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「セシリアちゃんが、なんだか囲まれてる……」
私が不安で手を握り合わせたら、グレンさんが背中に添えていた手で、宥めるようにポンポンとしてくれた。
最初からその場にいた人たちは、知り合いなのか親しげな表情で言葉を交わしている様子だった。
でも外から声をかけて、割って入ってきた人たちが、なんだか不穏だ。
その不穏な人たちが、セシリアちゃんを囲むような立ち位置になる。
お兄さんらしい人がセシリアちゃんを守るように、彼女を背にかばう。
「あれはシーモル伯爵家の嫡男だな」
「ああ、彼がいるなら大丈夫だろう。頭の切れる男だ」
セラム様からそんな褒め言葉が出た。
それは、すごく頭が良さそうだなあと思う。
でもあんなふうに、不穏な人たちに囲まれているのは、心配だ。
「妹と夜会に出ているということは、婚約者はいないのか」
「……たしか妹を大事にし過ぎて、婚約が決まらないと聞いたな」
「嫡男なのに難儀だな」
「お前もだろう」
アランさんの他人事のような言葉に、すかさずセラム様から突っ込みが入った。
だよね。アランさんも婚約者とかいない様子だよね。
「音声はまだかしら」
「座標指定での音の受信が難しいんですよね」
王妃様と、スクリーンを運んで来た魔術師らしい人が話をしている。
おお、音声も届くんだ!
「彼女は聖女について、噂の否定になる物語を書いてくれていたな。万一を考えると、助けられる人物を配したいところだが」
セラム様がそう声を上げてすぐに、アランさんが立ち上がる。
「私が行こう。知らぬ仲ではないので、声もかけやすい」
公爵家嫡男のアランさんなら、いざというとき場を収められる。
会場にはフィアーノ公爵夫妻もいるため、連携をとるという。
必要なら、公爵家の権力を炸裂させると宣言した。
さすが身分社会。
アランさんが行ってすぐ、音声が聞こえるようになった。
「確かに妹は今まで、夜会の開始前から活発に人と交流するような体力はなかった。その妹が元気になった理由に、聖女様と関係があることは、否定しない」
セシリアちゃんのお兄さんが、不穏な人たち相手に、落ち着いた声で話す。
「しかしセシリアの書いた物語が偽りだというのは、いかなる根拠があってのことでしょうか」
ああ、やっぱりあの本の話だ。
私のことを書いてくれた本のせいで、セシリアちゃんが攻撃を受けている。
ということは、セシリアちゃんとお兄さんを取り囲んでいるのは、あの噂を広めたがっている人たちだろう。
「聖女様がグレン様と純愛であることは、私が断言いたしますわ。きちんとお話を伺って、物語として書きましたもの」
お兄さんの背後から出るようにして、セシリアちゃんも声を上げる。
「病気を治すのと引き換えに、物語をでっち上げたのでしょう」
セシリアちゃんを囲む人たちから、そんな声が飛んだ。
瞬間、セシリアちゃんは、すっと目を細めた。
「でっち上げ、ですって?」
低くなった声に、セシリアちゃんのお兄さんが、妹の頭に手を置いて、宥めるように撫でる。
スクリーンを通しているとわかりにくいけれど、なんだかセシリアちゃんの目が、冷ややかに底光りしているようにも見える。
「あなた、私の物語を読んだことがおありですかしら」
ずいっと彼女は一歩前に出ながら、周囲を囲む大人たちを見回した。
「そんなくだらないものを読む必要はない」
その言葉に、元からセシリアちゃんの周囲にいた人たちが、顔をしかめた。
だよね。読んでもいないのに、くだらないとか言うのは、どうなのか。
「読んでもいないのに、嘘と仰るのは、なぜでしょう。読んでいない本の中身をご存じですの?」
セシリアちゃんも、鋭くそこを突っ込んでいる。
だよね。読んでもいないのに、嘘だと決めつける、その根拠は何なのか。
「あ、ああ。まあ、内容は妻から聞かされた」
「では逆に質問をいたしますわ。あなたがご存じの聖女様は、どのような方だと仰るのかしら」
その質問に、相手は求めていた場が与えられたとばかりに語り始めた。
「とても美しい女性だな。妖艶で、蠱惑的で」
あっ、セシリアちゃんが笑いそうになっている。
わかるけど、そこで笑うのは私に失礼なんじゃないかな。
「あらあら、妖艶で蠱惑的で、美しい大人の女性、というわけですわね」
「その通りだ!」
うん。これ、私が紹介されたら一気に嘘がばれるやつ。
堂々と言い切ったものだよね。
「それで私の話のどこが嘘と仰るのかしら」
「どこもかしこもだ」
「具体的に」
読んでいないのに、具体的には語れないよね。
それがわかっていて訊くセシリアちゃんは、ちょっと意地悪な顔をしている。
「つ、妻から聞いたのだ! 一途に番との愛情を育んでいると書かれてあると。だが実際はそのふりをして、聖女は他の男にも色目を使っている!」
その言葉に、グレンさんから不穏な魔力が漏れ出した。
王妃様も魔力感知が出来るようで、グレンさんに目を向けた。
ちょ、抑えて抑えて!
「つまりアラマス伯爵は、噂の方が事実だと仰いますの」
「そのとおりだ!」
「私の他のお話は、お読みになっていらっしゃるかしら」
「読まずとも、嘘だとわかる!」
なんで読まないで嘘だと断定できるんだという話は、置き去りらしい。
セシリアちゃんは、今度は周囲に顔を向けた。
「私の本のお話をなさるのに、本の内容はまったくご存じではないのですね。ねえ、私のいつものお話と、今回のお話は違うと思われませんでした?」
セシリアちゃんは、不穏な男の人たちは置いて、元から周囲にいた人たちを見回して、尋ねた。
「そうですわね。そこは違和感を感じましたわ。いつもはロマンティックですのに、今回はとても面白……可笑し……楽しい作品だと」
面白いとか可笑しいとか言おうとしたのかな。
「私も正直、驚きましたわ。作風が変わられたかしらと」
別の女性もにこやかに応じている。
うん。私も読ませてもらったご先祖の純愛話や、ロミオとジュリエット的なお話は、私とグレンさんのものとは作風が違うとは思った。
私たちの話はコメディ風味だったので。
「はっ、変わった作風! それこそが嘘だからだろうと言える」
「ありえませんわ。あれを私の創作だと判断されるだなんて、私のプライドがどれほどズタズタに切り裂かれるか、おわかりになりまして?」
セシリアちゃんは手に持っていた扇を広げて、口元に当てた。
ご令嬢らしい仕草だけど、え、待って。
あれが創作だったら、プライドがズタズタに切り裂かれるって、何かな。
「そもそも私の物語感に、恋愛に残念な女性を書くような要素があると思われることが、心外ですわ」
「恋愛に、残念な、女性……」
恋物語と銘打たれているのに、そんな言葉がセシリアちゃんの口から出て、囲んでいる男の人たちが困惑の声を上げた。
私はちょっと微妙な気分になったけれど、まあ、うん。
確かにあれを読むと、ずっとグレンさんの気持ちに気づかなかったとか、恋愛に残念と言われる心当たりはある。
「私が創作をするなら、ロマンティックな愛情を追い求めて、美しい話を書きますわ! なのに今回ばかりは、それを捨てることになった。ええ、ひどく残念ですわ。本当なら竜人族の番というテーマは、とてもロマンティックになるはずのところ、なぜあんな可笑しな話になったのか!」
ちょっ、可笑しな話って何!
セシリアちゃん、それ私をディスってるよね!
「聖女というテーマ、その番。まさに美しい話になる条件が揃っております。それなのに物語の参考に実際のお話を伺えば、聞けば聞くほど可笑しな話しか出ない。残念な恋愛思考を書く羽目になったこのやり場のない憤り! それを、よりにもよって、私の創作だなんて。どれだけの侮辱かしら。本当にありえませんわ!」
セシリアちゃーんっ!
私の心の叫びは置いて、セシリアちゃんの熱弁は続く。
「そもそも私、恋物語というものは、美しい物語だと思っておりましたわ。残念な恋愛音痴女性の恋物語なんて、あり得ないと」
熱いセシリアちゃんの主張に、周囲も頷いている。
「正直、彼女の話を聞いて、ここまで恋愛に残念な女性がいらっしゃるなんて、思いもしませんでしたわ。ある種の驚きから入りましたもの」
私、ディスられている。
恋愛方面でざっくりとディスられている。
「まず初日に、泣き出した彼女が番の魔力に癒やされて眠った。そこまではいい感じでしたけれど、目覚めて会話がズレているのに、相互理解の努力もないまま再びの眠気に任せて寝てしまう。そこがまず、ありえませんでしたわ」
確かにそうだけれども、そうまとめられると身も蓋もない。
「二日目。せっかく熱のこもった告白を受けたというのに、翌朝に『夢だったかな』で片付けてしまう。もう、私の創作であれば、あり得ないヒロイン像ですわよ!」
ヒロインとして全否定された。
「子供を保護する優しい大人かとか、すぐ抱き上げるのが子供扱いとか、色々な勘違いをなさっていらっしゃいましたけれども。客観的にあれだけ特別扱いを受けて、お相手からの愛情をひとっ欠片も気づかないとか。本当にあり得ませんわ!」
セシリアちゃんの握りこぶしが空を切る。
言葉の拳が私に向かって唸りを上げている。
「なぜわざわざ創作で、この残念極まりないヒロイン像を作りますか!」
ちょっと、本当にコレ、私が滅多打ちになってるんですけど!
噂の否定としては効果的でも、私が傷だらけになるんですけど!
登場時から準備していた、シェーラちゃんのお友達らしいセシリアちゃんのオチは、このくだりです。
次回もセシリアちゃんのターンです!