149 近隣国との交流
音楽が変わったことを感じた。
ダンスのために開けていた中央に、人の輪ができはじめる。
「ダンスは終わりね。あとは歓談の時間。そろそろ国外のお客様が入られるわ」
王太子妃が教えてくれた。
こういった舞踏会の時間区切りは、音楽で感じるものらしい。
私たちは再び壇上の席に戻る。
通常、王族やその客人は、夜会では壇上にいて、順に挨拶を受けるものらしい。
そこから出るのは、なるべく多くの方と交流がしたいという合図になる。
社交界は基本、立場が下の人は、上の人に無闇に話しかけてはいけないそうだ。
目が合って、相手が話しかけてもいいと頷いたら、話しかける。
そんなルールだと教えられた。
パートナーの女性に声がかけられた場合、男性も発言権を得るとか、自分の話題が出たところに発言をするのはいいとか、細かなルールはあるみたいだけどね。
つまり、私と目が合う前に話しかけてきた最初の集団は、聖女を王族の客人と扱わず、下に見ていたことになる。
それでも聖女が壇上にいるままでは、彼らは動けなかった。
壇上から下りて、話しかけてもいいよという合図をしたのは、陰湿な彼らを罠にかけるためだった。
ちょっと婚活パーティの邪魔をしてしまった感は、申し訳ない気がする。
カップルがちゃんと生まれてくれていることを願う。
壇上には王族たちの席の他、もう一角に席が設えられている。
私たちは王族の席に同席だけど、他国の方は、そちらに来られる。
サフィア近隣の友好国、ルビーノ、エメランダ、オーパズ、ダイン。
それらの国々から来られているそうだ。
異世界召喚の予言を受け、召喚の場となるヴォバル国に、圧力をかける協力をしてくれた、サフィアの友好国の方々。
おかげでセラム様が召喚の場に招かれたのなら、感謝するべき相手だ。
入場と共に、名前と立場が紹介される。
彼らの優雅な振る舞いに、子供の頃からの上流階級ってすごいなあと思う。
ルビーノからは王弟、エメランダとオーパズからは王子、ダインからは宰相が来られていた。
それぞれ従者や部下を伴っている。
ルビーノの方々の紹介に、王妃様が眉を寄せたと思ったら、ひっそりと囁いた。
「ごめんなさい。うちの身内、やらかしそうなのが来ているわ」
えー、やらかしそうなのって何だろう。
困った顔をしていたら、王妃様がまたそっと言う。
「もし何かされたら、がっつりあちらに賠償を請求してくれていいから」
「いえ、お金よりも平穏が欲しいです」
私が返したら、王妃様がまた謝ってきた。
王妃様に謝ってもらっても困る。
元お身内でも、もう王妃様はこの国の王妃様だ。
それに先に教えてくれただけ、警戒できるので助かる。
「賠償はお金じゃなく、呪術に有効な稀少素材なんかもいいわよ」
「あ、それならマリアさんの身を守る何かを作って下さい」
私がそう返したら、王妃様、にんまり笑った。
「そうね。セラム、できるだけ搾り取ってね。ああ、どの素材を頂こうかしら! ルビーノ以外では手に入りにくい素材もけっこうあるのよねー。聖女様に迷惑をかけた謝罪の品なら、最高の呪具を作らないと!」
いえ、まだ彼ら、やらかしてませんから。
王妃様の中では、彼らがやらかすことは決定みたいだ。
紹介が終わり、まずは少し歓談。
あちらの席へ行き、王族の方々が名乗ったあと、私たちが紹介される。
他国の方々も、こちらの挨拶に席を立って礼を返された。
「聖女様はこんなに可愛らしい方だったんですね」
オーパズの王子が私の手をとろうとされたので、慌てて手を引いて避ける。
やめて下さい。
不意打ちで触られたら、魔法スタンガンが炸裂するんですよ、あなたに!
彼は悲しげに眉を寄せた。
「ただ、ご挨拶をと思ったのですが」
ちょっと申し訳ない気分になるけれど、ここで折れてはいけない。
接触自動攻撃仕様なので、本当に困るんだ。
いつものごとく、自分の体に沿わせて結界を張ってはいるけれど、それで魔法スタンガンが発動しないかどうかは、実験できていないんだ!
「私たちの世界では、女性に許可なく触れるのは、失礼にあたります」
異世界の流儀だと説明したら、それなら仕方がないと、彼は謝罪してきた。
うん。そういうことにしておこう。
マリアさんと私に許可無く触れたら危険なので!
ダインの宰相さんからは、丁寧に感謝の言葉を言われた。
ダインでは転移魔法陣の設置された街の近くに、瘴気溜りが生まれたそうだ。
騎士団で対処していたものの、浄化に至らず苦慮していたところ、聖水が持ち込まれ、あっさり浄化が出来たという。
んん?
そういえばこの国も、転移魔法陣があるリオールの近くに、大規模な瘴気溜りがあったよね。
この国に来てすぐに遭遇したよね。
それは災難でしたねと、エメランダやルビーノの人たちが口にしているのを聞くと、他国すべてというわけではないみたいだ。
うーん、なんだろう。
人為的な瘴気溜りが、国の転移魔法陣のある街の近くで起きた。
偶然ではなく、何か狙いがあったのではないかと思える状況だ。
まあ、単に犯人が転移魔法陣を利用して、あちこちに瘴気発生の魔法陣を仕込んだとも考えられるけれど。
「この国の王都から近い転移魔法陣、か」
ザイルさんが低く呟いた。
「ダインの転移魔法陣は、リオールの次にこの王都から近い場所だ」
自分たちの移動を阻止するみたいだなと、ザイルさんが言葉を続ける。
「そういえば、竜人の里近くの転移魔法陣も、魔獣被害に遭いかけたわね。もちろんジオスが巨大凶暴化した魔獣を、軽く討伐してしまったのよね」
お義母様も今思い出したように口にする。
そちらは竜人族で対応したそうだ。
竜人族の中に聖魔力を持つ者がいるとは、あまり知られていない。
魔獣討伐のついでに、竜人族によって瘴気溜りも浄化された。
リオールの事件より少し前の話らしい。
そのあともまた瘴気溜りが生まれ、この国の瘴気溜り跡から魔法陣が発見されたという話を受けて、あちらも調査をしたら、魔法陣が仕込まれていたという。
「竜人族の移動を阻止しようとしたのか」
ザイルさんが難しい顔で呟いた。
竜人自治区のあるこの王都に近い転移魔法陣二箇所。
そして竜人の里近くの転移魔法陣。
ああ、そうかも知れない。
だとしたら瘴気の発生は、やっぱりヴォバルか、その黒幕の仕業なのかな。
召喚した聖女のところに竜人族が来ないようにした、とか。
私があのタイミングであそこにいなければ、リオールの街にも巨大凶暴化した魔獣が行っただろう。
リオールの転移魔法陣は、無事ではなかったかも知れない。
同じく聖水がなければ、ダインの転移魔法陣も無事ではなかった可能性がある。
もし召喚を主導した人物が、竜人族と聖女の関係、ひいては聖女が竜王の番だと知っていたなら。
今回の異世界召喚は、勇者召喚ではなく、聖女を召喚したかった。
そして召喚した聖女を、竜人族が保護しないように細工した。
そういうことじゃないのかな。
ヴォバルそのものがそう動いたのか、裏に誰かがいるのか。
裏に誰かがいるのなら、何の目的なのか。
わからないことが多いけれど、瘴気溜りの場所にも意図があるように思える。
竜人族が駆けつけることが、困難になるように。
勇者召喚の正当性にしたのは、ついでだったのかも知れない。
「あの召喚の場に、グレンさんたちが来てくれていて、本当に良かった」
私は他の人たちに聞こえないよう、小さな声で口にした。
すぐ近くにいたグレンさんたちだけが、頷いてくれる。
もしも、あの場にグレンさんたちがいなければ。
あのヴォバルの人たちだけの場だったとしたら。
聖女の能力を知られないようにしても、簡単に逃げおおせたかどうか。
こちらの世界のことを知らないまま、現地人を装って他国まで逃げることが、出来たかどうか。
たぶんヴォバルの人たちは、自分たちに都合の悪いことを教えないだろう。
この世界の通貨、この世界の地理。
国と国を結ぶ転移魔法陣があること。
逃げるための知識を得るまでに、苦労したと思う。
ふと思い出す。
あちらの国にいるアユムさんたちは、今どうしているだろうか。
彼女たちが、こちらの世界の知識をどれだけ得られて、逃げるための行動が起こせるのかどうか。
無事に逃げてくれて、合流できたらいいのだけれど。
エメランダの王子も、ルビーノの王弟も、丁寧に挨拶をしてくれた。
特にエメランダの王子は、私の肩にいるクロさんに目をとめて、そちらにも丁寧に挨拶をした。
あれ、クロさんのこと、わかるのかな?
『王子と一緒におるの、エルフやからな。わてのことに気づいたんちゃうかな』
クロさんが言う。
『精霊王のことまで知らん可能性はあるけど、エルフやったら、わてが特別な精霊やとは気づくやろう』
なるほど。同行者が王子に、クロさんが特別な精霊だと教えたと。
それで彼はクロさんにまで挨拶をしたみたいだ。
私とクロさんのやりとりは聞こえないはずだけど、私の疑問は感じたのだろう。
彼は微笑を浮かべて口にした。
「我が国には、聖獣様がおられます。側近のトマムから、聖女様の肩におられる方が、聖獣様以上に特別な存在だと教えられました」
「こちらは精霊王の分身体です」
クロさんの正体は、さっきグレンさんが皆に話した内容で説明した。
「瘴気の源泉の浄化をするため、精霊王の住処に日々招いて頂いてます。一度に浄化できる規模ではないので、少しずつ浄化を続けています」
私の言葉にダインの宰相さんが、またも丁寧に礼をしてくれた。
「瘴気の源泉の浄化とは、誠にありがとうございます。私どもで聖女様の助けになれるものなら、可能な限り協力をさせて頂きたいと、我が国の王からも言付かっております。何かございましたら、お声がけ下さいませ」
ダインの宰相さん、すごく私に好意的だ。
魔力の感じも裏がなさそうだ。
「セラム様たちが召喚の場に居合わせてくださったのは、あなたたちのご協力のおかげだと耳にしております。こちらこそ、ありがとうございました」
こちらもお礼を伝えたら、目を細めて頷いてくれた。
人の好さそうな宰相さんだ。
むしろ後ろの側近の人が、ぬかりないタイプっぽいね。
「セラム様がヴォバルに赴かれる後押しではなく、私も行けば良かったですな。聖女様がこんなに可愛らしい方であれば、竜人族の番になられる前に、是非ともお会いしたかった」
ルビーノの王弟が朗らかに口にした。
途端に、グレンさんの魔力が不機嫌になる。
これはアウトかセーフか、微妙なラインだなあ。
ただのお世辞だろうけれど、表現がなんだか際どいなあ。
ただし魔力に悪い感覚は混ざっていない。
なるほど。王妃様のお身内で、やらかすかも知れない人。
悪い人ではないけど、無意識方面でやらかしかねない人物っぽいね!