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「フィアーノ公爵家のレティアーナと申します。セラム殿下の婚約者ですわ」
セラム様の婚約者が、銀髪お姫さまな公爵家のご令嬢だった!
私のテンションは爆上がりした。
マリアさんも「あらあら」と落ち着いた様子ではあるが、ソワソワしている気配を感じる。
サラリとした銀髪を一部編み込み、豪奢なドレスで高貴な雰囲気だ。
淑女の礼らしき姿勢といい、室内へ入る様子や、椅子に腰掛ける動作。
どれも楚々とした、とっても優雅な所作だ。
指先までキレイに見える、ひとつひとつの動きが優美で見とれる。
これが異世界の貴族のご令嬢! フォッフォウ!
心の中で、うっかり謎の雄叫びを上げてしまう。
内心はテンション爆上がりだが、それを表に出すと引かれると、ぐっと堪えた。
「ミナと申します。よろしくお願い致します」
「マリアと申します。お世話になります」
私たちも名乗り、まずは一緒にお茶を飲みながら雑談をする。
「昨夜からの滞在で、不便なことなどは、ございませんこと?」
涼やかな声で、小さく首を傾げる様子が優美ながらも可愛い。
私のエセ可愛こぶりっこが、裸足で逃げ出すレベルだ。
心の中のテンションが上がるまま、元気に答えてしまった。
「高級エステ気分で最高でした!」
ぴくっと肩が動き、くっと身を引かれた。
わずかな動作で、顔は微笑みだが、たぶん引かれた。
うん。なんだかごめんなさい?
「不便は感じておりません。侍女の皆様にお世話をして頂いて、快適に過ごしております」
マリアさんが落ち着いた声で、微笑みで返す。
うん、そっちが正解でした。ごめんなさい。
「セラム様から事情は伺いました。突然のご不幸、この世界の者として、申し訳なく思います」
侍女さんたちが壁際に控えているので、私たちを気遣った小声で彼女が謝罪をしてきた。
そんなふうにお姫様に謝られて、ちょっとうろたえる。
けれど、誠実に気遣ってくれているのだろう。
心配げなその眼差しに、心が温かくなった。
心置きなく話せるように、まずは防音結界を張ってから応えた。
「レティアーナ様から、謝罪の必要はございません。お気遣い、ありがとうございます」
「レティ、で結構ですわ」
私の口が発音しにくいのを感じたのか、名前についてすぐに譲歩してくれた。
助かる! 実は舌を噛みそうでした。
「それでもあなたのような、幼い方まで召喚をするなんて…本当に、なんと」
「待って」
レティさんの言葉を遮り、私は確認をした。
「あの、幼いって、いくつくらいだと思っておられますか?」
なんとなく、日本人が若く見える現象が起きているとは察していた。
けれど幼いとは、どういうことか。
彼女ではなく、マリアさんが答える。
「幼いは言い過ぎだけど、中学生か、せいぜい高校生になりたてといったところでしょう? 最初は小学校の高学年くらいかと思ったけど」
「待って下さい。私は二十歳です」
言った途端に、場の空気が凍ったのがわかった。
マジですか。マジでマリアさんも、中学生くらいと思ってましたか。
そしてレティさんもかなり幼く見ていた様子だ。
グレンさんのあの扱いを思い出す。
寝ている私を抱っこして、泣いている私を抱っこして。
小中学生かー。そうかー。
「え、二十歳ですって? うちの娘よりは下だけど、ええー?」
マリアさんの言葉を、今度は私が聞き捨てることが出来なかった。
「待って下さい。マリアさんこそ、おいくつですか?」
「あら、いくつに見えるかしら」
「二十代後半か、せいぜい三十代前半と思ってました」
「あらあら、若く見てもらえたわね。私もうすぐ五十歳よ」
嘘だ!と、大声が出かけたのを飲み込んだ。
そこではたと、思い至る。
異世界召喚。魔力で寿命が変わるという。
まさか召喚されたときに、若返ったとか言わないよね。
ええと、鏡、鏡はどこだ?
「待って下さい。鏡はないですか? そういえば、この世界に来てから鏡を見てない。鏡ってないのでしょうか?」
半ばパニックになりながら聞けば、鏡という言葉に首を傾げられた。
確認すると、ガラスに当たる素材がこの世界にはないようだ。
なんてこった。透明な素材に特殊な薬剤を塗り、反射をさせて姿を映すと言うと、透明素材とは水晶かと聞かれた。水晶はあるらしい。
そんなワチャワチャの中、レティさんが魔法で鏡を出現させてくれた。
水鏡の魔法というらしい。わあお。
そこに映った、私とマリアさん。
「あらあらあら、確かに若返っているわ、私」
「マジかー。確かに中三か、高校に入学したあたりの、私っぽい気がします」
自分たちの姿を確認してから、改めて雑談になる。
レティさんに、こちらの魔力と寿命の関係、成長速度などを聞いてみた。
魔力が高く寿命が長い人は、十五歳くらいから歳の取り方が緩やかになるらしい。
なるほどと、私もマリアさんもちょっと遠い目になった。
そして五十歳近かったという、マリアさんの召喚前の話を聞いてみた。
なんとマリアさんは、成人した娘さん二人の母で、四十代女性だったそうだ。
ご本人も異世界に来てから、体の調子がいいとは思っていたと話した。
「なんだか最近、膝が痛いときがあったのに、まったくそういうことがないの」
膝かー。うちの母も時々言っていたなー。
「召喚された直後は帰らなくちゃって混乱したけど、うちの子たちはもう就職して、家も出て自立していたし、夫とも離婚して、何がなんでも帰る必要はなかったのよね」
少し寂しいけれどと、マリアさんはサバサバと語った。
「でもミナちゃんは、学生かしら。そういえば一年半ぶりに帰省と言ってたわね。その年齢で帰省って何かしらって、違和感はあったのよね」
「学生ですね。バイトしながら、製菓の専門学校に通ってました」
「それなら親御さんはご心配でしょうね」
眉を顰めるマリアさんに、私は家から離れて、家賃の安いワンルームマンションで生活しながら学校に通っていたことを話した。
「バイト先が、喫茶もやっている洋菓子店だったので、賄いが出たんですよね」
独居の中、賄いがあって助かったと言えば、マリアさんが笑った。
「わかるわー。自分だけの食事って、なかなか作るのが面倒なのよね。私は作り置きして、レンジでチンが多かったわ」
「私も賄い以外の食事は、作り置きをチンですね。野菜とか買っておいて、うっかり悪くなったら勿体ないし」
「わかるわ、わかるわ! ちょっとあとで作ろうと野菜を買っておいたら、忙しさに冷蔵庫でしなびてるの」
二人で盛り上がってしまい、レティさんを置き去りにしていた。
なので彼女に、召喚されて年齢が若返ったようだと説明をした。
「思えば非常事態で動揺している中で、自分が若返ったかどうかなんて、思わないでしょう」
「鏡を見ればともかく、なかったですからね」
「お互いに知らない相手だし、電車でちょっと一緒だった周りの人たちが、若返ったかどうかなんて、わからないし」
そういえばと、歩夢さんを思い出す。
ダメだ。若返っていたかどうかは、少し距離があったのでわからなかった。
あちらも同じだったんじゃないかな。
自分でよく見れば変化がわかるけど、高校生の頃と、そんなに大きく変わったわけではない。
若干背は縮んでいるし、ちゃんと見れば顔が幼くなったけれど。
遠目だと、それほどわからないのかも知れない。
ついでに言えば、こちらの世界の人たちは大きめで、高身長のマリアさんが、侍女さんたちに普通に埋もれる。
私は小人になった気分だ。
この世界に小人族はいなかったが、小人族の体験は出来てしまった。
またも二人で盛り上がっていると、レティさんが考え込んでいる様子だった。
「あの、聖女様」
しばらくしてから、そうマリアさんに呼びかける。
「あら、聖女は私じゃなくて、彼女よ」
マリアさんが私を示すと、レティさんの驚いた顔。
「え、でも、そちらは、グレン様の…」
グレンさんがどうしたのだろうと、首を傾げて続きを待つと。
また少し、考える顔。
「お二人は、セラム様をどう思われますか?」
しばらく考えた後、彼女は唐突にそんな質問をしてきた。
「とりあえず、あの国から連れ出してくださって、助かりました」
「ええ、お世話になって、感謝しています」
二人でそんな言葉を返すと、彼女は何かに納得したように、そっと頷いていた。
んん?




