19
寝起きは動揺していた私でしたが、夢オチだという結論になりました。
うん。だって夢だよね、あれ。
なので割り切って、普通に朝の挨拶をして、朝ご飯に例の保存食を食べました。
私が今日の朝も、馬車の外でグレンさんに抱えられていた。
それに気づいた周囲の視線が、非常に生ぬるい。
寝起き直後に、赤面して地面に転がり回っていた醜態も、少し気まずい。
馬車から出て来てそれを目撃したマリアさんが、またニヤニヤになっている。
夜にちょっと馬車の外に出て、月が二つあったのを見て泣いてしまって慰められたと正直に言ったら。
なぜかマリアさんにまで、頭を撫でられるようになってしまった。
ザイルさんはニヤニヤはなかったけれど、セラム様が何かを言いたげだった。
連日泣いてお騒がせをして申し訳ございませんと、心の中で謝った。
朝の保存食を食べているときに、リオールの街から兵士たちが来た。
セラム様が対応をして、この場の調査などを任せていた。
そうして私たちは馬車で街道に戻り、少し急ぎ加減で王都に向かった。
急ぎ加減といっても爆走状態ではない。
速めの速度で馬を走らせて、私がまたもエリアヒールをかけるのは同じ。
馬たちの水分補給以外は、休憩なしでの走行だ。
でも爆走ではないので、エリアヒールの頻度も低い。
その馬車の中で、私は新発見をした。
「魔力が上がってる!」
昨日あれだけ減った魔力が回復しているだろうことは、予想していた。
その前日に使った魔力が、翌朝には回復していたから。
けれど昨日の減り方から、さすがに全回復しないかも知れないと考えた。
そのため馬車に乗ってすぐくらいに、昨日の数値と比較すると。
なんと全回復した上に、総魔力量が上がっていた。
え、魔力ってこれだけあるのに、まだ成長するの?
「魔力を大量に使ったあと、魔力量が上がったという話は聞いたことがある。昨日の瘴気溜りの浄化で、無理をさせたな」
申し訳なさそうにセラム様に言われたけど、途中から行けると思ったのは私だ。
瘴気溜りがかなり小さくなったあたりで、セラム様から無理をしないようにと、声はかけられていた。
瘴気溜りは放置すると、魔獣被害で困ったことになる。
でも数日にわたって浄化をするのは、よくある話らしい。
今のメンバーなら、シエルさんに結界を張ってもらい、翌日またチャレンジすることも可能だと、セラム様は考えていたそうだ。
私もステータスで残りの魔力量をチェックしながら、浄化をしていた。
魔力を使い尽くすと、命に関わるとは事前に聞いていた。
なので一万を切ったらやめようと思っていた。
でも二万を切ったところで、浄化が完了した。
きちんと残量を見ながら浄化をしたので、無理はしていないと伝えると、セラム様から要望が来た。
「問題がないのなら、魔力量は今後も増やしてもらえると、ありがたい」
私たちの召喚の理由が、各地で瘴気溜りから、魔獣が発生していること。
それはあの国だけではなく、この周辺国でも起きていることだという。
私が聖女として活動するかどうかはともかく、何かのときには、この国からの要請に、聖魔法スキル持ちとして応えて欲しい。
この国の王族として頼むと、セラム様から言われた。
皆様が瘴気で困っていて、私に浄化能力があるのだから、やるべきだとは思う。
けれどセラム様の話しぶりを聞くと、瘴気問題はこの国だけではない。
私はしばらく考えて、ふと思いついた。
「例えばですね。何かに私の、浄化の魔力を込めるとか、出来ませんか?」
「何かに」
「ええと、水に浄化の魔力を込めて、聖水になるとか、ないでしょうか」
きょとんとされた。ないらしい。
でもザイルさんからは、やってみればいいのではと言われた。
前例がないからといって、出来ないわけではないだろうと。
私としては、表立って聖女として活動するのは、目立ちすぎて危険な気がする。
あちらの国に誓約魔法で手出しはさせないようにしたけど、他の国とか勢力とかに、変な要請をされたくない。
なので聖水が有効なら、私はせっせと聖水を作る。
そして各地に輸送してもらえれば、私は表に出ずに、浄化が出来ると考えた。
それを伝えれば、なるほど手段を考えようと、セラム様は応えてくれた。
「今この場のメンバーについては、信頼できると思っています。でも誰にでも能力を知られるのは、避けたいです」
「もちろん、その要望は当然だ。ある程度、陛下やその周囲には報告をさせてもらうが、広く知られないように手配をする」
「お願いします」
その日の昼食は、街に立ち寄った。
ようやく異世界のまともな食事を食べられる!
馬車から降りるにあたり、私たち異世界組の格好は目立つので、すっぽりとフード付きマントを羽織っている。
二人は護衛さんたちの物を借りた。
なぜか私には、グレンさんが貸してくれようとしたけど、当然大きすぎた。
いちばん小さな護衛さんの物も大きかった。
なので護衛さんのひとりが走り、子供用のフード付きマントを買ってきてくれた。
お手数をおかけしました。
立派な建物のお店前で馬車を降り、個室に通された。
出て来たのは、煮込み料理的なものと、塊肉を焼いたステーキみたいなもの。
そしてハード系のパン。
煮込み料理は、ミルク系のシチューのようなもの。
チーズの風味も感じられる。こくがあって、とても美味しい。
具のお野菜は、残念ながら素材は意味不明な色彩と見た目と食感だったが、おいしかった。
パンはものすごく固かった。
ハード系ばかりなのか確認すると、逆に柔らかいパンとはと訊かれた。
ないのか。酵母から作れるかな。
お肉はシンプルな味付けだが、素材がいいのか非常においしい。
うん。ごはんがおいしいなら、この世界でやっていける。
色々と素材があるのなら、これから素材のあれこれを知っていき、私なりの調理方法を探ればいい。
昼は食事の建物だけで終了したが、それからまた馬車を走らせ、夕刻に泊まる街では、散策をさせてもらえた。
昼食のときと同じように、フード付きのマントを着ている。
夕日に染まる、ヨーロッパちっくな街並みは可愛く見える。
人々の服装もカラフルで、素朴だけれどオシャレだ。
染色技術は発達しているのだろう、発色のいい布がたくさんあるようだ。
街門で馬車を置いての散策に、こんな少数の護衛で王子様が街中散策は大丈夫なのかなと思ったけれど。
少人数だけど、彼らはとても優秀らしい。
まあ、そうだろうね。魔獣討伐のときの動きは素晴らしかったね。
そこで、疑問に思ったことを聞いてみた。
そもそも竜人や獣人は、どのような違いがあるのかと。
なぜなら、私が獣人としてイメージするのは、獣の耳とか見た目がそれっぽいのをイメージしていた。
でも、ケントさんを始め、獣人だと自己申告された人たちは、どう見ても人間と変わらない。
説明されたのは、やはり見た目の違いはないということ。
特殊能力を利用するときや、怒りで感情が振り切れたときなどに、少し見た目が変わることはある。
でも基本、人間の見た目とは変わらない。
獣人は、獣が持つ嗅覚や身体能力などを持つ種族らしい。
竜人も竜族特有の能力を持つし、エルフは魔力が高く、精霊魔法という独自魔法を使える、魔力の扱いに長けた種族。
あとドワーフもいるそうだ。付与や錬成など、物作りに長けた種族らしい。
残念ながらホビットやハーフリングなどの小人系は存在しないそうだ。
私たちの世界にいたのかと聞かれ、想像の種族だと返すと不思議そうな顔をされ、私をじっと見た。
いや、私は小人族ではありません。ただの小柄な人間です。
種族によって能力や寿命は異なるが、それぞれが良き隣人だという。
人によっては、人族以外を亜人と蔑んだり、どれが上位種だと決めたがる者もいるが、それぞれに長けたところはあるとセラム様は説明した。
私も頷く。つまりは、ただ種類が違う存在だ。
区別は必要だけど、差別は不要というやつだ。
基本的に市場や店舗を覗く時間はなく、宿まで歩くだけだと事前に説明された。
でも洋服屋さんで着替えと、雑貨屋さんで手ぬぐいや歯ブラシ的な日用品などは、買ってもらった。
マリアさんと二人、試着室できゃっきゃと何着か選んだ。
必要なお買い物と散策だけで、充分に楽しかった。
夜ご飯もおいしくて、あと宿には狭いながらもお風呂があった。
小さなバスタブのお風呂だったけど、お湯に浸かれたのが嬉しかった。
石鹸はちょっと肌触りが悪かった。
マリアさんが、手作り石鹸でいいものを作ってやると奮起していた。
質の悪い石鹸で洗った髪は、こっそりと治癒をかけ、髪艶を戻した。
あと化粧水などもなかったので、お肌にも治癒をかけた。
なんとなく、二人でひっそりと笑い合った。
お風呂上がりにもうひとつの発見があった。
ドライヤー的な魔法を、私もマリアさんも使えたので、属性魔法の話になった。
なんとマリアさんは、基本的な風とか水とかは、全種類の魔法が使えた。
『基礎魔法』というものが、マリアさんの魔法スキルにあったが、基本属性が集約されていたのだ。
あとから確認すると、これはシエルさんも同じものがあった。
つまり基本的な属性魔法は、私よりもマリアさんの方が、種類が使えたのだ。
付与魔法と、基本魔法を組み合わせて、付与の効果を出すという意味では、これは『魔装具士』に必要な魔法スキルだと言える。
魔法スキルの表示が少ないからとバカにしていた連中に、ザマアと思った。
ちなみに基礎魔法の詳細をヘルプで表示し、私の持つ魔法スキルと比べると、雷魔法が私にはなかった。
けれど聖魔法の中に、雷魔法のようなものがあった。
似たことはできるので、私も基本的な魔法は全属性のようなものだった。
お風呂で温もったあと、ベッドには、ふかふかのお布団があった。
羽毛布団みたいな、軽くて柔らかい、ふかふか布団!
おかげでこの夜は宿のベッドで、一度も目を覚まさずに、ぐっすりだった。
翌朝はすっきりとした寝起きで、朝食後はまた馬車の中。
昨日と同じく、休憩なしでエリアヒールを使用して、急ぎ加減で王都へ。
入国から三日目、異世界召喚から四日目の午後。
私たちはサフィア国の王都に着いた。