20 お城へご招待
サフィア国の王都、フォリア。
街門を通り抜けた先の景色は、今までの街よりも栄えた、花が咲きこぼれる街並みだった。
「そろそろ花祭りの季節だからな」
セラム様が言うが、花祭りが何かがわからない。
「初夏の祭りだ。春先の慌ただしさが一段落した時期に、この国の祭りがある」
その年の豊穣を願って、豊穣と愛の女神に花を捧げるお祭りだという。
つまり今は、初夏にさしかかる時期らしい。
花祭り期間中は、街中に花を溢れさせるのが一般的。
各家や施設は、祭りに向けて花を育てるのだと説明された。
そういえば昼食の街も、泊まった街も、確かに花が多かった。
でもこの王都は別格だ。馬車から眺める景色の中、玄関先、生け垣、広場。確かにあらゆる場所に花が咲いている。
馬車の通り道、大通りの両側は、特に見事だ。
見たことのない形の花も、見知ったものと似た花もある。
異世界の花々が、新しい街に来たミナたちを迎えてくれた。
馬車は大通りを進み、城へと向かう。
ひとまず異世界三人組は城に保護され、この世界の常識を学ばせてもらう。
「シエルは基本的に私が、女性二人には、私の婚約者に世話を頼む予定だ」
婚約者!
その響きに、なんとなくマリアさんとともに、ニヨニヨしてしまう。
お澄ましな印象のセラム様の、婚約者!
「フィアーノ公爵家の娘、レティアーナという。才媛だ」
ニヨニヨする私たちをよそに、馬車の外に視線を投げ、セラム様が言う。
その表情は穏やかだ。婚約者との仲は良好なのだろう。
ちょっぴり自慢げな口調も微笑ましい。
「そのうち家庭教師などをつけてもいいが、まずは日常生活の相違点を知ることからだろうな」
適切な判断をしてくれているセラム様に、私とマリアさんはお礼を言った。シエルさんは黙礼だ。
緊急事態的な旅の間はともかく、生活空間での違いは、生活をしてみなければわからない。
似たようなものだと思えることも、思わぬ落とし穴的な違いはあるだろう。
私たちの事情を、誰彼に明かすわけにはいかないので、事情を汲んでくれる人が傍にいてくれるかどうかは、非常に大事な点だ。
お城の入り口で、セラム様に騎士たちが礼をとる光景を見ながら、城門を通過。
生活の場に向かうというので、まずは魔獣を出したいと伝えた。
「解体する魔獣を、お預かりしたままなので、どちらかに出せればと」
ちなみに瘴気溜りから生まれた魔獣の解体は、瘴気を含んだ血の扱いに、非常に気を使うらしい。
けれど通常の魔獣とは異なる素材が得られるので、有益なのだとか。
それを耳にして、今日のお昼は街に入らず街道脇で休憩をして、そのときに亜空間から魔獣を取り出し、浄化をかけておいた。
シエルさんが預かっているものも、同様だ。
なので、あとは解体のみすればいい状態になっている。
護衛さんたちは、手を叩いて喜んでくれた。
素材の一部は彼らの臨時収入になるが、騎士団の運営費に入る部分も、生活の向上になるので嬉しいらしい。
ケントさんからは、丁寧にお礼を言って頂けた。
既に異世界の服を着ている私たちは、騎士団鍛錬場の隅で、収納していた魔獣のご遺体を出した。
解体班と連携をとる二人が残り、今から解体をするらしい。
非常に張り切っておられた。
そこからさらに馬車で運ばれたあと、案内されるまま城内を歩いた。
物語でイメージする王様のお城よりかは、堅固な建物という印象だ。
石畳のような床、石造りの壁。
彫り物がされた柱もあるが、全体的にゴツゴツした堅固なイメージだ。
ブーツの足音が響く廊下を歩き、やがて風景の中に、絵画や花瓶が飾られているような空間に出た。
古めかしい高級ホテルみたいなイメージになった。
通りすがりの人たちは、セラム様に礼をとる。
なるほど、この国の王子様で、偉い人なのだなと、改めて感じる。
ときどき何かの連絡事項のやりとりか、セラム様に話しかける人もいて、少し立ち話を挟んでいる。
最終的に「では彼女について行き、ひとまずはくつろいでくれ」とセラム様に言われ、男性陣とは別行動になった。
髪をひっつめにした年配女性が、私とマリアさんに礼をとり、案内をしてくれた。
婚約者のご令嬢とは明日に顔合わせ予定で、侍女が世話をしてくれるという。
案内されたお部屋は、やはり古めかしい高級ホテルなイメージだった。
リビング的なお部屋があり、いくつかの小部屋がある。
その小部屋が寝室になっていて、私とマリアさんに一室ずつあてがわれた。
部屋を案内され、気楽にして下さいと言われたものの、若干緊張状態はある。
なにせ城だ。そして案内の女性は、お城の侍女。
お城の侍女といえば、貴族女性とかではないのか。
こちらの世界は王がいて、王子がいる。宰相とかいう役割の人もいる。
身分制度がある社会で、彼女に何をどこまで打ち解けられるのか。
せめて一人でもついて来て欲しかったなと思うが、全員男性だったので仕方がないのか。
そう考えながら、マリアさんとリビングのソファに並んで腰を下ろした。
すかさずお茶がサーブされ、お茶菓子らしい焼き菓子が出て来た。
小腹は減っていたので、お行儀よく見えるように気をつけながら、口はモシャモシャとお菓子を食べた。
素朴なパサついた感じの焼き菓子だ。
バターや卵の風味を感じるのに、生かし切れていない。
素材があるなら、これは改良に挑戦するべきだろう。
今後の計画に予定を入れた。
まずはこの世界の常識を学ぶこと。
マリアさんは、石鹸など生活用品の向上をはかること。
私は食生活について、主におやつの質の向上をはかること。
そして今後の生活基盤をどのようにしていくか、考えること。
おやつを食べ、お茶を飲みながら、マリアさんとそんな話をした。
侍女らしき人たちは、部屋の隅に控えている。
異世界情報の話なので、侍女さんたちに聞こえない程度の小声会話だ。
お茶の時間が終わると「お着替えを」と声をかけられた。
どうやらお風呂に入って、身支度をしてくれるらしい。
人にお風呂の世話をしてもらうのは、少し抵抗があったけれど。
香油でマッサージなどをしてくれると聞いて、エステ体験かと納得し、されるがままになってみた。
体を洗われ、頭を洗われ、香油を垂らした湯につかり。
風呂上がりの香油マッサージ。
最高だった。
体がほんわりジンワリ温もって、いい感じの眠気まで来た。
マリアさんも至福の顔をしている。
侍女さんたちのエステ技術、本当に素晴らしかった。
そうしてその日は、そこで寝落ちした。
なんだか異世界に来て、寝落ちが多いな!
翌朝は、またも侍女さんたちに寝起きの世話を焼かれた。
されるがままに身支度をされて。
見たことのない謎素材の朝食を、優雅に食べたあと。
「フィアーノ公爵家のレティアーナと申します。セラム殿下の婚約者ですわ」
銀髪のお姫さまから、挨拶を受けた。
おおお、セラム様の婚約者のご令嬢、物語のお姫さまみたい!
私もだが、マリアさんのテンションも爆上がりした。




