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シースイ湖畔へのお誘いは、なぜか私にまで声がかけられた。
その伝説は今聞いたばかりでよくわからないけれど、セシリアちゃんのお友達との交流は、興味がある。
彼女たちは、私とグレンさんを見て目を輝かせている。
どうやら私たちも彼女たちの観賞対象らしい。あー、だよねー。
「あの、エオナ様ご夫妻も招かれるということは」
おっと、今度はお義母様たちにスポットが当たった。
そういえばさっき別室で、お義母様とお義父様のなれそめも、隣国で有名な恋物語になっていると聞いたね。
この人たち、観賞カップルが増えそうなことでウキウキだけど、本当に自分の縁談はいいのかな。
レティからのお誘いに、タイミングが合えば是非とお義母様が答えている。
セシリアちゃんは、シースイ湖畔へ行くことは乗り気だ。
でもアランさんにエスコートされるのは、ちょっと腰が引けた感じだ。
たぶん公爵夫人という立場は、重いのだろう。
それでも病弱だったときから、あれだけの物語を書けるスペックがあったセシリアちゃんだ。
健康になった今、学びたいだけ学べるし、基礎スペックは高いはずだ。
友人が言っていた言葉を思い出す。
『趣味に生きる人間はね、自分の興味ある分野の学びには、貪欲なのよ』
私がお菓子の知識やアイデアを色々と知りたがったのと一緒だろう。
セシリアちゃんは、最高位貴族のしきたりとかに興味を持ちそうな気がする。
今まで触れたことのない分野も、セシリアちゃんが興味を持って学べば、あっさり習得しちゃうんじゃないかな。
アランさんはともかく、フィアーノ公爵夫妻はそういうのが上手そうだ。
誘い文句に、セシリアちゃんが興味を持つ分野を出したあたりが、セシリアちゃんの特性に合わせていそうだ。
アランさんとセシリアちゃんの組み合わせって、実際どうなんだろう。
アランさんは貴公子な見た目とは裏腹に、うかつで大雑把な残念兄ちゃんだ。
聖水実験で公爵領の瘴気溜りを浄化したとき、私に頭を下げて、聖女だとバレそうな行動に、うかつだなあと思った。
大雑把さも、騎士団の人たちとのやりとりが、なんとなく大雑把に見えた。
実際に色々と大雑把エピソードが出て来て、具合の悪い女性に肉を届けさせるとか、ないわーと思うところだ。
でも、侍女長や母親に叱られた話を、へろっとしてしまう人だ。
逆に言えば、女性に主導権を握られても平気な大雑把さとも言える。
基本的に朗らかで鷹揚。
初対面のときは不機嫌な魔力だったけれど、実際に何かをされたわけではない。
それにあれは、魔力感知が出来る私やマリアさんだけが感じたものだ。
私の周囲には魔力感知の出来る人が多いけれど、一般的に魔力感知が出来る人は、それほど多くないらしい。
あのときグレンさんもレティも、アランさんの怒りや警戒は感じていなかった。
貴公子スマイルで、ちょっと笑顔の圧があった程度だ。
不機嫌でも、いきなり乱暴なことをするような人ではない。
セシリアちゃんの失言も、笑って流せる度量がある。
執筆したいとき、したいだけさせてくれる鷹揚さもありそうだ。
うかつで大雑把な欠点は、セシリアちゃんにお尻を叩いてもらったら、どうにかなりそうな気がする。
あれ、これ案外いい組み合わせなのかも。
ただ二人揃って暴走夫婦になりかねないのが怖いところだ。
セシリアちゃんのお兄さんは、反対意見を出さず様子見に入った。
すぐ婚約者になるわけではなく、婚約者候補として交流するという点で、構えを解いたみたいだ。
さっき話に出たように、厄介な縁談を持ち込まれているのかも知れない。
アランさんの婚約者候補として、そちらをお断りする方がいいという計算かな。
そう考えていたら、私の方を見た。
目線が合ったので黙礼したら、そっと近づいてきて、小声で話しかけてきた。
「聖女様、初めてお目にかかります。シーモル伯爵家のカインと申します」
「あ、聖女のミナです。初めまして」
「聖女様は、セシリアの友人と伺っております」
カインさん、真剣な顔を私に向けている。
私はすかさず頷いた。
「はい。セシリアちゃんはお友達です」
「もしセシリアが望まぬ縁談に縛られた場合は、助けて頂けますでしょうか」
おお、セシリアちゃんの逃げ道の確保が、私に委ねられた。
まあね。セシリアちゃんが嫌がったら、もちろん手は貸すよ。
アランさんがセシリアちゃんにとっての最悪だったら、全力で手を貸すよ。
そんな意思を込めて力強く頷いたら、カインさんも頷いた。
アランさんはセシリアちゃんの手を再びとり、熱心に話している。
「私が公爵になっても、公爵夫人の責務が重荷であれば、そこはどうとでもなる」
あ、シオン君が次期公爵という話は、可能性の話みたいだ。
そうだね。シオン君がどんなふうに大きくなるか、まだわからないものね。
「女主人の役割も、信頼できる補佐をつければいい」
「え? あの」
セシリアちゃんが押されている。戸惑っている。
「公爵家に縛り付けず、自由に執筆できる環境も整えよう」
「いえ、あの……今は書くのが楽しくて、そうしたご縁は考えておりませんわ」
「そうだな。まずはお友達からというところだな」
「いえ、あの、ええ?」
ひたすら戸惑うセシリアちゃん。ちょっと面白い。
「セシリア嬢に今まで縁談はなかったのか」
「体が弱く、どこかへ嫁入りなど考えられなかったもので」
「体が丈夫になった今は?」
「元気になったからこそ、書くのが楽しくて、縁組みなどは」
「セシリア嬢は、私と接して態度を変えないところも好ましい。是非とも前向きに考えて欲しい」
ぐいぐい行くアランさんに、少し引いたセシリアちゃん。
そんな妹の肩に、カインさんが手を置いた。
「単なる候補だから、大丈夫だよ。単なるお友達だよ」
カインさんの中で、アランさんがセシリアちゃんの風よけになることが決定したようだ。
そのあと私は、セシリアちゃんのお友達とも挨拶を交わした。
彼女たちは実際にグイグイ来る感じはなく、控えめだ。
さすが観賞気質な人たちだ。
気になっていた、ロミオとジュリエットなカップルにもご挨拶が出来た。
スマートで人当たりのいい印象のお二人だ。
朗らかで元気そうな奥さんと、知的な旦那さんだ。
夫のルドリオさんは、家名のない平民として高級文官試験を突破した。
でも今は実家の子爵家の家名を名乗り、マシウス夫妻だ。
「凝り固まっていた僕に、新しい景色を見せてくれたんです」
本を読んだことを伝えたら、旦那さんがベタ惚れ状態の惚気を口にした。
「ルドリオは抑圧されていただけで、ちゃんと柔軟な思考よ。頭もとてもいいの」
あ、奥さんもベタ惚れだ。面白い夫婦だ。
妻のアイラさんは、領地改革をずいぶん手伝っていたみたいだ。
父親が補佐官に丸投げしていた領地経営を、家名を使える彼女が手伝ったのだと説明された。
「みんな頭が固いのよ。なぜあんなに枠組みで縛りたがるのかしらね」
あちらの世界でも、縦割り行政の弊害とか色々と言われていた。
そういうのを彼女は正したそうだ。
あとは領民の教育として、寺子屋みたいな制度を作った。
近隣領との経済活性化も提案した。
「湖の景色も、魚やエビも売りになるもの。観光地として人を呼び込むのは、近隣領も巻き込まないと」
「魚やエビ、ですか」
「ええ。赤身魚も白身魚も美味しいわよ」
魚や貝や甲殻類が色々といるらしい。干物も美味しいという。
海産物みたいだなと思い、ふと考えた。
もしかしてこの世界、湖で海産物的なものがゲットできるのかも!
あるかも知れない。魔力でそういう効果だってありそうだ。
逆に海の生態系も地球とは違いそうだ。
それらを購入したいと言ったら、商業ギルドを介した取引方法を教えてくれた。
話がサクサク進んで、旦那さんだけでなく、彼女も頭がいいなと感じる。
そんな私たちを見て、声をかけやすいと感じたのだろう。
さらに周囲にいた人たちからも、次々と挨拶を受けた。
名乗られるけれど、覚えられない。
場にそぐう格好をした貴族の人たちは、雰囲気が似ている。
うまく区別がつかず、顔を覚えられる気がしない。
まあいいかと、笑顔を心がけて挨拶をした。
「聖女様がこのように可愛らしい方とは」
話しかけて来る中には嫌な空気も混じっているけれど、スルーできる程度だ。
夜会開始前にセシリアちゃんと会話が弾んでいた、特殊な趣味のお嬢さんたちのカップルも混じっている。
ぽっちゃりさんとスマートな女性のカップルは、男性のご両親もぽっちゃりさんだった。
ぽっちゃり一家に、あのスレンダー美人さんが加わるのか。
あの人にとっての天国だな。
そのぽっちゃりさんの父親が、そっと私に囁いた。
「聖女様。その……異世界の方々を、あまり側に置かれない方がよろしいのではないでしょうか」
ちょうどマリアさんやシエルさんと、離れた位置にいたときだった。
私も異世界の人ですけどと、喉まで上がった声を飲み込む。
ここでそう反論しても、聖女は別枠みたいに考えていそうだ。
それにどういう意図の話か、理由を訊かないとマズイ気がする。
いきなり私にこんなことを言った理由が、何かあるはずだ。
彼は言葉を続けた。
「異世界の女性が聖女を名乗っていると、耳にいたしました。あの噂は、聖女様を名乗る者が引き起こした騒ぎだとか」
私はその人に向き直る。
マリアさんが聖女を名乗ったと言い逃れをされるのではという、あの話だ。
でもちょっと予想していた方向と違った。
この人から悪意は感じない。心配そうな顔で忠告してきている。
誰かからそう聞いて、話しかけてきているみたいだ。
搦め手で来たなと、不快に感じた。
他の人に話を吹き込み、都合良く事態を動かすなんて、嫌な感じだ。
「あちらの女性がそう名乗ったと、確認したのですか? 本当に彼女がそんなことをしたと、確信する理由があるのでしょうか」
「異世界から来られた方が、聖女様を名乗ったと聞いております」
「異世界から来たということも、そう言ってるだけかも知れないでしょう」
私の言葉に、相手は戸惑った顔になる。
どうしてそれを鵜呑みにするのかがわからない。
「マリアさんは、お城でずっと私と一緒にいました。竜人自治区に行ってからは、出かけるときはいつも竜人族の人が、護衛や案内として側にいました。私とマリアさんが別行動のときは、それぞれに竜人族の人がついていました」
これは二度とマリアさんに疑いが行かないよう、大きく広めるべき話だ。
「その話が本当なら、絶対にマリアさんではありません。誰か知らない人が、聖女を騙っていることになります」
私は久々に、全力を出そうと思った。
グレンさんの腕にしがみつき、怖がってみせる。
「他の人が、そんなふうに聖女を名乗っているなんて、とても怖い話です。自分は聖女だと言って、変なことをしている人がいるなんて!」
グレンさんの腕に顔を押しつけ、高い声を上げる。
「そんな人がいるのは、とても怖いです。ちゃんと調査をして欲しいです!」
大げさに怖がって見せたせいだろう。
グレンさんがすかさず、また私を抱き上げた。
短い地上生活だった。
夜会編、メモ書きから少し構成を変えてギリギリ更新を連続していたら、とっ散らかりました。国内貴族のゴタゴタ、次回でひとまず終了です。