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 創造神以外の神様が、実は聖女だなんて話、中央神殿としてはどうなんだろう。

 過去にそういう文献があっても、今は違うかも知れないよね。


 フロアにエドアルドさんを探したら、前に来ようとしていた彼と目が合った。

 私が目で助けを求めると、彼はこちらに急いで歩み寄る。

 そして私を見上げて口を開いた。


「つきましては聖女様、今代の神像の相談をさせて頂きたいのですが」

 待ってー。神像の相談って、いきなり何の話ー。




「聖女様のお噂をこの国で拾いましたところ、やはりお菓子の神でしょうか」

 エドアルドさん、なんだか目が輝いている。


 いや、お菓子の神って何さ。

 八百万の神の国と言われた日本にも、そんな限定的な神様はいなかったと思う。

 私が知らないだけかも知れないけれども。


「あの、今の話は本当なんですか?」

 私が席を立ち、エドアルドさんの方に屈んで聞くと、彼は大きく頷いた。


「王太子殿下の仰るとおりでございます。創造神様の眷属である神々は、過去の聖女様方です」


 なんてこったい。

 私は文字通り頭を抱えた。


「二千年前、神殿の元となる組織が発足したときに、当時の聖女様を知恵の神として崇めたのが始まりだと。中央神殿の文献が失われた際に、各地から集めた文献で、複数の記述がございました」


 そんなものがあったのか。

 え、じゃあ聖女が崇められちゃうのは、確定なんですか。




 待って。過去の聖女様方はともかく、今いる聖女を崇めるのは、どうかと思う。

 死んだ後に崇められるなら、まだわかる。嫌だけど。

 でも生きたまま崇められるとかは勘弁して欲しい。


「聖女様が降臨されれば、新たな女神像を作るのが慣わし。それを神の眷属に加え、崇めたいと思っております」


 待ってー。なにげに変な話が出てるんですけどー。

 像を造るって何。

 もうやだ、神殿に近寄りたくない。


 誰か助けてーとフロアに目をやり、今度は商業ギルド長と目が合った。

 ギルド長、助けてくれませんかね。


 呼ばれたと感じたのか、ギルド長が前に出て来てくれる。

「お菓子の神として神像がどうとか、言われていて。どうしましょうか」

 エドアルドさんの横に来られたギルド長に、私は縋る目を向けた。


 私のヘルプに、商業ギルド長が頷いた。


「お菓子の神様とは、神としていかがなものかと。ここは職人の聖女様として、技術の神様がよろしいかと思います」




 違う! 違うよ、ギルド長!

 私が涙目になったら、ちょっと笑うのを堪えた顔。


 あー、わかってて言ってる! ひどい!

 批難の目に、ギルド長は声を潜めて私に言った。


「一般的に、神殿の神が聖女様とは知られておりません。お菓子の聖女様がお菓子の女神になれば、結びつけやすいでしょうが、技術の神が新たに出たところで、すぐに結びつけられはしないでしょう」


 つまり、妥協案を出してくれたってことなのかな。

 仕方がないのか。いや、でも、なんかヤダ。


「絶対、私に似せるとかは、やめてくださいね」

 せめて私がエドアルドさんにそう言うと、彼は少し戸惑った顔。


「しかし聖女様の像なのですから。聖女様を思わせる造形は必要です」

「自分の姿形に似せた像なんて、女性にとっては気持ち悪いものよ。少し小柄で、目鼻はなしで、彼女を思わせる何かを持っている程度なら、どうかしら」


 マリアさんも助け船を出してくれた。




 この場でエドアルドさんが、聖女が創造神の眷属神として崇められていると言ったからには、新しい像のモデルが私だってことは、バレバレなんだけどね。

 でも知ってるのは、この場で話を聞いていた人だけだし。


 何よりマリアさんが言うとおり、自分に似た像は嫌だ。


 エドアルドさんは、その方向で検討しますと話を終えてくれた。

 この話が長引いたら、夜会から逃走をはかるところだった。


 もう何だか疲れた。

 私が魂を飛ばした感じでぐったりしてたら、グレンさんにまた抱えられた。


 今はもう、グレンさんに甘えておくことにする。

 自分で何かする気力が残っていない。


 頭には入ってこないけれど、エドアルドさんが大司祭という人を糾弾しているのは聞こえた。

 神と崇めるべき聖女に、なんということを言い放つのかと。


 まともに聞いているとまたダメージを受けそうなので、聞き流しておく。




「ミナちゃん。流れとしては、あともうちょっとで別室へ下がれるから、この場でもう少し耐えてね。ごめんなさいね。あとで甘い物を一緒に食べましょうね」


 お義母様が私の頭を撫でながら、慰めてくれた。


 うん。早くこの壇上から立ち去りたい。

 出来ればお家に帰りたい。


「あの転移魔法陣のカーペットは持ってきているから、用さえ終われば、私の部屋に転移で帰れるからな」

 シエルさんが言ってくれた。


『それやったら、用事が全部終わったら、わてのところに浄化に来て、いつもの場所へ送り届けたるがな』

 クロさんも言ってくれる。


 そうか。馬車に乗らずに、そのまま転移で帰れるんだ。

 今日はそうしたい。帰りたい。


 グレンさんが私を片腕で抱え直し、大きな手で頭を撫でてくれた。

 私はそのまま、グレンさんの首に顔を埋めておいた。









 別室には食事や甘味が用意されていて、指定したものを給仕の人が取り分けてくれるという。


 テーブルには王族の方々と竜人自治区から来た私たち。

 そして、他国から来られた方々とエドアルドさんが席についている。


 エドアルドさんは、神殿のトップの聖皇様という立場らしい。


 お義母様から怒られたり、私を崇めようとするから、そんな偉い人だとは思っていなかった。

 偉い人の側近くらいかなあと考えていた。


 従者の方々は、それぞれの主の後ろに立っている。

 彼らはこの会食が終わったら、改めて食事をとるそうだ。

 こういう身分社会の従者の人って、大変そうだなあと思う。


 セラム様の後ろにいる、エリクさんやケントさんたちも、まだ食事が出来ない。

 私たちだけが食べるのが申し訳ない気分になる。




 会食は和やかに進んだ。

 しばらくグレンさんに甘えていた私も、別室に座って落ち着いたら、気分が復活した。


 夕方の少し早い時間から夜会が始まり、いつものサイクルで言えば、今は夕食後の時間。

 夜会前に軽食を頂いたものの、疲れたからかお腹は減っている。


 私レシピ以外にも、豪華な食事が並んでいる。

 ここは敢えて、この国の本来の料理を食べようと、私は自分のレシピ以外の料理を指定した。

 私レシピの料理は、前日に準備をお手伝いした物ばかりなので目新しさはない。


 お肉の煮込みとか、本当に美味しい。

 でもお野菜の煮物が、だしの風味がしたので、あの粉末だしが使われているのかと感じた。

 さすがお城の料理人の方々、新しいものを取り入れるのが早い。


 この国本来の料理とは違っているものもあるけど、美味しい。

 文句なく美味しい。


『うまいわー。食べ放題で最高やわー』

 クロさんもテーブルに乗り、身振りで取り分けてもらった料理を食べている。

 私の襟巻き役は……うん。もういいです。


 他国の方もいらっしゃる会食なので、竜人族の食べさせ合いは自重だ。

 グレンさんも、もりもり自分で食べている。


 ええ、自重なんです。

 だからグレンさん、ふと目が合ったときに、私の口元に料理を運ぼうとするのは、今はやめてください。




「聖女様のレシピは、素晴らしいですね」

「このクレープという料理、いろんな具材をこの薄甘い生地で巻いていいのですね。私どもも是非、自国で取り入れたい」

 王子二人は、クレープがお気に召したらしい。


「透明なツルンとしたものに、具材が閉じ込められているこれは、実に素晴らしい。芸術作品のようでいて、美味しいとは」

 ダインの宰相さんは、寒天料理推しだ。


「私はなんといっても、タルトですね。このサクサクの生地、ペースト状の具材。最高に美味しいです」

 ルビーノの王弟は、いろんな具材のタルトを並べて楽しんでいる。


 口々に褒められて、悪い気はしない。

「商業ギルドでレシピ登録はしています。注釈を入れて頂きましたが、蜜の実は、粉状にしてから分量を量ってくださるように、ご注意をお願いします」


 他国の方にもレシピを求められるなら、以前商業ギルドから提案があった、商業ギルドの推薦する料理人へのレクチャーを急がないといけないなと思う。


 私が忙しいために、料理レクチャーを断ってもらっていたけれど。

 商業ギルドもそろそろ、断り続けるのは大変だろう。


 もう一体の精霊王のところへ浄化に行く前に、それだけでもやっておかないといけないかな。

 以前みたいに途中で帰ってきて、レクチャーすれば大丈夫だろうか。




「聖女様には、本当に申し訳ないことをいたしました。このあたりの神殿が、あのように思い上がった認識を持っていたなど」

「中央神殿の、管理不足ですわね」


 エドアルドさんの言葉を、お義母様がぴしゃりと返す。


 神殿の組織の原型が出来たときに、聖女が世界の管理者だということは、神殿組織に伝わっていたそうだ。

 だからこそ、聖女を崇めるという方向に話が行った。


 千年前までは、聖女を支える組織として、神殿は機能していたはずだった。

 なのになぜ、聖魔力を持つ者を神殿が管理するという方向になったのか。


 聖女がこの世界で生まれなくなった、聖女不在の状況が理由みたいだ。


 神殿は、聖女とその子孫たちが世界を浄化する、サポートのための組織。

 聖女が不在の状況で、世界の瘴気をどう浄化していくか。

 それが大きな課題となった。


 そこから世界の瘴気を浄化するために、聖魔力の持ち主を把握し管理する、みたいな方針になっていったらしい。


 上層部は、聖女の代理としての管理だと、理解していたし、伝わっていた。

 だからこそ中央神殿の周辺では、聖魔力の持ち主の生活を縛るわけではなく、あくまでも瘴気の浄化のために、都度協力を求めるという姿勢だった。


 ただ現場には伝わっておらず、地域によっては、聖魔力の持ち主の存在そのものを管理するという方向に行ってしまった。




 そうして今回、エドアルドさんの側近が、この地域の大司祭と面会して、状況確認をしたときに。

 聖女が神殿の管理下に入らないと、苦情のような言葉が出たそうだ。


 なんということかと、エドアルドさんたちは頭を抱えた。

 そんな思い上がった教義ではないはずだと。

 聖女を管理するなど、ありえないと。


 この地域で聖魔力の持ち主が搾取されている件も、現場で常習化していたけれど、上層部はそんなことが起きていると知らなかった。


 お義母様が以前言っていたとおり、知らないからいいということではない。

 実際に搾取に遭っていた人からすれば、たまったものではない。


 国の代表者がそろっているこの場で、エドアルドさんはこの地域の神殿のありようについて、謝罪した。

 瘴気の浄化で、神殿が暴利をむさぼっている状況も、この地域で勝手になされていたことだった。




 被害者への謝罪や弁済などの過去の清算。

 そして組織や意識の改革という、これからのこと。

 そのあたりは、しばらくエドアルドさんを中心に、この地域の神殿の上層部を刷新した上で、対応するそうだ。


 私は今まで通り、聖水を商業ギルド経由で提供して、浄化に協力する。


 魔法陣が仕込まれていた瘴気溜りは、聖水で完全に浄化をしてしまってから、仕掛けられた魔法陣を撤去することで、問題は解消に向かっている。

 聖水は瘴気溜りの浄化のため、他の地域にも届き始めているらしい。


 これからは聖水も、次第に不要になっていくことだろう。


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