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 目が覚めると、真っ暗に思えた。

 けれど次第に薄明かりで、周囲の様子が見える。


 馬車の中、片側の座席にマリアさんが横たわっているのが見えた。

 その反対側の座席に私が横になっている。

 窓から外を覗けば、少し離れて野営の焚き火。月明かりも感じられる。


 まだ夜中みたいなので、改めて寝ようとしたけれど、目を閉じても眠れなかった。

 感覚的には、まだ眠いはずの時間ではないかと思える。

 外には夜空の下、夜の森が黒々と広がっている。


 野営の焚き火には人がいるので、ちょっと話し相手にでもなってもらおうかなと、向かうことにした。


 マリアさんを起こさないように、そっと馬車の扉を開けて、外に出た。

 ひんやりとした空気が肌を撫でる。


 こちらでの季節は、いつなのだろうか。

 あちらは真夏だったが、冷房対策のカーディガンがちょうどいいくらいだ。

 今は夜なので、カーディガンでも若干冷える。




 見上げれば、満点の星空。

 うわあと心で歓声を上げかけたとき、目を見開いて固まった。


 月が、大きいのと小さいの、ふたつあった。

 ああ異世界なのかと、思い至る。


 なんて遠い場所に来てしまったのだろうか。

 同じ空の下ではない、まったく別の次元、別の世界。

 本当に、もう帰れないのだろうか。




 立ち尽くして、動けなくなった。

 月がぼやけてきて、ああダメだと思うのに。


 息が震える。

 ここが異世界だなんて、とっくにわかっていたはずだった。

 昨日か一昨日か、大泣きして気持ちの整理はそれなりに出来たと思っていた。


 震える息で浅い呼吸を繰り返す。

 ひとまず馬車に戻ってうずくまろう。

 毛布をかぶって横になった方が、泣くにはいい。

 そう思ったときだった。


「ひとりで、泣くな」

 低く優しい声とともに、温かいものに包まれた。


 グレンさんの低音の美声が、優しいのに悲しそうだ。

 どうしてグレンさんの声が悲しそうなのだろう。


 背中からグレンさんに抱きしめられて、なぜか心が安らぐ。

 安心感に、かえって涙が止まらないのが困ったものだ。




 包み込んだ私が泣き止まないのを見て、グレンさんは抱き上げてくれた。

 軽々と抱き上げられるのが、なんだかなと思う。

 この体格差が子供と思われる理由だろうか。


 子供を抱っこするみたいに、片腕で私のお尻を支えてしまう。

 頭のどこか冷静な部分が、力持ちさんだなと思う。


 私が安定する姿勢になるように抱え、間近から私の顔を覗き込むと。

 大きな手の親指で、優しく涙を拭ってくれた。

 それからそっと肩に、私の頭を抱き込む。

 私はグレンさんの首筋の筋肉に、顔を埋めてさらに泣く。


「こういうの、ダメだよ」

 涙が少しおさまってきた頃に、言ってみた。

 少し責める口調になったかも知れない。


「ダメ、なのか?」

 戸惑う声が返ってきて、首に顔を埋めたまま頷いた。

「うん、ダメだよ。簡単に、女子を抱っこしたら。…奥さんがいたら、泣くよ」


 ひと呼吸、息を吸い込んで、グレンさんの体が固まる。

「い、いない!」

 ひどく焦った声が来た。

 そうだよね。子供だと思っている相手から、いきなりこんなことを言われたら、困って焦るよね。


 でもこっちにしたら、大事なことなのだ。

 後から成人女性だったと知られ、グレンさんの奥さんや恋人から、痴情のもつれ的なサスペンス展開を迫られたりしたら、困るんだよ。


「奥さんじゃなくても、恋人とか」

「いない!」

 なぜか食い気味に言われた。


 そうか、いないのか。

 ならいいか。いいのか?


 まあ、いいや。

 そう思って、グレンさんの首に腕を回して、しっかりと抱きついた。

 そうしたらグレンさんからも、優しい力で抱きしめ返してくれた。




 こちらの世界の感覚は、まだわからない。

 けれどたぶん、この世界でも、これは知り合いの距離ではないと思う。


 でもなんだか安心できるし、心地良い。やはりこの筋肉の感触だろうか。

 今まで筋肉を意識して、間近に感じたことはなかった。

 父や兄や職人さんたちは、別にマッチョではない。

 非力でもなかったけれど、筋肉をことさら意識したことはなかったはずだ。

 こういった接触も、大きくなってからはしなくなっていたし。


 けれど、グレンさんのこれに安心してしまうのは、この筋肉のせいな気がする。

 そんな嗜好はなかったつもりだったけれど。

 グレンさんの腕の中にいるときの安心感が、私にとってはどうやら、クセになってしまったらしい。




「あなたが、泣いたから」

 私がまたもウトウトと眠りそうになってきた頃。

 グレンさんから、低い囁きが聞こえた。

「あなたの不幸が、家族と離れてこの世界に来てしまったことだと、わかった」


 …うん。そうだよ。

 家族や友人たちがいる、あの世界から連れて来られてしまって、悲しいよ。


「ならば、オレが不幸にするわけではない」

 …グレンさんが、私を不幸に?

 そんなことはない。グレンさんは、安心できる相手だ。

 むしろこちらの世界に来てから、お世話になりっぱなしだ。


 そこでしばらくグレンさんは沈黙する。

 温かさに私が眠りそうになったところで、不意に私を抱きしめる力が、少しだけ強くなった。


「だとしたら、どうか」

 低い美声が、切なく響く。

「どうか傍に、いさせて欲しい」

 続く低い囁き声は、耳に直接吹き込まれた。


 ウトウトしかけていた意識が、一気にぐわってなった。

 なんだか体の奥がぐわってなったのだ。

 それ以外にうまく言えない。




 寝たのか気絶だったのかは、わからない。

 気がついたら朝で、またもグレンさんの膝に抱きかかえられており。

 寝起きドッキリな状況だった。


 しかも起きた途端に思い出し、一気に赤面の上、地面を転がる羽目になった。

 グレンさんが不思議そうだったのが、いたたまれなかった。


 もしかして、夢だったのだろうか。

 だとしたらゴメンナサイ。


 痛い女の妄想みたいな状況に、さらにいたたまれなくなった。


ようやく、作品種類『恋愛』に、仲間入りできたでしょうか。まだでしょうか。

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