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 さて、夜会は交流のための場だ。

 引きこもってばかりでは、いけないそうだ。


 私たちも他の方々と歓談するため、高い場所から下りたときのことだった。


「聖女様は瘴気対策に力を入れて下さっているとか。であれば、軍務大臣との相談ではございませんかな」

 私たちが下りてくるのを待ち構えていたみたいに囲まれた。


 年配男性の一団なので、普通なら腰が引けるところだ。

 今はグレンさんの大きな手にエスコートされているので、不安はない。




 軍務大臣かあ、と私は思い返す。

 お城の庭園に押しかけてこられて、あのとき会った新軍務大臣って、今どうなっているのだろう。

 あのとき話したなあと、内容を思い出し、そのまま口にしてみた。


「新しい軍務大臣の方からは、私を浄化に同行させないと、宣言されましたね」


 私が言うと、ざわりとそこかしこで声が上がった。

 皆様、私たちの会話に、聞き耳を立てていたみたいだ。


 あれ、新軍務大臣が拘束されたこと、貴族院の承認がすぐにされたと聞いていたけど、話が広まっていないのかな。

 少なくとも私に話しかけてきたこの人たちは、知らなかったみたいだ。


 あとから知ったけれど、こういった人たちをあぶり出すため、表向きは少しトラブルがあり謹慎になった程度だと、されたそうだ。

 この夜会でケリをつけられるよう、色々と罠を用意していたのだとか。


 まあいいと、私は会話を続行する。


「神殿に住まないと浄化に同行させないと宣言されたので、私は浄化には参加出来ないそうです」

「そ、それは神殿に行かれればよろしいかと」

「グレンさんの番なのに、引き離されるということですか?」




 私の言葉に、うっと相手の人は黙った。

 だよね。竜人族の番同士を引き離すとか言えないよね。


「そうした事情があったので、聖水で協力態勢をとっております。番のグレンさんと離れて暮らすなんて、考えられないので」


 私の宣言に、グレンさんが私を抱き上げて、抱きしめた。

 おっと、スカート! と、慌てて裾を押さえる。


 視界が高くなり、さらに安心感が増す。

 囲んできた男の人たちを見下ろしている状態なので、圧が減った。


「そ、そういえば聖女様は、聖魔力の溶け込んだ水を聖水として、商業ギルドで売っていらっしゃるそうですね」

 別の男性が声を上げた。


「しかも魔力が本人のものか確認の上で買い取りをされる仕組みだそうで」

「人々の安全のためのものが、売買とは」


 嘆かわしい、という話し方をされるけれど、そもそも聖魔力の持ち主が浄化に同行するときの料金の方が、すごく高額だったと聞いているのだけれど。

 そっちの方が、ぼったくりだったんじゃないのかな。




「聖女様は、商業ギルドの口座にずいぶんと貯め込まれているそうですな」

「この国に来られて数日の間に、ずいぶんな稼ぎ方をされたとか」

「豊富な魔力で、人一倍の利益を得ていることでしょう」


 嫌な言い方だ。

 でも確かに、私の聖水を売ったお金は、すごいことになっている。


「低い魔力の聖スキル者は、今までの一律利益を得られない。ずいぶんな仕組みですね」

「なるほど。聖女様といっても清らかとは限らない。小ずるい人でも、豊富な聖魔力で聖女となれるわけだ」


 男性の言い分に、グレンさんは不思議そうに首を傾げた。

「豊富な聖魔力を持つ女性だから聖女ではない。聖女だから、豊富な聖魔力を持つのだが」


 あ、そこに反論するんだ、と思ってしまった。

 私としては、小ずるい人という言葉がグサッと来たのだけれど、そっちはスルーなんだ。

 そう思っていたら、さらにグレンさんは口を開いた。




「あなたは、聖女はその慈悲をもって、人々に奉仕するのが当然と考えるのか」


 小ずるいとか言った人に、グレンさんは訊いている。

 彼は我が意を得たりとばかりに、頷いた。

「私はそう思っていただけに、残念です。金銭を貯め込む聖女などとは」


 グレンさんは、やっぱり不思議そうな顔だ。

「それは神殿の考え方だろうか。神殿の聖職者は、人々に奉仕するのが当然ということか」

 民族衣装みたいなものを着ているその人は、どうやら神殿の人みたいだ。


 さっき壇上から、視界の端に豪華な服を着たエドアルドさんが見えたのだけど。

 神殿のおかしな人は、彼がどうにかしてくれないのだろうか。

 そう思うけれど、近くにエドアルドさんは見当たらない。


「そのとおりです。我々の信義がそうであるだけに、聖女様がそのようでは……ギルドの口座にお金を貯め込む聖女などとは、ずいぶんな話に思えます」

「そうか。オレは番には、好きに生きて欲しいと思っている」


 きっぱりと言い切ったグレンさん。

 神殿の人が、ポカンと口を開いた。




「我が身を守る、自分の利益を考えることは、当然だろう。むしろそれがないと、生存本能に欠けているのではないかと心配になる」


 真顔で話しているグレンさん。

 相手の反応はスルーだ。


「人を傷つけてまで利益を得るのは、間違っていると思う。しかし自分の利益のために交渉すること、きちんと対価を得ることは、大事なことだろう。それがずるいと言われるなら、生きるためのずるさは必要ではないのか」


 小ずるいという言葉に、私はなんだか傷ついた。

 ずるいことはいけないことだと、漠然と思っていた。


 でも生きるためのずるさは必要だと、グレンさんは言う。

 いや、ずるさじゃない。ちゃんとした権利を守るための知恵だ。


 私がグレンさんに添えた手に、きゅっと力を入れたら、グレンさんがこちらに優しい目を向けてくれる。

 ああもう、グレンさんが大好きだ!


 グレンさんの考え方は、気持ちが楽になって好きだ。

 幼なじみに変な絡まれ方をして、ずるいと言われる状況は、嫌いだった。

 でもずるい私もいいと、グレンさんは言ってくれる。


 むしろ、ちゃんと立ち回らなければいけないと、知恵を働かすことを応援してくれる。

 こういうグレンさんだから、たびたび惚れ直してしまうのだ。




 相手が何か声を発する前に、さらにグレンさんが続けた。


「逆に神殿は、我が身を犠牲にするようにと、聖女に求めているのだろうか?」

 心底から不思議そうなグレンさん。

「我が身を犠牲にしてでも社会奉仕をするべきだ、自分が得た金銭は世間のために使うべきという考えが、神殿の信念だろうか」


「そ、そうだ」

 少し怯んで、だけど引けない姿勢の神殿の人。


 そうかと、グレンさんは重々しく頷いた。

 いつもの低い美声が、重要そうに響く。


「なるほど。立派な志だが、オレの番にそれを押しつけられても困る。あなた方は、その信念のもとに行動されればいい」

 うむうむと頷きながら言うグレンさん。


「あなた個人が自身の財を社会奉仕に使われるというなら、好きになさればいい。無償で浄化をすべきという考えも、ご自身の魔力であれば咎めるものではない」

「いや、私自身は聖魔力はもっておらず」

「浄化能力がなくても、魔獣討伐をすればいい。世界の安寧のための行動は、浄化だけではない。肉体労働でも、あなた方が自身の信念で動かれるのを、誰も止めはしない」


 あっ、純粋なグレンさんの言葉が、相手を抉っている!

 相手は自分がしたいわけじゃなくて、たぶん私にさせるための口実だ。

 純粋にそう来られると、たぶん困っているだろう。


「そのような話ではない。ずるい考えを持つ者が聖女などと、我々は不幸だと感じると言っておるのだ」

 やっぱり相手の人は怒り出した。

 苛立った口調で、グレンさんに言い募っている。




「ずるいというのが、よくわからないな」

 本当にわからない顔で、グレンさんが首を傾げる。

 うん、可愛い。


「人を傷つけてでも欲を貫くなら、それはいけないことだろう。しかし普通に対価を求める交渉をするのは、人の営みとして当たり前だと思うのだが」

「いや」


 正論でグレンさんが相手を打ち砕いている。

 いつもは無口なグレンさんなので、こんなふうに弁が立つとは思っていなかったらしい。相手が今になって慌てている。


 ふふふふふ、グレンさんはちゃんと頭がいいんだからね!

 ちょっとズレてるだけで、しっかりとした考え方をしてるんだからね!




「我が身を犠牲にするようにと、聖女に求めているというが、逆に聖女から搾取しようという方が、聖女を傷つけてでも得をしたいという考えに思える。あなたが言うのは、そうした話ではないのだろう?」


 おお、高等技をグレンさんが繰り出した。無意識だろうけど。

 ひどい認識の話を先にして、そういうことではないのだろうと念を押す。


 そうではないとしか、相手が言えないパターンだ。


「ああ、もちろんだ」

「それであれば、彼女が異世界の菓子職人として、こちらに菓子や保存食をもたらした利益を、人に分けろなどという無理が通らないことは、わかるだろうに」


 グレンさんのその言葉に、沈黙が落ちた。

 あ、だよね。相手の人は聖水の話をしていたよね。


 そしてグレンさんの認識は、私の料理レシピやお菓子で得たお金だよね。

 だって商業ギルドの私の口座に入っているのは、料理レシピやお菓子の対価で得たお金だもの。


 聖水は、聖女口座という別枠にしてもらっているもの。




 彼らは聖水の話とごっちゃにして、私の商業ギルドの口座の話をしたけれど。

 ギルドの口座にお金を貯め込んでいるという話になったとき、グレンさんの中では、お菓子やレシピ料のお金を、私から彼らが取り上げる話になっていた。


「菓子、職人?」

 相手の人が、心底呆けた顔で呟いた。


夜会編の先の部分をチェックしていたら、過去の書き忘れに気づきました。

116話に少し書き足しております。

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