02
豪華な衣装のおっさんは、どうやら国王らしい。
何やら話している内容を聞くと、この国の周囲で瘴気が増え、魔獣の大発生が予想されるという。
世界を越えて召喚した者は、豊富な魔力などを授かるため、異世界召喚に踏み切ったそうな。
何それ、自分たちの世界で完結しておきなさいよ。
世界を超えて誘拐した人たちに戦えとか、頭がおかしいとしか思えない。
どうか救ってくれと言いながら、豪華な衣服で、でっぷり太って偉そうな人。
周囲も悲壮感はなく、話の信憑性は欠片もない。
なのにチャラ男三人組が、「うおっ、異世界召喚きた!」と盛り上がっている。
コラコラ君たち、そいつは世界をまたいで誘拐した人たちを、利用する気まんまんなタイプじゃんと、心で呼びかけた。
異世界に召喚されたのは、全部で十名ほど。
車両すべてではなく、あの車両の片隅に乗っていた人たちなのだろう。
周囲を囲む異世界の人たちは、まず石に手を触れるよう、私たちに要求した。
鑑定石と呼ばれるその石に触れれば、ステータスが見えるのだという。
チャラ男のひとりが進み出て、言われるまま石に手を置いた彼の前。
中空に、ゲーム画面のようなステータスが表示された。
氏名欄、職業欄、スキル、使用魔法種類、その他数値でステータスが表示される。
マジかと目を疑うが、それを言えば異世界召喚そのものが「マジか」だ。
『魔法士』というのは、召喚時点で特性を与えられたということだろうか。
それは転職可能なのだろうか。
情報を先に握られるのは良いことではない。
「ステータスチェック」
ダメ元ながらも口の中で呟いてみれば、目の前に画面が出てきた。
周囲の反応はない。恐らく自分だけに見えている。
よっし!
上に自分の名前が出ているから、私のステータス画面だ。
まずは自分でチェック出来ることに、ほっと息を吐いてから、目の前の画面を確認する。
早々に頭を抱えたくなった。
『聖女』という職業名。完全に目をつけられるパターンだよ!
全員に見えているチャラ男のステータスと見比べて、圧倒的に多い自分の魔力。
桁が違う。
魔法防御や魔法攻撃など、魔法に関する数値も、桁違いだ。
魔法の種類やスキルも、特殊なものが多い。
チャラ男が『異世界言語』と表記されているのに対し『異世界言語 ※知能ある全種族』って何だよ!
心の中でツッコミを連発しながらも、スキルの中に亜空間収納とあったので、ひっそりと荷物の収納を試みようと考えた。
手元の保冷箱をそこに入れるイメージをしたが、入ってくれない。
少し考えて、魔力かなと思う。
スキルで魔力を使うというのは、考えられる。
だったらまず、魔力を感じられるかどうかを試してみよう。
深呼吸をして、体内に意識を向ける。
何か動かないかと意識し続けると、体が温かくなった。
お腹の奥、いわゆる丹田と呼ばれる場所から感じるそれ。
恐らくこれが魔力だ。
保冷箱を収納するイメージで魔力を動かした。
すっと、手元からそれが消えた。
収納空間をイメージすると、保冷箱があることがわかった。
こっそり周囲を見回す。
私の目の前には、背の高い人が3人ほど立ち上がっていて、周囲の視界からチビの私は隠れている。
足下の荷物もきっと見えていないはず。
そっとスーツケースを収納し、気づかれていないことを確認して、次に紙袋。
手荷物をすべてひっそり収納できて、ウェストポーチのみになる。
これで咄嗟の動きがしやすくなった。
次の重要事項は、ステータスの改ざんだ。
まずはスキルを変更できないかイメージするも、ビクともしない。
魔力を込めても、こちらは意味がなさそうだった。
調理というスキルで、スキルレベルがそこそこあったので、今までの経験だろうかと、ふと思う。
例えば食品の衛生管理には気をつかっていたから、そこから浄化スキルとか。
調理場で職人さんの火傷の手当てなどの経験で、治癒とか。
それで聖女になったとしたら、安直だなあと思うけれど。
変更できそうな場所を探っていると、名前と職業欄は上書きができた。
なるほど、そこは自分の意思で変更できるのね。
ならばこうだ!と、職業名は『料理人』にした。
中学高校の友人で、その手のラノベが好きな友達がいた。
お勧め小説をよく無理矢理に貸されたが、名前を知ることで、術をかけられるという話があった。
異世界の常識はわからない。
もし本名を知られることで、何か不利になってはいけない。
変更可能なのだから、名前は変えるべきだろう。
『ミナミ ミナ』と変更。本名と、かすかにかぶらせた。
子供のとき、名字の一部でミナと呼ばれたため、反応できる名前だ。
まったく反応できない名前は危険なので、これでよし。
さて、問題のスキルだ。
改ざんはできない。
だがもしかして、と非表示を意識したら、出来た!
思わずお腹から長い息を吐き出した。
とりあえずヤバイものを隠せることがわかり、ほっとした。
スキルの部分的な非表示は可能。
隠したいスキルのみを非表示にしたが、今度は空白が目立っている。
行単位の非表示は出来たので、最初の『異世界言語』のみを残して、※以降をすべて非表示に。
魔法も『水魔法』のあとの『氷魔法』が、若者3名の誰にもついていないので、水魔法だけ残して非表示だ。
数字をどうするかだが、これもダメ元でやってみたら、一部非表示が可能だった。
桁を丸ごと非表示にするのだ。
それでようやく、目をつけられない、しょぼいステータスが完成した。
ひと仕事を終えた気分で、汗をかいていないが額を拭った。
王様の前では若者3名の開示が終わり、次に大柄なアジア系らしい男性が前に出ている。
自分は金髪スーツ男性と、西洋系の彫りの深い顔立ちの女性、体格のいい黒髪男性に囲まれていて、まったく注目されていない。
なので次に魔法を試してみる。
まずは治癒魔法。昨日の火傷がちょうどヒリヒリしていた。
皮膚の治療を念じ、魔力を流すと、火傷が消えた。
おお、ファンタジー!
勝手に召喚された怒りはあるが、まずは身を守る命綱をチェックだ。
次は結界魔法。遮音結界なんてどうだろうとイメージ。
周囲の音が消えたので、たぶん成功。
状況確認が出来なくなるといけないので、すぐに解除。
そのとき、声が響いた。
「あの、私は元の世界に帰りたいです! 帰らせてください!」