150
ひととおりの挨拶のあと、私たちはまた席に戻った。
あとで近隣国の方とは、改めて別室でゆっくりお話をするそうだ。
今はひとまず、この国の他の方々と交流をされる。
序列のある社会の国際交流、色々と段取りがあるらしい。
席に座って落ち着いて、広いダンスフロアを見ると、人が少なくなっているように感じた。
あと、見かけない装束の人がいる。
首を傾げて見ていると、そっとレティが教えてくれた。
近隣国の代表とその側近はあちらの席。
でも近隣国からの客人は、壇上の人だけではない。
他にも高位貴族や国の高官が来られていて、フロアでこの国の貴族の方々と交流を始められる。
ここからは国際交流の場になるので、若い人たちは夜会から抜けたそうだ。
今は当主夫妻など、家を背負う人たちが残っている。
国際交流で、若い人が何か粗相をしては大変ということかなと解釈した。
となると、セシリアちゃんたちはもう帰ってしまったのか。残念。
見渡せば、壇上の人たちそれぞれの装束と、雰囲気が似通っている人の集団がフロアにいる。
ルビーノの人は薄い生地を巻き付けるみたいな格好。
エメランダの人はふわっとした輪郭で、オーパズは装飾が多い印象だ。
ダインはかっちり系の服装。
各国の特色みたいだ。
なるほど国際交流だなと思った。
さっき握手のために、オーパズの王子が差し出した手首に、腕輪が何重もあるなと思ったけれど、どうやらそれもお国柄らしい。
あちらの世界でも、自分の財産を宝飾品として身につける文化が、どこかの国にあると聞いた気がする。
ダインの宰相さんのかっちり衣装は、彼の気質かと思いきや、それもお国柄みたいだ。
その中に、神殿の人らしい装束が混じっている。
エドアルドさんを目で探してみたら、目立たない隅の方にいた。
神殿の偉い人みたいだけど、周囲と交流する様子はない。
「ルビーノの王弟殿下は、王妃様の弟さんですか?」
「そうよ。そういえば聖女様へのさっきの軽口は、ダメなんじゃないかしら。竜人族の番より先に会いたかったとか、まずい発言よね」
王妃様、やめてあげてください。
実家からそんなにも何かを搾り取ろうとしないで。
あの程度はセーフでいいと思います。
「社交辞令だと思いますよ」
「あの子まだ独身なのよ。色々と女性への配慮が足りなくてね。アランと一緒ね」
やめてあげてください。アランさん、猫かぶりはけっこう得意ですよ。
気を抜いたら猫が行方不明になって、大雑把が出てしまうだけで。
「そういえば聖女様、先ほどはオーパズの殿下をうまくかわしていらしたわね」
王太子妃に言われて、私は頷いた。
「そうですね。手を取られたら、あちらに電流が流れてしまうので、必死でかわしました」
そう返した私に、彼女はちょっと固まった。
「かわしたというのは、動きのことではございませんわ」
第二王子妃がふふっと笑って言う。
「あの方、女性とみたら声をかけるような方なので、少し心配していたのです。そのアプローチを見事にかわして、気を削いでおられましたわ」
気を取り直した王太子妃も言葉を続けた。
「あの方は美女ではなく、可愛らしい女性がお好きみたいで。聖女様に変な働きかけをしないかと、心配いたしましたの」
なるほど。手を取ろうとされたのは、挨拶じゃなくそっちでしたか。
挨拶にしても、いきなり手を取ろうとされたので、さっきは焦った。
避けてしまい申し訳なかったかなと思ったけれど、そういうことなら避けて正解だった。
おしゃべりが出来たのは僅かな時間で、すぐに挨拶の人が流れてくる。
身分の順番などルールがあるのか、他国や国内の高位貴族らしい人たちが数人ずつ、陛下たちと、聖女の私に挨拶をされる。
名乗られるけれど、まったく覚えられる気がしない。
笑顔の挨拶だけをひたすら心がける。
まあ、夜会とか今後出ようと思わないから、この場限りのご縁だろう。
グレンさんやザイルさん、お義母様たちにも挨拶がされて、彼らも近隣諸国に知られているのかと思う。
うん。もし彼らの名前が必要になったら、ザイルさんにでも聞こう。
そうするうちに、神殿の服を着た一団が来た。
この地域の神殿をとりまとめる立場の、大司祭という人だ。
大司祭は地域の神殿の代表者。近隣数カ国の神殿のトップだという。
豪華な装束に、嫌な感じがする。
だってこのあたりの地域の神殿が、聖魔力を持つ人を強引に所属させて働かせている、元凶ということだ。
「しばらく言い分を聞いてみてね」
お義母様が、そっと私の耳に囁いた。
ということは、彼がこうして来るのは、織り込み済みなのだろう。
もしかしてエドアルドさんが壁際でひっそりしているのは、そのためかな。
彼はこの地域のトップだけど、中央神殿の偉い人の方が、権限があるはずだ。
この地域の大司祭が、聖女を相手に何かやらかす現場を押さえて、彼の権限を取り上げるとか、そういうことかも知れない。
それなら餌として、大人しくしていよう。
彼はまず、自分がこの地域の、神殿の偉い人だと自己紹介をした。
偉いという言葉を直接出したわけではないけれど、まとめればそういうことだ。
そして私を見据えて、重々しく口を開いた。
「瘴気の浄化は、聖女様の義務にございます」
義務、と来たか。
私は反発を顔に出さないように、笑顔を固める。
でもこの人は嫌いだなと、魔力の印象以上に思った。
もし私が、この世界に来てすぐ神殿の所属になり、こんなことを言われたら。
聖女だとバレないように偽装して変装して、瘴気の浄化は一切せずに逃げ続けようと思っただろう。
一方的に異世界召喚され、世界のために働くなんて出来ない。
この世界のことなんて知ったことじゃないと。
セラム様が、瘴気の浄化について、協力をして欲しいと要請されたこと。
ザイルさんたちが、私がこの世界に馴染めるように、私の気持ちを優先してくれたこと。
それらがあったから、今の私はなるべく瘴気の浄化をして、この世界が平穏であればと思っている。
私に自己犠牲を強いて求められるばかりなら、きっと私は全力で逃げ出した。
あのヴォバルでステータスを偽装して逃げようとしたみたいに。
神殿という場から逃げ出すために、全力を出しただろう。
「聖女様は神殿が保護すべきなのです。様々なところが口を出されるが、そもそも聖女とは神殿に帰属するべきものです」
厳かな口調に腹が立つ。
そう思っていたら、不意に王太子が口を開いた。
「帰属というのは、聖女に指示するということか」
不思議そうな声だ。
挨拶以外で王太子の声を耳にしなかったけれど、この人も話すのかと思った。
「我々がこの世界の道理を、異世界の聖女様にお教えいたします」
「道理を教える、か。指導するということか」
「まあ、そうなりましょうか」
そして大司教、フロアを向いて、響き渡る声で言い放った。
「どれだけ理由を尽くそうとも、聖魔力を持つ者は、神殿が管理するべきなのだ。それが世界の安寧につながる」
人を管理って何だと私は思うけれど、彼は言葉を続ける。
「世界の浄化は常に必要であり、聖女が不在になったのも、神殿が管理していなかったからだ」
違うよ。
前回の勇者召喚のとばっちりだよ。
私が心の中で反論していたら、王太子は神殿の人を見て、私を見て、また首を少し傾げてから、口を開いた。
「神殿に所属する者が、神殿が神と崇める相手を管理するのか。不思議だな」
心底不思議そうな王太子。
え、ちょっと、何言い出したのこの人。
神殿の人もきょとんとしている。
王太子は軽く首を傾げて瞬きをして、セラム様を見た。
セラム様がひとつ息を吐いて、王太子に訊く。
「神殿が神と崇める存在とは、何のことでしょうか」
「そのままだ。神殿が祀る創造神以外の神は、過去の聖女だろう。千年前の聖女が、この地で愛と豊穣の神となり、崇められているように」
聖女を、神としている。とは?
みんなで疑問を頭に貼り付け、王太子を見る。
え、本当に何を言っているのかこの人は。不思議ちゃん?
「兄上、お待ちください。愛と豊穣の神が、千年前の聖女様というのは、何をもってそのように言われるのでしょうか」
そうだそうだ、根拠もなくそんな変なことを言われても、困るよ!
根拠があっても困るけど。え、あるの?
「文献を組み合わせて考えれば、自然とわかることだろう」
わかっていないこちらのことを理解できないとばかりに、王太子が言う。
え、待って。
エドアルドさんが今にも拝みそうな態度だったのは確かだけど。
待って。
なんだかすごく嫌な感じがして、竜人族は何か知っているのかなとザイルさんに目を向けた。
すると、目を逸らされた。
えー、待って待って待って。
強引に袖を引いたら、重い口を開いたザイルさんが小声で。
「そう読み取れる記述を見たことがある。言っておくが、神殿のことに竜人族は関知していない」
そうしてまた、気まずそうに目を逸らした。
え、そういう文献が、本当にあるの?
「二千年前に、神殿の元となる組織が作られ、聖女が崇められていたというのは、まあ、あったらしいな」
ちょっとヤダやめて!
私は次にクロさんへ目を向けた。
『わては地上の動きは知らんがな。創造神以外の神とかも知らんし』
だよね。クロさんは今まで聖女とも竜人族とも関わってこなかったし、知らないよね。
グレンさんに目を向けると、なぜか嬉しそうな顔。
「聖女が崇められて、ミナの安全がはかれるなら、いいことだな」
うむうむって頷くところじゃないですよ、グレンさん。
突き抜けた竜王目線をそこで発揮されても困るんですよ。
普通の一般人が崇められるって、精神的にきついんですよ!
世界の管理者とか、大仰なことを言われているとは感じていた。
でもそれは一般的に知られていないことだし、そもそもの役割がそうだと言われたら、まあそういうものかと思ったんだ。
生活そのものに、影響はないと思ったんだ。
まさかの思わぬ影響があるなんて!
ちょっと誰か助けて、神様扱いなんて怖いんですけどー!
自宅のアレコレで慌ただしく、更新を週イチ金曜更新にします。