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本作の書籍が本日発売です!
ザイルさんが拾い読み、要約してくれる手記の内容を、いつの間にかシエルさんや王妃様も聞いていた。
「持ち出し禁止になっているはずの呪術知識がずいぶんあると思っていたけれど、なるほどね。魔女が迫害される前の時代のものなのね」
王妃様が納得した様子で頷いている。
「魔女の迫害が先代聖女様絡みで起きたとは知らなかったけれど、迫害があってから禁術の管理が厳重になったの。それ以前の緩かった時代の情報なら、納得だわ」
横でほうほうと、シエルさんも頷いている。
「なるほど、トラブルが起きたから管理が厳重になる。あちらでもよくあるパターンだな」
「この資料にある瘴気を集める魔法陣、リオールの近くの瘴気溜り跡から見つかったものとまったく同じだわ。千年前の賢者が作ったものだったのね」
どうやら瘴気溜りが作られていたことや、召喚の魔法陣など、すべての情報源はここにあったみたいだ。
「ウロスという人は天才だったのだろうな。鑑定石もウロスが開発したものらしい。召喚した勇者の能力を知るために、さらに改良したという資料があった。ヴォバルで我々が使ったのは、その改良版だろうな」
鑑定石のこと、そういえばすっかり忘れていたけれど、ザイルさんが珍しいものだと言っていた。
ウロスさん絡みだったのか。
名を縛って支配する呪術、それを発動する呪具も、資料が遺されていたらしい。
呪術資料の一部としてあったので、使用する意図よりも好奇心で作った呪具だとシエルさんは感じたそうだ。
いろんなものの起点が、ここにある資料だったんだ。
魔法やスキルが解析できても、魔術への変換が難しい。
そうシエルさんが言っていた。
確かにウロスさんは天才だったのだろう。
スキルはあっても、魔道具に変換するって大変そうだ。
私なんかには、どうやって魔道具を作るのかすらさっぱりわからない。
私たちみたいな特殊な鑑定ができる魔道具を開発するって、すごいよね。
『なあ、この手記の流れからしたら、聖女はんをこの世界に呼び戻すために必死になって召喚の魔法陣を作ったんやんなあ。遺された子供の誰かが、これ以上改良できへんから召喚しようと思たんなら、悪い目的でもなさそうやけどなあ』
クロさんはそう言うけれど。
「瘴気を集める魔法陣を仕込んでいたこととか、私は変な目的がありそうだと思う。召喚する国にヴォバルを選んだ時点でおかしいもの」
召喚した人を利用しようとする国じゃなく、もっと穏便な方法はあったはずだ。
そもそも竜人族に話を持ち込めばいいんじゃないかな。
そう考えたのは私だけではなく、ザイルさんも口を開いた。
「ホリト本人は竜王を見殺しにした後ろめたさで竜人族に接触できなかったとしても、彼が育てた者たちが我々竜人族にこの件を持ち込めば、我々も聖女をこの世界に取り戻すための対処を考えられた」
そのままの魔法陣を使うことになったにしろ、竜人族が召喚を実行していたら、あんな身の危険は感じなかっただろう。
私たちを利用する気まんまんの王様のところで実行したのは、別の狙いがあったからだ。
「ムルカ殿はなぜ我々竜人族に、この件を持ち込まなかった」
ザイルさんの質問に、ムルカさんは黙っている。
それから彼は、私を見た。
「竜人族の方々には、ちょっと……」
ん、あれ?
そういえば彼は、頑なに私に話したいと言っていた。
竜人族じゃなく。
「どうして、私になんですか? 竜人族にじゃなく」
私の疑問の声と、はっとシエルさんが顔を上げたのは同時だった。
顔を上げた勢いそのまま、シエルさんはツカツカと前に歩み出て、ムルカさんの額に手を当てた。
「あー……なるほど。顔を合わせていたのに気づかなかったとは。洗脳というのは、本当になんというか」
え、洗脳? マジですか!
ええー、ムルカさんまで洗脳されてたの?
なんなの、この洗脳してる率の高さ!
「なるほど、変な態度が時々混ざると思っていたが」
シエルさんはそんなことをぼやきながら、額から手を放した。
途端にムルカさんが、がくっと身を沈めて膝をつく。
洗脳を解除した反動かな。
彼はいつから、どんな洗脳をされていたのか。
ムルカさんはしばらくうずくまってから、ほうっと息を吐き、次いで頭を抱えた。
「なんてことだ。こんなことを忘れていたなんて!」
洗脳の内容は何だったんだろう。
気になるけれど、私たちはムルカさんが落ち着くのを待つ。
『聖女はんの言うとおりやな。お身内にまで洗脳かける人が召喚を仕組んだっちゅうのは、なんや闇が深そうやなあ』
クロさんが、異世界召喚を仕組んだ人のヤバさに溜め息を吐く。
腕を組んで溜め息を吐くフェレット、シュールだ。
「ですよね。洗脳したのがムルカさんが言ってた先輩さんだったら、ムルカさんにまで洗脳をかけたのはやりすぎですよね」
グレンさんは聖女の慈愛や慈悲とやらに危機感を持っていたけれど。
こんなヤバそうな相手に、私だって悠長なことを言うつもりはない。
生い立ちが可哀想だろうが、仲間にまで手を出すなんて情状酌量の余地はない。
目の前に立たれたら、徹底抗戦するべき相手だ。
「あのルビーノの人がかけられていた洗脳と同じだな。しかし、魔法陣の洗脳とは少し違う感じがするのだが」
シエルさんの疑問に、ムルカさんが言葉を返す。
「マヒトさんには、洗脳スキルがありました」
え、洗脳スキル?
マヒトさんというのは、今まで先輩と言ってた人?
「そうか、スキルか、なるほど。魔法陣の洗脳は魔術、スキルの洗脳とは異なる。そういうことか!」
シエルさん、魔術に頭を向けているけれど、今起きている事件の方が大事だから戻ってきてー。
「マヒトさんというのが先輩さんで、ムルカさんのことまで洗脳したのですか? 目的は?」
私の質問に、ムルカさんが目を伏せて語る。
「竜人族には話をするな。今のオレの行動や、オレのスキル、名前も記憶から消せ。ホリト師を心から悼むお前は傷心でこの国を去り、好きな動物や騎獣と生きていけばいい。なりそこないエルフとして、卑屈にな! そう最後に言われたのを、今鮮明に思い出しました」
ムルカさんは頭を押さえた。
ああ、だから「我々竜人族」とザイルさんが言った途端に、話せなくなったのか。
そのキーワードで洗脳が改めて働いて、シエルさんが気づいた、と。
「自分のスキルや行動、名前を忘れさせる。この国からムルカさんを離す。竜人族に話ができないようにして、自分の計画が発覚しないようにしたのか」
ザイルさんが洗脳の狙いを推測して、ムルカさんに目を向けた。
「聖女が現れ、あなたが聖女に話をしたがるという状況は、マヒトにとって想定外だったんだな」
ムルカさんは目を閉じ、長い息を吐いた。
それから立ち上がって裾を払うと、ザイルさんを見据えて口を開く。
「あの人のスキルは洗脳と、記憶。ウロス様が遺した鑑定石で、この庵に住んでいた子供は、自分の能力を把握していました。ボクはテイムのスキルがあり、動物や騎獣と意思疎通ができる。他の人たちと同じように、ボクも成人したらここを出て、テイムスキルを活かして生きていこうと思っていた」
他の人たちというのは、この庵から先に巣立った子供たちなのだろう。
自分の能力を知り、社会に出て行きそれを活かして生活していた、と。
「こちらに鑑定石があって……」
ムルカさんは何かを探す様子のあと、戸惑った顔になった。
どうやら自分たちが使っていた鑑定石が、なくなっているようだ。
もしかしてヴォバルで私たちが手を置いた、あれがその現物だったのかな。
「あれは、持ち出しが……いや、そうか。この場所から持ち出せない魔術は、資料に対してだ。魔道具は持ち出せたんだ」
ここにあった鑑定石は、たぶんマヒトさんがヴォバルへ持って行ったのだろう。
ムルカさんはまた息を長く吐くと、話し出す。
「ホリト師が亡くなられたとき、ボクはまだ成人していなかった。マヒトさんは成人していたけれど、ここに残っていた。ボクと一緒に、マヒトさんも悲しんでいると思っていましたが」
その続き方は、マヒトさんは悲しんでいなかったってことか。
「ホリト師を埋葬してから、マヒトさんがボクに持ちかけました。お前だって、なりそこないエルフのままではいたくないだろう。聖女を自分たちが召喚して手に入れたら、治癒でエルフより魔力を持つ、偉大な存在に自分たちはなれる」
なりそこないのままではいたくないと行動しようとした。
それが、ムルカさんが覚えていた、マヒトさんの言動。
「そのあと、様々な資料に記憶スキルを使っていました。恐らくは魔法陣などを、あとから再現できるようにしていたのでしょう」
「その記憶スキルというのは、瞬間記憶みたいなものだろうか」
シエルさんの質問に、見た場面そのままを覚える特技がある人の話を聞いたことがあるなあと、思い出した。
そういえばシエルさんは、速読や速記がスキルになったと言っていた。
特技はこちらの世界でスキルになるんだ。
「瞬間記憶というものを知りませんが、見たそのままを記憶できるスキルですね」
なるほど。それなら魔法陣を記憶して、あとから自分で描くことが可能になる。
ここにある資料の、召喚や瘴気を集める魔法陣を覚えて、外で再現したんだ。
「マヒトさんが行動し始めるのを見て本気だと思ったボクは、協力したくないと答えました。そうしたら、洗脳スキルを向けられたのです」
あー、それで竜人族に、マヒトさんのことを明かせなくなった。
マヒトさんが本気で実行しようとしていた行動を、忘れた。
洗脳スキルのことも思い出せず、隣国で騎獣に関する職業について生活することになった。
洗脳って怖いなあ。
これは解除できるシエルさんがいてくれて、心強いな。
あと王妃様の呪術のお守りに、洗脳対策も入れてもらえるだろうか。
そう思っていたら。
「洗脳スキル……まずいわね。呪術で防げないものだわ」
王妃様が困った顔になっていた。
え、そうなの?
「魔術や呪術の洗脳なら対策がとれるけれど、洗脳スキルというのは、防ぐのが難しいわね」
非常に珍しい、特殊なスキルだからこそ、対策が難しいそうだ。
それを聞いたグレンさんの魔力が、ちょっと揺れてる。
不安になったのかな。
「その洗脳スキルって、発動条件とかあるんですか? ほら、シエルさんが洗脳を解除するには、相手に触れる必要があるとか言ってたじゃないですか」
私の疑問に、ムルカさんが頷いた。
「ああ、マヒトさんの洗脳も、相手に触れる必要があったな」
だったら対策ができる!
「触れないと駄目なんですよね。それなら結界を張っていれば大丈夫ですよね」
「あ、そうだな!」
シエルさんも、なるほどと頷く。
「結界の魔道具は、今もありますよね。たとえば常時、体に薄い結界を沿わせていることは可能ですか? 竜人自治区の外にいるときだけでも」
「それだ!」
今も私は結界を、体に沿わせるように張っている。
なぜならグレンさんがくれた髪飾りの魔道具が、悪意で作動してしまうからだ。
でもグレンさんは結界なんて張っていない。
シエルさんも自分で結界を張れるけれど、マリアさんは結界を張れない。
ザイルさんたちや、ああ、セラム様やレティ、シェーラちゃんたち、お城や街での知り合いもだ。
そういう人たちに、結界魔道具を持ってもらえたら。
私に何かを仕掛けるために、親しい人が洗脳される可能性を防げる。
「そうだな。マリアにソル、他にも結界用のアクセサリーを作れる者たち総出で作ってもらおう。錬金術士も素材確保の補佐をすれば、必要な数の結界魔道具をそろえられるだろう」
竜人族は素材なら多く持っている。
作ろうと思えば、大量に結界の魔道具を作れる。
私の心配に、ザイルさんが手配を具体的に考えてくれる。
うん。心強い。
「お城でもどうにかするわ。ただ、既に洗脳されている人がいないかも確認したいわね。シエルさん、お願いできるかしら」
「それは竜人自治区もだな」
そうか。既に洗脳されている人がいるかも知れない。
その解除を先にした上で、対策をとらないといけない。
「洗脳スキルによる影響は、癖がわかったので簡単だ。対象になる人物を集めてもらって一気に触れていけばいい。その準備は頼めるか」
シエルさんも快く動いてくれるみたいだ。
なんだか事態がいきなり動き出した感じがする。
漠然と、召喚した人の狙いがわからずに怖いなと感じていた。
その人物が、他の人を洗脳して私に何かを仕掛けてきているのも、怖いなと思っていた。
漠然とした不安が、シエルさんのチェックと、新たに洗脳されない対策をきちんと出来れば、大丈夫だろうと思える。
大丈夫だ。私には頼もしい人たちがついている!
「ミナに見知らぬ誰かが接触してきたときは、シエルが先に触れて確認する必要があるな」
「握手で挨拶をすれば、洗脳されているかどうかのチェックになるだろう。ミナより先に私が挨拶させてもらえばいい」
そんなことまで考えてくれる。
ああ、頼もしい人たちだ。
でも私だって、自分で自分を護ることは考えないといけない。
「街中とかのトラブルは、結界魔法もあるし大丈夫と思います。変な人には用心します」
これから人が大勢いる街中に出ることもある。
特にクロさんの相棒、もう一体の精霊王に会うため、別のダンジョンへ行かないといけない。
シエルさんに護られてばかりでは、シエルさんだって大変だ。
私だって、やれることは自分で頑張ろう!
今までの不自然な表記が、読んでて気持ち悪かったと思います。
ここに繋がるお話でした。
本作の書籍、本日発売です!
下に書籍化作品のリンクがあります。上の方が本作です。
よろしければ、お付き合いくださると嬉しいです!
ちなみにほぼ完成しかけていたカエル君続編に浮気しました。
「異世界を着ぐるみで歩く2」も本日更新しております。
作者名から他の作品もご覧頂けるので、よろしければそちらもお付き合い下さい。
次回更新は11月15日予定です。




