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 あちらの世界の大人として、私の保護者。

 そんなシエルさんの言葉に微妙な私の心境は置いて、話が進む。


「発端になった勇者召喚の魔法陣も見せてもらいたい」




 シエルさんはウロスさんが作成した勇者召喚の魔法陣も見たいと言った。

 ふたつを見比べて、どこをどのように変化させたのか確認するそうだ。


 シエルさんの要望に、ムルカさんが私をちらりと見る。

 いちいち私に確認をとらなくてもいいのにと思うけれど、ムルカさんからすれば、私に資料を見せるつもりはあったけれど、シエルさんや王妃様に見せることは戸惑っているみたいだ。


 でも私が資料を見ても、内容はわからないままだ。

 シエルさんに見てもらって、解説してもらう必要がある。


 そんな気持ちで私が頷いたら、ムルカさんは別の書棚から資料を探し、シエルさんに渡した。




 シエルさんは眉間に皺を寄せながらそれを読み、ふうむと唸った。


「なるほど。この魔法陣を元に改造していったから、あんなふうにややこしい魔法陣になったのか」


 シエルさん、何やら理解した様子だ。

 そばにいる私たちは、さっぱりわからない。


「勇者召喚の魔法陣の、目的にあたる部分はシンプルだ。核に配した魔宝石の魔力に対し、それを保護させること、その魔力と対になる魔力の持ち主を悪として排除する。それに適した人材を召喚し、その目的を植え付けるような洗脳が組み込まれているな」


 核の魔宝石の魔力が聖女のものであれば、聖女を保護し、対になる魔力の竜王を悪として排除する。

 その洗脳が働いた結果、竜王を魔王と認識したということだろうか。


「その魔法陣を活用して、核の魔宝石の魔力を持つ者を召喚する。そう変更するのは現実的ではあるが、そのまま流用すると聖女に洗脳がかかる。場合によっては、矛盾した命令に聖女の精神が壊れる可能性がある、といったところか」




 一気に物騒な話になった。

 精神が壊れるって、怖いよね。そんなのを使って召喚されたら困るね。


 本当は、洗脳を含む勇者の条件すべてを取り除いて、聖女召喚が出来れば良かったのだろう。


 けれどそれらの部分と召喚条件が、魔法陣の中で複雑に絡み合っていた。

 解析がきちんと出来なければ、削っていい部分の見分けがつかなかったのだろうとシエルさんは説明する。


「下手な改変で異世界召喚をした場合、召喚中に対象が時空の狭間に取り残されることも考えられる」

 なんですと!


「あるいは、こちらの世界に適応する条件が取りこぼされ、召喚した途端に死亡することだってあり得るな」

 何それ怖い!




 シエルさんは解析した情報に単純な変更を加え、頭の中で作った魔術の詳細をスキルで確認してみたところ、そんな情報が出て来たという。


「恐らくは、そうしたことにホリトさんも気づいて、聖女とは別の者を召喚して、勇者になる条件はそちらに付与させる、という方向へ考えていったのだろうな」


 不具合のある付与を別の者に結びつければ、たしかに聖女は無事に召喚出来る。

 そのために召喚条件を範囲指定で複数人として、戦闘に適した者が勇者になるようにした。


 勇者として召喚された者には不都合が生じるが、聖女は無事に召喚出来る。


 気分の悪い話だ。

 それに勇者の洗脳があるから、召喚された聖女がどう扱われるかわからない。

 完成させたものの、ホリトさんはこの魔法陣で召喚をすることが出来なかった。




 勇者の洗脳については、魔術の内容がわかったので、シエルさんが解除をすることは可能らしい。

 すぐに解除できるように、事前に解除の術式を組み立てると、張り切っている。


「ただし触れることが出来れば、だな」

 張り切ったわりに、そんな言葉が付け加えられた。


 洗脳の魔術は繊細で、相手に触れて、かけられた魔術そのものに働きかけることが必要らしい。

 そういえばルビーノの洗脳されていた人、頭に触って解除していたよね。


「つまり勇者に遭遇したら、まずは動きを封じてシエルさんに触ってもらわないといけないんですね」

「それは……ミナやグレンと会う前に、シエルが勇者と接触する必要があると」


 私の言葉に、ザイルさんが難しい顔で言葉を続けた。

 うん。その条件、けっこうハードル高いよね。


 もしシエルさんより先に私やグレンさんが勇者さんと会ったら、私がどこかへ連れて行かれるかも知れないし、グレンさんと戦闘になるかも知れない。


 しかも竜人族の硬化を破る攻撃が出来る、戦闘の相性が悪い人だ。

 なるべくグレンさんと戦って欲しくないんだけど、大丈夫かな。




 帰還の魔法陣を作るのは、難しそうだという話もされた。

 召喚について条件は色々と指定されているけれど、どの異世界という座標みたいなものはないようだ。


 元の世界へ帰還させるには、転移みたいな魔術が必要だ。

 でもその転移先の情報が、召喚の魔法陣の中にない。


 それに異世界召喚で、この世界に体が馴染むようにされているということは、ただ元の世界に帰ればいいという話ではなさそうだ。

 元の体に戻す必要がある。


 もしかして帰還させる手段って、聖女の回帰スキルしかないのかな。


 回帰スキルで誰かをあちらの世界に帰還させる場合、魔宝石をどれくらい準備すれば、安全に帰還させられるんだろうか。

 目安がわからないな。




 召喚の魔法陣のあとは、瘴気を集める魔法陣や、洗脳についての資料をシエルさんが求めた。

 ムルカさんは躊躇ったものの、私からそれらも確認が必要な資料だと説明する。


 瘴気を集める魔法陣が、瘴気溜りがあった場所に仕込まれていたこと。

 洗脳された人が、私に呪具を持って接触してきたこと。

 それらを話せば、ムルカさんもなるほどと頷いてくれた。


 書棚の場所を示され、「この場所はウロス様が遺された資料」とか、「ここにはホリト様の研究過程が残っている」と説明してくれた。


 棚から出した書類を、王妃様もシエルさんと一緒に覗き込む。

 呪術の部分をシエルさんに解説してあげるみたいだ。


 瘴気を集めることも、洗脳も、呪術を根底にしたものらしい。

 なるほど。王妃様の専門分野だ。


 私は魔術関係のことは、これ以上わからない。

 資料を見る彼らを私が眺めていると、ムルカさんが私をそっと呼び、別の書棚に招いた。


「ホリト師の手記です」




 私に手に取るように勧めるけれど、少し戸惑う。


 手記……日記のようなものだろうか。

 人様の日記を、私が見ていいものだろうか。


「ホリト師は、もし聖女様とお会いすることが出来れば、ウロス様にかわってお詫びしたいと申しておりました。どうかあの方のお心を、受け取って頂きたい」


 ホリトさんの気持ちを受け取るために、手記を読むように言う。




 ちょっとためらいはあったけれど、私は手に取り、グレンさんと一緒に手記を読み始めた。

 ザイルさんも私の後ろから覗き込んでいる。


 最初の方の内容は、子供の頃からを思い返して綴ったものみたいだ。


 魔力が高く、ハイエルフとして生まれたけれど、精霊を感じることが出来なかったホリトさん。

 いないものとして扱われ、食事は用意されたけれど、可愛がられたことはない。

 エルフの里では、ほとんどひとりきりだった。


 迫害といっても、暴力を受けるとかではない。

 周囲から、いないように扱われる。無視される。

 そんな迫害だって、気持ち的にはきついものなのだろう。




 ある日、彼はエルフの里がある森の外に出ようと思い立った。

 子供ひとりで無茶な行動だけど、心が限界だった。


 最初は順調な森歩き。

 でも夜に近づいた頃、魔獣に遭ってしまう。


 必死で逃げて、子供なりになけなしの反撃をして、また逃げて。

 怪我も痛いしお腹も減って、もう駄目だと思った頃、採取に来ていた冒険者たちに彼は拾われた。


 人族の冒険者たちは、当然親はどこかと訊く。

 いないと答えると、彼らはホリトさんを保護した。


 そうして彼らから魔法の基礎を教わり、ホリトさんは自らも冒険者になった。

 冒険者たちは子供だったホリトさんに優しく、親身になって面倒を見てくれた。


 逃げてきて良かったと、ホリトさんは心から思った。




 森の中の、静かなエルフの里とは違い、人族の街は雑多で活気があった。

 人の生活や街のこと、冒険者としての生活。

 それらを学び、魔法や魔術も教わって使いながら、なんとか日銭を稼ぐ。


 豊富な魔力は役に立ち、出会った冒険者たちと狩猟や採取をする日々。


 楽しい日々は、森を出てあっけなく手に入った。

 でも、それを失ったときも、あっけなかった。


 ある日の採取地で、いつもの魔獣とは違う、とても手強い魔獣に出会った。

 みんなで逃げようとしたけれど、なかなか逃げられない。


 恩返しのつもりで、ホリトさんは魔獣たちを引きつけて、仲間と別方向に逃げた。

 崖から転落したけれど、彼らが逃げてくれればそれでいいと思っていた。


 それらが瘴気溜りから発生した魔獣だったとは、あとから知った。




 満身創痍で魔獣に囲まれ、死を覚悟したホリトさん。

 そこへ、手強い魔獣をあっさり倒す人たちが現れ、助けられた。


 竜人族の、竜王とその仲間たちだった。


 死にそうなほどの怪我を、あっさり癒やしたのは聖女。

 そうして彼女は、周囲の瘴気も払った。


 そのときに見えた光景は、ホリトさんの心に深く刻まれた。


 魔力が散り、綺麗な光の粒が魔力を運んで行くのが見えたのだ。


 女性はそれを見て、「あら、あなたエルフなのかしら」と言った。

 寄り添う男性が「そいつはハイエルフだな」と断言した。




 綺麗な光の粒は精霊だった。


 聖女は精霊の光を目で追うホリトに気づき、エルフだと思った。

 ホリトを鑑定した竜王は、ハイエルフだと知った。


 精霊が見えなくて迫害されていたのに、見えるようになった。

 何が起きたのかはわからない。


 ただ呆然と、ホリトの目から涙が流れた。

 安堵の涙ととった彼らは、まだ子供だったホリトの世話を焼いてくれた。


次回は10月17日更新予定です

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