15
魔獣の血に含まれる瘴気の影響を、私に与えないようにと気遣われた、グレンさんでしたが。
私だからこそ、浄化魔法で瘴気を消せるのですよ!
ということを証明して、グレンさんの前で鼻息荒く仁王立ち。
グレンさんは、ふたつほど瞬きをして。
ふっと、笑った。
引き結ばれていた口元が、柔らかくほころんだ。
おおお、初めての笑み!
「ありがとう。助かった」
「どういたしまして」
にかっと笑い返してから、踵を返す。
戦っていた護衛さんたちにも、魔獣の血の影響がないか確認した。
何人かが手を挙げたので、その人たちも浄化した。
魔獣を収納した場所も、地面に何やら黒いものが見えたので、浄化をかける。
馬車のところに戻ると、セラム様が私の前に立ち塞がった。
「ミナ、協力して欲しいことがある」
「かしこまりました」
用件を聞く前に、私は承知した。
昨日からの彼の態度や言葉で、無茶を言う人ではないとわかっている。
必要だから、私に要請しているのだ。
出来ることはやるだけだ。
セラム様は、私の即答に目を丸くした後、ふっと笑った。
「助かる。聖女のスキルで、瘴気溜りをどうにかしたい」
瘴気溜りとは、悪いものが溜まって湧いて出ている場所のことらしい。
その瘴気溜りがあると、動物などが魔獣化して巨体化、凶暴化すると説明された。
動物には魔石がないけれど、魔獣になると魔石ができる。
普通の動物だったはずの存在が、瘴気溜りに触れて魔石を持つ魔獣になる。
魔石というのは魔力の塊。
つまり魔獣は魔力を持つことで、強化や硬化など特殊な能力を発揮する。
そのために討伐が厄介な相手になるのだとか。
さっきのを見れば、そらそうだと思った。
グレンさんは軽々とやっつけていたけれども。
ひとりのときにあんなのに出くわしたら、逃げの一手だよ。
瘴気溜りを見つけると、国としては早期に浄化をする必要があるそうだ。
基本は聖魔法スキル持ちを派遣するが、瘴気溜りの浄化は、大抵が犠牲を伴う。
小さな瘴気溜りでも、突然虫が魔虫化することもあるからだ。
そもそもあのように魔獣が発生するようになった瘴気溜りの浄化は、数人がかりで日数をかけ、やっと出来るかどうかだという。
そして聖魔法スキル持ちといっても、瘴気に侵された人の浄化をすれば、瘴気溜りの浄化に参加することが困難になる程度のスキルや魔力らしい。
でも私は、瘴気をあっさりと浄化するほどの聖魔法の使い手だ。
魔力だってそんなに減っていない。
今回は私とグレンさん、他の面々で、犠牲なく瘴気溜りを解消できそうだと、セラム様は判断した。
魔獣が来た方向から発生した場所を探り、私たちは街道を逸れ、森に入った。
しばらくは森の道を馬車で移動したが、その道さえもない場所に来た。
ここに来るまでにも、魔獣に何度か遭遇している。
今はグレンさんも外で騎獣に乗り、遭遇するたびに護衛さんたちと討伐している。
そして私かシエルさんが、その魔獣を亜空間に収納する。
森の木々で動きが制限されることもあり、怪我人も出た。
幸い、私の治癒魔法で治る程度だったけれど、えぐれた肉が心臓に悪かった。
馬車を降りて、徒歩移動を開始した。
私たち異世界組とセラム様は、きっちり結界で身を守っている。
ザイルさんも頭脳派かと思いきや、竜人なので頑丈だと言われた。
竜人という種族のことを、もう少し詳しく聞いてみたい。
徒歩での移動になってからは特に、頻繁に魔獣と出会う。
魔獣との遭遇が増えているということは、瘴気溜りが近いということ。
「これは、かなり大規模な瘴気溜りだな」
セラム様が、眉根を寄せて深刻そうに言う。
今までこの街道の付近で、魔獣被害の報告はなかったそうだ。
なのに、急にこんなにも魔獣が出るほどの、強い瘴気溜りが発生するのは、かなり深刻な事態らしい。
大地の穢れが溜まりやすくなっている。
あるいは、その付近に瘴気の原因となる何かがある。
さっきはグレンさんの活躍に目を奪われていたけれど、ケントさんや他の護衛の方々も、かなり強かった。
人間離れした俊敏な動きや、弾き飛ばされても笑って起き上がる頑健な人たちは、獣人さんだろうか。見た目は人間と変わりがないように見えるけれど。
魔法で盾を出したり、攻撃魔法をしているのは、エルフだろうか。
シエルさんがウズウズし出して、やがて護衛さんたちと一緒に戦闘に加わった。
エルフの魔法を真似て、魔法の盾や、攻撃魔法を繰り出している。
そのうち「ハハハハハ」と高笑いを始めたので、マリアさんが引いていた。
シエルさんって、頭も良さそうだし正義感もあるし、見た目もそれなりなのに。
なんだか私にとっては、少し残念な人だ。
賢者なのに残念とは、これいかに。
ダメだ。自分が残念聖女と呼ばれる未来まで見えて、ブーメランだった。
私も参戦した方がいいのかなと思ったけれど、浄化に専念して欲しいとセラム様に言われた。
なので必要な治癒と浄化だけを行った。
しばらく行くと、進むのも困難な重苦しい空気と、薄暗い靄が立ちこめていた。
ここは使いどころだろうと、浄化魔法を広範囲にかける。
重苦しさが取れ、薄暗かった森が明るくなった。
木々の緑までくすんで色を変えていたようだ。瘴気って怖い。
そして前方に、闇が凝ったような、黒い場所が見えた。
周囲の木々が立ち枯れている。
「あれほどの…」
セラム様が絶句している。
広く大きな黒いその塊は、かなり大規模な瘴気溜りだという。
湖とまでは行かないが、森林公園の大きな池くらいありそうだ。
見通しが悪くて対岸が見えにくいけれど、靄の向こうにある木の感じからすれば、視認できないほどの広さではない。
普通の瘴気溜りの規模はもっと狭いらしい。噴水くらいのイメージだろうか。
そこから黒い靄が出て、周囲に広がっていく。
この濃い靄の影響で、動物などが魔獣化するそうだ。
さっきまで襲ってきた魔獣が、ここらにいた動物だったのだろう。
虫の魔獣もたくさん出た。大きな虫怖い。
でもこの瘴気溜りで変質したものが、この場所から周囲に散っていったので、しばらくの間は新たに湧いて出ることはないと言われた。
別の方角に散ったものを除き、あらかた討伐ができたらしい。
この靄は人間にも悪影響があるらしい。
なので私は、自分の身を結界で覆い、単独で進もうとした。
グレンさんが、ついてきた。
まあ、そうだよね。一掃したとはいえ、魔獣が出ないとは言い切れない。
護衛してくれるんですね。ありがとうございます。
結界をグレンさんにも広げて、二人で瘴気溜りの傍に向かった。
黒い靄を吐き出しながら凝っている、瘴気溜りの淵に立ち、考える。
この大規模なものを浄化って、どうすればいいのだろうか。
ラノベ知識を思い起こしてみた。
たしか魔力を練るという表現があったけれど、あれは具体的にどうするのか。
体の中の魔力を感じて、グルグルと、その魔力を体の中で回してみる。
魔力を強めにする感覚は、なんとなくわかる。
グルグルしている中に、少しずつ魔力を混ぜてみる。
本当に少しずつだ。シエルさんが言った暴発は怖いからね。
この魔力を一気に吐き出すようにして、今できる最大出力で浄化をかけてみて、そこからさらに追加すれば行けるだろうか。
追加で何度も強い浄化をかければ、いいのではないだろうか。
よし、まずは最初の浄化だ。
「浄化!」
声に出した方が、なんとなくきちんと発動する気がして、強めの声を出した。
目の前の黒い池に向けて、体に巡らせた濃い魔力を込めて、浄化をかける。
一気に魔力が抜ける感覚に、少しふらついた。
すかさずグレンさんが支えてくれる。
ステータスを見てみると、一万という、今までにない魔力を一気に使ったようだ。
うん。なんか間違えたかも。
池は小さくなったが、まだ消えないので、追加の浄化をどんどん送り込む。
ふらつかない程度の数千という魔力を込めるようにしてみた。
魔力が残り二万を切ったあたりで、ようやく黒い池が消えた。
心なしか、空気が清々しい。
あとには、広範囲の荒れ地が広がっていた。