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「あなた方は、グレン様やセラム様、アラン様よりも、ご自身がとても見映えも性質も優れていると、声を大に宣言なさっている状況でございますけれど、本気でいらっしゃるのかしら」
「は?」
セシリアちゃんの次なる発言に、相手の人たちは固まった。
「あら、だって事実関係はひとまず置いて、あなた方の主張は、聖女様がわざわざあなた方に声をかけ、誘惑されたということですわよね」
聖女から誘惑されて関係を持ったというのが、彼らの主張だ。
「世界を超えて召喚された国から、この国までグレン様やセラム様とともに旅をし、セラム様にも護衛の方々にも、誘惑など一切されなかった聖女様。そしてグレン様と少しずつ絆を育んでいらした聖女様。友人の兄として知り合われたアラン様にも、誘惑などはなさっていない。そうした方々を差し置いて、自分が誘惑された。自分はそれだけの人物だと宣言していらっしゃるのですわよね」
「あ、いや……」
当然、意図はそこではなかっただろう彼らは、言い淀む。
「そんな事実がないにも関わらず、その主張をされた。それは彼らを差し置いて、自分たちが誘惑されるに値すると、宣言なさりたかったということでしょう。つまり、あなた方はご自身が、彼らを差し置いて誘惑されるに値すると、広く伝えたかった。自慢なさりたかった」
「いや、そんなことは……」
「自慢ではないのに、女性との関係を広く宣言なさるのは、なぜかしら」
心底不思議だと言いたげに、セシリアちゃんが首を傾げる。
もちろん彼らは、聖女を追い詰めて自陣営に取り込むのが狙いだとは言えない。
反論の言葉はなく、セシリアちゃんの言葉が受け入れられた雰囲気だ。
「彼らよりも、自分の方が絶対的にいい男だと、自信をお持ちですのね。私は妄想だと断言するしかない状況ですが、あなた方は、根も葉もない噂話ではなく事実であると、吹聴しておられます。とても自信家でいらっしゃるのね」
相手の人たちは、口をパクパクしながら、声が出なくなっていた。
彼らは貴族としての華やかさはあるけれど、どちらかというと平凡な容姿だ。
そのうち二人は年齢が高めだ。
一般的に、女性受けがすごく良さそうとは、言い難い。
セシリアちゃんは、また周囲に目を向けて問いかける。
「ねえ、あなたたちはどう思われますかしら。グレン様やセラム様、アラン様を袖にして、この方たちの方をこそ選ぶという女性は、どれほどいらっしゃるかしら。たとえばミリーア様は、双方と面識があれば、どちらを好まれますでしょう」
訊かれた女性は、力強く答えた。
「それは当然、アラン様ですわ。セラム様とグレン様も、とても素敵な方々です。そちらの方々と比較だなんて、とても……」
言葉を濁したけれど、彼らを選ぶのは考えられないという答えだ。
「私は断然、セラム様ですわ。いえ、私がお相手になりたいというわけではなく、レティアーナ様と並ぶと、とても美しいカップルで、眼福ですわ。この方々を誘惑するよりも、あちらを観賞したいですわ」
別のお嬢さんも主張している。
おお、同志だ。だよね、二人で並んでいるところ、いいよね!
「この方たちは、自分こそが選ばれた、それが真実だと大声で、広く宣言していらっしゃるのですけれど」
「ありえませんわー」
「妄想ですわー」
「え、むしろ対抗できると思っていらっしゃるのかしら」
若い女性たちからボロクソだ。
「特殊な趣味の方なら、選ばれることもあるかと」
アマラス伯爵の背後にいた年配の人が、そんなことを言ったけれども。
それは援護なのかな。特殊な趣味でないと選ばれないと言ってるけど。
「まあ、聞き捨てなりませんわ。変わった趣味だと言われる側にも、好みはございます。その方たちでは中途半端ですわ。地味好きな者から言えば、もっと埋没されている方でないと、好みではありません。半端に華がありますもの」
セシリアちゃんの周囲ではなく、少し遠くから、女性がパートナーの男性を伴って進み出た。
手を引かれているパートナーは、気まずい顔だ。
声を上げた女性は華やかだけれど、パートナーの男性は、覚えやすい特徴のなさそうな人だ。
少し困った顔をしている。
「それに私のような好みで見いだした理想の殿方は、一般的には魅力的と思われないため、自信をなくされていらっしゃるの。そうした奥ゆかしさも含めて、素敵なのです。不要な自信をお持ちの、単なる二流の方なんて、推せませんわ」
「ああ、わかりますわ!」
また別方向から人が歩み出た。
今度はぽっちゃり体型のパートナーを伴っている、スマートな女性だ。
「とてもわかります! だって私にとっては、この方こそが理想なのです。でもいつまでも信じて頂けませんわ。きれいな肌に、さわり心地の良いポヨポヨしたお体。ふくよかな包容力。お言葉も物腰も穏やかで、本当に理想の殿方です。でも少し自信がなく、そういったところもまた素敵で」
「え、あの、君はボクのこと、そんなふうに思ってたの?」
ぽっちゃり男性の戸惑う声に、パートナーの女性が力説する。
「あら、何度も申し上げておりますわ。私にとっては、ポルタ様こそが理想の殿方だと。まだ信じて頂けておりませんでしたの?」
「いや、でも……ああ、本当に?」
「本当ですわ! ポルタ様はすべてが私の理想の殿方ですわ!」
そして始まるイチャイチャ。
女性がぽっちゃりお腹をタプタプするイチャイチャ風景に、私たちは何を見せられているんだろうと思っていたら、さらに割って入る声。
「ああ、素敵ですわ、わかりますわ!」
三白眼気味の男性を引っ張ってきた女性が、目を輝かせて参戦する。
「彼も目つきの悪さで、色々と誤解をされることも多く、人から好かれる自信をお持ちではないのです。私にとってはそれすらも魅力ですのに、私が我慢して婚約を続けているなんて仰って」
「私も、私も! 彼、とってもダンディーに見えて素敵ですわよね。これで同じ歳ですのよ! 自分は老けて見えるからと遠慮がちですけれど、本当に年配の方とはかえってご縁が難しいですもの。むしろ私にとっては理想的なお相手!」
今度は、上の年齢に見えるパートナーを引っ張ってきた女性。
ちょっと、待って。
「アマラス伯爵とオシリー男爵もご年配ですが、やはり半端ですわ。もっと年齢を重ねた深みがなければ! その点、彼は思慮深さもあり、さらに年齢を重ねたらどうなってしまうのかと、もうドキドキして胸の高まりが抑え切れませんわ!」
なんだか特殊な趣味のお嬢さん方が、次々と声を上げているみたいだけど。
ええと、いいの?
そんなことを公言して、後で困らないのかな。
もうパートナーがいるから、いいのかな。
「特殊な趣味、か。ミナはそういう、何か好みはあったのだろうか」
グレンさんがなぜか、その部分を気にして私にそっと声をかけてくる。
「ありません。私のドストライクはグレンさんです!」
そう主張を返すと、ふっと優しい笑みが来る。
「そうか。オレもミナが好みそのままだ。元気で可愛らしくて、気丈なところもあり、まっすぐにやりたいことを見据えて、周囲への思いやりも持っている」
ベタ褒めが来て、少し照れてしまう。
「あらあらまあまあ、いいわねえ」
お義母様からも、うふふふふと笑みを含んだ声が飛ぶ。
「私もジオスが好みの真ん中だもの。竜人族の番は、そういうものらしいわね。理想そのものな人が現れたと思ったものだわあ」
ついでのようにお義母様からも惚気が来た。
画面の中、セシリアちゃんの周囲は盛り上がっている。
「少し人とは異なる魅力をお持ちの方というのは、自分に自信がないのです。これまで、外見で嫌な思いをされてきたこともあるそうですわ。でも、そこが好きという者だっているのです! セシリア様、今度はそういったカップルを取り上げて頂けませんかしら」
「まあ、詳しくお話を伺っても?」
あ、セシリアちゃんがメモを取り出した。
ドレスのどこかに、メモを仕込んでいたみたいだ。
相変わらず、お兄さんはセシリアちゃんを止める気はないらしい。
ニコニコと妹さんの行動を見守っている。
そして置き去りにされた人たちは、周囲から冷ややかな視線を浴びている。
でもまあ、あれだ。
これはあの人たちが悪い。
セシリアちゃんの主張は、彼らの主張の言い方を変えただけで、彼らは誘惑されるほど自分が魅力的だって、言っている状態と解釈できちゃうものね。
ただ、なんというか。
敵も味方も斬り付けられているこの状況。
セシリアちゃん、さすがシェーラちゃんのお友達だった。えげつない。
そして斬り付けた人たちを置き去りに、新たな物語のネタに目を輝かせているセシリアちゃん。すごい。
さて画面の中で、セシリアちゃんから名指しで糾弾された人たちと、その仲間の人たちは、気まずそうに周囲を窺っている。
本好き仲間だった人たちに割って入り、セシリアちゃんを囲んでいた人たちは、さらに大勢の会場中の人たちに包囲されている。
そして自分たちが吹聴した噂のせいで、会場中の冷たい視線に晒されている。
セシリアちゃんは彼らを放置して、しばらく特殊な趣味のお嬢さん方と盛り上がったあと、ようやく彼らを思い出したみたいに目を向けた。
ふうっとひとつ息を吐くと、彼らに向き合う。
正面から視線を向けられ、肩をびくっと揺らしている噂の発生源たち。
そんな彼らを見据え、セシリアちゃんは口を開いた。
「聖女様は異世界から突然、この世界に招かれてしまった。いきなり家族や友人から引き離され、寄る辺ない身の上になられた」
今までの元気な口調から一転、静かな口調だ。
でも注目されているセシリアちゃんの話に、周囲は静まり声が響く。
「今でこそ、グレン様と番の儀を行い、竜人族の一員となられました。でももし、そうでない方が、このような噂で攻撃をされていたとしたら……」
そこで少し、セシリアちゃんは言葉を切ってためてから、また口を開く。
「物語の悪役にも、可愛げのある悪役というものがあります。でもあなた方のコレは、とても醜悪だわ。女性から見て、とても信じられないほど醜悪な手段をとっていらっしゃいますわ」
悪役の種類だなんて、物語を書く人らしい表現をしたものだなあと思う。
でも、そうだ。
噂という、この人たちのやり方は、すごくいやらしくて、醜悪だ。
今の私には、グレンさんを筆頭に、竜人族という絶対的な味方がいてくれる。
だからこそ、今回の噂に不快感はあっても、心の底では楽観視していた。
手を尽くせば、みんなも助けてくれるし、最悪なことにはならないだろうと。
でももし、そんな絶対的な味方がいなければ。
グレンさんが番として傍にいなくて、単にこのお城で保護されただけの状況だったら。
かなり今回の噂攻撃は効いただろう。
セラム様やレティが味方でも、彼らに迷惑をかけそうだとか、色々と考えてしまったと思う。
竜人族の皆にも、迷惑をかけるんじゃないかと気になったけれど。
それでも絶対的な味方がいることで、安心できる状況だった。
召喚されてすぐ、ステータスを咄嗟に隠蔽した自分は、よくやったと思う。
でもさらに幸運だったのは、あの場にグレンさんがいてくれたこと。
あの出会いがあったから、今の私は、この世界で安心して生活が出来る。
もしグレンさんとまだ会えていなければ。
寄る辺なさという気持ちは、今とても大きかったと思う。
なんだか私の色んな気持ちを、セシリアちゃんが代弁してくれた。
噂はほぼ払拭できた雰囲気になり、夜会は怖くなくなった。
セシリアちゃんが順を追って彼らの流した噂が偽りだと暴き、悪質なことをした彼らが批難の目に晒されている状況。
あれ、これ、もう解決しちゃってるんじゃないのかな。
「なんというか、色々と策を練っていたのが、この部分はあっさり片付いたな。聖女を傷つける、不当な情報操作をしたとの理由で、充分に彼らを処罰できる」
「そうね。ちゃんとこの映像は記録出来ているはずですもの。うふふふ、この映像魔道具を完成させた甲斐があったわあ」
セラム様と王妃様の言葉に、だよねーと頷く。
この夜会で決定的な状況に追い込む計画があったようだけど、なぜか夜会開始前に、セシリアちゃんにより片付いてしまった。
陛下は既に、近衛騎士の方々に指示を終えられている。
彼らが聖女とは面識がないと、セシリアちゃんが決定打を話したときのことだ。
どうやら彼らは、国益を損ねたということで、捕縛されるらしい。
彼らの流した噂が偽りだと、決定付けてから捕縛すると事前に打ち合わせがされていたそうだ。
うん良かった。とだけ言うには、複雑だ。
これからあの場で私は挨拶をするのだなあと思うと、微妙な気分だ。
噂は払拭できても、今の空気感の中で聖女として挨拶は、なんだか気まずい。
だって残念聖女として、挨拶をすることになるんだよ!
セシリアちゃーん、感謝してるけど、でもでも、あんまりだよー!
次回から夜会本番です。