18 (セラム)
※セラム視点です
隣で仮眠中だったグレンが動く気配に、意識が浮上した。
グレンが起き上がり、馬車の方へと歩いて行く。
今日は女性たちに馬車を譲ったから、いくら番でもそれはいけない。
眠い頭で止めなければと、無理矢理に身を起こした。
立ち上がろうとして、彼女が馬車の外に立っているのを見た。
立ち尽くしている、という状態のようだ。
ああ、それでグレンが行ったのかと理解した。
「なあ、ザイル」
同じように目が覚めたらしいザイルに問いかける。
「竜人族には、聖女が何であるか伝わっていると言っていたな。私にも言えないことか?」
私の問いかけに、ザイルはしばらく考えてから、口を開いた。
「そうですね。セラム様には、他の者には他言無用という条件で、ご説明しておいた方が、よろしいでしょう」
「ああ、頼む」
そうして聞いたのは、私も知らなかった『竜王』という、竜人族の中でも特別な存在について。
「グレンは竜王の魂を持って生まれました。この何代か、竜王は覚醒しないまま、番もなく失意のうちに亡くなっております」
竜王が何かと聞けば、創世の守護者だという。
なんだか壮大な話だと感じたが、別に神でもなんでもないらしい。
ただこの世界を見守る役割を与えられた存在だと言われた。
そして、その魂の片割れが聖女だという。
聖女と出会い、魂の契りを結ぶことで、竜王の魂を持つ竜人が『竜王』として覚醒するのだと、ザイルは語った。
「では竜王の魂を持つ竜人の番が、聖女だということか」
「さようで。だからグレンにとっては、彼女が番なのです」
なるほどと頷くが、やはりわからない。
「なぜこの世界の守護者の、魂の片割れが異世界にいたのだ」
「そこが我々にも謎なのですよ。ともかく今の彼女にこの話はできない。しない方がいいと考え、グレンにも言わぬよう言い聞かせました」
番への隠し事など、本来は苦痛なはずだ。
けれど、番のためであれば、我慢できるという。
竜人の番に対する心の動きは、正直、我々人族にはよくわからないことだ。
そうかと頷くだけにした。
竜人は、男性ばかりの種族だ。
人族の女性の中に、番がいる。
なぜか他の種族にはおらず、人族だけだという。
そうして竜人と番との間に子ができたとき、男児の中に竜人族の子が生まれる。
男児が必ず竜人族になるわけではなく、人族の男児が生まれることもあるらしい。
女児は当然、人族だ。
そのため竜人自治区には、竜人族の子と人族の子が入り交じって暮らしている。
竜人族は長命で、その番には、寿命が分け与えられるという。
なので子育てをひとしきりした上で、やがて夫婦そろって竜人の里へ向かうことが多い。
なぜなら人族として生まれた子供の方が、寿命が短く老いが早いからだ。
子供が老い、死んでいくのを目の当たりにしたい親はいないだろう。
人族として生まれた子供の方も、竜人自治区を出て、離れた場所で自分なりに生きていくことが多いという。
竜人族より寿命が短いとはいえ、竜人族の子は魔力が高いことが多い。
総じて魔力量と寿命は、比例する。
なので、竜人族の子の人族は、普通の人族よりは長命だ。
人族の中で生活するうちに、名を成すものも、かなりいる。
グレンはずっと竜人自治区で生まれ育った。
なぜ彼だけが、番についての予言を与えられたのかと思っていたが。
竜王という特別な竜人である彼の伴侶は、竜人族にとっての一大事だったからだ。
その予言で『番と巡り会うのは絶望的』『もし出会うとすれば、番の不幸』などという、不吉な予言がなされた。
グレンが番を見守りながら、あまり積極的な接触をしなかったのは、『もし出会うとすれば、番の不幸』の意味を、はかりかねていたからだろうとザイルは語った。
もしそれが、グレンと出会うことで、彼女を不幸にするという意味ならば。
どれだけ辛くとも、番から離れなければいけない。
そう彼は考え、番との接触を控えて耐えていたらしい。
けれど、彼女が泣いたあのとき、彼女の不幸が『異世界召喚されたこと』そのものだと、わかった。
あのときからグレンは、ずいぶん積極的になった。
伝わっているかどうかは、よくわからない感じだが。
なんというか、グレンは能力が抜き出ているためか、感覚が人とずれているところがある。
けしてバカではないのに、まっすぐ過ぎて、突き抜けている。
色々と考えるあの番に対しては、色々と誤解が生じている気がしてならない。
昨夜の彼らの会話は耳にしていた。
潜めた声だったけれど、なんとなく起きてしまった。
たぶんみんなそうだろう。寝たふりをしたまま、聞く羽目になっていた。
なんとなく、行き違いが発生している気が、すごくしていた。
けれど寝たふりを続けてしまったから、言葉を挟むことも出来なかった。
彼女の戸惑っているらしい声、沈黙に、なんだかすまないという気になった。
今も、行き違いが発生していなければいいのだが。
さておき聖女が異世界にいた理由は、何だろうか。
この何代か、竜王は覚醒しないまま、番もなく失意のうちに亡くなっているのだと、先ほどザイルは語った。
竜王の覚醒には、聖女が必要だ。
つまり聖女がこの世界に不在だったから、番を見つけられず、竜王の覚醒もなかったということ。
ではなぜ、聖女はこの世界に不在だったのか。
魂そのものが、異世界に飛ばされていたということか。
それは、この世界から弾かれていたのか。
それとも聖女側が、この世界から逃れて、異なる世界に魂を旅立たせたのか。
ザイルは感慨深げに息を吐き、言った。
「ようやく竜王の番が現れたのです。今代こそ、竜王が覚醒できる。謎が解ける日が来ます」
竜人族はずっと、その日を待っていた。
そのために竜人の里の外、人族の国に竜人自治区なるものができたらしい。
そもそも竜人自治区も、不思議な場所だ。
最初は番を求める竜人たちが、人族の国に滞在するための場所を得たのが始まりだと、私は聞いていた。
番を得て子育てをする時期も、その地に住まう者たちが出だして、我が国に暮らす竜人たちが増えたため、自治区が出来たのだと。
けれどザイルは語る。
「今の竜人自治区が、最後に竜王と聖女がいた場所なのです」
それでは、まるで。
竜王と聖女の謎を追究するために、竜人たちはその場所に、自治区を作ったかのようではないか。
そう訊けば、静かに微笑みが返ってきた。
つまりは、そういうことだ。
異世界から、聖女が召喚された。
そして竜王の魂を持つグレンと出会った。
聖女が長年この世界に不在だったその謎は、これから解けるのだろうか。
単なる人族の身には、わからないことだ。
遠目にグレンが、彼女を抱き上げて、あやしているような様子は見えていた。
今夜も彼女は、異世界召喚された事実に再度向き合い、泣いているのだろうか。
痛ましいとは思うが、ザイルの話によれば、本来この世界に生まれるべきだった魂が、帰還したということ。
喜ばしいことのはずなのに、喜ぶわけにはいかないところが、難しい。
だから今は、彼女にこの話は出来ないだろう。
せめて異世界召喚された事実に向き合っても、静かに話が出来る心持ちに、なってからだ。
そんなことを考えながら、二人を見守っていると。
グレンが彼女を持ち帰ってきた。
いや待て。
連れ帰ったではない。持ち帰ったという表現になる。
ぐてっと脱力した彼女を、いそいそと抱えて帰ってきた。
そして一緒に寝ようとする。
いや、待て待て待て。
「まだ番としてミナが了承していないのだろう。同衾はいかん」
止めると、そうかとグレンは頷き、彼女を抱えたまま木にもたれて座った。
膝の上に彼女を横抱きにして、毛布をかけて寝る。
いや、まあ、昨日の姿勢と同じといえば同じだが。
いいのか? 止めるべきか、どうなのか。
なぜ彼女がまたグレンの腕の中で寝てしまっているかだが。
これについては、想像がつく。
竜人とその番は、魔力の相性が非常にいいという。
人族の番は、竜人のように番の魔力を感じ取れないが、触れれば安心感や幸福感につながるらしい。
竜人族は番に出会うのが難しいが、出会えばほぼ百発百中で番になれる。
例外は、既に人妻だった場合だけだ。
過去に、決まった婚約者がいるのに関係を解消してまで、竜人の番になった王女がいたという話も聞く。
側近でもある友人が「オレ、竜人の恋敵になったら泣くわ」と言っていた。
なのでまあ、彼女もグレンの腕の中は心地良くて、安心して寝てしまうのだろう。
それならば精神状態が今は不安定な彼女は、そのまま寝かせてやった方がいいのかも知れない。
そう思っていたのだが。
翌朝、彼女が起きたときの状況が。
グレンの腕の中にいることに驚いて飛び起きたと思えば。
ぶわっと赤面して、地面をゴロゴロと転がり出した。
おい待て、グレン。
お前は昨夜、彼女に何をしたんだ。
不思議そうな顔をしているんじゃないぞ。
何かしでかしたなら、ちゃんと謝れ。今なら一緒に謝ってやる。
結局は彼女が、心の中で何かを整理し、自己完結して終わっていたようだが。
能力は高いくせに、ずれている彼が、何かをしたことは私の中で確定している。
不安定な中で混乱させて申し訳ないと、私は心の中で彼女に謝罪をした。
毎度、竜人サイドの解説者なセラム様です。なんか、すみません。