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21 (レティアーナ)

※セラムの婚約者視点です



 セラム様から、国外へ急ぎ出向くという話は伺っていた。

 詳細は国の意向も絡むため、あまり立ち入って聞くことはしない。

 外交や、他種族との調整役をなさる立場のため、よくこういうことはある。


 ただ、花祭りを控えた時期に他国へ赴かれることに、少しの不安は感じていた。

 花祭りは豊穣の祭りであるとともに、恋人たちの祭典でもある。

 意中の人と花を交換し合うことは、若者たちにとっては、憧れでもある。


 私とセラム様の婚約は、昨年の花祭りを過ぎてから整った。

 つまり婚約後の、初めての花祭り。


 公爵家の令嬢が、平民たちの風習に憧れるのは、はしたないことかも知れない。

 けれど貴族の令嬢たちでも、婚約者から花束を受け取り、胸につける一輪をお返ししたという話も聞く。

 私もセラム様と、そのようなことをしたいと思う気持ちはある。


 ご帰還は花祭りの前だろうか。

 それとも花祭りを過ぎてからになってしまうだろうか。


 もし花祭りの前であっても、花束のご用意などは、して頂けるのだろうか。

 あれは平民の風習だ。セラム様はご存じないかも知れない。


 そう思い悩んでいると、セラム様からお招きを受けた。

 先ほどご帰還なさってすぐに、私に依頼したいことがあるという。

 すぐさま応じるため、身支度を短時間で調え、登城した。




「いきなりの呼び出しで済まない」

 セラム様は、少しお疲れのご様子だった。

 私の立場で多くを聞いていいものかわからず、微笑みだけを返す。


「いいえ。無事のご帰還、喜ばしいことにございますわ」

 ただ帰還の喜びだけを伝えれば、微笑みで頷いて下さった。


 それから人を遠ざけて聞いた話は、非情な隣国のなさりよう。

 異世界から、人間を召喚したという。

 同意のない召喚は、拉致や誘拐と変わりがないのではないか。


 その考えはセラム様も同様だった。

 実際にこの国で保護する三人は、かの国を犯罪者扱いしているという。


 例えば私が、異世界にいきなり召喚されたとしたら。

 元の世界に帰る方法がないとしたら。

 両親や兄や弟、セラム様とも二度とお会いすることが出来ないということ。


 絶望でしかない。

 たとえ召喚された先で大事に扱われたとしても、その喪失感は大きすぎる。


「痛ましいことですわ」

「そのとおりだ。女性二人のうち、ひとりは当初から悲しみを見せていたが、もうひとり、平気そうな顔をしていて、夜に何度か泣いた」


 そうしてセラム様は、少し顔を寄せられた。ドキリとする。

「ここからは、さらに内密の話なのだが」

 今までも内密だったのに、さらにとは、どのようなことか。

 必要があって顔を寄せられたということに、少し消沈しながらも、微笑みで続きを促した。


「夜に泣いたという少女は、グレンの番だ」

「まあ、グレン様の」

 竜人族のグレン様については、セラム様とともに、何度かお会いしている。

 素晴らしい戦闘能力をお持ちで、何か事があれば、協力を依頼しているお相手だ。


 竜人族は自治区を持ち、この国の所属という扱いとは少し異なる。

 あくまでも、そこに滞在している、別の集団だ。

 なので命じることは出来ず、助力を『依頼』することになる。

 セラム様と竜人族たちは良好な関係であり、依頼にはいつも快く応えて頂ける。


 今回の外遊に、セラム様はグレン様とザイル様を伴われた。

 本来は竜人族の方々を他国に伴うことはないが、表向きには『側近』として同行されたそうだ。

 召喚の場に、グレン様を居合わせる必要があったという。


「君には、彼女たちが異世界との違いに慣れるため、しばらく日常の補佐を頼む」

「かしこまりましたわ」

 そういうことならと、快く引き受けた。

 今は王子妃教育も落ち着き、時間がとれる。

「その中で、グレンの番の彼女に、できれば竜人の番について、そっと教えてやって欲しい」


 少し困った顔のセラム様に、瞬きで沈黙をしてしまったら、教えて頂けた。

 グレン様はその方に、番がどのようなものか、その方が番であるということを明かさずに、番相手の積極的な接触をはかっているという。

 それは…困ったことだ。さぞかし戸惑われているだろう。


「悪い奴ではない、むしろすごくいい奴だが、グレンはその…ずれたところがあるだろう」

「そ…うですわね」

 フォローしようとして、言葉が見つからずに、頷いてしまった。


 彼は無口な傾向で、気づいたら行動しているところがある。

 その行動が、あとから理由を聞けば、納得できることも多いけれど。

 その時々で切り取れば、時折とんでもない行動に出ることがある。

 セラム様は、度々その注意を彼になさっている。


「グレンと、良好な関係になって、この世界を受け入れて欲しいと思っている」

 なるほどと頷いた。

「かしこまりましたわ」


 翌朝から、その女性たちと交流を始めることになった。




 そして翌朝、彼女たちの部屋に案内を受ける中、そっと案内の侍女に囁かれた。

「異世界の方々の中に、聖女様がおられるそうですわ」


 必要な情報の受け渡しかと思い、頷いた。

 すると彼女は、意味深な目を向けて来る。


「聖女様といえば、特別な存在です」

「そうですわね」

「既にこの国のために、その特別なお力を示されたと聞いておりますわ」

「まあ、ありがたいことですわ」


 彼女は何が言いたいのか。

 それにその情報は、このように開けた廊下で私に話していい内容なのか。


「聖女様をつなぎ止めるのは、婚姻が一番でしょうね」

「…何を仰りたいのでしょう」


 さすがに声が尖った。

 それは、まるで。


「現在、独身の王族はセラム様だけですわ。婚約は、国の都合で廃されることもあるでしょう」

 何を、彼女は言っているのか。

「聖女様は、特別なお方です。粗相のないように、お願い致しますわ」


 そういえば、彼女は神殿とのパイプ役でもある、軍務大臣の娘だったか。

 騎士たちの取りまとめには、騎士団長があたるため、軍務大臣は武人ではない。

 軍務大臣の役割は、聖魔法スキル持ちに騎士団へ協力要請を行うなど、神殿との交渉をすること。

 また魔獣対策や、瘴気溜りへの対策について、騎士団や神殿、財務など、必要部門と調整を行うことが主な仕事だ。

 そのため軍務大臣が、いち早く聖女の情報を得ていることは、理解が出来るが。


 彼女の言い様は、まるでセラム様とその聖女が結ばれるべきという、国の意向があると言っているようなものだ。


 私と異世界の方々の間に、わざと亀裂を入れたがっている。

 そう頭では理解できたけれど。


 感情が、乱れた。


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