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 全力で怖がるふりをしたら、グレンさんに抱き上げられた。誤算!


 だけど、まあ、うん。そうだろうとも。

 怖がる私を守ろうと抱き上げてくれるグレンさん、そういうところも好き!


 しかし今は、マリアさんに対する言いがかりへの対処だ。




「夜会前のことは耳にしましたが、聖女に選ばれたと自慢したいために、誘惑されたと言っていた男の人たちがいたんですよね」

 夜会前のセシリアちゃんの話を持ち出す。


「捕まった人もいたけれど、その話を言い立てていた人は他にもいたと聞きます」


 セシリアちゃんがやっつけた三人以外にも、噂の発生源はあった。

 セラム様は、そうした人たちが罪を逃れるために、マリアさんが聖女を名乗ったと言い出すのではないかと言っていた。


「そして男性を誘惑していた人は、異世界から来た人物だと、新しい話が出て来た。本当に聖女のふりをした人がいたなら怖いです。それとも、女性として素敵なマリアさんに誘惑されたって広めようとしているのでしょうか」


 そう。マリアさんが素敵だから!

 事実無根の自慢話。ありえないことだと印象づける。




「皆様、少し考えて頂けますか。ご自身の隣にいるパートナーが素敵だからって、その人から誘惑されたなんて言い出す人が出て来たときのことを」


 途端に、怖い魔力を感じた。

 おお、お義父様! 落ち着いて! 例え話だから!

 お義母様、お義父様の不機嫌を感じて照れた顔しないで!


「それを言い立てる人にも腹が立ちますが、信じる人のことも不快です。これは、そういうお話なんです」

 意図的に悪意ある噂を発生させる人も、それを信じる人も、不愉快だ。


 私の宣言に、ぽっちゃりお父さんが身を縮める。


「先ほども申し上げましたが、私とマリアさんはお城で常に一緒にいました。竜人自治区へ行ってからは、外出や外の方とお会いするときは、竜人族の方が案内や護衛として側についてくれていました」


 そう。ここは声を大に主張するべき!

 事実無根なんだよ。私もマリアさんも!


「誰かを誘惑するなんて時間も状況も、まったく考えられません。それなのにそんな噂を広められて、非常に不愉快だし、危機感も感じています」

「危機感とは?」


 セラム様が話に乗ってくれた。

 うん。この説明をしたかった。




「性的な噂は、実害を被ることだってあるんです。そういう人物だと見なされたときに、男性がそう扱うことがあるんです」


 なるほどとセラム様、頷いてくれた。


「確かに危険なことだな。実害が出るなら、たかが噂とは言っていられない」

「そうなんです。怖くて怖くて、この国にいられなくなります」


「あらあら大丈夫よミナちゃん。竜人の里に行きましょう。あちらでもミナちゃんがやりたいことは全力で手助けをするし、なんなら食材探しの旅もいいわよね」

 お義母様から魅惑的な提案が!

 食材探しの旅。いいですね!


 会場がざわめいている。

 だよね。私を自勢力に取り込みたい人たちって、私がこの国にいるはずだって考えているよね。


 べつに竜人の里に行ったっていいんだよ。

 旅に出たっていいんだよ。




「私は今、この国の竜人自治区に住んで活動しています。もしも本気で身の危険を感じたら、竜人の里へ移りますが、やりかけのことも多くあります」


 ソランさんのパン屋さん。

 商業ギルド長との、いろんなレシピ登録。

 ドランさんたちの活動。


 レティを応援したい気持ちとか、お友達になったシェーラちゃんやセシリアちゃんとの交流。

 シェーラちゃんのお店の話だって、まだこれからだ。


 しばらくはこの国の竜人自治区に住んで、動く予定だったもの。

 放り出したいわけではない。


「男性からすれば、たかが噂。でも女性は身の危険を感じるのです。移り住みたいわけではなくても、そうするしかなくなります」


「わかりますわ。あちらからすれば単なる嫌がらせでも、こちらにとっては身の危険と感じることはありますもの」

「軽い気持ちでされても、被害を受ける側には大事って、よくありますわ」

 同意してくれたのは、王太子と第二王子の奥様方。


「それで、聖女様としては、どうなさりたいのかしら」

 続けてこちらの意向も聞いてくれる。




「たとえば会場中に誓約魔法をかけて、今後このようなことをなさらないように魔法で縛るのは、どうでしょうか」

「条件が難しいですが、そもそも会場中に誓約魔法なんて、可能なのですか?」


 第二王子妃の言葉に、同意するようなざわめき。

 そこまでの魔力はさすがにないだろうという雰囲気だ。


「セラム様。あのとき浄化したリオール近くの大規模な瘴気溜りは、この会場の広さと比べていかがでしょうか」


 私はセラム様に話を振った。

 セラム様は会場を見回して、なるほどと頷く。


「似たようなものか。むしろあの瘴気溜りを、そう時間をかけずに浄化した聖女にとっては、この会場中に魔力を広げて誓約魔法をかけることなど、簡単だな」


 またざわめき。

 今度は本当に誓約魔法をかける気かと、腰の引けた雰囲気も混じる。

 ふふふ、実行可能ですよ。やるかどうかは別として。




 ここで陛下が歩み寄って来られた。


「聖女様のお気持ちは理解いたしました。しかしながら、この会場の貴族全員にいきなり誓約魔法を使用とは、受け入れられぬ者もおりましょう。誓約文言によっては、思わぬ制限がつくこともございます。この場はひとまず、私に預からせて頂きたい」


 うん、まあ、そうだよね。このあたりが引き時だ。

 私やマリアさんが男性を誘惑なんかしていない、事実無根。

 そんな話を広めている誰かがいて、いざとなればこの国から私は去る。


 そう印象づけられただけで、今回はいいことにする。


「わかりました。私も無茶を申し上げているとは思っております」

「聖女様も、異世界からの客人であるマリア様も、城では女性のみが立ち入りを許されるエリアに滞在頂き、常にセラムの護衛が固めていた。奇妙な噂を勝手に流されている状況であるとは、誰よりも私が存じております」


 国王陛下がマリアさんのことについても、事実無根と宣言してくれた。

 うん。だったらもういいや。




「もしも再び、聖女様やその周囲に何事か奇妙な疑惑が持ち上がり、それが我が国の貴族によるものであれば、そのときには存分に誓約魔法をご使用ください」


 そして陛下、続く言葉でえらい宣言をされた。


 全員に誓約魔法をかけるなんて無茶だとは私も思っていたけど、それでも口にしたいくらいに苛ついていた。

 陛下も今回のことは呆れ果てているんだろう。なるほど。


「このあとは、国外からのお客人も会場にいらっしゃる。これ以上国を騒がすことはならぬ」


 陛下のこの宣言が幕引きだった。




 ちなみに本日、国外からのお客様もいらっしゃる予定だけれど。


 今回は婚活舞踏会に、無理に聖女のお披露目を組み込んだ。

 なのでダンスタイムがひとしきり済んでから、他国の方は会場に入られる。

 その間に国内のゴタゴタを片付けたいというお話だった。


 他国にこの様子は見せられなかっただろうからね。

 他国からのゲストは、その間は聖女レシピの料理などで歓待しているそうだ。

 聖女レシピ……まあ、うん。




 そのあと私は、グレンさんに抱き上げられたまま、挨拶を受けることになった。

 怖がって見せたせいだ。甘んじて受けよう。


 そんな中、貴族の煌びやかな服を身につけた見知った人が来て、少し驚いた。

 商業ギルド長は夜会でも、落ち着いた服装のイメージだったけれど。

 今日は襟飾りなどが少し派手な、貴族らしい装いだ。


「ボンド・マーエル。マーエル子爵の弟です。まあ、既に家からは独立しておりますが」

 商業ギルド長から貴族出身として家名を名乗られた。

 おお、貴族だったんだ。


 まあでも、そうか。この世界で教育を受けている人って、限られるよね。

 貴族か裕福な商人だから、商業ギルドの要職につけるような教育を受けている。

 なるほど。


「この会場中の方に誓約魔法をかけようとは、聖女様なら可能でしょうが、剛毅な案を出されましたな」

 ギルド長から笑われた。


「しかし納品される聖水の量が減りますでしょうから、その機会はない方がありがたいですな」

 そうですね。実行したらかなり魔力を使いますね。

「今は精霊王のところの浄化と、聖水を作るので、手一杯ですからね」


 魔力量が増えて聖水作りに余裕が出来ていたけれど、クロさんのところの浄化があるから、日中に回復しながらでも大変なんだ。


 それでも夜寝る前の聖水作りは続けている。

 今まで通りの量を納品出来るように、頑張っている。


 しかし必要なら会場中に誓約魔法、やりますよ!




 あと、セラム様に挨拶をしてから、こちらに来られた人物。

「レナルド・サムエルと申します」


 サムエルってどこかで聞いたなと考え込んでいたら、直前に挨拶をしようと近づいてきていた人が口にした。

「おや、前軍務大臣のご子息でいらっしゃいますね」


 あ、そうだ。レティに変なことを吹き込んでいた、最初の軍務大臣の家!

 するとこの人が、セラム様の三男同盟という勉強会に参加していた、サムエル侯爵家のまともな人!


「初めまして、ミナと申します」

 にこやかに私が挨拶を返すと、生真面目な顔で礼をとられた。

「以前我が家がご迷惑をおかけいたしました。新当主として謝罪いたします」

「謝罪をお受けします」


 どうやら交流というよりも、謝罪をしたかっただけみたいだ。

 私が言葉を返すと、穏やかな微笑みで黙礼が返された。

 なんだか控えめな人だ。印象はとてもいい。




「聖女様、私はオスカー伯爵のラウムと申します。お見知りおきを」

 レナルドさんが前軍務大臣の息子だと声を上げた人も、私に挨拶をしてきた。


 こちらはなんだか嫌な感じの魔力だ。

 少し眉が寄った私に、微笑のまま彼の眉が少し動く。


「前軍務大臣のことで、我が国と聖女様の仲がこじれたと聞きますが、あっさり許されるとは聖女様らしい慈悲ですね」

 微笑みで聖女の慈悲を口にする、表面上はいい人っぽい。

 でも何か裏がありそうで、気持ち悪い感じだ。


「軍務大臣だった方が私の情報を漏らして困ったのは事実ですが、当人と彼は別人でしょう。それに、おかげで早々にグレンさんの番になれましたから」


 あれがなかったら、竜人自治区へ行くことも、グレンさんとの再会も、もっと遅かっただろう。

 今、私が竜人自治区で快適に暮らしているのは、あの一件があったからだ。


 そうですかと、彼は穏やかに頷いた。

「いやはや、聖女様の慈悲は素晴らしい。私ともよしなにお願い致します」

 言い置いて、立ち去っていく。




 表面の態度と魔力の印象が一致しない気持ち悪さに戸惑っていたら、セラム様がそっと言った。


「彼はボスカ伯爵と呼ばれている。気をつけた方がいい相手だ」

「ボスカ?」

 さっき名乗ったのと違うなと思っていたら、どうやらあだ名らしい。


 ボスカという魔獣がいるそうだ。

 昼は無害な小動物。

 夜は闇の力を増幅して、凶暴に獲物をむさぼり喰らうという。

 その二面性から、ボスカは恐れられている。


 子供がうっかり連れ帰り、可愛がっていたら夜にその家が全滅したという逸話があるほどだ。

 そこから二面性のある人物を、ボスカと呼ぶようになった。




 いろんな疑惑があるけれど、直接の関与がわからないことが多い人物。

 今回の聖女に関する出来事も、彼の名前が出たけれど、はっきりとした事実は確認出来なかったそうだ。


 なるほど、用心をした方がいい相手なのか。

 魔力の印象が悪くて私は構えたけれど、魔力を感じられなかったら、見た目と態度は好印象な人物だった。


 無害な顔をして、裏で何かをしていそうな人。

 悪いことをしても発覚しないなんて、怖い相手だなと思っていたら、商業ギルド長がぽつりと言った。


「あの方のご家族はたしか、マリア様の商品を購入できなかったのですよね」




 いくら狡猾でも、魔法契約は誤魔化せないようだ。

 マリアさんの報復が、なにげに一番効果があった。


表に名前が挙がらないように暗躍していた人たちも、マリアさんの報復はひっそりと受けていたというお話でした。


次回から他国のお客様登場です。

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