14 王都への道
この章から先の展開の都合上、念のためR15を入れています。
転移魔方陣で移動したら、一瞬で国外へ脱出できていたようだ。
転移先は似たような部屋だったけれど、広さや壁の装飾が異なり、壁際の兵士たちの制服とか装備とか、色々と変化をしていた。
その兵士たちは、セラムさんを見ると、ビシッとそろって胸に手を当てた、騎士の礼らしい姿勢をとった。
サフィア国のリオールの街にある、転移魔方陣の施設らしい。
すぐに施設の代表の方が来て、セラムさんと挨拶を交わしていた。
セラムさんは、『セラム殿下』と呼ばれている。
そういえばこの国の第三王子という話だったなと思い出した。
話すときは一応敬語は使っていたけれど、心の中ではセラムさんと呼んでいた。
セラム殿下とか、セラム様とかに変えた方がいいだろうか。
うん。セラム様にしておこう。
ザイルさんもセラム様と呼んでいたし。
この国の王子とその連れということで、入国手続きはすぐに完了した。
転移魔方陣の施設を出て、馬車で街中を通り、また街門を目指す。
急ぎ王都へ行くという話だ。
街道を爆走する必要はなくなったけれど、普通のペースで、ここから王都まで三日程度かかるそうだ。
転移魔方陣と王都が近すぎると、その分危険もある。
もし転移魔方陣を利用して兵士を送り込まれても、三日かかる距離なら、色々と態勢が整えられるという計算らしい。
まあ、運ぶ容量に応じて魔力が必要な上、少人数でもかなりの魔力が必要な設備。
大量の兵士を送られる危険は、ほぼないらしい。
ただ危険人物が来訪した場合に、注意が必要ということだ。
国によってはそうした危険を考慮して、王都ともっと距離があり、国の端に転移魔方陣が設置されていることもあるとか。
この国は兵の練度も高く、不意に攻め込まれても、どうにかできる国力があるため、近いそうだ。
私たちは三日ほどかけて王都に向かうけど、手紙の報告は先に届けるらしい。
セラム様が手紙を書き、受け取った護衛が騎獣で駆けていった。
「今夜は落ち着いて宿で休もう。こちらの世界にも、美味しい食事があると知ってもらわなければ」
セラム様が笑って言った。
そのとおりだ。こちらの世界のまともな料理を、まだ一度も食べていない。
街並みは馬車の窓から眺められるけれど、ヨーロッパの街並みみたいなこの世界の街を、一度ゆっくり歩いてみたい。
あと素材について、市場なんかを見てみたい。
私たちの知る野菜や果物があるだろうか。まったく予想もつかない食材だろうか。
ミルクやバター、小麦粉、卵など、お菓子の材料はあるだろうか。
小豆や寒天なんかも、あったら嬉しいな。
もし違っても、近い食材を見つけて、色々と作りたい。
街門を出ると、セラム様は騎乗する方に行った。
「殿下は本当は馬車が苦手なんですよ。酔うからと」
ケントさんがこっそり教えてくれた。
うん。馬車酔い、すっごくしてたみたいですね。
騎獣上なら大丈夫らしい。
乗り物酔いする人が、運転するときは大丈夫と言っていたようなものかな。
まあね。マリアさんが浮力の付与をしてくれるまでは、本当にひどかったからね。
しばらく街道を行くと、獰猛そうな唸り声が聞こえた。あと悲鳴。
馬車が止まり、周囲の護衛の人たちと、グレンさんも外に出て警戒する。
周囲の護衛の人が何人か、先を見に行った。
そして、それが現れた。
あの狩りのゲームのモンスターみたいなやつ。
恐竜っぽい、巨大な生き物。
先を見に行った護衛の人たちが、騎獣で急ぎ戻ってくるのが見える。
私たちも馬車の外に出た。
中にいると状況がわからないし、身の守りは結界魔法がある。
むしろ治癒魔法や護衛さんたちへの援護が出来るように、外に出ていた方がいいと、ザイルさんには説明した。
彼も賛成してくれて、なぜ出て来たと怒るセラム様に説明してくれた。
そこからは、本当にゲームとか物語の魔獣討伐みたいだった。
唸る魔獣。
周囲を囲み、剣で斬り付ける護衛の人たち。
暴れる魔獣の牙や爪を躱して、攻撃する。
魔法の攻撃も飛ぶ。
魔獣は何体もいた。
最初に姿を見せた巨大な恐竜型のやつ以外に、巨大な猪みたいなのや、巨大な熊みたいなのもいる。
全部、巨大で凶暴そうだった。
「この近くのどこかに、瘴気溜まりがあるな」
険しい顔でセラム様が言う。
私たちは、あまり危機感はなかった。
なぜならグレンさんがすごかったからだ。
大柄な体で素早く魔獣に駆け寄ると、すらりと引き抜いた大剣を構え、跳んだ。
信じられない跳躍力だ。
たぶんビルの何階とかにあたる、熊っぽい魔獣の頭まで一気に跳び、一閃。
血しぶきが飛んだときには、次の獲物へ移動。
振り下ろされる爪をあっさりと避け、恐竜の大腿、腰、肩へと跳ねながら上がり、首の後ろを一閃。
真正面から見えたその姿が、ゲームの戦闘場面の主役級スチルみたいだった。
鋭い顔つきで魔獣を見据え、しなやかな動きで大剣を操り、狩る。
大剣を握る、腕や肩の筋肉の躍動とか、その重量に振り回されない体幹とか。
不安定な魔獣の上で危なげなく移動する彼の、少し長めの括った黒髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。
「私昨日の夜、あの筋肉に抱きついたまま寝てしまったんですよね」
「筋肉…」
私の言い方が微妙だったのか、またもマリアさんの静かなツッコミが来た。
あのカッコイイ人の腕の中で寝てしまったことを言いたかったのに、筋肉を強調してしまった。
胸筋の感触とか、背中に回っていた腕の力強さとかを思い出してしまったので。
地上に降りたとたん、猪みたいな魔獣がグレンさんに突っ込んできた。
その角がグレンさんに当たったみたいに見えて、悲鳴を上げそうになる。
だってグレンさん、周囲の護衛さんたちみたいな防具を身につけていない。
「大丈夫だ。我々竜人族は、瞬時に皮膚を硬化できるから。竜人の硬化を破る攻撃は、そうそうないよ」
ザイルさんの言い分に、そうなのかと頷きかけてから。
「竜人?」
問い返せば、ザイルさんは笑った。
「私とグレンは竜人だ。ケントは獣人。護衛は他にも獣人や人族、エルフもいる」
おおお、ファンタジーだ。
私だけではなく、シエルさんの目が輝いている。
やがてとどめを刺された最後の魔獣が地面に沈む。
地響きの中、グレンさんが大剣についた血を振り払った。
そんな仕草までカッコイイってどういうこと。
本日のあの動きで、グレンさんは私の最推しファンタジーヒーローになりました。
これで子供に優しいとか、どんだけだ。
本当は子供ではないのですが。
「素材はどういたしましょうか。今から解体というには」
戻ってきた護衛の人が、ケントさんに相談している。
「ええと、素材が活用できるなら、私が亜空間収納しましょうか」
申し出ると、キラキラした目で見られた。
どうやらああいった魔獣の素材は、騎士団のいい収入源らしいが、場合によっては捨て置くことになる。
亜空間収納は、彼らにとって夢のスキルなのだそうだ。
魔獣のご遺体に少しビビリながら、戦闘のあった場所に近づく。
マリアさんは馬車の横で待機。私とシエルさんだけだ。
は虫類は苦手というシエルさんは、猪と熊を収納した。
私は恐竜を収納する。
恐竜がいちばん巨体だった。
これをあんなふうに仕留めたグレンさんは、本当にすごいと思う。
そのグレンさんはと振り返れば。
大剣を丁寧に拭い、魔力を込めてピアスに収納していた。
亜空間収納はないまでも、武器を収納する魔法はあるらしい。
歩こうとした動作が少しぎこちないのに気づいて、グレンさんに駆け寄る。
なぜか彼は、私を見て後ろに下がった。
逃げる様子から、立ち止まる。
「すまない。魔獣の血は、穢れだ。あまり近づかない方がいい」
そこから説明されたのは、あのような急激に巨大化、凶暴化して現れた魔獣の血を浴びたら、少し不調になるという。
大抵の血は避けたが、足にかかってしまい、しびれが残っているそうだ。
私が触れたら、私まで不調になるからと、気遣ってくれている。
なるほどと頷き、私は駆け寄った。
逃げる前に、唱える。
「浄化」
グレンさんは、ぱちりと瞬きをした。
私はふんと荒い息を吐き、仁王立ちだ。
つまりは、こういうことのはずだ。




