141 夜会開始
国王陛下と王妃様に続いて夜会の会場へ入ったとき、貴族だろう人たちが、そろって姿勢を低くしている光景が目に入った。
あの控え室へ陛下たちが入って来られたときに、アランさんやレティがとっていた姿勢だ。
女性はスカートを少し広げ、腰を下げて頭も少し下げている。
男性は胸に手を当て、片足を引いてやっぱり腰を少し下げた姿勢。
あのときの礼が、私たちにも向いている。
この国の貴族の作法なのだろう。
ちなみに竜人族のみんなは、拳を反対の手で包んだ違う礼をとり、私やマリアさん、シエルさんは、日本式のお辞儀をしていた。
少し高い場所に設えられた、王族用の席。
その前で、陛下たちとともに私も挨拶をすることになっている。
陛下たちに続いて、グレンさんにエスコートされ、踵の高い靴で足元に気をつけながら、私は皆の前に立った。
高い場所だから、私の背丈でも会場の人たちの様子が見渡せる。
今は静まって、陛下の言葉を待っている状態だ。
まずは陛下が皆に声をかけた。
瘴気溜りによる巨大、凶暴化した魔獣被害が増えた危機の中、国のみんなの努力により、大きな犠牲がなかったこと。
瘴気による被害が、おさまってきていること。
「聖水が出回り、瘴気を消し去ることが出来ているとは、もう皆にも知れ渡っているだろう。あの聖水を作ってくださった聖女様を、今宵はお招きしている」
そうして陛下の隣に招かれて、私は一礼。
もちろん日本式の礼でいいと言われていたので、普通にお辞儀をしただけだ。
綺麗な礼に見えるように、背筋をまっすぐに、腰だけを折る礼をとった。
少しだけ、ざわめきが聞こえる。
もしかして残念聖女と囁かれているかも知れないとは、今は考えない。
顔を上げ、会場を見回して、私はお腹で息を吸った。
少しだけ声に魔力を乗せ、広く聞こえるように声を張る。
「はじめまして、聖女のミナと申します」
少し声が震えたけれど、ちゃんと大きな声を出せた。
セシリアちゃんの独壇場を見たあと、話し合ったことを思い出す。
聖女に対しての思惑は、あれですべてが解決したわけではない。
変な噂を広められていたことについては、あれで解決したけれど。
それは問題の一端だ。
神殿に聖女が従うべきだとか、聖女の力を自分たちのために使いたいという思惑そのものは、まだ動いている。
噂はその一部に過ぎない。
そして噂のことから私も薄々感じていたけれど、彼らはマリアさんと私を混同している。
お城に迎えられたすぐのとき、私とマリアさんは常に一緒だった。
どちらが聖女か、周囲にはわからない状態だった。
もし侍女などから容姿の話が漏れていたなら、あの噂はマリアさんを聖女だと思い込んだ人が作った話なのだろうとは、感じていた。
そしてセラム様は言いにくそうに、こんなことを私たちに言った。
「奴らは保身のために、マリアが聖女を名乗ったなんて言うかも知れないな」
自分たちは被害者だなんて、言い立てるかも知れないという。
ガイさんの真偽判定スキルは、罪が暴かれて尋問をするときに使われる。
だから捕まった人たちに対しては出来るけれど、噂を広めた他の人たちは、言い逃れをする可能性もあるという。
その言い逃れで、マリアさんに被害が出るかも知れないなんて、納得できない。
「そんなの、マリアさんだって彼らと接点はありませんよ!」
「ああ、我々はわかっている。だが恥知らずな奴らは、とんでもない暴論でも、声を大きく広めれば正当化できると考えている節がある」
ああ、すごく嫌な人たちだ。
自分たちを正当化するために、真実をねじ曲げて、話を広めて一方的な被害者を作っていく。
そうした人たちがいることは、耳にしたことがある。
近所のお店のひとつが、そうした被害に遭って大変だったという話を聞いた。
相手が不当なことを言っていると解決するまで、弁護士や警察、裁判所など、様々な手間がかかって大変だったらしい。
自分たちがその被害に遭うとなると、とんでもなく厄介な人たちだなあと思う。
出来れば関わりたくなかった。
「大丈夫よ。セシリアちゃんの物語には、私の行動も書かれていたもの。お城ではずっとミナちゃんと一緒にいたとか、一緒に竜人自治区に来て、出かけるときには必ず、竜人族の人がついてきてくれていたとか」
ああ、そうだ。
確かにセシリアちゃんの話が、きちんと事実に基づいた聞き取りで作られたことが広まった今、それも判断材料になってくれる。
うん。残念聖女と印象づけられた複雑な心境はさておき、やっぱりセシリアちゃんに感謝だ。
「それにね、私も今回は、彼らにちゃんと反撃してやるんだって、覚悟をして来たの。ああいう人たちは、きちんと片をつけないと、一方的にやられたままになってしまうの。そんなの、もう嫌なのよ」
マリアさんの決意の顔に、彼女から聞いた過去の話を思い出す。
離婚した元夫の話だ。
暴力男に好きにされていた過去の傷は、マリアさんの中にまだ残っている。
そしてこの魔法がある異世界に来て、魔装具士の技術を学んだからこそ、反撃しておきたかったとマリアさんは話した。
「私はもう、やられっぱなしになる女じゃない。この機会に反撃して、自信をつけたいのよ」
マリアさんがその気なら、私はそのサポートをできる限りするだけだ。
「もしどうしても、変な理屈をこじつけられて厄介なときは、誓約魔法という手段も使っちゃいますから!」
「ええ、頼りにしているわ」
マリアさんが朗らかに返してくれる。
聖女に対する思惑で、マリアさんを巻き込んでいるのに。
返されるあたたかい笑顔に、逆に私の決意が固まる。
今こそマリアさんを、ちゃんと守るんだ!
マリアさんに、変な被害が出ないようにしないといけない。
「まあ、反撃はもう既に、ちょっとやっているのだけどね」
「え?」
意外な言葉に、私は目を瞬いた。
うふふとマリアさんが笑う。
「ほら、コルセットのかわりの補整下着とか、化粧品関係。大きな商売になりつつあるじゃない」
マリアさんが商業ギルドで登録した商品の中でも、やはり補正下着と化粧品関係は、すごかったらしい。
この夜会でも、手に入れて身につけている人は、いるのだろう。
特に化粧品は進化を続ける前提だ。
最初に出した商品は、まだまだ納得のいかないものだった。
それでもこの世界では画期的だったので、マリアさんの担当の人が、調合出来る人を手配し、大々的に売り出す手はずを整えた。
私たちがダンジョン関係のことをしている間、ソルさんに魔装具士の技術を教わりながら、そちらの話も進めていたそうだ。
そのあとも、マリアさんは日々、試行錯誤を続けている。
今日私たちがつけているのは、マリアさんによる最新作の化粧品だ。
納得のいくものが出来たことから、新製品の販売を商業ギルドに相談する予定だという。
「商業ギルド長ともお話をさせて頂いて、噂に関係した人たちのお家にはね、絶対に売らないという約束をしてもらっているの」
あちらの世界では、そんな条件をつけて売り出すことは出来ないけれど、こちらの世界の商業ギルド的にはアリらしい。
なぜなら身分社会であるために、身分でゴリ押しをする人がいる。
武力がまかり通る世界なので、武力で勝手を通す人がいる。
魔法で変な小細工をする人だっている。
商品を買った上で、難癖をつけて職人を自分たちの勝手で振り回すようなケースが、過去にあったらしい。
そのために、利益の高い商品ほど、そうした契約をするようになった。
あちらの世界の常識と、こちらの世界の常識は異なるのだ。
世界のありようが違うのだから、当然ではあるけれど。
対策としては、冒険者ギルドの契約書のように、魔法での誓約だ。
破ることが出来ない約束。曲げることが出来ない条件。
最初の契約で、魔法でそれらを縛ってしまうのだ。
魔法契約をするための特別料金がとられるというリスクはある。
でも、料金を払ってでもその契約をする職人は、それなりにいる。
今回マリアさんがつけた条件は、レシピ登録者としての保護に加え、「契約者と聖女に悪意を持って行動を起こした者の関係者は、購入権を失う」というものだ。
今はまだ、マリアさんへの悪意と認識されていない。
それでも私とマリアさんを混同しての悪意であるなら、聖女への悪意と加えることで、効果を発揮するはずだという。
魔法契約なので、マリアさんの商品売買の条件は、ほぼ自動的に守られる。
商品を買おうとして、そのまま買えなかった人は、既に黒判定になっている。
この誓約魔法も絶対ではなく、抜け道みたいなものがあるそうだ。
たとえば購入ではなく譲渡であればなど、購入出来ない人が商品を手に入れる方法はいくつかある。
そして、もしそんなふうに約束を破る人が出たら。
今後のマリアさんレシピの商品は、取引を停止される。
補整下着は、きちんと寸法を測ってのオーダーメイドだ。
その作り方を教わり、販売を許された人たちが、もし約束を破れば。
今後マリアさんが展開する商品には、二度と関わることが出来ない。
化粧品も大きく手を広げる商品だ。
作成する人も、販売する人も、大勢に影響を与える商品になる。
職人たちも商人たちも、今後大きく手を広げるはずの商売から閉め出されるという話に、必死で約束を守るはずだという。
今回、捕縛されたのは、噂を広めた当事者だけだ。
でも実は、家単位で被害を受ける話になっていた。
女性たちの社会で、今後あの補整下着が手に入らない、化粧品が手に入らないというのは、すごくダメージが大きいだろうと、商業ギルド長は笑っていたそうだ。
こっそり制裁が既に手配されていた話に、王太子と第二王子の奥様方が、朗らかに笑っていた。
「異世界の方々は、とっても素敵ね! やるわねー」
「先手必勝! 是非ともお友達になって頂きたい」
王太子の奥様も第二王子の奥様も、貴族の色んな思惑を退けてきた人たちだ。こういった話には、いい笑顔になられている。
「会場では目立ったことはしないだろうが、それでも物陰に引きずり込まれるなど、注意はしっかりして欲しい」
第二王子殿下が、物堅そうな顔で注意をしてきた。
それに頷いたのは、シエルさんだ。
「その点も対策はしている。マリアにもミナにも、許可無く不用意に触れたら、電流が流れるようになっている」
マリアさんだけでなく、私にも。
え、いつの間に!
ソルさんたちと、私のドレスやアクセサリーに、色々と付与をしていたときのことらしい。
電流……え、いいの?
「魔法攻撃になっちゃいそうですけど、いいんですか?」
「外部に放つ魔法はまずいと書いてあったが、触れている相手だけに流れる電流なら、いいだろう」
そういう問題?
浮かんだ疑問は、陛下たちがそのままスルーしてくれたので、不問になった。
でもまあ、マリアさんの安全につながるなら、まあ、いい。
許可無く不用意に女性に触れるとか、ダメなことだし。
私の武装も、なんだかえらいことになっているとは、考えない。
いつものように、体に沿うように結界は張っている。
いちばん危険なのが、グレンさんからもらった髪飾りだからね。
発動条件が、私に悪意があるというやつだからね。