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「はじめまして、聖女のミナと申します。異なる世界から召喚され、セラム様に保護をして頂きました」
大勢の人たちを前に、緊張しながら声を張る。
「今は竜人族グレンの番となり、竜人自治区で暮らしております。人々の安全のための瘴気対策には、なるべく協力をしたいと考え、王族の方々や竜人族の皆と相談をしながら、進めております」
話そうと思っていたのは、王族の方々との良好な関係。
そしてグレンさんの番として、既に竜人族の一員であること。
瘴気対策には、ちゃんと協力をしていること。
私のあとにはシエルさん、マリアさんがそれぞれ、異世界から召喚されて、私と同じくセラム様に保護されたと挨拶をした。
こちらに向けてのヤジなどは飛ばない。
貴族の夜会だものね。そうだよね。
初っぱなから絡まれずに済んだなと、ほっとした。
そうして用意された特別席のひとつに座り、飲み物を口にした。
席に座って落ち着いたけれど、フロアより少し高くなっている場所だ。
目立つので、お行儀良くしなければならない。
挨拶を終えても、ちょっと緊張感が続いている。
これからファーストダンスが始まるそうだ。
もちろん私たちは、踊らない。踊れない。
ダンスをするのは、最初に国王夫妻と王太子夫妻。
それから第二王子夫妻と、セラム様とレティのペア。
私たちは席で飲み物を頂きながら、ゆったり見学をすればいい。
今回の夜会は、お城で計画されていた、貴族の婚活のための舞踏会だった。
ファンタジー小説に出て来そうだなあと思いながら、高い場所にある特等席から、それを見学出来る状況。
シエルさんはファンタジー好きでも、舞踏会への関心はないみたいだ。
一方マリアさんは、キラキラした目で会場を眺めている。
色とりどりの煌びやかなドレスに、アクセサリー。
男性の衣装もとても華やかだ。
服飾に携わる人からすれば、側に寄って見たいと思うだろう。
あとから私たちもフロアに下りて、歓談に混ざることになる。
そんな流れは聞いている。
ダンスのための音楽は、音楽家たちの席が会場の一角にある。
なんと生演奏だ。
異世界のオーケストラと呼ぶべきか、色んな楽器がありそうだ。
生演奏を聞くだけでも、贅沢な気分になる。
私たちの世界の楽器とは違いそうだけれど、おおよその雰囲気は理解できるものが多い。
リズムをとるための太鼓みたいなもの。
笛みたいな楽器や、弦楽器まである。
つま弾く小型のギターみたいなものは、なんだろう。キレイな音色だ。
鉄琴みたいな楽器も、不思議な響きだ。
聞けば鉄琴ではなく特殊な鉱石を使った、石琴みたいだ。
音の伝達に特化した魔力を帯びた鉱石らしい。ファンタジー素材だ。
ギターに似た楽器も、特殊素材の糸で、魔力の帯び方で響きが違うという。
異世界のパイプオルガンみたいな楽器もあった。
パイプオルガンほど大仰な規模ではないけれど、鍵盤楽器で、魔力の込め方でいろんな音色が出せるそうだ。
弾くのに技術が必要で、奏者によってかなり音色が変わるという。
そのパイプオルガン的な楽器が、異世界オーケストラの中心になっている。
確かに重厚な音色、軽やかな音色、その変化がすごい。
異世界オーケストラの楽器については、レティがウキウキと教えてくれた。
レティのお母様が音楽好きで、レティにも教えてくれるらしい。
お城の楽団は、楽器も超一流らしい。
それぞれ異世界のストラディバリウスみたいな、すごい楽器だそうな。
ファンタジー宮廷音楽、すごい!
私たちの席は特等席で、音楽もよく聞こえる。
いろんな音色のハーモニーを耳に、優雅に飲み物を頂く。うん、素敵だ。
そして始まるダンス。
国王陛下と王妃様、王太子夫妻、どちらも優雅で見事だった。
そういえば王妃様も、別の国の王女様だったよねえと、改めて感じる。
魔術研究者の面ばかりが強調されて、そちらをうっかり忘れそうになる。
王太子夫妻も、そつがない感じだ。
息の合ったダンスを笑顔でこなしている。
王太子ってまだ話していないし、ぼうっとしているようにも見えるけれど、ダンスをしているところは王族らしい雰囲気だなあと思う。
飲み物を頂きながら、生演奏と優雅なダンスの観賞。
実にいい。
だからグレンさん。
用意された軽食を、私の口にさっそく運ぼうとするのは、やめてもらいたい。
ここでそれは、やめて下さいグレンさん。
しょんぼりされても、目立つ場所ではダメなんですってば!
クロさんも口開いてそれ食べようとしないで。バレるから!
会場は、テーブルや椅子がある一角と、広い場所にわかれている。
広い場所が、ダンスと歓談をする場所。
テーブルや椅子がある一角は、休憩場所という感じだ。
王族用のこの席みたいに、飲み物と軽食をそこで頂けるみたいだ。
なるほど、立食パーティーではないのだね。
考えてみれば、舞踏会という皆がオシャレをしている場だ。
人混みで立ったまま飲食物を手にしているのは、危険だろう。
陛下たちのダンスが終わり、セラム様たちが代わりにフロアの真ん中に立つ。
第二王子夫妻は、運動能力が抜群そうな、キレのあるダンスだった。
優雅よりも体育会系のダンスに、おおっと思わず声が上がる。
競技ダンスとかは、こんな感じなのかも知れない。
セラム様とレティは、対比するように優雅系だ。
おとぎ話の王子様とお姫さまのダンスシーンみたいで素敵だ。
許されるなら声援を送りたい気分だけれど、控えておく。
せめて見逃さないようダンスを見守り、ダンスを終えた彼らに拍手を送った。
拍手みたいなものは、こちらの世界にもあるみたいだ。
彼らの踊ったあとは、自由にダンスフロアでダンスが出来るようになる。
男性が女性に声をかけている様子が見える。
貴族の婚活的な場だというから、話をしたりダンスをしたり、交流をして相性を見るのだろう。
家同士で婚約が結ばれることもあるけれど、家の都合での婚家がなければ、こうした場でお相手を探すらしい。
ふと、アランさんが女性に囲まれているのが見えた。
こういう夜会での仕様なのか、貴公子スマイルで無駄にキラキラしい。
セシリアちゃんが派手に猫を引っぺがしたけれど、何事もなかったかのように被り直している。
本当に人気者みたいだ。中身はアレなのに。
セシリアちゃんが大々的にバラした後も人気継続中とは、すごいな。
もしかすると中身がアレなことは、とっくに知れ渡っていたのかも知れない。
アイドルみたいな人気っぽいな。
セシリアちゃんも見つけた。
男性ではなく女性たちとおしゃべりをしている。
そしてメモをとっている。
うん。安定のセシリアちゃんだ。
お兄さんが、セシリアちゃんにぴったり寄り添い、女性に声をかけられても、あしらっている様子が見える。
なるほど。
お相手のいないお兄さんも、きっとあれが安定スタイルなのだろう。
「すごいわねえ。物語の一場面に入り込んだみたいだわ」
マリアさんのはしゃぐ声。
だよねえ。なんだかすごい世界だよねえ。
「ベルサイユ宮殿とかの王宮舞踏会って、こんな感じだったんでしょうか」
「そうだな。華やかな音楽、豪華なドレス。あちらだったら、ワルツが流れるところだな」
そういえばこちらのダンス音楽は、耳に馴染みがない、不思議な響きだ。
でも踊っている人の動きとは調和しているから、こういうものなのだろう。
それも異文化らしくて面白い。
「あら、聖女様のいらした世界でも、こうした夜会はあったのかしら」
私とマリアさん、シエルさんの話に、王太子妃から質問が来た。
「昔の外国では、あったと聞いています。日本では……なんだろう、宴会?」
「宴会というと、一気に忘年会や居酒屋という砕けた雰囲気に聞こえるな。やはり外国のパーティーが近いイメージではないか」
「あ、だったら親戚の結婚式の披露宴でしょうか。高校生のとき制服で出席しました。あれは華やかでした」
「あら、制服だったの。そういうときこそ、洒落たワンピースをオネダリするチャンスなのよ」
日本のことを話すと、どうしても内輪話になってしまいがちだ。
マリアさんと私は、うっかり二人で盛り上がってしまう。
私たちの話が逸れていく横で、シエルさんが王太子妃に説明した。
「こちらの夜会は、西洋という文化圏のパーティーに似ているな。私たちの暮らしていた日本は島国で、かなり独自の文化だった。日本古来の会食や宴席は、こちらとかなり形式が違う」
日本のお座敷文化なんて、こちらの世界の人にはわかりにくいだろうね。
昔の日本……十二単の人たちが並んで、ご馳走が運ばれてくるイメージかな。
いや、それは遡り過ぎたか。
うーん、江戸時代とかは、ひとりずつお膳が並べられる、あれかなあ。
懐石料理が日本の偉い人たちの宴会風景に近いのかなあ。
どっちにしても、畳文化が前提なんだよねえ。
そう思っていたら、日本の文化について、第二王子妃がどういうものか知りたいと、突っ込んで質問をしてきた。
マリアさんから畳や板の間という日本の建物と、着物の話が出た。
ダンスも日本舞踊の独特の所作があると説明がされる。
シエルさんからは昔の身分制度として、平安時代の宮廷と、その後の幕府や武家制度の話などが出る。
私は和食や和菓子、お茶席などの話をした。
あとお正月のおせち料理、重箱料理の話なんかもしてみる。
お料理の話には、ティアニアさんが興味を示して、そのうち重箱に料理を詰めて、みんなでピクニックに行こうという話になった。
男性陣は、シエルさんの口から出た「日本刀」の話に盛り上がる。
特に第二王子が色めき立っていた。
「ほう、切れ味に特化した剣ながらも、峰打ちという打撃も出来るのか」
「ふうむ、魔力を通して切れ味に特化させることは出来るが、片刃、か。使いこなせば、面白い武器だな」
珍しくもお義父様まで、会話に参加している。
お義母様も興味津々なのは、騎士を目指していた人だからか。
「刃がどちらを向いているか、常に意識して戦う必要があるのだな」
「力押しが必要なときは、峰側に手を添えられるのね。非力な女性にもいいわね」
「片手でも両手でも扱えるのか。二刀流? なんだそれは」
シエルさん、過去のいろんな剣豪の話までして煽っている。
いや、煽っているんじゃないな。めちゃくちゃ楽しそうに話してるね。
「ああ、そういえば居合いの技術で、鞘から抜く勢いで鋭く斬り付ける、みたいなものもあったな」
「ほほう、鞘と刀が一体の武器なのか」
盛り上がっていた彼らは、ふと王太子妃の様子に気づき、口を閉ざした。
優雅な夜会の席で、物騒な話はアウトだったらしい。
王太子妃は優雅な笑みを浮かべているけど、その笑顔には圧力があった。
それ以上その話はするなよという圧力だ。
第二王子妃がちょっと残念そうな顔になったところを見ると、彼女も武術系の話が好きみたいだ。
自分で戦うのではなく、武勇伝とか冒険譚が好きみたいだ。
話の続きはまた後日に持ち越しになった。
第二王子夫妻が竜人自治区に、シエルさんを訪ねてくるそうだ。
グレンさんが混ざりたそうだったので、そのときは私たちも混ぜてもらおう。
夜会らしい優雅系パートを入れようと、音楽の話を頑張りました。
でも日本文化の話を書くと、日本刀はロマンだよねと武器の話になってしまった。