あれこれと、私たちの世界との相違点や、こちらの世界特有の事柄について、話す内容を考えてくれていたらしい。
「日常の違いについては、私の妻から聞けばいい。そちらの世界との違い以外にも、竜人族と人族の違いなどもあるだろう」
おお、ザイルさんのお嫁さん!
ザイルさんは妻帯者だったんですね。どんな人か気になりますね!
私たちにどのような説明をしたか、どんな話をしたかを、ザイルさんがレティに確かめていた。
なのでその間にこっそりと、私とマリアさんはセラム様に声をかける。
花祭りに、花束を渡す予定はあるのかと。
「レティはセラム様からの花束を、もらいたがってますよ」
セラム様、その風習はご存じだったようで、少し頬を赤くして頷いていた。
よし、これでレティのこっそり憧れていたことは、実現できるだろう。
ひとまずお二人とはお別れだけど、またレティに会いに、公爵家にお邪魔するという話になった。
事前にお手紙を出せば、調整してお返事をくれるという。
セラムさんが彼女を公爵家まで送り届けるそうで、私たちはお城でお別れをした。




