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 若返り現象への混乱も落ち着き、今度こそレティさんを交えて、実際の生活や世界の違いについて話をする。


 私たちは今まで、こちらの世界のことを知ろうとして、この世界の話ばかり聞こうとしていた。

 でも違いを知るには、私たちの世界の話も必要だ。

 なので、歴史で学ぶ昔には、王や貴族が統治する国もあったこと。

 現在は民主主義国家が主流など、あちらの国についてレティさんに説明した。


「こちらは国王が国を治め、各貴族が領地を持ち、その領地の税の一部を国に納めている。で、合ってますか?」

「合ってますわ。そちらの民主主義国家という考え、全員が政治に参加して投票というのは、興味深いですが、私には想像が付きかねますわ」

「参政権があるからといって、みんなの期待する政治になっているかと言えば、別物なのよねえ」


 まずは社会構造そのものが違うが、昔話として王族や貴族などは知っていること、私たちのイメージするそれらと近いことを確認。

「こちらの世界でも、議会制の国はございます。それが少し近い形でしょうか」

「恐らくは、そうでしょうね」


 私たちのわかりにくいだろう話を、熱心に聞いて、理解してくれる。

 混乱させるような話し方をしてしまうところもあるのに、話を整理して、素早く理解をしてくれる。


「なんだかレティさんって、セラム様とお似合いですね。すごく頭が良くて、理解できるように考えを整理したり質問してくれて、的確に考えていて」

 私が言うと、なぜかレティさんが泣きそうになった。

 え、なんで?




「私は、生意気だとよく言われます。可愛げがないと」


 しばしの沈黙のあと、ぽつりとした声で言われて、耳を疑った。

 え、これだけ可愛らしいお姫さまに対して?


 頭がいいけど、けして生意気だとか、可愛げがないとかいうタイプじゃない。

 きちんと気遣いをしてくれて、そのままの話を聞き取ろうとしてくれる。


「え。それセラム様に?」

 あの男、と息巻きそうになったが、どうやら言ったのはセラム様ではないらしい。


「女性が政治の話や、国のありようの話など、はしたないことでは、ございます」


 どうやらそういう方面の話をして、生意気だと言われてきたらしい。

 もしかしてこの国あるいはこの世界は、男尊女卑で頭のいい女性が嫌われるとか、そういう考え方が主流なのだろうか。

 だとすると、私たちにとっても、暮らしにくそうな世界だ。


「そんなことはないでしょう。女性だって、政治や国のことは、きちんと考えている方が偉いわよ」

「何よりレティさんは、王子であるセラム様の婚約者でしょう。政治や国のことを考えるのは、必要でもあるでしょうに」

「私たちの世界も少し前まで、女性に能力があっても、なかなか認めてもらえなかったところがあったわ。でも今は、女性の社会進出が必要だって言われているの」

「そうそう。何よりセラム様は、きちんと考えて話す、頭のいい女性の方がお好きでしょう」


 マリアさんと私が口々に話す言葉を、彼女はうつむいて聞いていた。

 そして最後の私の言葉に、顔を上げると、まじまじと私を見た。

「セラム様が?」


 彼女から訳がわからないという顔を向けられ、私も首を傾げる。

 え、だって、アホの子のフリをしていた私に対する眉間の皺といい。

 馬車の中で彼女のことを「才媛だ」と自慢げに言っていたことといい。

 そうだよねと、私とマリアさんは、顔を見合わせて首を傾げ合う。




「セラム様は、他の可愛らしい印象の女性には愛想を振りまくのですが、私との間では議論が多いですわ。私が、可愛げが、ないから」

 だから、そういう一面は嫌われているのだろうと、彼女は話す。

 待って待って待って、なんかおかしい。


「え、それ逆でしょう。話す価値がないから、愛想だけを振りまいてて、レティさんにはきちんと向き合って話しているってことでしょう」

 そう私が言うと、レティさんがきょとんとした。

 ちょっとセラム様ー、どういうことー?


「だってセラム様、あなたのことを私たちに話したとき、才媛だって、自慢げでしたよ」

 そう言い切ると、彼女がパチパチと瞬きをする。

 えええー、セラム様ちょっとー!

 私たちにあんな顔を見せといて、彼女にまったく通じてないよー。

 ちょっとどういうことなのー?


「彼女の話をしたときのセラム様って、アレでしたよね」

「ええ、そうね。アレね」


 穏やかに窓の外を見ていたけれど。

 あれはきっと視線の先に、彼女を思い浮かべていた。

 優しい目で、愛おしそうな目だと感じた。


「なんだかちょっと、どうなのって思いますよね」

「娘の結婚予定の男だとしたら、膝詰め説教一時間コースが決定するわね」

「やっちゃって下さい、マリアお母さん」

「そうね、実行を検討するわ」




 そうして私たちの会話を、目を白黒させて聞いていた彼女に、私は説明をした。

 初対面の異世界召喚の場で、私がアホの子演技をしていたときの、セラム様の目線の冷たさを。

 特に王様に誓約魔法を仕掛けようとしたときの、引っ込めお前という目を。


「セラム様が、異世界の保護すべき方に、冷たい目ですか」

 レティさんとしては、信じられない対応だったらしい。

 まあね。あのとき以降は、あちらの国の街門の人や、転移施設の方に対し、王子様な微笑を絶やさなかったセラム様だ。


 能力の低い異世界人が保護を求めるなら、我が国が保護をする。

 そう宣言した上で、けれど異世界人の保護が、国対国の厄介ごとを引き起こす予想は立てられる状況だった。

 そんな中で、その保護対象の異世界人が、あまり良い印象ではない場合。

 愛想を振りまくことは出来なくなるだろう。

 王子様な笑みを絶やさないようにしていても、あのときの眉間の皺と冷たい目線は、当然のものだった。


 勇者に媚び、国王に媚び。

 あのときの私の態度は、理由がわからなければ、最低だったことだろう。

 自分でも思う。必死だったけど、傍目にはそりゃあ嫌われて当然だっただろうと。


 それを言えば、彼女はまたパチパチと瞬きをしていた。


「セラム様は、甘えた声の可愛らしいご令嬢に対しては、基本的に優しく接しておられますわ」

「それ、笑顔の下で疲れ切っているやつですね」

「そうね。きっとあなたとの、まともに話が出来る空気には、ことさら癒やされるでしょうね」


 彼女はまた、パチパチと瞬き。

 ちょっとーセラム様ー。

 彼女の信頼が地に落ちすぎていて、ありえないんですけどー。




 彼女とセラム様のすれ違いが過ぎるので、彼女の「生意気だ」と言われた状況にも疑問が生じて、つい日頃の彼女について聞きたくなった。

「ねえ、貴族のご令嬢の友人関係とか、どんな感じなのでしょうか」

「友人ですか」


 彼女はまた少し考える。

「家同士のお付き合いの中ではございますが」

 それ友達じゃない。


「自然体でおしゃべりが出来る人とかは、家族以外におられますか?」

 聞いてみると、ぽつりぽつりと、彼女は自分の話をしてくれた。


 幼い頃から魔力の強さと体が不釣り合いで、領地でずっと療養をしていたそうだ。

 年頃になり、健康になったため王都の社交界に顔を出すようになり、早々にセラム様との婚約が整ったという。

 なので領地で平民などの友人はいたが、貴族社会での友人はいないらしい。

 公爵家配下の家のご令嬢たちは、さっきの家同士のお付き合いの仲らしい。




「普段はどんなことを、なさってますか?」

「家庭教師に勉強やマナーを教わったり、セラム様の婚約者になってからは、王子妃教育を受けております」

「お勉強以外は?」

「孤児院の慰問ですとか…」


 そこで不意に彼女は言葉を切った。

 どうしたのかなと、待ってみると。


「おこがましい、でしょうか」

 また、ぽつりと言う。


「何がですか?」

「孤児院の慰問です。私のような、恵まれた立場の人間が、孤児たちに施しをするのは、偽善かと…」


 ふむ、と私は考えた。

 どこかの誰かが、どうやら彼女を傷つけて、色々と言っているみたいな気がする。

 そりゃあまあ、恵まれた立場の人間からの施しが偽善だってのは、一理はある。

 でも、たかだか一理だ。




「やらない善よりやる偽善って、言葉があってね」

 私が言うと、マリアさんも頷いた。

「私も聞いたことがあるわ。こうした方がいい、これが正しいとか考えて動けないより、偽善だと言われようが何だろうが、誰かの役に立てば、それでいいのよ」


 また彼女が、パチパチと瞬きをした。

 そんなことは言われたことがないと、言いたげな反応。


「正しい事って、人の立場や価値観によって違うから、絶対的に正しいことなんて、なかなかないんだよ」

「そうそう。なのに色々と人を勝手な判断で、横から口を挟む恥知らずは、意外と多いのよね」

「そう。横から、これが正しいあれがいいって、人の良かろうことを止めるのは、おかしいと思う」

「結果として助かった人がいる。それって、かなり大事なことよね」

「偽善の何が悪いのよ」

「そうそう。偽善すらしていない連中に、善とは何かを語る資格なんてないの」


 私たち二人から寄ってたかって言われ、彼女は驚いている。

 でも、その驚きが、次第に内容として入ってきたのか。


 やがて彼女は、震える呼吸で顔を伏せた。


「私は、思うように動いて、いいのでしょうか」

「いいに決まっているでしょう。どうしてもダメなことは、それこそ身近な人が、止めてくれるわ」

「不安なら、相談すればいいことでしょう。こういうのはどうかって、セラム様にでも相談すればいいじゃない」


 いつの間にやら、私とマリアさんは、彼女にタメ口だ。

 でも彼女は、当初よりも打ち解けた顔で、微笑んでくれた。


「ありがとう、ございました。気持ちが軽くなりました」


 銀髪お姫さまの、柔らかみを帯びた笑顔、プライスレス!

 誰だ、彼女をこんなにも悩ませていたのは。


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